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第二章 マナのポーション
第16話 業務効率化しても良いですか?
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異世界『アナザー』での生活、5日目。
この日、マツモトは朝早くから『嗤うヒツジ亭』へ足を運んだ。
「おっ、朝早くからお疲れ様じゃーん」
支度をしていたミシュアが、朗らかな笑顔で出迎えてくれる。
マツモトはいつものカウンター席に腰かけると、ポーション粉末の入った袋を置いた。
「マナのポーションだ。買い取って貰えるか」
「えっ! ってことはお兄さん、あの子は……」
「ああ」
結局、日付が変わった頃にマナのポーションは完成した。
依頼主の少女──シュカはついさっき飛び起きて、寝てしまったことを平謝りしていた。
マツモトはそれを適当にあしらい、粉末を少し包んで少女に渡したのだ。
慌ててお金を取り出そうとするシュカに、付き合ってくれたお礼だ、と何も受け取らずに。
「そっかそっか、それなら良かったよ。私からもお礼を言わなくっちゃね」
「良いって。俺のせいで儲け損ねたんだし」
放っておけば、シュカはこの店でマナのポーションを買うはずだっただろう。だがマツモトがポーションを渡してしまったことで、ミシュアは僅かだが損害を被ったことになる。マツモトはそれを申し訳なく思ったのだが、当のミシュアはケラケラと笑い飛ばした。
「あの子、喜んだでしょ? それなら、それで良いのさ」
「……あんたも商売っ気のない人だなぁ」
「それよりお礼に、どう? 今晩だけぇ……付き合ってあげても良いけどぉ?」
「いやいいです……それよりあの、早く精算して頂けると助かるのですが!」
焦ってる焦ってる、とミシュアはクスクス笑う。
ポーションの検査が終わり、金貨が机の上に載せられた。
「マナのポーション70本分、しめて33,600レナス。私からのお礼も込めて、40,000レナスで買い取りするよん」
「いつも悪いな。また昼飯はここで食べさせてもらうよ」
「あー……それなんだけどお兄さん。しばらくの間、この店閉めようと思うんだよね」
「えっ!?」
マツモトは思わず立ち上がる。現状、『嗤うヒツジ亭』の買い取りがマツモトの唯一の収入源だ。
これを失ってしまえば死活問題になりかねない。マツモトが慌てるのも無理はないことだろう。
しかし、ミシュアはまた笑い声をあげた。
「やだなあ、一週間くらいだけだよ。ほら、最近仕入れの状況がかなり悪いでしょ。そのことでちょっとね……」
「……ちょっと?」
「山賊だかモンスターだか、悪さする奴が流通の妨げになってるらしいの。それの対策について話し合いがあって、城に行かなきゃいけないんだよ」
なるほど、とマツモトは適当に相槌を打つ。酒場のマスターであるミシュアが、わざわざ城に召集されるのは疑問だが、依然としてマツモトはそういったことに興味はない。ミシュアも奥歯に物が挟まったような物言いだし、無理に聞くこともないだろう。
「そういうわけだからさ。悪いんだけど、次の買い取りは一週間後になるからね」
「そうか、分かった。それまでにポーションを精製しておくよ」
貸付金の残りは、まだ20万レナス近くある。一週間程度であれば全く問題ない。
であればこれから一週間、アトリエをフル稼働して大量にポーション粉末を用意しておこう。一週間分のポーションを見せたら、ミシュアもさぞ驚くに違いない。マツモトは心の中でクスリと笑い、『嗤うヒツジ亭』を後にするのだった。
*
「マツモトさん! おはようございます、お邪魔しますね」
「……ああ、シュカちゃんか。誰かと思ってびっくりしたよ」
「えへへ、ごめんなさい」
マツモトがアトリエで作業をしていると、シュカが尋ねてきた。
作業の手は止めず、その辺の椅子に腰かけるよう促す。シュカは椅子を運んで、マツモトと向かい合うようにちょこんと座った。
「あれから、お母さん調子はどう?」
「あ、はい! お陰様で、外にお出かけできるようになったんです! 毎日2回、欠かさず飲んでます!」
それは良かった、とマツモトは微笑む。
マナのポーションが完成してから、もう数日が経った。あれからというもの、マツモトはアトリエに篭ってポーション精製を続けている。
宿舎に帰っても、風呂に入って寝るだけ。目を覚ましたらすぐにアトリエへ向かい、作業をしながらエピタンとシガルクを食す日々。
お世辞にも健康的とは言えないが、不思議とマツモトは安心感を覚えていた。
──ああそうか。仕事をしていた時と同じ生活なんだ。なるほどね。
「ちょっと待っててくれるかな。今、手が離せなくてね」
「はい! ……なんだか、凄く忙しそう……」
この数日で、マツモトの作業効率は極限まで高められていた。
相転移用の装置が1組しかないこと、鍋で加熱する作業中は手が離せないため、他の作業と輻輳しないようにすること。(特にマナのポーションの第1溶剤の浸しすぎは厳禁)これらにさえ気を付ければ、同時並行で作業を進めることが可能なのだ。
すなわち、現在のマツモトの作業スケジュールは以下の通り。
6時 作業開始
6時 マナのポーション・相転移作業1(約1時間)
7時 マナのポーション・溶剤作業1(3時間)
8時 マナのポーション(2回目)・相転移作業1
9時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業1
10時 マナのポーション・相転移作業2(約3時間)
13時 マナのポーション・溶剤作業2(1時間)
マナのポーション(2回目)・相転移作業2
14時 マナのポーション・加熱作業(2時間)
16時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業2
17時 マナのポーション(2回目)・加熱作業
疲労回復のポーション・相転移作業(約2時間)
19時 疲労回復のポーション・溶剤作業(1時間)
20時 疲労回復のポーション・加熱作業(2時間)
22時 作業終了
この日、マツモトは朝早くから『嗤うヒツジ亭』へ足を運んだ。
「おっ、朝早くからお疲れ様じゃーん」
支度をしていたミシュアが、朗らかな笑顔で出迎えてくれる。
マツモトはいつものカウンター席に腰かけると、ポーション粉末の入った袋を置いた。
「マナのポーションだ。買い取って貰えるか」
「えっ! ってことはお兄さん、あの子は……」
「ああ」
結局、日付が変わった頃にマナのポーションは完成した。
依頼主の少女──シュカはついさっき飛び起きて、寝てしまったことを平謝りしていた。
マツモトはそれを適当にあしらい、粉末を少し包んで少女に渡したのだ。
慌ててお金を取り出そうとするシュカに、付き合ってくれたお礼だ、と何も受け取らずに。
「そっかそっか、それなら良かったよ。私からもお礼を言わなくっちゃね」
「良いって。俺のせいで儲け損ねたんだし」
放っておけば、シュカはこの店でマナのポーションを買うはずだっただろう。だがマツモトがポーションを渡してしまったことで、ミシュアは僅かだが損害を被ったことになる。マツモトはそれを申し訳なく思ったのだが、当のミシュアはケラケラと笑い飛ばした。
「あの子、喜んだでしょ? それなら、それで良いのさ」
「……あんたも商売っ気のない人だなぁ」
「それよりお礼に、どう? 今晩だけぇ……付き合ってあげても良いけどぉ?」
「いやいいです……それよりあの、早く精算して頂けると助かるのですが!」
焦ってる焦ってる、とミシュアはクスクス笑う。
ポーションの検査が終わり、金貨が机の上に載せられた。
「マナのポーション70本分、しめて33,600レナス。私からのお礼も込めて、40,000レナスで買い取りするよん」
「いつも悪いな。また昼飯はここで食べさせてもらうよ」
「あー……それなんだけどお兄さん。しばらくの間、この店閉めようと思うんだよね」
「えっ!?」
マツモトは思わず立ち上がる。現状、『嗤うヒツジ亭』の買い取りがマツモトの唯一の収入源だ。
これを失ってしまえば死活問題になりかねない。マツモトが慌てるのも無理はないことだろう。
しかし、ミシュアはまた笑い声をあげた。
「やだなあ、一週間くらいだけだよ。ほら、最近仕入れの状況がかなり悪いでしょ。そのことでちょっとね……」
「……ちょっと?」
「山賊だかモンスターだか、悪さする奴が流通の妨げになってるらしいの。それの対策について話し合いがあって、城に行かなきゃいけないんだよ」
なるほど、とマツモトは適当に相槌を打つ。酒場のマスターであるミシュアが、わざわざ城に召集されるのは疑問だが、依然としてマツモトはそういったことに興味はない。ミシュアも奥歯に物が挟まったような物言いだし、無理に聞くこともないだろう。
「そういうわけだからさ。悪いんだけど、次の買い取りは一週間後になるからね」
「そうか、分かった。それまでにポーションを精製しておくよ」
貸付金の残りは、まだ20万レナス近くある。一週間程度であれば全く問題ない。
であればこれから一週間、アトリエをフル稼働して大量にポーション粉末を用意しておこう。一週間分のポーションを見せたら、ミシュアもさぞ驚くに違いない。マツモトは心の中でクスリと笑い、『嗤うヒツジ亭』を後にするのだった。
*
「マツモトさん! おはようございます、お邪魔しますね」
「……ああ、シュカちゃんか。誰かと思ってびっくりしたよ」
「えへへ、ごめんなさい」
マツモトがアトリエで作業をしていると、シュカが尋ねてきた。
作業の手は止めず、その辺の椅子に腰かけるよう促す。シュカは椅子を運んで、マツモトと向かい合うようにちょこんと座った。
「あれから、お母さん調子はどう?」
「あ、はい! お陰様で、外にお出かけできるようになったんです! 毎日2回、欠かさず飲んでます!」
それは良かった、とマツモトは微笑む。
マナのポーションが完成してから、もう数日が経った。あれからというもの、マツモトはアトリエに篭ってポーション精製を続けている。
宿舎に帰っても、風呂に入って寝るだけ。目を覚ましたらすぐにアトリエへ向かい、作業をしながらエピタンとシガルクを食す日々。
お世辞にも健康的とは言えないが、不思議とマツモトは安心感を覚えていた。
──ああそうか。仕事をしていた時と同じ生活なんだ。なるほどね。
「ちょっと待っててくれるかな。今、手が離せなくてね」
「はい! ……なんだか、凄く忙しそう……」
この数日で、マツモトの作業効率は極限まで高められていた。
相転移用の装置が1組しかないこと、鍋で加熱する作業中は手が離せないため、他の作業と輻輳しないようにすること。(特にマナのポーションの第1溶剤の浸しすぎは厳禁)これらにさえ気を付ければ、同時並行で作業を進めることが可能なのだ。
すなわち、現在のマツモトの作業スケジュールは以下の通り。
6時 作業開始
6時 マナのポーション・相転移作業1(約1時間)
7時 マナのポーション・溶剤作業1(3時間)
8時 マナのポーション(2回目)・相転移作業1
9時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業1
10時 マナのポーション・相転移作業2(約3時間)
13時 マナのポーション・溶剤作業2(1時間)
マナのポーション(2回目)・相転移作業2
14時 マナのポーション・加熱作業(2時間)
16時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業2
17時 マナのポーション(2回目)・加熱作業
疲労回復のポーション・相転移作業(約2時間)
19時 疲労回復のポーション・溶剤作業(1時間)
20時 疲労回復のポーション・加熱作業(2時間)
22時 作業終了
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