妖精のように愛らしい少女は勇者を目指す

貧しい村人はそそのかす「王国に行きたいと言いなさい」

　アンナは1５歳になった。
　それはそれはお姫様のように美しい娘に成長して。

　村人たちは美しく成長したアンナと、枯れ木のように醜いエルザを見比べて鼻で笑うようになった。

「アンナほど美しい娘なら、王の妾になれるかもしれんな」
「母親のエルザは醜いが、アンナはまるで妖精だ」

　そしてある噂がささやかれるようになった。

「アンナは取り換え子なんじゃないか？」

　アンナの美しさは見るものすべての虜にしてしまう。
　薄く色づいた可愛らしいくちびる、やわらかな頬、白真珠のようになめらかな肌、まばゆく輝く黄金の髪、エメラルド色の神秘的な瞳。
　1５歳になり丸みを帯びてふっくらとしてきた体はもう一人前の女だと主張している。

　アンナだけ貧しさとは縁のない容姿をしていたのだ。

　ただでさえ十分に食べていけず貧しい暮らしを強いられている村娘たちは、なぜこれほどまでに差が出てしまうのだと大いに妬んでいる。

　村娘たちのほとんどはエルザと同じ枯れ木のよう。
　女として美しく着飾り、自分たちを磨きたいと思っても貧しくてそれすらも叶わない。

　村の男たちはこぞってアンナを我が物にしようと競った。
　エルザはアンナの容姿と体だけを目当てに近づいてくる男たちが家にやってくるたび、バケツで冷たい水をかけて追い払っている。
　しかし障害のある恋ほどのぼせ上りやすいのか男たちは懲りるどころかさらに熱をあげて、アンナに迫るようになってしまった。
　
　それがさらに女たちの嫉妬を煽った。

「アンナ、お母さんに楽な暮らしをさせてあげたい？」

　ある時、中心的な存在の村娘ヘレンがアンナに話しかけてきた。

「私が勇者になって王様を倒すから心配ないわ」

　アンナは幼いころから抱いている夢をあきらめていなかったのだ。

「ふふ、早く勇者になる方法を教えてあげる」

　ヘレンは優しく、アンナに耳打ちした。

「王国に行きたいと言えばいいわ。明日、王国まで荷を届けに行く商人がこの村を通るから、その人に王国へ行きたいと頼みなさい」

「ありがとう、ヘレン！」

　アンナは弾んだ声でヘレンの手をにぎり、感謝した。
　ヘレンはにっこりと微笑んだ。

「お母さんにばれないように気を付けてね。エルザはあなたを大切にしているから王国に行きたいと言ったらきっと止めようとする」
「私、あなたに嫌われていると思っていたけれど私のことを思ってくれていたのね」

　アンナの明るい笑顔に別れを告げて、ヘレンは小さくつぶやいた。

「嫌ってなんかいないわ。消えてほしいと思っているだけよ」

　風が吹き、木の葉がクスクスと揺れていた。