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十一話「想って繋いで」
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休み明けの月曜日。いつもの制服。いつもの鞄。その中に潜ませた特別な贈り物。
はやる気持ちを抑えることができず、いつもより早い時間に登校している。静かに一人で歩く時間は心を落ち着けるのにちょうどよかった。
先生、喜んでくれるといいな。そもそも受け取ってもらえるのかな。どうやって渡すのが一番いいんだろう。
「古町さーん」
気持ちが落ち着き切らないでいると、後ろから聞き慣れた元気な声がした。
「おはよう、古町さん」
「おはようございます、雪菜先輩」
そうだ。雪菜先輩は掃除のために月曜日は早く登校してるんだった。完全に忘れてた。
「今日は早いね。それに、なんか嬉しそう」
「そう、かもです。悩み事が解決したので」
「そっか。なら良かった」
簡単なやり取りをしたことで、私の心は八割ほど落ち着いた。雪菜先輩との会話は緊張が解けていく。
「掃除のお手伝い、行っても良いですか?」
「うん。助かるよ」
完全に心を落ち着けるために、生徒会室に行くことにした。
掃除は自分の心も綺麗にして落ち着かせてくれるけれど、教室で誰かに見られてしまうのは少し恥ずかしい。
雪菜先輩と他愛のない話をしながら、二人で学校に向かった。
「あ、夢国さん。おはよう」
学校に着くと、夢国さんがちょうど靴を履き替えているところだった。
夢国さんも、私と同じかな。気持ちだけが焦っちゃって早く学校に来ちゃった。みたいな。
「お、おはようございます、古町さん。それに三条会長も、おはようございます」
冷静に挨拶を返してくれたが、耳が少し紅潮している。
「おはよう。夢国さんも早いね」
「ええ。特に深い意味はないのですが。と、時計の時間が進んでまして」
流石にその嘘は無理がありすぎると思うよ、夢国さん。
現代学生にとって、家の時計はほとんど飾りのようなものであり、メインで見ているのはスマホだ。
「夢国さんも生徒会室くる? 特に面白いものはないんだけど」
「古町さんも、行きますの?」
「うん。掃除のお手伝いに」
夢国さんは口に手を当てて少し考えると、鞄を撫でて恥ずかしそうな表情を一瞬だけ見せ、普段の自信に満ちた表情になった。
「ええ、お手伝いさせていただきますわ」
人数が三人に増え、生徒会室の掃除に取り掛かる。
二人の時もさほど時間が掛からなかったこともあり、三人となると予想以上に時間に余裕を持って掃除が終わってしまった。
「ゆっきな~ん、お手伝いきた~って。もしかしなくても終わってる?」
掃除が終わるとほぼ同じタイミングで、命先輩が勢いよく扉を開けた。前回よりも早い到着だったが、私たち三人が座っていたので全て察したらしい。
「ああ、二人の後輩が助けてくれたよ」
「む~。ゆきなんばかりずるい~。私も後輩ちゃんとイチャイチャしたい~」
「イチャイチャ言うな」
命先輩は地団駄を踏みながら雪菜先輩に近づいてパンチをしたかと思うと、夢国さんにフラフラと近づいて行った。
腕を広げてそのまま抱きつくのかと思うと、方向転換して私を後ろから抱き締めた。
「み、命先輩!?」
「いや~、亜里沙ちゃんに抱きつくのは、楓ちゃんがセットじゃないと許可入りそうだったからさ~」
許可って、七津さんのことだよね。前に二人と話してたけど、関係性がわかるくらいには深いとこまで話をしたのかな。やっぱり距離を詰めるのが早い。
「古町さんにも許可とりなよ、命。普通に離れろ」
「や~だ~。後輩成分補充したい~」
「私は気にしてませんから。そうだ、先輩たちに渡したいものがあるんです」
命先輩にくっつかれたまま、鞄の中を探って小さな袋を二つ取り出す。
「お休の日にクッキー焼いたんですけど、よかったら」
