私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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十二話『贈り物』

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「古町さん。お昼、一緒にいかがですか?」
 二人の仲直りが無事に成功し、お昼休みの時間になった。
「うん。もちろん」
 相変わらずのお堅いお嬢様口調の独特の距離感ではあるけれど、前よりも自然に。明るい声色でお昼に誘ってくれた。
「あーちゃん、おかえり~」
「ただいまですわ。……そろそろ学んでもいいんじゃありませんの?」
 一生変わらないであろう「あーちゃん」呼びに、照れ隠し全開ではく、少しクールに抗議してみる夢国さん。
「うん。やだ」
 そんな夢国に、満面の笑みにでハッキリと七津さんは拒否した。
 少しクールぶっていた夢国さんは肩からガクッと崩れ落ち、呆れ気味に小さく乾いた笑い声を漏らした。
 抗議は一応してるだけ、なんだろうな。七津さんは本気で嫌がることはしないって、夢国さん自身が言ってたことだし。
「古町さんも、あーちゃんって呼んでみる?」
 傍観者のつもりで微笑ましく思っていると、会話のボールが突然こちらに向けられた。
 いきなりあだ名呼び!? まだちゃんと下の名前ですら呼べてないのにさすがに。それ以前にその呼び方は七津さんだから許されているものであって、えっとあっと。
 心の中はパニックだったが、表面上はただ笑顔で固まっていた。
「古町さんを巻き込んでどうしますの」
 ツッコミを入れる夢国さんは少しむくれていた。子供が拗ねているような、嫉妬しているような、そんな顔だった。
 やっぱり、学校で呼ばれるのが恥ずかしいだけであって、本気で止めろとは言ってないんだよね。特別な相手だけの、特別な呼び方だもんね。
「夢国さんも呼んでみたら? 特別な呼び方で」
 意趣返しの意味を込めて提案してみる。意趣返し自体は、夢国さん自身が何かしら実行しようと考えていたことだ。
 夢国さんは考えるように口元に手を当てた。
「な、ななちゃん……」
 数秒の沈黙を経て、七津さんから目を逸らしたま呟いた。
「いいい、今のなし! なしですわ!」
 顔を真っ赤にしながら、手をパタパタとさせる夢国さん。その様子を見る七津さんはいつも以上に嬉しそうな笑顔を浮かべる。しかし、その耳は夢国さんと同じくらい真っ赤に染まっていた。
 七津さん、嬉しいけど恥ずかしいんだ。抱きついたり軽口もついてない。夢国さんお意趣返しは大成功だね。本人気づいてないと思うけど。
「お、お手洗いに行ってきます」
 その場から逃げるようにして、早足で夢国さんは教室から飛び出した。今回はいなくなってしまう心配はいらないだろう。
 七津さんと二人、向かい合ったままで取り残された。
 こうやって七津さんと二人きりになるのは初対面の時以来、かな。いやでも、あの時は夢国さんが後ろにいたから違うか。改めて何を話せばいいんだろう。
「ありがとね、古町さん」
「え?」
 聞き慣れた声。けれど、聞き慣れない落ち着いた声音と口調でお礼を言われた。誰と迷うまでもなく七津さんなのだが、頭の中で情報が混線していた。
 これって、最初にあった時に一瞬だけ見た七津さん?
