私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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七十一話『みんな頑張ったから」

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 二日目の試験も無事に終わってテスト返却日。四限まで順調に返却が進み、お昼休みになった。
「さすが夢国さん。今回も学年一取れそうだね」
 ここまで四連続で、夢国さんがクラスでトップの点数。全クラスのテスト返しが終わってから学年順位の発表なのでまだわからないが、九十後半以上の点数しか出ていないので、期待が高まっている。
「油断はできない……とは言いますが、試験後はジタバタもできませんわね。正直、気が休まりませんわ」
 優秀な人だからこその悩み、ってやつかな。自分で宣言しているのもあるけれど、周りからの期待みたいなものもあるだろうし。軽率な発言だったかもしれない。反省しないと。
「点数と言えば、今回、楓さんは大躍進ですわね」
「えへへ~、優秀な専属家庭教師がいたからね~」
 今回のテストで一番点数が伸びたのは、間違いなく七津さんだ。七津さんは照れ顔と得意顔の混ざった笑顔を浮かべて、サンドイッチをモグモグしている夢国さんの頬をプニプニ突いた。
 前回がなんの油断からか赤点ギリギリだったのもあるけれど、今のところ八十点以上だし。たくさんがんばったんだなぁ。私も一緒に勉強していたから知っているけれど。学校から帰った後も、夢国さんとマンツーマンで勉強していたのかな?
 ふと、以前気にしないようにしたご褒美の件が気になった。そのことだけが理由でないにしろ、七津さんの一番のモチベーションであったことは間違いないだろう。
「古町さんにもいっぱい助けてもらっちゃったし~、ちゃんとお礼しないと~」
「お互い様だよ。私も七津さんに日本史たくさん教えてもらったし。もちろん、夢国さんにもね」
「お言葉をお借りしますが。お互い様、ですわ」
 聞くか聞くまいか。改めて迷っていると、その話題は外に出ることもなく消化された。やはり、あえて触れることでは無いだろう。友達同士の約束ならまだしも、恋人同士の話なのだから。
 またお菓子でも作って持ってこよう。どら焼きか、おまんじゅうか。二人にリクエストがあれば聞いておこう。
「やっほ~、後輩ちゃんたち。元気にしてたか~? あ~……疲れた」
 次のお菓子作りの予定を考えていると、命先輩が尋ねてきた。ここ二日のテストで疲れたのか、全体的に力が抜けて動きがフニャフニャとしている。ユラリユラリと、風が吹けば流されそうな足取りで近づいてくると、覆い被さるようして私に体を預けた。
「お久しぶりです。お疲れみたいですね」
「うちテスト嫌~い。今回はゆきなんのおかげで、結構楽だったけどさ~。正直テス勉のがつらかったわ」
 三年生である命先輩や雪菜先輩にとって、テストの重みは私たちと比べ物にならないだろう。いくら進路がほぼ確定しているような状況でも、高校生活の質というのは最後まで気にされてしまう。それは中学校でも散々言われたことだ。
 実際のところは、私にはわからないけれど。
「お疲れ様です。またお菓子作ってきますね、リクエストとか、ありますか? 二人も何ある?」
「そうだな~。またマカロン作って欲しいな。ゆきなんも喜ぶと思うし」
「わかりました。近日中に作りますね」
 リクエストを了承すると、命先輩は満足そうに笑ってギュッと抱きしめてくれた。
 命先輩の口ぶりからして、テストの結果は悪くなかったんだろうな。雪菜先輩にキツめに指導されていたみたいだし。
「後輩ちゃんたちのテストはどうだったの? うちはオール七十点以上」
「九十後半ですわ」
「八十代~」
「同じく八十。少しだけ九十です」
 自信満々に自分の点数を告げた命先輩だったが、私たちの点数を聞いて思い切り肩を落とした。本人のテンションの高さからして、今までのテストの中ではかなりいい点数だったのだろう。
 あったばかりの頃、帰り道で暗記で七十点をとったことあるって、二人に自慢してたことあったっけ。暗記系以外の教科って今まで何点ぐらいだったんだろう。
「はぁ……、ゆきなんの言うとおり、自慢するんじゃなかった」
 思い切り大きなため息を吐いたかと思うと、すぐにあっけらかんとした表情で「自己ベスだしいっか」と、あっさりと立ち直った。実際、頭を抱えるような点数というわけでは無いので、それで良いと私も思う。
「じゃ、うちは戻るかな。元気そうな姿が見られて良かったよ~。またね~」
 命先輩はそれだけ言うと、忙しない足取りで自分の教室へと戻って行った。本当にこれといった用事はなく、私たちの様子を見にきただけのようだ。
「相変わらず、嵐のようなかたですわね」
「そこがみこみこ先輩の魅力だよ~」
 強引で行動的。気ままなようで人のことをよく見ている。かと思えば少し抜けていて可愛らしいところがある。引っ張ってくれるだけでなく、頼ってくれる。そんな命先輩に、雪菜先輩も救われていたのかもしれないと改めて思った。
