私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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二十三話『夏祭り』

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 電車に揺られること数十分。私たちはお祭りの会場に到着した。
 行き交う人々。ズラリと並ぶ屋台。街を照らす街灯とは違う、提灯の鈍く暖かい光。まさに夏景色だ。
 お祭りのこの景色と熱気は、インドアの私には少し酔っちゃいそうだけれど、嫌いじゃない。美味しそうな匂いもたくさんする。
「あ~、祭囃子が聞こえるよ~」
「楓さんはお祭り大好きですわね」
 いつもユルっとした雰囲気の七津さんが、球技祭のとき以上にテンションが高まっているのが見える。はぐれないように夢国さんが袖を掴んでいなければ、すでに飛び出していただろう。
 七津さんはワンちゃんで、夢国さんは猫ちゃんだと思う。
「たこ焼き食べに行こう~?」
「いきなり粉物ですのね」
「まあ、お祭りと言えば。みたいなとこあるもんね」
 七津さん要望に応え、たこ焼きの屋台に一直線で向かう。道中の屋台にも引き込まれそうだったが、七津さんに置いて行かれることを考えると足は止まらなかった。
「おばちゃ~ん、たこ焼き三つ頂戴~!」
 屋台に着くと、七津さんはノータイムで注文した。マッキーで書かれた七百円という数字に、脳内でお財布の残高を確認する。
 この前クレープも食べたし。食べ物系の誘惑は節制しないと。
「あいよ。元気で可愛いお嬢さんには、おまけしちゃおうかしら」
「いいの~? やった~」
 屋台のおばちゃんは、出来上がったたこ焼きを素早くパックに詰めていくと、三つとも一個おまけをしてくれた。
「はい、お待ち。熱いから気をつけてね」
「ありがと~、おばちゃん」
 受け取ったたこ焼きから。ソース、マヨネーズ、青のり、鰹節の匂いが立ち上ってくる。踊る鰹節も食欲を煽ってくる。
 夕飯にはまだ少し早いのに、お腹がなっちゃいそう。
 せっかく買ったたこ焼きを落としてしまうと悲惨なので、適当にベンチを探して腰をかけた。
「いただきま~す。ハフッ、ハフッ、フー、フー」
 勢いよくたこ焼きを口に放り込んだ七津さんは、右手をパタパタと動かしながら、涙目で口内のたこ焼きを冷ましている。
「大丈夫? お水ならあるけれど」
「毎年のことなので平気ですわ」
 話せない七津さんの代わりに夢国さんが答えた。それを肯定するように、七津さんもパタパタ動く右手で親指を立てている。
「熱々を耐えて食べるのが通。らしいですわ」
 夢国さんが説明を続けている間も、ハフハフとしている七津さん。程よい熱さになったのか、モグモグと食べ始めた。
 すごい幸せそうに食べるなぁ。お店の前で食べたら宣伝効果ありそう。
「ん~、美味しい~。もう一個~」
「こら。その危ない食べ方は一回までですわよ」
「え~。でもでも、あーちゃーん」
 夢国さんの忠告に、七津さんは夢国さんの肩を揺らして抗議した。ただ、心配からくる言葉なのは七津さんもわかっているので、シュンとしながら受け入れていた。
「仕方ないですわね」
 そう様子を見た夢国さんはため息を吐き、自分の分のたこ焼きから一つ取ると、フー、フーと冷まし始めた。最後に唇を触れさせて確認すると、七津さんの口に近づけた。
「まだ中は熱いかもしれませんから、気をつけてください」
 夢国さんにしては大胆な行動に、七津さんは照れた様子で困惑の表情を浮かべている。食べようとしない七津さんを不審に思っているのか、夢国さんは首を傾げた。
「い、いただきます」
 七津さんはゆっくりと、夢国さんにあーんをしてもらいたこ焼きを食べた。中はまだ少し熱かったようでモゴモゴしているが、先ほどのように苦しくはないようだ。
「だ、大胆だね、夢国さん。意趣返し?」
「なんのことですの?」
 行動が意外だったから思わず訊いてしまったけれど、意識してないからできたんだ。心配って気持ちのが強かったんだろうなぁ。
 夢国さんは不思議そうな顔でもう一つたこ焼きを冷まし、今度は自分で食べた。しばらく沈黙が続く。
「夢国さん?」
 咀嚼している間に私の言葉から自分の行動を振り返ったのか、顔を真っ赤にして、黙々と咀嚼を続けていた。
 その隣で、七津さんは言われた通りに、たこ焼きを冷ましている。
「あーちゃん」
 名前を呼ばれた夢国さんは、思い出したようにたこ焼きを飲み込んだ。しっかり噛まれていたおかげで、詰まらせるようなことはなかった。
「はい。一個もらっちゃったから、お返し~」
 七津さんは箸で掴んでいたたこ焼きを夢国さんに近づける。先ほどの自分の行動を理解してしまった夢国さんは固まっている。
「い、いただきまーー」
「あ。ちょっと待って~」
