ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo

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第三章 解毒のポーション

第22話 リスクヘッジして良いですか?

「う……うわぁ!!」


 よせば良いものを、マツモトは反射的に叫んでしまう。いや、どのみち結末は変わらなかっただろう。
 その声を合図に、木々の間からゴブリン達が一斉に飛び出し、マツモトへと襲い掛かった。


 とにかく、とにかく逃げ────


 踵を返して走りだそうとした直前、ふっと背中が軽くなるのを感じた。
 何だ? 何が起こった? どうして急に……


 ドチャッ。背負っていた鞄が地面に落ち、中の薬瓶やポーション粉末が辺りに散乱する。
 振り返った時、森の入り口に立っていたはずのゴブリンは、もう目と鼻の先まで迫っていた。


 クオォ、という息遣いが聞こえ、腐敗臭の混じった生暖かい息がマツモトの顔に吹きかけられる。
 その目は爛々と輝いており、鞄を引き裂いた鋭い爪が喉に突きつけられた。


 ゴブリンの群れが、マツモトを取り囲んでいるのが気配で分かる。
 背後を見て確かめることは出来なかったし、出来たとしてもそれをする勇気はなかったろう。


 ────甘かった。モンスターと聞いた時、恐ろしい獣のようなもの、熊や狼の延長線のように思っていた。
 だが、目の前の小鬼はそれらと明らかに違う。
 彼らは明確に、マツモトに対する敵意……いや、『悪意』を持って動いている。そう直感した。
 森の入り口に立っていたのもそうだ。わざとマツモトに存在を気付かせ、森の外へ逃げる動作を封じたのだ。そうしておいて、確実に『獲物』を狩るために包囲を完成させたのだろう。


 徐々に、ゴブリン達が距離を詰めてきている。土を踏む湿った音で、それが分かる。
 マツモトはぎゅっと両目を瞑り、森の中に入ったことを心の底から後悔した。


「……灼獄の"ヒィトランペイジ"!!」


 鼻先を、燃えるような熱さが掠める。ゴブリン達の悲鳴が響き渡り、マツモトはハッと我に返る。
 ……何が起きた?
 いつの間にか、取り囲んでいたゴブリンはマツモトから距離を取っていた。
 チリ、チリという燃えカスの跳ねる音。焦げ臭さが鼻を突く。────火?


「マツモトさんっ! 大丈夫ですか!?」


 突如、マツモトとゴブリンの間に割り込むように、シュカが飛び込んできた。
 何がなんだか分からず、マツモトは溜息混じりに呟く。


「何で、シュカちゃん……」
「早く逃げてッ!!」

 鬼気迫るシュカの叫び。それ以上は何も言えず、森の入り口に向けて走り出そうとして──足元の鞄に気付いた。


「…………っ!」

 マツモトは素早くそれを拾い上げる。爪で切り裂かれたため、持ち上げた拍子に中身がボロボロと零れる。だが、それを掻き集める余裕すらない。
 警戒して距離を取っていたゴブリンが、一斉にシュカへ飛び掛かった。


「来た……ッ! 焔焦す”ヒィトランペイジ”!」


 シュカが両手を掲げ、何やら唱えたのと同時。
 シュカの前方一帯を舐めるように、紅焔が放射状に地を走った。
 むせ返る様な熱気が押し寄せてきたが、それは一瞬の出来事。炎は跡形もなく消え失せて、後には焼け焦げたゴブリンだけが残った。


 ……生物の焦げる生々しい臭いがして、マツモトは思わず嗚咽を漏らす。


「マツモトさん立てますか!? 早く森から出ましょう!」


 まだ、後方にいたゴブリンが残っている。彼らはシュカの脅威を察したのか、すぐには近寄ってこない。
 シュカに支えられ、マツモトは吐き気を堪えながらもなんとか森を抜け出した────


 *


「はあ、はあ……はっ」


 森から遠く離れた場所まで、二人は逃げ走った。
 振り返るが、もうゴブリンの姿はない。元々、森を縄張りとして生活している種族だ。森の外までは追ってこない。
 マツモトは乱れる呼吸をなんとか整え、シュカの方を見た。シュカもまた肩で息をしながら、マツモトをじっと見つめていた。


「ありがとう、助かっ……」


 ────パァン!
 言い終わらないうちに軽い衝撃が襲う。シュカの右手が、マツモトの頬を打ったのだ。
 シュカは両目に涙を湛えたまま、震える声で言った。


「どうして……どうして、一人で行ったりしたんですか!?」
「シュカちゃん……」
「言いましたよね!? 森は危ないって! あのままだったら、マツモトさんは……!」
「……すまない」


 耐え切れずに泣き出してしまったシュカに対し、マツモトは頭を下げることしか出来なかった。
 もしかしたら、心のどこかで思っていたのかもしれない。『ここで死んでも構わない』と。


 突然住む世界が変わってしまった。それまでの生活も、仕事も何もかも失った。
 やりたいことも、やり残したこともない。自分が死んでも、悲しむ者もいない。そんな風に思っていたのではないか。


 ────不意に、シュカがその場に倒れ込んだ。
 ハッと我に返り、彼女の顔を覗き込む。顔は青ざめており、呼吸が浅く目も虚ろだ。


「シュカちゃん……シュカ!? おい、しっかりしろ!!」


 呼びかけても声が届いていないのか、シュカは一切の反応をしなかった。
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