私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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三十五話『夜が更けたら』

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「さっぱりさっぱり~」
 くじ引きの結果、一番最初にお風呂に入った夢国さんと七津さんが出てきた。フード付きの可愛いクマさんパジャマ。七津さんはツキノワグマ。夢国さんは恥ずかしいのか、七津さんの後ろに隠れて出てこようとしないが、色的にシロクマ。
 ツキノワグマとシロクマの親子みたいで可愛い。写真撮りたいけれど、夢国さん怒るだろうなぁ。
「……あら? カトリさんはどちらに?」
「大学時代の友達と飲んでくるって~。うちらへの気遣い? みたいな」
 夢国さんたちが入浴し始めてからすぐ、カトリさんに電話がかかってきた。嬉しそうに受け答えしていると思うと、ささっと準備を済まして出掛けていってしまったのだ。
 急なお誘いだって言っていたけれど、命先輩が言ったみたいに、気遣ってくれてたのかな。
「ママは気まぐれだから、私にもわからない」
 苦笑気味に答える七津さん。カトリさんの実の娘である七津さんにわからなのなら、カトリさんしかわからないだろう。
「それじゃあ、次はうちらがザブンとしますか~」
 命先輩は立ち上がって体を左右に伸ばしながら、バスルームに向かった。入る組み分けは「夢国さん、七津さん」、「命先輩、礼ちゃん、志穂ちゃん」、「私、雪菜先輩」となっている。最初の二人は、命先輩の計らいで半強制的に決められた。
「騒いじゃダメだよ?」
「そこまでガキじゃないぜー」
 私のお小言を軽く受け流した志穂ちゃんだったが、バスルームに到着したと思われるタイミングで「そこそこ広いな!」という叫び声が聞こえた。何も言わないで送り出した方が良かったかもしれない。
 なんか、私がフラグ建てたみたいになっちゃった。
 夢国さんは人目が減って恥ずかしさが薄れたのか、七津さんの後ろに隠れるのをやめた。今度は七津さんが夢国さんの後ろに周り、抱き寄せる見慣れた光景になった。
「さっきはありがとうございます、三条先輩。ママの我儘聞いてくれて~」
「気にしないで。結果的にだけど、礼ちゃんと歌えて楽しかったし」
 少し申し訳なさそうな七津さんに、雪菜先輩は笑顔で答えた。少し身震いをすると、ギターを弾くような構えをとってゆっくりと指を動かした。
「気分が乗ってきて、少し手持ち無沙汰だったけどね」
 そう言うと、はにかみながらも、雪菜先輩はゆっくりと指を動かしていた。小さく漏れる歌声から、文化祭のライブで歌っていたものだと分かった。エアギターとアカペラの歌に、廊下で歌っていた先生を思い出した。無意識に「好き」と言ってしまったことを思い出すと、今でも頭が爆発しそうになる。
「そういえば。楓さんのお父様も、ギターを弾いてましたわよね?」
「うん、フォークギター。多分、パパの部屋に置いてあるよ。ママは忘れてたみたいだけど」
 もしも先生がフォークギターを構えて歌っていたら、すごいかっこいいだろうなぁ。……あの時、先生は「いつも」って何か言いかけてた。もしかしたら、先生の演奏を聴いていた人がいるのかな。バンドの演奏というより、弾き語りみたいな感じで。
 八戸波先生の昔のことを考えていると、雪菜先輩の歌が止まっていた。何か嬉しいことを思い出したように、小さく笑っている。
 直前に考えていたこと相まって内容が気になってしまう。訊こうかどうか迷っていると、ウルフィが私の膝の上に前足を載せて、撫でて欲しそうに見つめてきた。
「今日はいつも以上に甘えん坊ですわね、ウルフィ」
「かまってくれる人がたくさんいるからかな~」
 顔全体を撫で回してあげると、ひっくり返ってさらに撫でろと要求してきた。モフモフに触れていると、不安が薄らいでいく。
 あえて訊かなくてもいいか。雪菜先輩が、先生の演奏を聴いていたって問題はない。ないんだから。
「いや~、満喫したわー。落ち着くどころか気分アゲアゲ志穂ちゃんだぜ」
 ウルフィの毛並みを堪能していると、私よりもご満悦そうな表情の志穂ちゃんが最初に出てきた。上下ピンクのスウェットで、真ん中に『推し活、即ち真理』と激しい字体でプリントされている。なんというか、志穂ちゃんらしい気がする。
「小都垣姉妹パないんだぜー。肌がスベスベもちもちで。ずっと触ってたいわー。特に礼ちゃん」
 理由を尋ねる隙を与えることなく、志穂ちゃんはご満悦な理由を語った。よほど衝撃が強かったか、肌の感触を思い出すように指を忙しなく動かしている。変態と罵られたとしても、私は親友を庇える自信がない。
「礼よりケアはしてるつもりなんだけどな~」
 志穂ちゃんが熱く語っていると、命先輩と礼ちゃんも出てきた。姉妹お揃いボタン止めのシンプルなピンクのパジャマ。命先輩は、嬉しさと楽しさと羨ましさが混ざった表情で礼ちゃんのほっぺたをプニプニ押している。
「そこまで絶賛されていると、気になるますわね」
 夢国さんが純粋な興味で礼ちゃんに手を伸ばそうとすると、七津さんがその手を掴んで自分の頬に触れさせた。笑ってはいるが、明らかに嫉妬している。
「私もモチモチだよ~?」
「何度も触っているますから、新鮮味はありませんわね」
