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三十一話『談笑ソロライブ』
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大盛況で終わった、雪菜先輩たちのライブ。来校者の人たちが体育館から出ていくなか。人気芸能人の出待ちでもしているかのように、体育館ステージ前には多くの生徒が残っている。
「姉貴から聞いてたけど、本当に一般人? ここの生徒会長」
「そのはずですわ。その疑問は正しいと思いますけれど」
異常なまでの人だかりに、志穂ちゃんは呆れているようだ。礼ちゃんも雪菜先輩の人気を目の当たりにするのは初めてなのか、呆然としている。
さっきのが見間違いでなければ、雪菜先輩はもうこの体育館にはいないはず。だとしてもどこにいるのか。
「感想は伝えられそうにないね~」
「お疲れ様、は。後で、伝え、ます」
待っていても埒が開かないということで、私たちは体育館を出て、どこかのクラスの出し物を見にいくことにした。しかし、多くのクラスから人が消えており、機能していない場所が多々あった。
「責任感とかありませんの?」
「ゆ、夢国さん。顔が怖くなってるから」
真面目な夢国さんにとって、店番ほったらかしは許せないよね。生徒だけじゃなくて、来校者の人もたくさんいるんだし。
怒っている夢国さんを七津さんと宥めていると、先生たちが階段を下っていくのが見えた。苦情でも入ってのか、先生たちが気がついたのか。体育館に向かっているのだろう。怒号が響くことになりそうだ。
八戸波先生の姿は見えなかったな。というか、朝しか先生と会ってない。タイミングが悪かった?
「夢国さん、七津さん。クラスに八戸波先生って来てた?」
「ええ。満席だったので、クッキーとマフィンを買っていなくなってしまわれましたが」
「そういえば、それ以降見てないね。先生」
私が見逃してたわけではなさそう。本当は二人にも訊きたいけれど、志穂ちゃんは先生の見た目知らないし。礼ちゃんも。でも学校には絶対にいるはずだし。
ふと、雪菜先輩の行った場所と、先生がいそうな場所が重なった。
「どしたん、琉歌? ムッズイ顔して」
「ごめん。体育館に落とし物したかもだから、行ってくる!」
「ちょ、そっち違くね?!」
志穂ちゃんの注意を聞こえないふりをして、別棟に走り出した。追いかけてくるかもしれないと、一瞬走りが緩んだが、七津さんが察してくれたのか、志穂ちゃんのことを止めてくれていた。
空調が壊れた時、先生はわざわざ生徒会室に来ていた。だから今回も、もしかしたらいるかもしれない。
こじつけの理由に賭けて、生徒会室に向かう。大きく息を吐きながら階段を上がって右側の廊下を確認すると、生徒会室の前で缶コーヒー片手にパイプ椅子に座っている八戸波先生がいた。
「何してるんですか? 先生」
声をかけると、先生は少しピクッと反応した。声をかけたのが私だとわかると、ため息を吐いて肩を落とした。
「なんだ古町か。少し焦ったぞ」
安心した先生は缶コーヒーを傾けたが中は空っぽだったようで、またため息を吐いた。
「それで、何してるんですか?」
「この先は出し物ないからな。見張りだ」
そう言いながら、八戸波先生は生徒会室をチラリと見た。中で雪菜先輩が休んでいるのだろう。
「初めての文化祭はどうだった?」
ここにいる理由を探られたくないのか、八戸波先生は話題を逸らした。
先生は、雪菜先輩のことをちゃんと知っている。だからこうやって、雪菜先輩が落ち着いて休めるようにしてくれている。やっぱり優しいな。……ちょっと、雪菜先輩が羨ましいけれど。
「楽しいですよ。たくさん出し物があって飽きません」
八戸波先生の隣で壁によりかかり、嫉妬がバレないように、笑顔で答えた。
「そうか。ならよかった」
先生も小さく笑ってくれた。横に並んでいるのに、先生の方が私より小さい。普段見上げている顔を見下ろしているのは、不思議な気持ちだ。
「先生、メイドカフェに来てくれてたんですね」
「まあ、仮にも担任だからな。紅茶もコーヒーも飲んでいないが」
「それで缶コーヒーを?」
そう言うと、八戸波先生はムッとした顔で目を逸らし、
「……菓子に合わせるものは必要だろ」
と、小声で拗ねたように言った。八戸波先生は、ふとした時可愛い一面を見せてくれる。
先生はクッキーとマフィン、どっちも買ってくれたって夢国さんが言ってた。
「お口に、合いましたか?」
