私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

文字の大きさ
31 / 78

三十一話『談笑ソロライブ』

しおりを挟む
 大盛況で終わった、雪菜先輩たちのライブ。来校者の人たちが体育館から出ていくなか。人気芸能人の出待ちでもしているかのように、体育館ステージ前には多くの生徒が残っている。
「姉貴から聞いてたけど、本当に一般人? ここの生徒会長」
「そのはずですわ。その疑問は正しいと思いますけれど」
 異常なまでの人だかりに、志穂ちゃんは呆れているようだ。礼ちゃんも雪菜先輩の人気を目の当たりにするのは初めてなのか、呆然としている。
 さっきのが見間違いでなければ、雪菜先輩はもうこの体育館にはいないはず。だとしてもどこにいるのか。
「感想は伝えられそうにないね~」
「お疲れ様、は。後で、伝え、ます」
 待っていても埒が開かないということで、私たちは体育館を出て、どこかのクラスの出し物を見にいくことにした。しかし、多くのクラスから人が消えており、機能していない場所が多々あった。
「責任感とかありませんの?」
「ゆ、夢国さん。顔が怖くなってるから」
 真面目な夢国さんにとって、店番ほったらかしは許せないよね。生徒だけじゃなくて、来校者の人もたくさんいるんだし。
 怒っている夢国さんを七津さんと宥めていると、先生たちが階段を下っていくのが見えた。苦情でも入ってのか、先生たちが気がついたのか。体育館に向かっているのだろう。怒号が響くことになりそうだ。
 八戸波先生の姿は見えなかったな。というか、朝しか先生と会ってない。タイミングが悪かった?
「夢国さん、七津さん。クラスに八戸波先生って来てた?」
「ええ。満席だったので、クッキーとマフィンを買っていなくなってしまわれましたが」
「そういえば、それ以降見てないね。先生」
 私が見逃してたわけではなさそう。本当は二人にも訊きたいけれど、志穂ちゃんは先生の見た目知らないし。礼ちゃんも。でも学校には絶対にいるはずだし。
 ふと、雪菜先輩の行った場所と、先生がいそうな場所が重なった。
「どしたん、琉歌? ムッズイ顔して」
「ごめん。体育館に落とし物したかもだから、行ってくる!」
「ちょ、そっち違くね?!」
 志穂ちゃんの注意を聞こえないふりをして、別棟に走り出した。追いかけてくるかもしれないと、一瞬走りが緩んだが、七津さんが察してくれたのか、志穂ちゃんのことを止めてくれていた。
 空調が壊れた時、先生はわざわざ生徒会室に来ていた。だから今回も、もしかしたらいるかもしれない。
 こじつけの理由に賭けて、生徒会室に向かう。大きく息を吐きながら階段を上がって右側の廊下を確認すると、生徒会室の前で缶コーヒー片手にパイプ椅子に座っている八戸波先生がいた。
「何してるんですか? 先生」
 声をかけると、先生は少しピクッと反応した。声をかけたのが私だとわかると、ため息を吐いて肩を落とした。
「なんだ古町か。少し焦ったぞ」
 安心した先生は缶コーヒーを傾けたが中は空っぽだったようで、またため息を吐いた。
「それで、何してるんですか?」
「この先は出し物ないからな。見張りだ」
 そう言いながら、八戸波先生は生徒会室をチラリと見た。中で雪菜先輩が休んでいるのだろう。
「初めての文化祭はどうだった?」
 ここにいる理由を探られたくないのか、八戸波先生は話題を逸らした。
 先生は、雪菜先輩のことをちゃんと知っている。だからこうやって、雪菜先輩が落ち着いて休めるようにしてくれている。やっぱり優しいな。……ちょっと、雪菜先輩が羨ましいけれど。
「楽しいですよ。たくさん出し物があって飽きません」
 八戸波先生の隣で壁によりかかり、嫉妬がバレないように、笑顔で答えた。
「そうか。ならよかった」
 先生も小さく笑ってくれた。横に並んでいるのに、先生の方が私より小さい。普段見上げている顔を見下ろしているのは、不思議な気持ちだ。
「先生、メイドカフェに来てくれてたんですね」
「まあ、仮にも担任だからな。紅茶もコーヒーも飲んでいないが」
「それで缶コーヒーを?」
 そう言うと、八戸波先生はムッとした顔で目を逸らし、
「……菓子に合わせるものは必要だろ」
 と、小声で拗ねたように言った。八戸波先生は、ふとした時可愛い一面を見せてくれる。
 先生はクッキーとマフィン、どっちも買ってくれたって夢国さんが言ってた。
「お口に、合いましたか?」
 今回は甘いお菓子にしてあるから、そこが心配。でも、きっと先生はーー
「美味しかったぞ」
 ーーって言ってくれる。それが本当かどうかは、私にはわからないけれど。
 優しいからこそ、先生の真意がわからない。揶揄ってくることはあっても、面と向かって先生が否定することはあまりない。
「先生は、雪菜先輩のライブ観に行きましたか?」
 嬉しいという思いがモヤモヤに塗りつぶされてしまう前に、話題を切り替えた。しつこく訊いて、先生が反応に困ってしまうと、私が傷ついてしまう。
「一番後ろでな」
 ということは、私たちがいたのも見られちゃったかな。テンション高くなってたからちょっと恥ずかしい。
「……確かこんな感じだったか」
 そう言うと先生は、人気のない廊下でライブで雪菜先輩が歌った曲を口ずさんだ。構えこそとっていないが、ギターの弦を弾くように右手の指を動かしている。
 雪菜先輩とは違った、少しハスキーな低い声。思わず聴き入ってしまう。その場にペタンと座り、八戸波先生に体を預け、全てを忘れて歌に浸った。
「~~。……って、俺もテンションが狂ってるな。こんな廊下で歌うとか」
「そんな先生も好きですよ。もう少し聴きたいなぁ。……はっ! す、すみません勝手に寄りかかったりして!」
 八戸波先生の歌が終わり、冷静になった私は全力で寄りかかってた体を起こして飛び退いた。
 やっちゃった。心地良すぎて完全にオフになってた。先生にあんなに密着しちゃうなんて。でも、水族館の時と比べたら全然……って思いたいけれど恥ずかしいものは恥ずかしい! それに、しっかり好きって言っちゃった。