 少し毒を吐きながら、夢国さんは七津さんの頬をムニムニと引っ張っている。自分から触らせた七津さんも、お返しにと夢国さんの頬をムニムニしている。
「琉歌。お風呂上がりにムニムニさせて」
「真面目な顔で変な対抗心燃やさないで」
 志穂ちゃんの相手をウルフィにお願いして、雪菜先輩とバスルームに向かった。服を脱ぐ前に浴室を確認すると、志穂ちゃんが騒いでいた通り、家のお風呂と比べると確かに大きかった。
 そういえば、志穂ちゃん以外と二人きりっていうのは初めてかも。修学旅行で、二クラスくらいの大人数で温泉に入ったりはしたけれど。
 確認を終えて振り向くと、雪菜先輩はほぼ脱ぎ終わっていた。待たせて風邪をひかせては申し訳ないと思い、私も急いで服を脱いだ。
 十秒ほどシャワーで体を流してから、ゆっくりと湯船に浸かる。一緒に入っているので目一杯体を伸ばしたりはできないが、浴槽が大きめだからか窮屈には感じなかった。
「先に体洗ってもいいかな?」
 大きな浴槽を楽しんでいると、雪菜先輩がほんのりと赤みがかった顔で言った。まだ十分も経っていないはずだが、のぼせてしまったのだろうか。
「なら。頭とお背中、お流ししますよ?」
 そう言うと、雪菜先輩の顔はさらに赤くなった。
「い、いいよ! そんな、悪いし」
「気にしないでください。志穂ちゃんと入った時、いつもやっているので」
 遠慮する雪菜先輩にそう答えるとーー
「……お願いします」
 ーーと、小さな声で了承してくれた。断りを入れてから雪菜先輩の髪に触れる。とてもさらさらとした、艶やかな髪質。見ていた時も綺麗だとは感じていたが、触れることで改めて実感した。
「雪菜先輩の髪、すごく綺麗ですね」
「あ、ありがとう。命に色々教えてもらったんだ」
 ちょっと羨ましいな。私も、特段髪質が酷いとかそう言うわけではないのだけれど、綺麗に越したことはない。あとで命先輩に教えてもらおうかな。私と雪菜先輩の髪だと、ケアの方法が違うかもしれないし。
 シャンプーを丁寧に洗い流し、トリートメントを付けてから体を洗う。
「前も洗いましょうか?」
「さすがに自分でやります」
 冗談で訊いてみたのだが、思った以上に恥ずかしそうな反応されてしまった。雪菜先輩は結構初心なところがある。元からそのつもりだったが、おとなしく背中だけ洗うことにした。触れても何もない綺麗な背中なのに、傷だらけで壊れてしまいそうにも感じる。
 私や志穂ちゃんよりも大きい。今まで、この背中に、たくさんの人の期待を背負ってきたんですね。
 ボデイソープを流し終えると、先輩はゆっくりと立ち上がり。私の後ろに回り込んだ。
「私がお返しする番」
 そう言うと、雪菜先輩は私を優しく洗ってくれた。今だけ、小さい頃に戻った気がする。鏡に映る雪菜先輩の表情を見ると、どこか恥ずかしそうだった。優しい手つきには、慣れていない不安を少し感じる。
「命先輩とか礼ちゃんと、洗いっことかしないんですか?」
「ないよ。家のお風呂が狭いから。……もしかして、下手?」
「そうじゃないです。慣れていなさそうだなってだけです」
 他愛のない話をしながら、頭と背中を洗ってもらった。最後に湯船に浸かって体を温める。雪菜先輩も状況に慣れてきたのか、恥ずかしそうではなくなった。
 十分に温まってお風呂から上がり、きちんとケアする。この時期は乾燥がひどいので念入りに。巾着から着替えのパジャマを取り出して着替える。隣でパジャマに着替えている雪菜先輩を見て、私は嬉しくなった。
「可愛いですね。猫ちゃんパジャマ」
「ありがとう。……休日だから、気負わずに、ね」
「お似合いですよ」
 可愛いパジャマ姿の先輩と一緒に、みんなが待つリビング戻った。雪菜先輩のパジャマが可愛いとみんなで褒める中、命先輩が少し涙ぐんでいた。長い間、自分の好きを隠してきた雪菜先輩が、人前で自分の好きを出しているのが嬉しいのだろう。
「じゃあ、寝る前の最後のお楽しみってことで~。映画鑑賞でもしよっか」
 そう言うと命先輩は、鞄から『さびれ村』と言うタイトルのブルーレイを取り出した。パッケージからして明らからにホラー作品。夢国さん必死の抵抗も虚しく、上映されてしまった。
 私は志穂ちゃんに。夢国さんは七津さんに。礼ちゃんは命先輩に。それぞれくっつきながら一時間半の映画を観た。ひとつ分かったのは、雪菜先輩も怖がりということで、ワンチャンたちに囲まれながら悲鳴をあげていた。
 その後部屋割りを決めることになったのだが、面倒臭いという理由でお風呂組でそれぞれ部屋を使わせてもらうことになった。
「私、下のソファで寝ようか?」
「大丈夫です。ベッドもダブルサイズですし」
 志穂ちゃんが家に泊まりに来る時は、私のベッドくっついて寝ているから、それよりも全然広い。雪菜先輩と少しお話ししてから寝ようと思ったのだが、楽しすぎて疲れていたのか、すぐに眠りについてしまった。









【翌朝】
 ふと目が覚めて起きようとすると、体が重くて動かない。金縛りか幽霊かと思ったが、それにしては人の温もりを感じる。
 あ、雪菜先輩。一緒に眠ってたんだった。距離は離れてたはずなのに、いつの間にか志穂ちゃんと寝てる時みたいな距離感になってる。起こした悪いし、もう少し寝ていよう。

「おっはよ~……。ま、ゆきなんならこうなるよね~。いつもぬいぬい抱き締めて寝てんだもん。悪いけど、もうちょいよろしく、琉歌ちゃん」
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