 その後三人で雑談しながらお昼休みを過ごして、五限目。現代文のテスト返しの時間になった。
「今回のテストだが、結果としては上々だ。今までより平均も上がってるしな」
 八戸波先生は、少し上機嫌なようで、小さく笑っていた。嬉しそうな先生を見られて私も嬉しい。
「じゃあ、出席番号順に返していくぞ」
 落ち着いた心で始まったテスト返し。一人、また一人と返され、自分の番が近づくたびに心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じる。テストが終わった直後はまだ自信があったのだが、時間が経つにつれて心配の方が勝っていく。自分で先生に対して、良い点数とてた風の発言を事前にしてしまったことが、それをさらに助長している。
 だ、大丈夫。仮に今までよりも明らかに点数が上がったとかではなくとも、酷い点数とかにはなってないはず。……先生とマンツーマンで教えてもらったから、舞い上がっちゃってたかなぁ。
「次、古町」
「はい!」
 自分の世界に入っていた影響か、八戸波先生の呼びかけに強めに反応してしまった。先ほどの心配からくる緊張と、大きな声を出してしまった羞恥で、体の関節という関節が、使い古した道具のようにガチガチな鈍い動きをする。
 やっとの思いで教卓の前に辿り着くと、八戸波先生が少し笑ってくれたのが気がした。目をパチパチして、八戸波先生の顔を注視してみると、きのせいではなく確かに笑っていた。
「よく頑張ったな。お疲れ」
 そう言われて返されたテストには、九十七点と書かれていた。紛れもない自己ベスト記録。八戸波先生の期待に応えられたかもしれないという喜び、安堵。胸がいっぱいになった。もう一度先生の顔を確認しようと視線を上げた時には、私はすでに席に戻っていた。
 いつのまに戻ってきたの、私。……誰も変な目で見ていないから、奇行に走ったりはしていないみたいだけれど。
 不思議な感覚に囚われている間も、テスト返しは当然のことながら普通に進行している。少しだけ暇と感じる時間で、改めてテスト用紙を見つめる。たった一問の間違い。自己ベスト更新だというのに、どうしても引っかかってまう。
 これを間違えていなかったなら、満点。惜しいことしちゃった。
「よし、全員返ったな。答え合わせする前に、平均と最高点教えるぞ」
 そう言って少しずつ黒板に白い文字が書き込まれていく。普段は自分に関わりのある平均点に注意が向く私だが、今回は最高点に意識が集中している。手が届くと思うと、どうしても気になってしまう。点数を書く時に先生が私を思い浮かべてくれるかもしれない。なんて、少し冷静になるだけで意味不明なことすら考えてしまっている。
「最高得点はーー」
 勝手に緊張感が高まり、ゴクリと生唾を飲んだ。
「ーー九十八点だ」
 九十八という数字と音に、私の高まっていた心は緩やかに落ち着いて行った。期待自体は膨らんでいたのだが、心のどこかではそこまで期待していなかったのかもしれない。
 黒板に向けていた視線は、自然と夢国さんの方に向いていた。平静を装う彼女のは、ほんのりと耳を赤く染めて、喜びを隠すように小さくみじろぎをしていた。
 ああ。やっぱり夢国さんには勝てないか。
 わかっていたような小さな敗北感を抱きながら、五限目の授業が終わった。休み時間に入ってすぐ、七津さんが夢国さんの近くに移動して、嬉しそうに頭を撫でていた。どうやら、夢国さんが一位で間違いないようだ。
「おめでとう、夢国さん。今回も一位だね」
「ええ。努力が報われる瞬間というのは、何度経験しても嬉しいものですわね」
 その言葉通り、夢国さんは何度も優秀な結果を残している。けれど、どれだけ優秀な結果を残しても驕ることなく努力し、誰かを見下すようなこともしない彼女を、私は尊敬している。
 私も努力はしているつもりだけれど、夢国さんはきっとそれ以上に努力している。才能の差も、あるとは思ってしまうけれど。
 十分ではそこまで話すこともできず、六限目が始まった。八戸波先生の助力があった現代文ならともかく、他の教科では夢国さんと張り合えるわけもなく終わった。
 まあ、そもそも張り合うつもりなんてなかったのだけれど。
 六限も終わり、掃除、帰りのホームルームと順調に時間が過ぎていき放課後になった。
「私、ちょっと図書室よって帰るね。面白いレシピ見つかるかもしれないし」
「そういうことでしたら、私も同行しますわ。私も、久しぶりに読書がしたい気分ですの」
「私もレシピ探ししたいからついてくよ~。古町さんに負けないお菓子をあーちゃんに作りたいんだ~」
 もしかしたら、ご褒美というのは一方的なものではなかったのかもしれない。夢国さんに視線を向けると、言葉こそ発さないものの恥ずかしそうに私から目を逸らした。
 夢国さんにも、そっちのモチベーションがあったんだ。
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