今回は甘いお菓子にしてあるから、そこが心配。でも、きっと先生はーー
「美味しかったぞ」
ーーって言ってくれる。それが本当かどうかは、私にはわからないけれど。
優しいからこそ、先生の真意がわからない。揶揄ってくることはあっても、面と向かって先生が否定することはあまりない。
「先生は、雪菜先輩のライブ観に行きましたか?」
嬉しいという思いがモヤモヤに塗りつぶされてしまう前に、話題を切り替えた。しつこく訊いて、先生が反応に困ってしまうと、私が傷ついてしまう。
「一番後ろでな」
ということは、私たちがいたのも見られちゃったかな。テンション高くなってたからちょっと恥ずかしい。
「……確かこんな感じだったか」
そう言うと先生は、人気のない廊下でライブで雪菜先輩が歌った曲を口ずさんだ。構えこそとっていないが、ギターの弦を弾くように右手の指を動かしている。
雪菜先輩とは違った、少しハスキーな低い声。思わず聴き入ってしまう。その場にペタンと座り、八戸波先生に体を預け、全てを忘れて歌に浸った。
「~~。……って、俺もテンションが狂ってるな。こんな廊下で歌うとか」
「そんな先生も好きですよ。もう少し聴きたいなぁ。……はっ! す、すみません勝手に寄りかかったりして!」
八戸波先生の歌が終わり、冷静になった私は全力で寄りかかってた体を起こして飛び退いた。
やっちゃった。心地良すぎて完全にオフになってた。先生にあんなに密着しちゃうなんて。でも、水族館の時と比べたら全然……って思いたいけれど恥ずかしいものは恥ずかしい! それに、しっかり好きって言っちゃった。
「気にしてねぇよ。いつも……いや、なんでもない。時間は……やらかしたな」
八戸波先生は何か言いかけると、誤魔化すように時計を確認する。
今一瞬だけれど。また、寂しい目で遠くを見ていたような。気のせいかな?
「悪いんだが、三条のこと頼む。時計の確認忘れてた」
「は、はい」
そう言うと、八戸波先生は私の頭をポンと撫でて、足早に階段を駆け降りた。何かしら仕事に遅れそうか遅れているようだ。
好きって、もしかして聞こえなかったのかな。それとも、揶揄ってるって思われた? どちらにしても、告白はちゃんとした気持ちで伝えたいから、ひとまずよかった。少しでも先生が意識してくれるなら、いいな。
勝手な願望を後回しにして、生徒会室の扉を開けた。雪菜先輩は椅子に座って机に突っ伏している。横になろうにも、ここにはベッドはもちろんソファもないので仕方がない。
「起きてください。閉会式始まりますよ」
「う~ん。あと五分だけ寝かせて、ヤトちゃん先生」
完全じゃないけれど、少し起きてるみたい。でも私のこと先生だって思ってる。くすぐれば起きるかな? でも、それで変に起きて体痛めちゃうと悪いし。
「起きてください、雪菜先輩」
「っ……!!」
揺すっても寝ぼけていたとは思えないほど雪菜先輩は反応を示し、椅子を倒す勢いで立ち上がった。驚いて、思わず私も尻餅をついてしまう。
先生じゃないってわかったから、焦ったのかな。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
私の尻餅に気がついた雪菜先輩は、手を差し伸べてくれた。焦りの表情の中に、不安の表情が混ざっている。私のことを心配してくれているらしい。
「大丈夫です。すみません、驚かせてしまって」
「ならよかった」
安心した雪菜先輩は笑顔で息を吐く。すると急に顔が真っ赤になり、手で覆って隠してしまった。前屈みになって唸っている。
「カッコ悪いとこ見られたー……」
私や夢国さんたちとも、見栄を張らずに話してくれるようになった雪菜先輩だが、今でも気になってしまうことがあるのか。時折、縮こまってしまうことがる。ライブでブイブイ言わせていた人とは思えないほどに。
それだけ、普段の先輩が無理してるってことだよね。今日のライブとか、余計に。
頑張っている先輩のことを、私は可愛いと思ってしまう。
「私だけですから、大丈夫ですよ」
前屈みで少し下がった先輩の頭を撫でる。可愛い唸り声は止み、手で顔を覆うのをやめてくれていた。チラリと見上げる瞳に笑いかけると、まだ少し赤い顔を照れくさそうに上げてくれてた。
「行きましょうか。遅れると、怒られちゃいますから」
「そうだね。あー、古町さん」
生徒会室を出ようとすると、雪菜先輩が止めるように声をかけた。振り向くと、頬を掻いて恥ずかしそうにしている。
「ライブ。どう、だったかな」
雪菜先輩たちからは、私たちのことが見えないかもしれないと思っていたけれど、しっかりと見えていたらしい。