「気にしてねぇよ。いつも……いや、なんでもない。時間は……やらかしたな」
 八戸波先生は何か言いかけると、誤魔化すように時計を確認する。
 今一瞬だけれど。また、寂しい目で遠くを見ていたような。気のせいかな?
「悪いんだが、三条のこと頼む。時計の確認忘れてた」
「は、はい」
 そう言うと、八戸波先生は私の頭をポンと撫でて、足早に階段を駆け降りた。何かしら仕事に遅れそうか遅れているようだ。
 好きって、もしかして聞こえなかったのかな。それとも、揶揄ってるって思われた? どちらにしても、告白はちゃんとした気持ちで伝えたいから、ひとまずよかった。少しでも先生が意識してくれるなら、いいな。
 勝手な願望を後回しにして、生徒会室の扉を開けた。雪菜先輩は椅子に座って机に突っ伏している。横になろうにも、ここにはベッドはもちろんソファもないので仕方がない。
「起きてください。閉会式始まりますよ」
「う~ん。あと五分だけ寝かせて、ヤトちゃん先生」
 完全じゃないけれど、少し起きてるみたい。でも私のこと先生だって思ってる。くすぐれば起きるかな? でも、それで変に起きて体痛めちゃうと悪いし。
「起きてください、雪菜先輩」
「っ……!!」
 揺すっても寝ぼけていたとは思えないほど雪菜先輩は反応を示し、椅子を倒す勢いで立ち上がった。驚いて、思わず私も尻餅をついてしまう。
 先生じゃないってわかったから、焦ったのかな。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
 私の尻餅に気がついた雪菜先輩は、手を差し伸べてくれた。焦りの表情の中に、不安の表情が混ざっている。私のことを心配してくれているらしい。
「大丈夫です。すみません、驚かせてしまって」
「ならよかった」
 安心した雪菜先輩は笑顔で息を吐く。すると急に顔が真っ赤になり、手で覆って隠してしまった。前屈みになって唸っている。
「カッコ悪いとこ見られたー……」
 私や夢国さんたちとも、見栄を張らずに話してくれるようになった雪菜先輩だが、今でも気になってしまうことがあるのか。時折、縮こまってしまうことがる。ライブでブイブイ言わせていた人とは思えないほどに。
 それだけ、普段の先輩が無理してるってことだよね。今日のライブとか、余計に。
 頑張っている先輩のことを、私は可愛いと思ってしまう。
「私だけですから、大丈夫ですよ」
 前屈みで少し下がった先輩の頭を撫でる。可愛い唸り声は止み、手で顔を覆うのをやめてくれていた。チラリと見上げる瞳に笑いかけると、まだ少し赤い顔を照れくさそうに上げてくれてた。
「行きましょうか。遅れると、怒られちゃいますから」
「そうだね。あー、古町さん」
 生徒会室を出ようとすると、雪菜先輩が止めるように声をかけた。振り向くと、頬を掻いて恥ずかしそうにしている。
「ライブ。どう、だったかな」
 雪菜先輩たちからは、私たちのことが見えないかもしれないと思っていたけれど、しっかりと見えていたらしい。
 自分のライブの感想を個人に訊くのって、確かに恥ずかしいかも。
「とっても、素敵でしたよ」
 照れくさそうな雪菜先輩に本心で答えると、嬉しそうに笑ってくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。 帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、ほのぼの学園百合小説。 ♪ 野阪 千紗都(のさか ちさと):一人称の主人公。帰宅部部長。 ♪ 猪谷 涼夏(いのや すずか):帰宅部。雑貨屋でバイトをしている。 ♪ 西畑 絢音(にしはた あやね):帰宅部。塾に行っていて成績優秀。 ♪ 今澤 奈都(いまざわ なつ):バトン部。千紗都の中学からの親友。 ※本小説は小説家になろう等、他サイトにも掲載しております。 ★Kindle情報★ 1巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4 2巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP 3巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3 4巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P 5巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL 6巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ 7巻:https://www.amazon.co.jp/dp/B0F7FLTV8P Chit-Chat!1:https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H Chit-Chat!2:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FP9YBQSL ★YouTube情報★ 第1話『アイス』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE 番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読 https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI Chit-Chat!1 https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34 イラスト:tojo様(@tojonatori)

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...