青いリボンの付いた袋には、チョコチップ入りの猫型クッキーが五枚ずつ入っている。
「え~! まじありがと~。ゆきなんも甘いもの好きだもんね~」
「い、いいの? 古町さん」
「はい。たくさん焼いたので」
雪菜先輩に袋を手渡すと、お菓子を買ってもらった子供のようにキラキラした瞳で中のクッキーを見つめていた。
先生にだけ渡して拒否されると怖いから、言い訳ように先輩たちの分作ったから、思ったより喜ばれてちょっとだけ後ろめたい気持ちが。
「う~ん、甘くておいしい~。ゆきなんも食べなよ~」
少し罪悪感を感じていると、私から離れた命先輩は早速クッキーを食べてご満悦だった。
それと対照的に、受け取った時の笑顔に反して、雪菜先輩は難しい顔で取り出したクッキーを見ている。目力が強すぎて睨んでいる域だった。
「ゆ、雪菜先輩?」
「はぁ~、ゆきなんったら。パクッとな」
「!?」
クッキーの猫と睨めっこしていた雪菜先輩だったが、こう着状態が長すぎて相手が命先輩に変更になった。
「命! あんたねぇ! せっかく古町さんがくれた可愛いクッキーを!」
「ふぉんな……ん。そんな怒らないでよ~。貰ったもの食べなかったのゆきなんじゃ~ん」
「だからって、命が食べる理由にはならないだろ!」
珍しく声を荒げる雪菜先輩に追いかけられながら、命先輩はクッキーを一枚、また一枚と食べている。
クッキーが発端でグルグル追いかけっこになるなんて。命先輩ってそんなに甘いもの好きだったのかな。今度作る時、また先輩の分も作ろう。
「あ、古町さん。そろそろ楓さんがくる時間ですわ」
「もうそんな時間? すみません先輩、失礼します」
「ちょい待っ、ち!」
扉を開けて退室しようとすると、追いかけられ中の命先輩が夢国さんに抱きついた。追いかけていた雪菜先輩は急ブレーキで止まり、私は状況が読めず、夢国さんも同様に固まっていた。
(楓ちゃんと仲直りするんだよ?)
(どうしてそれを?!)
(今日は一緒にいなかったからさ~。女の勘、みたいな)
何か夢国さんに耳打ちしてるみたいだけど、何言ってるのか聴こえないなあ。
「……じゃね~!」
「あ、待て、命!」
こそこそ話していたかと思うと、夢国さんを軸に一回転して命先輩は走り去ってしまった。雪菜先輩は立場上走って追いかけることができないようで、悔しそうな顔をしていた。
「はぁー。二人は走らないで戻ってね?」
「わかりました」
雪菜先輩最後の生徒会長ムーブに見送られて、私と夢国さんは教室に向かった。
「さっき命先輩に何を言われたの?」
「えっと、見透かされていたというかなんというか。励ましのお言葉でしたわ」
「そっか」
内容自体はわからないままだけれど、夢国さんの表情が少し明るくなった気がするからいっか。
教室にはそれなりの生徒がいたが、七津さんの姿はなかった。
「遅いですわね。まさか、お休みとか?」
「ないとは言えないけど」
なんとなく連絡しづらくて休みに連絡取れなかったんだよね。反応からいして夢国さんもそうみたい。まあ、私以上に連絡はしづらいか。
「とりあえず、何を言うか考えておこう?」
「そ、そうですわね」
他のクラスメイトに気を遣いながら、コソコソ作戦会議をする。
あーでもないこーでもないと話し合ったが、お互いに良い案が浮かぶことはなく、最終的に普通に謝ろうに行き着いた。
「はぁ……。おはよぉ……」
作戦会議を終えてから数分、時間ギリギリで七津さんが入ってきた。
大きな溜息に、尻すぼみの声。元気半減どころか普段の十分の一すら感じられない。瞳は光を失い、この世の終わりのようなどんよりとした空気を纏っている。言葉の掛け方を見失うほどに。
やっぱり、金曜日のこと引きずってる。
「お、おはようございます。楓さん」
「!!」
夢国さんの少し躊躇うような挨拶に、家族の帰宅を察した犬のようにピクリと反応し、プルプルと震えている。
「あ、あ、あー、ちゃ、ん。あーぢゃーん! うわーん! 会いだがっだよぉ! あーちゃーん!」