自分のライブの感想を個人に訊くのって、確かに恥ずかしいかも。
「とっても、素敵でしたよ」
照れくさそうな雪菜先輩に本心で答えると、嬉しそうに笑ってくれた。
「姉貴から聞いてたけど、本当に一般人? ここの生徒会長」
「そのはずですわ。その疑問は正しいと思いますけれど」
異常なまでの人だかりに、志穂ちゃんは呆れているようだ。礼ちゃんも雪菜先輩の人気を目の当たりにするのは初めてなのか、呆然としている。
さっきのが見間違いでなければ、雪菜先輩はもうこの体育館にはいないはず。だとしてもどこにいるのか。
「感想は伝えられそうにないね~」
「お疲れ様、は。後で、伝え、ます」
待っていても埒が開かないということで、私たちは体育館を出て、どこかのクラスの出し物を見にいくことにした。しかし、多くのクラスから人が消えており、機能していない場所が多々あった。
「責任感とかありませんの?」
「ゆ、夢国さん。顔が怖くなってるから」
真面目な夢国さんにとって、店番ほったらかしは許せないよね。生徒だけじゃなくて、来校者の人もたくさんいるんだし。
怒っている夢国さんを七津さんと宥めていると、先生たちが階段を下っていくのが見えた。苦情でも入ってのか、先生たちが気がついたのか。体育館に向かっているのだろう。怒号が響くことになりそうだ。
八戸波先生の姿は見えなかったな。というか、朝しか先生と会ってない。タイミングが悪かった?
「夢国さん、七津さん。クラスに八戸波先生って来てた?」
「ええ。満席だったので、クッキーとマフィンを買っていなくなってしまわれましたが」
「そういえば、それ以降見てないね。先生」
私が見逃してたわけではなさそう。本当は二人にも訊きたいけれど、志穂ちゃんは先生の見た目知らないし。礼ちゃんも。でも学校には絶対にいるはずだし。
ふと、雪菜先輩の行った場所と、先生がいそうな場所が重なった。
「どしたん、琉歌? ムッズイ顔して」
「ごめん。体育館に落とし物したかもだから、行ってくる!」
「ちょ、そっち違くね?!」
志穂ちゃんの注意を聞こえないふりをして、別棟に走り出した。追いかけてくるかもしれないと、一瞬走りが緩んだが、七津さんが察してくれたのか、志穂ちゃんのことを止めてくれていた。
空調が壊れた時、先生はわざわざ生徒会室に来ていた。だから今回も、もしかしたらいるかもしれない。
こじつけの理由に賭けて、生徒会室に向かう。大きく息を吐きながら階段を上がって右側の廊下を確認すると、生徒会室の前で缶コーヒー片手にパイプ椅子に座っている八戸波先生がいた。
「何してるんですか? 先生」
声をかけると、先生は少しピクッと反応した。声をかけたのが私だとわかると、ため息を吐いて肩を落とした。
「なんだ古町か。少し焦ったぞ」
安心した先生は缶コーヒーを傾けたが中は空っぽだったようで、またため息を吐いた。
「それで、何してるんですか?」
「この先は出し物ないからな。見張りだ」
そう言いながら、八戸波先生は生徒会室をチラリと見た。中で雪菜先輩が休んでいるのだろう。
「初めての文化祭はどうだった?」
ここにいる理由を探られたくないのか、八戸波先生は話題を逸らした。
先生は、雪菜先輩のことをちゃんと知っている。だからこうやって、雪菜先輩が落ち着いて休めるようにしてくれている。やっぱり優しいな。……ちょっと、雪菜先輩が羨ましいけれど。
「楽しいですよ。たくさん出し物があって飽きません」
八戸波先生の隣で壁によりかかり、嫉妬がバレないように、笑顔で答えた。
「そうか。ならよかった」
先生も小さく笑ってくれた。横に並んでいるのに、先生の方が私より小さい。普段見上げている顔を見下ろしているのは、不思議な気持ちだ。
「先生、メイドカフェに来てくれてたんですね」
「まあ、仮にも担任だからな。紅茶もコーヒーも飲んでいないが」
「それで缶コーヒーを?」
そう言うと、八戸波先生はムッとした顔で目を逸らし、
「……菓子に合わせるものは必要だろ」
と、小声で拗ねたように言った。八戸波先生は、ふとした時可愛い一面を見せてくれる。
先生はクッキーとマフィン、どっちも買ってくれたって夢国さんが言ってた。
「お口に、合いましたか?」
今回は甘いお菓子にしてあるから、そこが心配。でも、きっと先生はーー
「美味しかったぞ」
ーーって言ってくれる。それが本当かどうかは、私にはわからないけれど。
優しいからこそ、先生の真意がわからない。揶揄ってくることはあっても、面と向かって先生が否定することはあまりない。
