BloodyHeart

真代 衣織

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警察は飼い犬

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「ありがとうございますっ」
「他にも持って来れる物ありますよ」
 二人の若い男が、渡された分厚い封筒の中身を確認し、満面の笑みを浮かべている。
「他には何があるんだ?」
 自身のプレジデントデスクから、芹沢総合商事の社長、芹沢礼士は二人に問い掛けた。
 応接用のソファーに並んで座る、二人の若い男は期待に満ちる。
 食い付いた。
 やった——。
「MDがありますっ」
「薄める前の血も、葉っぱ(大麻)とハーブ。後、覚醒剤も用意出来ますっ」
 意気揚々とした二人の答えに、一瞬、芹沢の顔は不穏に引き攣る。
「そっか——」
 芹沢は前置きのように言葉を吐く。二人の前に座る、舎弟の土田丈と視線を交えた。
「買って貰えますか?」
 期待に心踊り、一人が前のめりに質問する。
「お前等、何処にそれ置いてる? サツに対策出来てんのか?」
 感情を殺し、無表情で丈は尋ねる。
「絶対バレませんっ。六本木のクラブ、地下駐車場に停めてるバンの中です」
「俺等の根城で、オーナーは俺等の味方です。もし、サツが入っても直ぐに動かせます。見付かる可能性はないですっ」
 二人は安全を保障している。
「チクリの心配もないんだな?」
「絶対大丈夫です!」
 問い掛けた芹沢に二人は念を押す。
「キーも、俺等二人だけで持ってますからっ」
 二人は、可能性の全てを払拭したつもりでいる。
「まぁ、いい——。取引先は用意しておく。今はガキの臓器だけ持って来い」
「はいっ」
「はいっ」
 芹沢の言葉に二人は強く返事をする。無表情の芹沢に対し、二人は満面の笑顔だ。
「また直ぐにお持ちします! やっぱ、需要あるんですね」
 一人が芹沢に問い掛ける。
「日本のガキは、ヤクやエイズの心配がない。国がら衛生保障がされているからな。引く手数多で高く売れる」
「やったっ! また直ぐに持って来ますっ」
 芹沢の答えに、二人は完全に浮かれていた。
 二人は、社長室を出ると互いに顔を見合わせ、笑い出した。
「やったなっ」
「やった!」
 二人は歓喜に満ちている。
「関東最大の芹沢組がバックに付いたっ」
「これで俺等は無敵だ!」
 そう二人は確信していた。
 罠に落ちているとも知らずに——。
「志保の言ってた通り、アイツ等でしたね」
 芹沢の煙草に火を点け、丈は確信を言う。
「ああ。間違いなかったな。他の情報も当たりだろうよ」
 煙を吐き、芹沢は肯定する。高級レザーで作られた自身の椅子に芹沢は深く座り、脚をデスクに投げ出している。
「マル暴も、考え無しに数を増やし、次々に犯罪を重ねる鼠に、相当手を焼いていましたからね」
「あぁ。薬学部の真面目な学生を脅し、未熟な知識で粗悪品のヤクを作らせ、流していた。バッドトリップで飛び下りる、自殺誘発剤だ」
 芹沢は既に、犯罪の全容を把握している。
 丈の言う通り、警察は末端の検挙で精一杯だった。
 だが、逮捕出来た実行犯は、主犯二人の募集に集った寄せ集めで、全容解明には至らなかった。
 主犯に辿り着けないと判断した警察は、苦渋の末に芹沢組に協力を申し出ていた。
「手を貸すドラキュラも、相当いい加減な輩でしょうね」
「間違いないな。だが、ここは俺のシマだ。好き勝手はやらせねぇよ」
 眼光鋭く、芹沢は断言する。
「さすがです。芹沢組は利益と恩を得て、鼠は臓器売買でムショに追い払える。所詮、未熟なルールに縛られるサツなど、カシラの前では犬っころです」
「元々半グレの勝手は、穴だらけの暴対法作ったサツのツケだ。俺に尻拭いさせた以上、何の文句も言わせねぇよ」
「仰る通りです! 言いなりになって当然ですっ」
 不機嫌が見え、丈は強く肯定する。
「だが、そうもいかねぇ奴がいる」
 威圧感丸出しに余裕を見せていた芹沢だが、近付く不穏な気配に表情は一気に引き締まる。
「相良ですか?」
 芹沢が警戒する奴は一人だけだ。
「ああ。アイツだけは押さえて置かねぇとな——」
 芹沢は煙草の煙を吐く。
 芹沢礼士は現組長の実子だ。
 芹沢礼士が組入りしてから、芹沢組は一気に勢力を拡大し、関東最大の暴力団になった。都内に鎮座していた外国マフィアも一掃した。宿敵である筈の警察すらも手の内だ。
 それでも、唯一人怖れる奴がいる。
 それが相良羽月だ。
 訪れる最大の敵を前に、覇者は眼光に闘志を漲らせる——。
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