23 / 24
第三章 解毒のポーション
第23話 PDCA回して良いですか?
しおりを挟む
「まあ、結果として的確な判断だったね」
『嗤うヒツジ亭』の奥にある、簡素な寝室。
マツモトから事の顛末を聞いて、ミシュアは穏やかにそう言葉を繋いだ。
「急性の『マナ欠乏症』には、マナのポーション飲ませるのが一番の特効薬だからねぇ」
言いながら、傍らに横たわるシュカの額を優しく撫でる。
少し前までの苦しげな表情が嘘のように、すやすやと寝息を立てていた。
……シュカが突然倒れた時。マツモトは咄嗟に、持っていたポーション粉末をありったけ水筒に流し込んで、シュカの口に含ませたのだ。
何故そうしたのか、自分でも分からない。ただ水を飲ませるよりは、効果があるかもと期待したのか。
とにかく。マツモトはもう、居ても立ってもいられなかったのだ。
自分の不注意で、自分が命を落とすのならまだ良い。だが──この何の罪もない少女を。
母親想いで少し恥ずかしがり屋の、未来ある少女を死なせることだけは、したくなかった。
「……俺の責任だ」
「まだ言ってんの? もう大丈夫だってば。良いじゃん、二人とも無事だったんだからさ」
ミシュアがいくらフォローしても、マツモトはうなだれたままだった。握りしめた拳が小刻みに震えている。
顔を上げることが出来ない。文字通り、シュカに合わせる顔がない。
ミシュアは溜息をひとつ吐いて、シュカの額に冷たいタオルを載せた。
「……"ヒィトランペイジ"、だっけ? 中級の詠唱術を、それも2回も! こんな小さな子が……無茶しすぎだよねぇ」
「俺が森になんか行ったから……」
「多分、この子も無茶だって分かってたと思うよ。分かってて無茶したんだよ。お兄さんを助けるためにさ」
自分のために。自分なんかのために。
何もかも失い、孤独に生きていくはずだったこの世界で。
自分のために命を賭けてくれる人がいる。それがどれほどありがたいことか。
マツモトが顔を上げたのと、シュカが薄目を開けたのは、ほぼ同時のことだった。
「ん……マツモトさん……」
「シュカ……!」
マツモトの姿を認め、シュカはにこりと微笑みを返す。
だがその直後、再び彼女は目を閉じて、眠りの世界へと落ちていった。
「マナ欠乏症特有の、半覚醒状態だよ。心配しないの」
「そうか……」
「ああ、それから良い知らせがあるよん」
ミシュアはそっと、シュカの額に手を伸ばす。
額に浮かんだ大粒の汗を、タオルで一粒一粒、丁寧に吸い取った。
「お兄さんの精製したマナのポーション、結構売れ行きが良くてさ。なんなら他の店からも、『ウチにも流してほしい』って言われてて……そんなわけだから、当面はあればあるだけ買い取ったげる」
「本当か!?」
「……ああでも、1万本とか持ってこないでよ? 流石に買い取れないからさぁ」
冗談めかした口調で、ケラケラと笑うミシュア。つられて、マツモトの表情にも笑みが浮かぶ。
「シュカを頼む」と言い残し、マツモトは酒場を出た。
ミシュアに任せておけば問題ないだろう。自分がここに留まっていても、出来ることなど限られている。
それよりは──ポーション精製に少しでも時間を費やすべきだ。
ようやく自分らしい、合理的な考えが戻ってきたな。
マツモトは自分でもおかしくなって、独り笑いを漏らすのだった。
*
結局、森で集めたブラッドベリーは、鞄を引き裂かれた際に落としてしまったらしい。
持っていたポーション粉末も全て使ってしまったが、幸い残りはアトリエに保管してある。
今後の精製スケジュールとしては、やはりマナのポーションを軸に据えるべきだろう。
その上で、『疲労回復』の代わりに『解毒』を隙間時間で精製出来ないだろうか。
マツモトはそう考えて、解毒のポーションの原料を買うことにした。
精製手順は、既にマナのポーションで経験した作業が殆どだ。
アマーラルートをすり潰す作業に時間が取られそうだが、それ以外で問題となりそうな工程はない。
ただし、結晶の目利きに関してだけはどうしようもなかった。
「シュカがいてくれればな……」
思わず口を突いて出た呟きに、マツモトは苦笑いする。
いつの間にか、シュカをここまで頼りにしていたとは。
シュカや、ミシュアだけではない。
『アナザー』に来てすぐ、声をかけてくれたサイトウさん。
日本人共済の人々。薬屋の店主。マツモトの精製したポーションを買っていってくれる人達。
独りで生きているつもりでも、知らないうちに、これだけの人から支えられている。
本当は、日本で生活している頃もそうだったはずだ。社会に出て企業に勤め、給料を貰ううち、そんなことは一切考えなくなってしまった。
これが、社会に生きるということなのかもしれない。
マツモトはフッと笑い、自分のアトリエへと足を向けた。
#異世界人『マツモト』
13日目・収支……
-60,000レナス (ポーション原料代)
-1,440レナス (食費)
残金 390,030レナス
所持品……
疲労回復のポーション:150本(-100)
マナのポーション:300本(-100)
原料セット(疲労回復):21/30
原料セット(マナ):20/30
原料セット(解毒):29/30(-1)
添加剤:10/30(-1)