「先生は、雪菜先輩のライブ観に行きましたか?」
嬉しいという思いがモヤモヤに塗りつぶされてしまう前に、話題を切り替えた。しつこく訊いて、先生が反応に困ってしまうと、私が傷ついてしまう。
「一番後ろでな」
ということは、私たちがいたのも見られちゃったかな。テンション高くなってたからちょっと恥ずかしい。
「……確かこんな感じだったか」
そう言うと先生は、人気のない廊下でライブで雪菜先輩が歌った曲を口ずさんだ。構えこそとっていないが、ギターの弦を弾くように右手の指を動かしている。
雪菜先輩とは違った、少しハスキーな低い声。思わず聴き入ってしまう。その場にペタンと座り、八戸波先生に体を預け、全てを忘れて歌に浸った。
「~~。……って、俺もテンションが狂ってるな。こんな廊下で歌うとか」
「そんな先生も好きですよ。もう少し聴きたいなぁ。……はっ! す、すみません勝手に寄りかかったりして!」
八戸波先生の歌が終わり、冷静になった私は全力で寄りかかってた体を起こして飛び退いた。
やっちゃった。心地良すぎて完全にオフになってた。先生にあんなに密着しちゃうなんて。でも、水族館の時と比べたら全然……って思いたいけれど恥ずかしいものは恥ずかしい! それに、しっかり好きって言っちゃった。
「気にしてねぇよ。いつも……いや、なんでもない。時間は……やらかしたな」
八戸波先生は何か言いかけると、誤魔化すように時計を確認する。
今一瞬だけれど。また、寂しい目で遠くを見ていたような。気のせいかな?
「悪いんだが、三条のこと頼む。時計の確認忘れてた」
「は、はい」
そう言うと、八戸波先生は私の頭をポンと撫でて、足早に階段を駆け降りた。何かしら仕事に遅れそうか遅れているようだ。
好きって、もしかして聞こえなかったのかな。それとも、揶揄ってるって思われた? どちらにしても、告白はちゃんとした気持ちで伝えたいから、ひとまずよかった。少しでも先生が意識してくれるなら、いいな。
勝手な願望を後回しにして、生徒会室の扉を開けた。雪菜先輩は椅子に座って机に突っ伏している。横になろうにも、ここにはベッドはもちろんソファもないので仕方がない。
「起きてください。閉会式始まりますよ」
「う~ん。あと五分だけ寝かせて、ヤトちゃん先生」
完全じゃないけれど、少し起きてるみたい。でも私のこと先生だって思ってる。くすぐれば起きるかな? でも、それで変に起きて体痛めちゃうと悪いし。
「起きてください、雪菜先輩」
「っ……!!」
揺すっても寝ぼけていたとは思えないほど雪菜先輩は反応を示し、椅子を倒す勢いで立ち上がった。驚いて、思わず私も尻餅をついてしまう。
先生じゃないってわかったから、焦ったのかな。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
私の尻餅に気がついた雪菜先輩は、手を差し伸べてくれた。焦りの表情の中に、不安の表情が混ざっている。私のことを心配してくれているらしい。
「大丈夫です。すみません、驚かせてしまって」
「ならよかった」
安心した雪菜先輩は笑顔で息を吐く。すると急に顔が真っ赤になり、手で覆って隠してしまった。前屈みになって唸っている。
「カッコ悪いとこ見られたー……」
私や夢国さんたちとも、見栄を張らずに話してくれるようになった雪菜先輩だが、今でも気になってしまうことがあるのか。時折、縮こまってしまうことがる。ライブでブイブイ言わせていた人とは思えないほどに。
それだけ、普段の先輩が無理してるってことだよね。今日のライブとか、余計に。
頑張っている先輩のことを、私は可愛いと思ってしまう。
「私だけですから、大丈夫ですよ」
前屈みで少し下がった先輩の頭を撫でる。可愛い唸り声は止み、手で顔を覆うのをやめてくれていた。チラリと見上げる瞳に笑いかけると、まだ少し赤い顔を照れくさそうに上げてくれてた。
「行きましょうか。遅れると、怒られちゃいますから」
「そうだね。あー、古町さん」
生徒会室を出ようとすると、雪菜先輩が止めるように声をかけた。振り向くと、頬を掻いて恥ずかしそうにしている。
「ライブ。どう、だったかな」
雪菜先輩たちからは、私たちのことが見えないかもしれないと思っていたけれど、しっかりと見えていたらしい。
自分のライブの感想を個人に訊くのって、確かに恥ずかしいかも。
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