 七津さんは図ったようなタイミングでたこ焼きを自分の方に戻し、唇に触れさせた。
「……っっっっっ!!」
「はい。中は熱いかもだから、気をつけてね~」
 イタズラっぽい笑顔の七津さん。夢国さんの表情は見えないけれど、耳が真っ赤に染まっていた。
 夢国さんは恥ずかしそうに少し震えると、勢いに任せて七津さんのたこ焼きを食べ、七津さんから顔を背けた。中が思ったよりもまだ熱かったのか、少し涙目になっている。
「ふ、古町さん。お水をいただいてもよろしいですか」
「う、うん。はい」
 たこ焼きを飲み込んだ夢国さんは、水で口内の熱を冷ました。
 その後も、七津さんが夢国さんにちょっかいをかけていたが、ツンとしたリアクションで受け流していた。
 無自覚の間接キスとあーんが、思った以上に恥ずかしかったんだろうなぁ。七津さんからなら、これまでもたくさんありそうだけれど。……たこ焼き美味しい。
 全員たこ焼きを食べ終えると、屋台巡りを再開した。食べ物系の屋台を見つけるたびに誘われる七津さん。夢国さんが止めなかったら、両手に大量のパックを抱えていそうだ。
「かたぬき! かたぬきだ~!」
「ちょっと、楓さん!」
 途中、夢国さんの手が離れてしまい、七津さんはかたぬきの屋台に駆けて行った。
「すみません、古町さん。忙しなくて」
「ううん。楽しいから平気だよ」
 振り回されながらのお祭りは慣れている。志穂ちゃんときた時のお祭りはもっと忙しなく、お祭り遊戯にかなり執着していた。
 今年は用事があって、お祭りが終わる頃に家に帰ってくるって言ってたけれど。あとで頼まれた綿飴買っていってあげないと。
 かたぬきは三人で同じ絵柄のものに挑戦した。お喋りな七津さんは目を見開いて針を動かしている。
「ぐ、ぎ……が、ぐぅぅぅ」
 変に力が入って、謎の声を上げる七津さん。夢国さんは隣で、静かに、慎重に少しずつ削っている。私も負けじと針を動かす。
「あ~……。割れちゃった」
「あと少しでしたのに……」
 奮闘したが、二人のかたぬきは割れてしまった。夢国さんのものはあと少しで成功していた。
「できた」
 毎年志穂ちゃんとやってるから、なんとなくコツがわかってきた気がする。
「古町さんすご~い!」
「素晴らしい集中力ですわ」
 二人からの称賛の拍手。他のお客さんや屋台のおじさんも、一緒に拍手してくれた。ちょっと。いや、かなり恥ずかしい。
 他の屋台も楽しむため、そのばを後にして歩き出す。道中で商品代わりだと言って、かき氷を買ってもらった。
「ありがとう、七津さん」
「えへへ。いいのいいの~」
「そうですわ。楓さんが食べるための言い訳ですもの」
 仕返しと言わんばかりに、夢国さんが意地悪に付け加えた。図星だったのか、七津さんが夢国さんをポカポカ叩いてる。いつもと逆の光景だ。
 微笑ましく思っていると、少し遠くに見慣れた。けれど、普段と違う雰囲気の人影を見つけた。何かを探すようにキョロキョロしている。
「古町さん? どうしましたの?」
 大きな声で呼べば聞こえそうだったが、人違いの可能性と、相手の気持ちを考え、近づいて確認することにした。
 単純に私の声量で届くかどうか、不安なのもあるけれど。
「雪菜先輩?」
「はぇ!? ふ、古町さん? き、奇遇だね」
 やっぱり雪菜先輩だった。いつもと違うからちょっと自信なかったけれど、あっててよかった。
 桃色と白色を基調とした、桜柄の浴衣。アクセントに小さな黒猫が混じっている。髪はハーフアップで、煌びやかな簪が挿されている。
「とてもお似合いですよ、浴衣。可愛いです」
 雪菜先輩は可愛いもの身につけてくれないって、命先輩が前に言っていたけれど、今日は着てるんだ。メイクも、この前と違って少し飾り気があるような。
 全体的に、命先輩っぽさがある。
「命先輩はご一緒ではないんですか?」
「ああ、うん。人波ではぐれちゃって。連絡取ろうと思ってたところ」
 だから探してる感じだったんだ。人波で、って雪菜先輩は言っているけれど、命先輩は七津さんと同じで突っ走ってはぐれてそう。
「よければ、一緒に回りませんか? 一人で待ち合わせするよりは、見つけてもらいやすいと思うので」
「い、いいの? それは嬉しいけど」
「もちろんです。七津さんと夢国さんも来てるので、すぐに合流できると思いますよ」
「そ、そうなんだ。うん。そうだね。その方がいいかもね。うん」
 雪菜先輩は、自分を納得させるように肯定した。
「じゃあ、二人のところに行きましょう。うっかり置いてきてしまったので」
「うん」
 身を翻して、二人の元に戻ろうとすると、後ろに軽く引かれる感覚があった。振り返ると、雪菜先輩が私の浴衣の袖をつまんでいた。
 その時の雪菜先輩の表情は、迷子の子供のように見えた。
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