薬学初級マニュアル
『嗤うヒツジ亭』の奥にある、簡素な寝室。
マツモトから事の顛末を聞いて、ミシュアは穏やかにそう言葉を繋いだ。
「急性の『マナ欠乏症』には、マナのポーション飲ませるのが一番の特効薬だからねぇ」
言いながら、傍らに横たわるシュカの額を優しく撫でる。
少し前までの苦しげな表情が嘘のように、すやすやと寝息を立てていた。
……シュカが突然倒れた時。マツモトは咄嗟に、持っていたポーション粉末をありったけ水筒に流し込んで、シュカの口に含ませたのだ。
何故そうしたのか、自分でも分からない。ただ水を飲ませるよりは、効果があるかもと期待したのか。
とにかく。マツモトはもう、居ても立ってもいられなかったのだ。
自分の不注意で、自分が命を落とすのならまだ良い。だが──この何の罪もない少女を。
母親想いで少し恥ずかしがり屋の、未来ある少女を死なせることだけは、したくなかった。
「……俺の責任だ」
「まだ言ってんの? もう大丈夫だってば。良いじゃん、二人とも無事だったんだからさ」
ミシュアがいくらフォローしても、マツモトはうなだれたままだった。握りしめた拳が小刻みに震えている。
顔を上げることが出来ない。文字通り、シュカに合わせる顔がない。
ミシュアは溜息をひとつ吐いて、シュカの額に冷たいタオルを載せた。
「……"ヒィトランペイジ"、だっけ? 中級の詠唱術を、それも2回も! こんな小さな子が……無茶しすぎだよねぇ」
「俺が森になんか行ったから……」
「多分、この子も無茶だって分かってたと思うよ。分かってて無茶したんだよ。お兄さんを助けるためにさ」
自分のために。自分なんかのために。
何もかも失い、孤独に生きていくはずだったこの世界で。
自分のために命を賭けてくれる人がいる。それがどれほどありがたいことか。
マツモトが顔を上げたのと、シュカが薄目を開けたのは、ほぼ同時のことだった。
「ん……マツモトさん……」
「シュカ……!」
マツモトの姿を認め、シュカはにこりと微笑みを返す。
だがその直後、再び彼女は目を閉じて、眠りの世界へと落ちていった。
「マナ欠乏症特有の、半覚醒状態だよ。心配しないの」
「そうか……」
「ああ、それから良い知らせがあるよん」
ミシュアはそっと、シュカの額に手を伸ばす。
額に浮かんだ大粒の汗を、タオルで一粒一粒、丁寧に吸い取った。
「お兄さんの精製したマナのポーション、結構売れ行きが良くてさ。なんなら他の店からも、『ウチにも流してほしい』って言われてて……そんなわけだから、当面はあればあるだけ買い取ったげる」
「本当か!?」
「……ああでも、1万本とか持ってこないでよ? 流石に買い取れないからさぁ」
冗談めかした口調で、ケラケラと笑うミシュア。つられて、マツモトの表情にも笑みが浮かぶ。
「シュカを頼む」と言い残し、マツモトは酒場を出た。
ミシュアに任せておけば問題ないだろう。自分がここに留まっていても、出来ることなど限られている。
それよりは──ポーション精製に少しでも時間を費やすべきだ。
ようやく自分らしい、合理的な考えが戻ってきたな。
マツモトは自分でもおかしくなって、独り笑いを漏らすのだった。
*
結局、森で集めたブラッドベリーは、鞄を引き裂かれた際に落としてしまったらしい。
持っていたポーション粉末も全て使ってしまったが、幸い残りはアトリエに保管してある。
今後の精製スケジュールとしては、やはりマナのポーションを軸に据えるべきだろう。
その上で、『疲労回復』の代わりに『解毒』を隙間時間で精製出来ないだろうか。
マツモトはそう考えて、解毒のポーションの原料を買うことにした。
精製手順は、既にマナのポーションで経験した作業が殆どだ。
アマーラルートをすり潰す作業に時間が取られそうだが、それ以外で問題となりそうな工程はない。
ただし、結晶の目利きに関してだけはどうしようもなかった。
「シュカがいてくれればな……」
思わず口を突いて出た呟きに、マツモトは苦笑いする。
いつの間にか、シュカをここまで頼りにしていたとは。
シュカや、ミシュアだけではない。
『アナザー』に来てすぐ、声をかけてくれたサイトウさん。
日本人共済の人々。薬屋の店主。マツモトの精製したポーションを買っていってくれる人達。
独りで生きているつもりでも、知らないうちに、これだけの人から支えられている。
本当は、日本で生活している頃もそうだったはずだ。社会に出て企業に勤め、給料を貰ううち、そんなことは一切考えなくなってしまった。
これが、社会に生きるということなのかもしれない。
マツモトはフッと笑い、自分のアトリエへと足を向けた。
#異世界人『マツモト』
13日目・収支……
-60,000レナス (ポーション原料代)
-1,440レナス (食費)
残金 390,030レナス
所持品……
疲労回復のポーション:150本(-100)
マナのポーション:300本(-100)
原料セット(疲労回復):21/30
原料セット(マナ):20/30
原料セット(解毒):29/30(-1)
添加剤:10/30(-1)
薬学初級マニュアル
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる