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十九話『現実の夢』
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八戸波先生もとい、習さんとの休日デートごっこ。
夏は始まっているというのに、我が世の春を謳歌している。
ああ、無理矢理だったけれど我を押し通してよかった。じゃなかったらこの時間も訪れなかっただろうし。
洋服店であれやこれやとひっきりなしに漁っている。オシャレに詳しいかどうかはさておき、やけに楽しい。
「なあ、古町」
「なんですか? せん……習さん」
「なんで俺の服ばかり探すんだ?」
入店から数十分。自分の服は一切探すことなく、ひたすら先生の服を選んでは試着してもらう一人ファッションショーが続いている。
「なんというか、新鮮で」
腕や脚を出すと性別がバレてしまいそうなので、長袖か七分袖をメインで着てもらっている。
普段メンズファッションとか見たりしないから、普段よりテンションが上がっちゃってる。先生を好き勝手してるの大きかもしれない。本当はレディースで可愛い感じにもしたいんだけれど。
あくまで兄妹か親戚で押し通す予定なので、先生だとバレてしまうのはまずい。
「着せ替え人形のままってのも癪だな。そろそろ交代するか?」
「私は私で選びますから」
「ここまできてそれはないだろ」
先生の笑顔が少し怖い。先生で遊びすぎたようで、おふざけのスイッチが完全にオンになってしまっている。
そういえば、生徒と遊んでると途中で本気になっちゃうタイプの先生だった。でも、これはある意味チャンスなのでは。選ぶ服で、好みがわかるかもしれない。
プラスに考えると同時に、自分の好みも割れてしまっているかもしれないと思うと、少し恥ずかしかった。
「とりあえずコレだな」
先生が持ってきた服は可愛いもデザインばかりだった。その中に復讐なのか、やけに子供っぽいものも混ざっている。
これが先生の好みなのかどうか判別がつかない。悪ふざけと言われると否定できないし、好みだと言われれば可愛らしいと思えるけれど。
最後まで先生の好みがわかることはなく、試着会は終わった。先生に服を買うことも、逆に買ってもらうこともなかった。
「人の服を選ぶとか、高校いらいか。楽しいもんだな。……俺のセンスが悪いのか、買われた記憶は少ないが」
傷ついているのか、先生は苦笑していた。
口ぶりからして、さっきの服は先生の好みなのでは。だとしたら、かっこいいイメージの先生だけれど、本当は可愛い服とか着たいのかな。
「次はどこ行くんだ?」
「えっと。雑貨屋さんで少し小物を」
洋服店を後にして雑貨屋へ。置物、食器類、アクセサリー、パティーグッズ。統一感のないお店の中を目的もなく漁るのが、買い物において一番楽しいと思っている。掘り出し物を見つけた時の感動もたまらない。
全部志穂ちゃんの受け売りだけれど。
「このCD。俺が中学の時に流行ってたやつだ。転がってるもんだな」
先生にも刺さる懐かしい商品もあるようで、先ほどよりも楽しそうだ。先生が笑っていると、私も嬉しい。
「このクッション、可愛くないですか?」
「お、触り心地もいいな。いくらだ」
互いに気にいるものもあれば、
「ゴ、ゴリラの生首ー!」
「落ち着け、変装マスクだ。無駄に完成度高いなおい」
違う感想が出てくるものもある。
「これ、なんですか?」
「ポケベルだな。親父の部屋で見かけたことがある。数字の語呂合わせでメッセージを作ったりするんだ」
初めて知ることもあった。
ああ、本当に楽しい。本来の目的とは大きく離れてしまったけれど、結果オーライ。それどころか棚からぼた餅なのでは。
雑貨屋さんは宝探しみたいで元々好きだったけれど、今日はいつもの三倍。ううん、十倍ぐらい楽しい。
擬似デートという状況に自然と口角が上がる。羞恥も、時間も、しがらみも。全て忘れてその幸せに浸かった。
レトログッズやパーティーグッズをひとしきり堪能した後、アクセサリーが置いてある一角で足を止めた。
可愛いもの。かっこいいもの。怖いもの。物として分類はされておかれていたが、系統自体はかなりごちゃごちゃで置かれている。
「なあ、古町。このゾンビが嘔吐してる指輪。どこ需要だと思う?」
「は、ハロウィンですかね? あとはバンドとか」
シルバーならまだファッションで誤魔化しが効きそうなのに、よりにもよってデザインもカラーリングもリアルすぎる。例に挙げた二つでも使うのは難しそう。
「あれ~、琉歌ちゃん?」
私のすぐ右側から、間延びした声で名前を呼ばれた。驚きながら視線を向けると、命先輩が小さく手を振って笑っている。
「奇遇だね~。掘り出し物探し? 楽しいよね~」
嬉しそうに話してくれる命先輩。その姿を見て、現実に引き戻されるような感覚があった。夢の時間が終わってしまうような。
「み、命先輩もお買い物ですか?」
「そうだよ~。ゆきなんにサプライズしようと思って。トイレ行ってる間にコッソリとね~」
雪菜先輩も一緒に来てるんだ。口ぶりからして、どこかのトイレに置いて来てるみたいだけれど。あとで怒られてそうだな。
「琉歌ちゃんが良ければ、一緒に選んでくれない? そのあとでご飯とか食べようよ」
命先輩は、先生に気がついていない様子で話を続ける。
誘ってもらえるのは嬉しいけれど、先生と一緒にいる時間を終わらせたくない。でも、断るのも申し訳ないし。
迷っていると、後ろで人が動いた気配を感じた。すぐに先生のものだと気づき、反射的に振り向いてしまった。棚に遮られて、先生の背中が少し見えただけだった。
気を、遣ってくれたのかな。先生からしたら、生徒同士の付き合いの方が楽しそうに思うだろうし、大事だよね。
でも、何も言われないでいなくなられるのは寂しい。
「どうしたの? 琉歌ちゃん。誰かいた?」
「いえ、なんでもないですよ? あはは」
笑って誤魔化すと、命先輩は少し不思議そうな顔をしていた。
「そう? ならいいけど」
命先輩は何か引っ掛かっている様子だったが、踏み込んでは来なかった。
「じゃあ、ゆきなんのプレゼント選び手伝ってくれる?」
「もちろんです」
本当はもっと先生と一緒にいたかったけれど、引き留めてしまうのは悪い気がする。何より、先生の男装は口止めされてるし。
私は気持ちを切り替えて、雪菜先輩のプレゼント選びを手伝うことにした。
「この指輪とかどうかな?」
命先輩はふざけた様子で、先ほど先生と見ていた用途不明の指輪を手にとって私に見せた。
「さ、さすがに別のものがいいと思います」
「だよね~」
命先輩は楽しそうに笑いながら、指輪を置いてあった場所に戻した。戻した後は、一風変わったデザインのアクセサリーを手に取ることはなかった。
「どんなのがいいかな~」
命先輩は、ブルーやシルバーを基調としたシンプルだったり、クールなデザインのものを手にとっては悩んだ様子で戻している。
「これとかどうですか?」
私はネックレスを手に取り先輩に見せた。丸まった猫ちゃんが形どられ、白、黒、茶色で綺麗に塗り分けられている。
前に話した時、猫ちゃんが好きって言ってたし。可愛いものも好きそうだから気に入ってくれるかも。
「お~。三毛猫デザイン可愛いね~」
命先輩はうんうんと頷き、あごに人差し指を当てて目を瞑る。雪菜先輩のことを考えているのか嬉しそうに笑った。
「あ~……。でも着けてくれるかな~?」
そういうと、命先輩は困ったような難しいような顔をして体を傾けた。
私が知る限りの雪菜先輩の好みに合わせて選んだつもりだったけれど、違かったかな。命先輩の反応あまり良くないし。
「雪菜先輩って、どんなデザインが好みなんですか?」
次は正しい選択ができるように、命先輩に確認する。初めからしていなかったことを少し反省した。
「えっとね~、こういうの」
命先輩は、私が持っている三毛猫のネックレスを指差した。
「え? でもさっき」
「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かったね」
命先輩は口元で手を合わせると、複雑そうな顔をしながら手を下ろして話を続けた。
「ゆきなん、可愛いもの大好きだけど、買わないし買っても身につけないんだよね~。イメージってやつ? 外行きの服もクールだし。似合ってはいるけどさ」
命先輩は口を尖らせて「受け取ってくれても着けてもらえないのは癪」と、怒ったような拗ねたような声で言った。
イメージ、か。確かに雪菜先輩は、「かっこいい生徒会長」としての姿であることを気にしている気がする。痴漢にあった時も、必死に強がって私のことを気遣ってくれたし。
でも、それで自分の好きを言えないのは。かわいそう。
「それがゆきなんってことは、わかってるんだけどね」
命先輩は呆れすぎて諦めたというふうに、大きなため息をつきながら言った。中学の頃から、そういう先輩を見てきたのだろうか。
三条雪菜生徒会長のイメージに合うアクセサリーを探し始めると、いくつか候補は上がった。しかし、命先輩は決め手に欠けるのか選べずにいた。
「イメージだけど……ゆきなんは……」
ブツブツと呟きながら、手にとっては戻すを繰り返している。雪菜先輩のイメージにあっていても、好みでないと思うと決まらないらしい。
私もグルグルと目を回しそうになっていると、ネックレスが目に止まった。
「これなら、着けてもらえますかね?」
手にとったのは、また猫ちゃんのネックレス。二重の鎖で、白と黒の猫が重なりあって、シルエットもハッキリとは猫になっていない。
「う~ん。これなら可能性は……む?」
命先輩は何かに気がついたのか、猫をチョンと押した。すると、重なっていた猫が二匹に別れた。
ぺ、ペアアクセサリーだったんだ、これ。いや、鎖が重なっている時点で気がつくでしょ私。
先生のことを引きずっているのか、プレゼントの内容に苦心しすぎて頭が疲れているのか、その両方か。私の頭の限界は近いらしい。
「これに決~めた。お会計してくる~」
迷っていたのが嘘のように、命先輩は明るい笑顔で私の手からネックレスを取ると、軽い足取りでレジに向かった。
理由はよくわからないけれど。付き合いの長い命先輩が確信を持って選んだんだから、きっと雪菜先輩も気にいるよね。
お会計を済ました命先輩は、少し苦い表情で戻ってきた。
「う~ん。ゆきなん、めっちゃ怒ってるっぽい」
冷や汗の滲む命先輩がスマホの画面を見せてくれた。そこには、雪菜先輩からの着信が五件ほどきていた。
「気がつかなかったんですか?」
「通知オフになってて。琉歌ちゃん助けて~、ゆきなんにデコピンされる~」
怒ってるわりに制裁方法が軽い。雪菜先輩が誰かを叩いたりしてるところ想像できないから違和感ないけれど。
「やっと、見つけた」
命先輩が穏便に済ます方法を探しながら連絡を取ろうとしていると、ちょうど雪菜先輩が店の前を通りかかってしまった。明らかに怒った表情をしている。
「急にいなくなるな! せめて合流できるように連絡しろ! 何かあったんじゃって心配になるから」
「ご、ごめんってばゆきな~ん。連絡するつもりあったけど、ちょっと想定外のことが起きて忘れてたの~」
学校で怒られてる時の命先輩は適当にかわさしてたけれど、熱量が違いすぎて真正面からちゃんと怒られてる。
怒ってるけれど、置いてかれたからより、連絡が取れなかったことに怒ってそう。
「雪菜先輩。その辺で許してあげてください」
「ふ、古町さん?! ご、ごめん。恥ずかしいところ見せちゃって」
私に気付くと、雪菜先輩の怒涛のお説教が止まった。命先輩もそっと胸を撫で下ろした。
「奇遇だね。お買い物?」
「はい。ちょっと気分転換に」
本日三回目の奇遇。ここまでくると、夢国さんや七津さんと会っても驚かない自信がある。
黒いスキニーデニムに白いノースリーブのブラウス。唾付きキャップが下げられたウエストポーチ。雪菜先輩の服装は、命先輩から聞いていたものと大体一致している。
「ゆ、ゆきなん」
一瞬会話から離脱していた命先輩が恐る恐る声をかけた。手には先ほど買ったネックレスが載っている。
「ゆきなん、傷つ……」
暗めの声音だった命先輩は言葉を止め、首をブンブンと振った。
「しょげてたから、元気だせ~ってことでプレゼント」
明るい声音に戻すと、ニコッと笑った。
あっけに取られている雪菜先輩の首に、白い猫のネックレスをそっとかけ、命先輩は黒い猫の方を身につけた。
雪菜先輩は優しくネックレスに触れる。
「古町さんも、選んでくれたの?」
「少しお手伝いしただけです」
猫を手に取りジッと見つめると、雪菜先輩は嬉しそうに笑った。
命先輩との距離を詰めると、命先輩の懸念通り、軽いデコピンをしていた。
「これで許してあげる」
照れているのを隠せていない様子で、雪菜先輩は言った。被ってない帽子を深く被ろうとして手を伸ばし、誤魔化すように前髪を弄る。それを見た命先輩は嬉しそうに笑った。
私もあんな風に、先生にプレゼントを渡せたらな。
どんなプレゼントなら喜んでくれのか想像してみるが、どの像もぼやけて鮮明には映らない。言葉も無声映画を見ているように、聞こえない。しっくりこない字幕だけが浮かび上がっては消えていく。
白昼夢で終わらせたくないな。
夏は始まっているというのに、我が世の春を謳歌している。
ああ、無理矢理だったけれど我を押し通してよかった。じゃなかったらこの時間も訪れなかっただろうし。
洋服店であれやこれやとひっきりなしに漁っている。オシャレに詳しいかどうかはさておき、やけに楽しい。
「なあ、古町」
「なんですか? せん……習さん」
「なんで俺の服ばかり探すんだ?」
入店から数十分。自分の服は一切探すことなく、ひたすら先生の服を選んでは試着してもらう一人ファッションショーが続いている。
「なんというか、新鮮で」
腕や脚を出すと性別がバレてしまいそうなので、長袖か七分袖をメインで着てもらっている。
普段メンズファッションとか見たりしないから、普段よりテンションが上がっちゃってる。先生を好き勝手してるの大きかもしれない。本当はレディースで可愛い感じにもしたいんだけれど。
あくまで兄妹か親戚で押し通す予定なので、先生だとバレてしまうのはまずい。
「着せ替え人形のままってのも癪だな。そろそろ交代するか?」
「私は私で選びますから」
「ここまできてそれはないだろ」
先生の笑顔が少し怖い。先生で遊びすぎたようで、おふざけのスイッチが完全にオンになってしまっている。
そういえば、生徒と遊んでると途中で本気になっちゃうタイプの先生だった。でも、これはある意味チャンスなのでは。選ぶ服で、好みがわかるかもしれない。
プラスに考えると同時に、自分の好みも割れてしまっているかもしれないと思うと、少し恥ずかしかった。
「とりあえずコレだな」
先生が持ってきた服は可愛いもデザインばかりだった。その中に復讐なのか、やけに子供っぽいものも混ざっている。
これが先生の好みなのかどうか判別がつかない。悪ふざけと言われると否定できないし、好みだと言われれば可愛らしいと思えるけれど。
最後まで先生の好みがわかることはなく、試着会は終わった。先生に服を買うことも、逆に買ってもらうこともなかった。
「人の服を選ぶとか、高校いらいか。楽しいもんだな。……俺のセンスが悪いのか、買われた記憶は少ないが」
傷ついているのか、先生は苦笑していた。
口ぶりからして、さっきの服は先生の好みなのでは。だとしたら、かっこいいイメージの先生だけれど、本当は可愛い服とか着たいのかな。
「次はどこ行くんだ?」
「えっと。雑貨屋さんで少し小物を」
洋服店を後にして雑貨屋へ。置物、食器類、アクセサリー、パティーグッズ。統一感のないお店の中を目的もなく漁るのが、買い物において一番楽しいと思っている。掘り出し物を見つけた時の感動もたまらない。
全部志穂ちゃんの受け売りだけれど。
「このCD。俺が中学の時に流行ってたやつだ。転がってるもんだな」
先生にも刺さる懐かしい商品もあるようで、先ほどよりも楽しそうだ。先生が笑っていると、私も嬉しい。
「このクッション、可愛くないですか?」
「お、触り心地もいいな。いくらだ」
互いに気にいるものもあれば、
「ゴ、ゴリラの生首ー!」
「落ち着け、変装マスクだ。無駄に完成度高いなおい」
違う感想が出てくるものもある。
「これ、なんですか?」
「ポケベルだな。親父の部屋で見かけたことがある。数字の語呂合わせでメッセージを作ったりするんだ」
初めて知ることもあった。
ああ、本当に楽しい。本来の目的とは大きく離れてしまったけれど、結果オーライ。それどころか棚からぼた餅なのでは。
雑貨屋さんは宝探しみたいで元々好きだったけれど、今日はいつもの三倍。ううん、十倍ぐらい楽しい。
擬似デートという状況に自然と口角が上がる。羞恥も、時間も、しがらみも。全て忘れてその幸せに浸かった。
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可愛いもの。かっこいいもの。怖いもの。物として分類はされておかれていたが、系統自体はかなりごちゃごちゃで置かれている。
「なあ、古町。このゾンビが嘔吐してる指輪。どこ需要だと思う?」
「は、ハロウィンですかね? あとはバンドとか」
シルバーならまだファッションで誤魔化しが効きそうなのに、よりにもよってデザインもカラーリングもリアルすぎる。例に挙げた二つでも使うのは難しそう。
「あれ~、琉歌ちゃん?」
私のすぐ右側から、間延びした声で名前を呼ばれた。驚きながら視線を向けると、命先輩が小さく手を振って笑っている。
「奇遇だね~。掘り出し物探し? 楽しいよね~」
嬉しそうに話してくれる命先輩。その姿を見て、現実に引き戻されるような感覚があった。夢の時間が終わってしまうような。
「み、命先輩もお買い物ですか?」
「そうだよ~。ゆきなんにサプライズしようと思って。トイレ行ってる間にコッソリとね~」
雪菜先輩も一緒に来てるんだ。口ぶりからして、どこかのトイレに置いて来てるみたいだけれど。あとで怒られてそうだな。
「琉歌ちゃんが良ければ、一緒に選んでくれない? そのあとでご飯とか食べようよ」
命先輩は、先生に気がついていない様子で話を続ける。
誘ってもらえるのは嬉しいけれど、先生と一緒にいる時間を終わらせたくない。でも、断るのも申し訳ないし。
迷っていると、後ろで人が動いた気配を感じた。すぐに先生のものだと気づき、反射的に振り向いてしまった。棚に遮られて、先生の背中が少し見えただけだった。
気を、遣ってくれたのかな。先生からしたら、生徒同士の付き合いの方が楽しそうに思うだろうし、大事だよね。
でも、何も言われないでいなくなられるのは寂しい。
「どうしたの? 琉歌ちゃん。誰かいた?」
「いえ、なんでもないですよ? あはは」
笑って誤魔化すと、命先輩は少し不思議そうな顔をしていた。
「そう? ならいいけど」
命先輩は何か引っ掛かっている様子だったが、踏み込んでは来なかった。
「じゃあ、ゆきなんのプレゼント選び手伝ってくれる?」
「もちろんです」
本当はもっと先生と一緒にいたかったけれど、引き留めてしまうのは悪い気がする。何より、先生の男装は口止めされてるし。
私は気持ちを切り替えて、雪菜先輩のプレゼント選びを手伝うことにした。
「この指輪とかどうかな?」
命先輩はふざけた様子で、先ほど先生と見ていた用途不明の指輪を手にとって私に見せた。
「さ、さすがに別のものがいいと思います」
「だよね~」
命先輩は楽しそうに笑いながら、指輪を置いてあった場所に戻した。戻した後は、一風変わったデザインのアクセサリーを手に取ることはなかった。
「どんなのがいいかな~」
命先輩は、ブルーやシルバーを基調としたシンプルだったり、クールなデザインのものを手にとっては悩んだ様子で戻している。
「これとかどうですか?」
私はネックレスを手に取り先輩に見せた。丸まった猫ちゃんが形どられ、白、黒、茶色で綺麗に塗り分けられている。
前に話した時、猫ちゃんが好きって言ってたし。可愛いものも好きそうだから気に入ってくれるかも。
「お~。三毛猫デザイン可愛いね~」
命先輩はうんうんと頷き、あごに人差し指を当てて目を瞑る。雪菜先輩のことを考えているのか嬉しそうに笑った。
「あ~……。でも着けてくれるかな~?」
そういうと、命先輩は困ったような難しいような顔をして体を傾けた。
私が知る限りの雪菜先輩の好みに合わせて選んだつもりだったけれど、違かったかな。命先輩の反応あまり良くないし。
「雪菜先輩って、どんなデザインが好みなんですか?」
次は正しい選択ができるように、命先輩に確認する。初めからしていなかったことを少し反省した。
「えっとね~、こういうの」
命先輩は、私が持っている三毛猫のネックレスを指差した。
「え? でもさっき」
「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かったね」
命先輩は口元で手を合わせると、複雑そうな顔をしながら手を下ろして話を続けた。
「ゆきなん、可愛いもの大好きだけど、買わないし買っても身につけないんだよね~。イメージってやつ? 外行きの服もクールだし。似合ってはいるけどさ」
命先輩は口を尖らせて「受け取ってくれても着けてもらえないのは癪」と、怒ったような拗ねたような声で言った。
イメージ、か。確かに雪菜先輩は、「かっこいい生徒会長」としての姿であることを気にしている気がする。痴漢にあった時も、必死に強がって私のことを気遣ってくれたし。
でも、それで自分の好きを言えないのは。かわいそう。
「それがゆきなんってことは、わかってるんだけどね」
命先輩は呆れすぎて諦めたというふうに、大きなため息をつきながら言った。中学の頃から、そういう先輩を見てきたのだろうか。
三条雪菜生徒会長のイメージに合うアクセサリーを探し始めると、いくつか候補は上がった。しかし、命先輩は決め手に欠けるのか選べずにいた。
「イメージだけど……ゆきなんは……」
ブツブツと呟きながら、手にとっては戻すを繰り返している。雪菜先輩のイメージにあっていても、好みでないと思うと決まらないらしい。
私もグルグルと目を回しそうになっていると、ネックレスが目に止まった。
「これなら、着けてもらえますかね?」
手にとったのは、また猫ちゃんのネックレス。二重の鎖で、白と黒の猫が重なりあって、シルエットもハッキリとは猫になっていない。
「う~ん。これなら可能性は……む?」
命先輩は何かに気がついたのか、猫をチョンと押した。すると、重なっていた猫が二匹に別れた。
ぺ、ペアアクセサリーだったんだ、これ。いや、鎖が重なっている時点で気がつくでしょ私。
先生のことを引きずっているのか、プレゼントの内容に苦心しすぎて頭が疲れているのか、その両方か。私の頭の限界は近いらしい。
「これに決~めた。お会計してくる~」
迷っていたのが嘘のように、命先輩は明るい笑顔で私の手からネックレスを取ると、軽い足取りでレジに向かった。
理由はよくわからないけれど。付き合いの長い命先輩が確信を持って選んだんだから、きっと雪菜先輩も気にいるよね。
お会計を済ました命先輩は、少し苦い表情で戻ってきた。
「う~ん。ゆきなん、めっちゃ怒ってるっぽい」
冷や汗の滲む命先輩がスマホの画面を見せてくれた。そこには、雪菜先輩からの着信が五件ほどきていた。
「気がつかなかったんですか?」
「通知オフになってて。琉歌ちゃん助けて~、ゆきなんにデコピンされる~」
怒ってるわりに制裁方法が軽い。雪菜先輩が誰かを叩いたりしてるところ想像できないから違和感ないけれど。
「やっと、見つけた」
命先輩が穏便に済ます方法を探しながら連絡を取ろうとしていると、ちょうど雪菜先輩が店の前を通りかかってしまった。明らかに怒った表情をしている。
「急にいなくなるな! せめて合流できるように連絡しろ! 何かあったんじゃって心配になるから」
「ご、ごめんってばゆきな~ん。連絡するつもりあったけど、ちょっと想定外のことが起きて忘れてたの~」
学校で怒られてる時の命先輩は適当にかわさしてたけれど、熱量が違いすぎて真正面からちゃんと怒られてる。
怒ってるけれど、置いてかれたからより、連絡が取れなかったことに怒ってそう。
「雪菜先輩。その辺で許してあげてください」
「ふ、古町さん?! ご、ごめん。恥ずかしいところ見せちゃって」
私に気付くと、雪菜先輩の怒涛のお説教が止まった。命先輩もそっと胸を撫で下ろした。
「奇遇だね。お買い物?」
「はい。ちょっと気分転換に」
本日三回目の奇遇。ここまでくると、夢国さんや七津さんと会っても驚かない自信がある。
黒いスキニーデニムに白いノースリーブのブラウス。唾付きキャップが下げられたウエストポーチ。雪菜先輩の服装は、命先輩から聞いていたものと大体一致している。
「ゆ、ゆきなん」
一瞬会話から離脱していた命先輩が恐る恐る声をかけた。手には先ほど買ったネックレスが載っている。
「ゆきなん、傷つ……」
暗めの声音だった命先輩は言葉を止め、首をブンブンと振った。
「しょげてたから、元気だせ~ってことでプレゼント」
明るい声音に戻すと、ニコッと笑った。
あっけに取られている雪菜先輩の首に、白い猫のネックレスをそっとかけ、命先輩は黒い猫の方を身につけた。
雪菜先輩は優しくネックレスに触れる。
「古町さんも、選んでくれたの?」
「少しお手伝いしただけです」
猫を手に取りジッと見つめると、雪菜先輩は嬉しそうに笑った。
命先輩との距離を詰めると、命先輩の懸念通り、軽いデコピンをしていた。
「これで許してあげる」
照れているのを隠せていない様子で、雪菜先輩は言った。被ってない帽子を深く被ろうとして手を伸ばし、誤魔化すように前髪を弄る。それを見た命先輩は嬉しそうに笑った。
私もあんな風に、先生にプレゼントを渡せたらな。
どんなプレゼントなら喜んでくれのか想像してみるが、どの像もぼやけて鮮明には映らない。言葉も無声映画を見ているように、聞こえない。しっくりこない字幕だけが浮かび上がっては消えていく。
白昼夢で終わらせたくないな。
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