「古町さん?」
「え? あ、うん。ごめん。ぼーっとしてた。えっと、私、お礼を言われるようなことしたかな?」
「あーちゃんのことだよ。本当は二人の時にこっそりお話しして、ギュッとするつもりだったんだけど、夢国さんが元気づけてくれたんでしょ?」
 違う空気を纏っていても、行動はいつもの七津さんだった。
 元気づけたなんて、大層なことはしてないんだけどな。一緒にクッキー焼いただけだし。
「少しお話ししただけだよ」
「ううん、十分すぎるよ。あーちゃんって、臆病なところあるから。人を頼るのが難しいくらいーー」
 そこまで言うと七津さんは言葉を少し止め、
「ーー私もなんだけどさ」
 と、頬をかきながら恥ずかしそうにいった。
 臆病、か。確かにあの時、夢国さんになかなか言葉が届かなかったし、私のことを怖がってた。
「あーちゃんの口調はね、本の中のお嬢様が元になってるの。臆病な友達を引っ張れるようにって」
 演技ぽいっていうか、志穂ちゃんみたいなオーバーなところがあるって思ってたけど、そんな理由があったんだあの口調。
 そういえば、前に一緒に勉強した時に『ノーブル家のお嬢様』って本の話してたっけ。
「友達は友達で、心配かけないように明るく振る舞えるよう頑張ったんだ」
 ハッキリ言わないけど、その友達っていうのが七津さんなんだろうな。
 普段の二人が嘘つきとかそういうことじゃなくて、お互いがお互いのために強くなろうと変わっていったんだよね。
「素敵だね。夢国さんも七津さんも大好きな人のために強くなれて」
「えへへ、恥ずかしいな。あ、今の話はあーちゃんには内緒だよ? きっと怒るから」
「ふふ。うん」
「ふぅ……。真面目モードは疲れちゃうな~」
 ひとしきり話し終えて、笑い合っていると、脱力した七津さんが何かに気がついたように教室の扉を見つめていた。振り向くまでもなく、その視線の先に誰がいるのかはわかった。
 夢国さん、ちょっとムスッとしてるかな?
「あーちゃん、おっかえり~」
 声の調子を戻した七津さんは、両手を広げて夢国さんを迎えに行った。早々に抱きつく気満々のようだ。
 振り向いて確認すると、夢国さんはガッチリとホールドされていた。抵抗する様子は少しもなく、完全に七津さんに体を預けている。密着したまま二人は席に戻ってきた。
「楓さんに抵抗するのも、疲れてきましたわ」
 大きなぬいぐるみにように膝に乗せられた夢国さんは、やれやれと言いたげに照れ隠しを口にする。
「ななちゃんって呼んでくれないの?」
「私らしくないので、呼びませんわ。……理想と離れますもの」
 夢国さんの理想、か。あとでその本探して読んでみよっかな。そうすれば、今よりも夢国さんのことがわかるかもしれないし。
「とにかく、もう言いません。一回きりですわ」
「ええ~、呼んでよ~、あーちゃん」
 顔を覗き込もうとしながら催促する七津さん。夢国さんは左右に顔をフイっと振って避けている。新しいあっち向いてホイだろうか。疲れたと言っていた割に、しっかり抵抗している。
 左右に振られる小さな顔は、つぶらな瞳でチラチラとこちらに目配せをしている。
 どうしたのかな? 私を……それと鞄を見てる? ……ああ、そういうことか。
「ねえ、七津さん。ちょっとだけ夢国さんを離してあげて?」
 二人の戯れあいにストップをかける。
 席に戻ってきた後も、呼び方の話題に戻っちゃったから、話題を切り替えづらかったんだよね。私も自分のプレゼントの話題だったら恥ずかしくて難しいし。
「え? あ、うん。あーちゃん痛かった? ごめんね」
 詳細がわからないままの七津さんは、私の視点から夢国さんが痛がる表情をしていたんじゃないかと心配そうな顔をしている。
「ち、違いますわ。その、えっと、その」
 夢国さんは七津さんの膝の上で少しモジモジしたあと、ゆっくりと立ち上がって鞄の中を探る。ラッピングがされた小さな長方形の箱を取り出し、後ろ手に隠した。
 その行動に何かを察したのか、七津さんは頬を赤く染め、何故か立ち上がった。緊張して静かになっている七津さんは貴重な気がした。
「……」
「……」
 しばらくの沈黙。いつもは激しい愛情表現で他人が入り込みづらいが、今回はその静けさが他人の入る余地を塞いだ。
 夢国さんはチラチラと上目遣いで七津さんの表情を窺っている。二人とも蒸気が立ち上りそうなほど赤い顔をしている。
(なんで立っちゃったんだろ~。余計ドキドキする~)
 身長差があるから、夢国さんは上目遣いになっちゃうんだよね。あの瞳でされたら私も緊張しちゃうかも。
「すぅ……はぁ……すぅ……、ん」
 沈黙を破るための深い深呼吸。夢国さんは覚悟を決めて七津さんをじっと見つめる。七津さんも応えるように見つめ返している。
 がんばれ、夢国さん!
「その。ど、土曜日に、古町さんとクッキーを作りましたの。初めてなので自信はあまりないのですが。それでも、日頃の感謝と、あ、愛情は詰め込みました。たまには、私からもアピールをしないとと思って。……受け取っていただけますか?」
 赤いリボンで飾られた小さな贈り物。夢国さんの想いがいっぱいに詰まった、甘い愛情。
 言い終えたという達成感と恥ずかしさからか、夢国さんはまた視線を逸らした。
「嬉しい。ありがとう。ありがと~! あーちゃーん!」
 幸せそうな笑顔でそっとプレゼントを受けとる七津さん。しかし、直後に夢国さんを思いっきりギューっと抱きしめた。苦しいのか、夢国さんは手をバタバタとさせている。
 普段通りの七津さん。ううん、ちょっとだけ違うか。
 愛情表現っていうのは変わらないけれど、それ以上に照れ隠ししてるんだよね。抱きしめる力加減上手くできてないけど、箱はクッキー砕かないようにそっと持ってるし。冷静さ半分と嬉しくてテンパリ半分、かな。
 私も側から見たらこんな感じに映ってるのかな。そう思うと私まで恥ずかしくなってきた。
「ぷはっ。さ、さすがに苦しかったですわ」
 見守っていると、夢国さんの顔がひょっこりと出てきた。恥ずかしさで真っ赤になっていた顔は、息ができなかったせいでさらに赤くなっている。
「だ、大丈夫?」
「ええ。平気ですわ。すぐ、息も、整います」
 十数秒ほどで夢国さんの呼吸は正常に戻り、私を見て笑った。
「次は古町さんの番ですわよ」
 その言葉に私はハッとした。
 二人がまた仲良しに戻る助けになればと思って頑張った。それが今回の主題であったことは間違いない。けれど、自分の恋路そっちのけで動いていたわけでもない。
 三つ用意した袋のうちの一つ。先生に渡すために用意した、赤いリボンの袋。
 二人のことですっかり忘れるところだった。いや、もちろん二人に万が一のことがあればそっちに全力注いでたけれど。にしたって、朝はちゃんと覚えてた。それどころかすごい意識してたのに。
 早く渡さないと、時間が。
「古町さん? もうチャイム鳴るよ」
 どどどどどうしよう。この時間を逃したらタイミングなくなっちゃう。明日に引き延ばすのは嫌だし、授業の準備しないといけないし、どうすれば。
「放課後に渡すしかないですわね」
 至極徒然の選択肢。それなのに言われるまで頭の片隅にすら思い浮かばなかった。焦りすぎにもほどがある。周りどころか、自分のことすら満足に見えていない。
 こんなに頭が回らなくなるのなんて、人前で発表とかがある時だけだと思ってたのに。先生のことになるとそれ以上に思考がぐちゃぐちゃする。こんなんじゃ告白失敗しちゃうよ。
 自己分析をしているうちにチャイムが鳴った。鳴り終わってしまう前に授業準備を終わらせる。アウト判定をもらっても文句は言えないラインだったが、数学の先生が緩めで助かった。
 程なくして授業が始まった。
 ノートを開いてペンを走らせる。公式を覚えて問題と向き合う。一見真面目な生徒を演じていたが、あまり集中できてはいなかった。
 時折、黒板やノートにむけていた視線を鞄に向ける。中のクッキーを思い浮かべて八戸波先生のことを考える。
 喜んでくれるかな。美味しいって言ってくれるかな。受け取って……くれるかな。
 期待と不安を抱えて睨む時計は、いつにも増して動きが遅い。
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