震えていた七津さんはグシャグシャの顔で泣き叫びながら夢国さんに抱きついた。迷子の子供がお母さんを見つけたようにも見える。
体格と年齢的には姉妹かな。
「落ち着いてください、楓さん。鼻水も出ていますわよ。……ティッシュですわ。はい、チーン」
「チーーン! えへへ、ありがとう」
鼻をかんでもらうと、七津さんはいつもの明るい表情で、少し恥ずかしそうに笑った。
「金曜日は。その、ごめんなさい」
「今日来てくれたから大丈夫~」
七津さんが嬉しそうに抱きしめると、それに応えるように、夢国さんも強く優しく抱きしめ返していた。
「……流石に苦しいですわ。少し離してください」
「え~。まだ足りないのに。ならこうしよ~」
七津さんは一度離れると、夢国さんの後ろに回り込んで覆い被さるようにまた抱きついた。見慣れたいつものポジションだ。
幸せそうに笑う七津さんの腕を、夢国さんもギュッと掴んで愛おしそうに微笑んでいる。
二人が離れるなんてありえないよ。こんなに、お互いのことが大好きで大好きで仕方がないんだから。
「仲良しだね、二人とも」
「もちろ~ん。一秒だって離れたくないもん。未来の家族と」
「か、楓さん! 飛躍しすぎですわよ! ……否定はしませんが」
小さな本音を添えると、夢国さんは顔を真っ赤にして七津さんを振り解こうともがき始めた。
しかし、体格による力の差は歴然でいつも通り抜け出せない。
必死に抱っこから逃れようとする猫ちゃんみたい。
「さっきまでギュッて仕返してくれてたのに。ツンデレさんめ」
「し、知りませんわ。もう」
見慣れた二人のやりとり。先週のことがあったから、また見ることができて安心する。前にも増して、二人が幸せそうに見えた。
「おら、ホームルーム始めるぞ」
二人に気を取られて、チャイムが鳴り終わっていること。そもそも鳴っていることに気が付かなかった。
「今日はやけに賑やかだな。しんみりよりずっといいが」
呆れたように、どこか安心したように。先生は満足げに少しだけ口角をあげた。
「いつまでもイチャイチャすんな、夢国、七津」
揶揄うような注意に、夢国さんは顔を真っ赤にして抗議したげな表情になり、その後ろで七津さんは変わらず笑っていた。
いつもの空気を取り戻した教室。週明けの日常がやっと始まったという感覚を、クラス全員が感じていた。
仲良しな二人に戻って本当に良かった。
はやる気持ちを抑えることができず、いつもより早い時間に登校している。静かに一人で歩く時間は心を落ち着けるのにちょうどよかった。
先生、喜んでくれるといいな。そもそも受け取ってもらえるのかな。どうやって渡すのが一番いいんだろう。
「古町さーん」
気持ちが落ち着き切らないでいると、後ろから聞き慣れた元気な声がした。
「おはよう、古町さん」
「おはようございます、雪菜先輩」
そうだ。雪菜先輩は掃除のために月曜日は早く登校してるんだった。完全に忘れてた。
「今日は早いね。それに、なんか嬉しそう」
「そう、かもです。悩み事が解決したので」
「そっか。なら良かった」
簡単なやり取りをしたことで、私の心は八割ほど落ち着いた。雪菜先輩との会話は緊張が解けていく。
「掃除のお手伝い、行っても良いですか?」
「うん。助かるよ」
完全に心を落ち着けるために、生徒会室に行くことにした。
掃除は自分の心も綺麗にして落ち着かせてくれるけれど、教室で誰かに見られてしまうのは少し恥ずかしい。
雪菜先輩と他愛のない話をしながら、二人で学校に向かった。
「あ、夢国さん。おはよう」
学校に着くと、夢国さんがちょうど靴を履き替えているところだった。
夢国さんも、私と同じかな。気持ちだけが焦っちゃって早く学校に来ちゃった。みたいな。
「お、おはようございます、古町さん。それに三条会長も、おはようございます」
冷静に挨拶を返してくれたが、耳が少し紅潮している。
「おはよう。夢国さんも早いね」
「ええ。特に深い意味はないのですが。と、時計の時間が進んでまして」
流石にその嘘は無理がありすぎると思うよ、夢国さん。
現代学生にとって、家の時計はほとんど飾りのようなものであり、メインで見ているのはスマホだ。
「夢国さんも生徒会室くる? 特に面白いものはないんだけど」
「古町さんも、行きますの?」
「うん。掃除のお手伝いに」
夢国さんは口に手を当てて少し考えると、鞄を撫でて恥ずかしそうな表情を一瞬だけ見せ、普段の自信に満ちた表情になった。
「ええ、お手伝いさせていただきますわ」
人数が三人に増え、生徒会室の掃除に取り掛かる。
二人の時もさほど時間が掛からなかったこともあり、三人となると予想以上に時間に余裕を持って掃除が終わってしまった。
「ゆっきな~ん、お手伝いきた~って。もしかしなくても終わってる?」
掃除が終わるとほぼ同じタイミングで、命先輩が勢いよく扉を開けた。前回よりも早い到着だったが、私たち三人が座っていたので全て察したらしい。
「ああ、二人の後輩が助けてくれたよ」
「む~。ゆきなんばかりずるい~。私も後輩ちゃんとイチャイチャしたい~」
「イチャイチャ言うな」
命先輩は地団駄を踏みながら雪菜先輩に近づいてパンチをしたかと思うと、夢国さんにフラフラと近づいて行った。
腕を広げてそのまま抱きつくのかと思うと、方向転換して私を後ろから抱き締めた。
「み、命先輩!?」
「いや~、亜里沙ちゃんに抱きつくのは、楓ちゃんがセットじゃないと許可入りそうだったからさ~」
許可って、七津さんのことだよね。前に二人と話してたけど、関係性がわかるくらいには深いとこまで話をしたのかな。やっぱり距離を詰めるのが早い。
「古町さんにも許可とりなよ、命。普通に離れろ」
「や~だ~。後輩成分補充したい~」
「私は気にしてませんから。そうだ、先輩たちに渡したいものがあるんです」
命先輩にくっつかれたまま、鞄の中を探って小さな袋を二つ取り出す。
「お休の日にクッキー焼いたんですけど、よかったら」
青いリボンの付いた袋には、チョコチップ入りの猫型クッキーが五枚ずつ入っている。
「え~! まじありがと~。ゆきなんも甘いもの好きだもんね~」
「い、いいの? 古町さん」
「はい。たくさん焼いたので」
雪菜先輩に袋を手渡すと、お菓子を買ってもらった子供のようにキラキラした瞳で中のクッキーを見つめていた。
先生にだけ渡して拒否されると怖いから、言い訳ように先輩たちの分作ったから、思ったより喜ばれてちょっとだけ後ろめたい気持ちが。
「う~ん、甘くておいしい~。ゆきなんも食べなよ~」
少し罪悪感を感じていると、私から離れた命先輩は早速クッキーを食べてご満悦だった。
それと対照的に、受け取った時の笑顔に反して、雪菜先輩は難しい顔で取り出したクッキーを見ている。目力が強すぎて睨んでいる域だった。
「ゆ、雪菜先輩?」
「はぁ~、ゆきなんったら。パクッとな」
「!?」
クッキーの猫と睨めっこしていた雪菜先輩だったが、こう着状態が長すぎて相手が命先輩に変更になった。
「命! あんたねぇ! せっかく古町さんがくれた可愛いクッキーを!」
「ふぉんな……ん。そんな怒らないでよ~。貰ったもの食べなかったのゆきなんじゃ~ん」
「だからって、命が食べる理由にはならないだろ!」
珍しく声を荒げる雪菜先輩に追いかけられながら、命先輩はクッキーを一枚、また一枚と食べている。
クッキーが発端でグルグル追いかけっこになるなんて。命先輩ってそんなに甘いもの好きだったのかな。今度作る時、また先輩の分も作ろう。
「あ、古町さん。そろそろ楓さんがくる時間ですわ」
「もうそんな時間? すみません先輩、失礼します」
「ちょい待っ、ち!」
扉を開けて退室しようとすると、追いかけられ中の命先輩が夢国さんに抱きついた。追いかけていた雪菜先輩は急ブレーキで止まり、私は状況が読めず、夢国さんも同様に固まっていた。
(楓ちゃんと仲直りするんだよ?)
(どうしてそれを?!)
(今日は一緒にいなかったからさ~。女の勘、みたいな)
何か夢国さんに耳打ちしてるみたいだけど、何言ってるのか聴こえないなあ。
「……じゃね~!」
「あ、待て、命!」
こそこそ話していたかと思うと、夢国さんを軸に一回転して命先輩は走り去ってしまった。雪菜先輩は立場上走って追いかけることができないようで、悔しそうな顔をしていた。
「はぁー。二人は走らないで戻ってね?」
「わかりました」
雪菜先輩最後の生徒会長ムーブに見送られて、私と夢国さんは教室に向かった。
「さっき命先輩に何を言われたの?」
「えっと、見透かされていたというかなんというか。励ましのお言葉でしたわ」
「そっか」
内容自体はわからないままだけれど、夢国さんの表情が少し明るくなった気がするからいっか。
教室にはそれなりの生徒がいたが、七津さんの姿はなかった。
「遅いですわね。まさか、お休みとか?」
「ないとは言えないけど」
なんとなく連絡しづらくて休みに連絡取れなかったんだよね。反応からいして夢国さんもそうみたい。まあ、私以上に連絡はしづらいか。
「とりあえず、何を言うか考えておこう?」
「そ、そうですわね」
他のクラスメイトに気を遣いながら、コソコソ作戦会議をする。
あーでもないこーでもないと話し合ったが、お互いに良い案が浮かぶことはなく、最終的に普通に謝ろうに行き着いた。
「はぁ……。おはよぉ……」
作戦会議を終えてから数分、時間ギリギリで七津さんが入ってきた。
大きな溜息に、尻すぼみの声。元気半減どころか普段の十分の一すら感じられない。瞳は光を失い、この世の終わりのようなどんよりとした空気を纏っている。言葉の掛け方を見失うほどに。
やっぱり、金曜日のこと引きずってる。
「お、おはようございます。楓さん」
「!!」
夢国さんの少し躊躇うような挨拶に、家族の帰宅を察した犬のようにピクリと反応し、プルプルと震えている。
「あ、あ、あー、ちゃ、ん。あーぢゃーん! うわーん! 会いだがっだよぉ! あーちゃーん!」
震えていた七津さんはグシャグシャの顔で泣き叫びながら夢国さんに抱きついた。迷子の子供がお母さんを見つけたようにも見える。
体格と年齢的には姉妹かな。
「落ち着いてください、楓さん。鼻水も出ていますわよ。……ティッシュですわ。はい、チーン」
「チーーン! えへへ、ありがとう」
鼻をかんでもらうと、七津さんはいつもの明るい表情で、少し恥ずかしそうに笑った。
「金曜日は。その、ごめんなさい」
「今日来てくれたから大丈夫~」
七津さんが嬉しそうに抱きしめると、それに応えるように、夢国さんも強く優しく抱きしめ返していた。
「……流石に苦しいですわ。少し離してください」
「え~。まだ足りないのに。ならこうしよ~」
七津さんは一度離れると、夢国さんの後ろに回り込んで覆い被さるようにまた抱きついた。見慣れたいつものポジションだ。
幸せそうに笑う七津さんの腕を、夢国さんもギュッと掴んで愛おしそうに微笑んでいる。
二人が離れるなんてありえないよ。こんなに、お互いのことが大好きで大好きで仕方がないんだから。
「仲良しだね、二人とも」
「もちろ~ん。一秒だって離れたくないもん。未来の家族と」
「か、楓さん! 飛躍しすぎですわよ! ……否定はしませんが」
小さな本音を添えると、夢国さんは顔を真っ赤にして七津さんを振り解こうともがき始めた。
しかし、体格による力の差は歴然でいつも通り抜け出せない。
必死に抱っこから逃れようとする猫ちゃんみたい。
「さっきまでギュッて仕返してくれてたのに。ツンデレさんめ」
「し、知りませんわ。もう」
見慣れた二人のやりとり。先週のことがあったから、また見ることができて安心する。前にも増して、二人が幸せそうに見えた。
「おら、ホームルーム始めるぞ」
二人に気を取られて、チャイムが鳴り終わっていること。そもそも鳴っていることに気が付かなかった。
「今日はやけに賑やかだな。しんみりよりずっといいが」
呆れたように、どこか安心したように。先生は満足げに少しだけ口角をあげた。
「いつまでもイチャイチャすんな、夢国、七津」
揶揄うような注意に、夢国さんは顔を真っ赤にして抗議したげな表情になり、その後ろで七津さんは変わらず笑っていた。
いつもの空気を取り戻した教室。週明けの日常がやっと始まったという感覚を、クラス全員が感じていた。
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