魔王なペットの転生ライフ

花歌

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転生したら猫だった。

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 気がつけば、知らない空が広がる世界だった。

 とはいえ別に特別何かあるわけではない。

 宇宙戦艦が飛び交っているわけでも、緑の猫型ロボットが竹とんぼを頭に刺して飛んでいるわけでもない。

 瞳に映るのは、絹のように光る青空と、まばらに浮かぶ綿菓子のような積雲のみ。 
 彼以外の者からしてみれば、ごくごく普通の初夏の空が広がっているだけだろう。

 無論、彼も初夏の空を知らない訳ではないのだが……。
 彼は何かを確かめるように視線を漂わせる。

 目の前には白い壁。
(家……? いや、店か? )

 入口付近には陳列した商品らしき物があり、建物の形状から何らかの店であることがわかる。

 隣を見れば大きな箱。
 どうやら大きな箱の影で、彼は寝ていたようだ。

 周囲には家屋が立ち並び、日常が奏でられていることから、居住区の一角であることがわかる。


 彼は自身へと視線を落とす。


(全身を毛が覆い、足が4足か)
 再度周囲を確認。前足をフミフミしながら見渡し、
(うむ、獣だな)
 彼は思わず天を仰いだ。


 別に獣の姿を嘆いている訳ではない。
 彼の名前はクラネス・カーバイン。クラネスは元々人間だ。
 そのため今の獣の姿に驚きはしたが、戸惑うことや嘆くようなことではなかった。

 獣の姿よりもクラネスにとって驚くべき事実があったからだ。


(――大気中に魔素がない!?)
 目覚めてすぐ、空を見上げて違う世界だと感じた理由だ。


 とりあえず自身を落ち着かせるため、数回の深呼吸。
 一旦落ち着かせたところで、思考が巡り状況の理解が追いつく。
 
 
(そうであったな……)


 今の自分が何者で、何処にいるのかも自然と理解出来るようになってくる。

 大きな箱は目の前の店の車であり、車の影に立つのは一匹の猫のみ。
 その猫こそが今の彼の姿であった。

(うむ、これが『吾輩は猫である』というやつなのだな!)
 と脳裏に浮かんだ情報を拾い上げる余裕まで出てきた。
 因みに名前がない訳ではない。
 朝倉あさくら ソラと何ともキュートな名前がある。
 そして、そんなキュートな彼は既に1度死んでいた。

 それも約千年前に。



 クラネス・カーバイン。

 彼は魔法が実在し、神や精霊、ドラゴンや魔獣が当たり前な世界『アースヘイム』にある、カーバイン魔王国の魔王だ。

 魔王と言っても悪魔や、悪の親玉とかではない。
 魔族、魔人と呼ばれる種族はアースヘイムでは、体内に魔核という、魔素を生み出す器官が存在する人種であり、あくまで魔法に秀でた  〝人間〟  だ。

 まあ、そのことで人と魔人の間で迫害や戦争などといったことが起こりはしたが、それはまた別の話である。

 
 ソラは一先ず腰を下すと、クククと喉を鳴らす。
 自分の感情を表す様にゆっくりと左右にしっぽを振り、右前脚の肉球を地面にムギュムギュ。今の状況を楽しみだしていた。

 まさか魔王である自分が、猫として転生するとは思いもしなかったのだ。それも魔法のない世界でだ。
 目覚めてすぐ。空を見上げて戸惑っていた自分の姿は滑稽だったに違いない。


(とは言え、いつまでもこうしていても仕方があるまい。今は『片割れ』をどうすべきかが問題だ)


 やれやれとばかりに猫の体で器用に肩をすくめるソラ。

 
 実を言うとクラネスが転生したのはソラ1匹だけではなかった。とある理由から魂を2つに分け、ソラともう片割れに転生せざるを得なかったのだ。

 2つに分かれ転生した事は仕方が無いこと。
 クラネスの『片割れ』が転生後のソラと近しい存在であったことも、そんな偶然もあるのだなと思う程度でしか無かった。
 だか、今まさに『片割れ』に危機が迫っていたのだ。
 記憶の戻る前のソラがその事に気がついており、ソラの記憶とクラネスの記憶が統合したことにより、『片割れ』の危機を知ることが出来たのだが、
 (流石に危機を知ってしまった以上、死なれでもしたら目覚めが悪い)
 

 ソラは1つ溜息を付くと、魔素を練り上げ魔力を溜める。
 そのまま光の波として自身を中心に魔力を放出させることにした。

 周囲に魔素がないため自身を中心に円状に放出させ、光の波に感知魔法も組み込んだ魔法を行使したのだ。
 そして。


「ふむ、やはり急がねばならぬようだ」


 どうやら懸念していたことが当たっていたようだ。
(――何かいる) 


 片割れの存在を感知することが出来たのだが、残念ながら既に『何か』の魔の手が迫っていた。

 感知魔法に反応があってすぐ。反応が歪んだのだ。
 タイミングが良いのか悪いのか、どうやら『片割れ』のいる半径数百メートルに渡り、何らかの細工が何者かにより施された所だった。

 救いだったのは他の者ならばともかく、ソラが全力で走れば『片割れ』がいるであろう周辺にならば、すぐに着くことが出来る距離であったことだろうか?
 

 何せ――。
 踵を返しスッと音もなく塀を駆け登り、『片割れ』がいるであろう方向へ駆け出すと、ものの数分で感知魔法の反応があった近くへと辿り着くことが出来たのだから。


「ふむ、この霧の中のようだな」
 目の前には一面の霧。


 霧が異常に発生していることで、既に数名の野次馬が集まっている。

 霧との堺目で立ち尽くしている者や、霧の奥を興味本位で覗いている者。
 ふざけて入ろうとする子供を止めて叱る母親の姿もあった。


 ソラはそんな野次馬から離れ、改めて感知魔法で反応があった辺りを確認する。   

 ……どうやら『片割れ』がいることは間違いないようだ。
 詳しい位置まではわからないが、霧の中にいる事だけはわかる。

 今や霧全体から『片割れ』の反応があり、そんな霧が広範囲に広がっているのだから質が悪い。


「『片割れ』よ、首を洗って待っているがよい!!」
 

 だがそんな状況をまるで楽しむ様にカッカッカッと高笑い。
 自らの気配を絶つと、ソラは霧の中へと足を踏み入れるのであった。



 霧の中に入ると白一色の世界が広がっていた。
 数メートル先は全く何も見えないような状態だ。

 無闇に魔力を使えば、『片割れ』を狙っている者に気が付かれる恐れがあるため、感知魔法は使えない。
 勿論視力にも頼ることが出来ない。

 正直『片割れ』を見つけるにしてもそれなりの時間を有するに違いない。
 と覚悟していたのだが……。

 ソラは周囲の状況を把握した上で、特に苦もなく『片割れ』が居るであろう大凡の方角と、距離の見当をつけることに成功していた。
 感知魔法を使わずにだ。


 これにはソラも驚いていた。
 いや、冷静に考えれば気づくことも出来たのかもしれないが、ソラも記憶が戻ったばかりだ。
 それに元々は人であったのだから、気が付けなくとも仕方がないだろう。今のソラ自身の力に。

 ピクリとソラの耳が揺れ、周囲の微かな音を捉える。音の方角に顔を向ければ微かに漂う『片割れ』の匂い。人よりも何倍も優れた猫の力だ。

 特に猫の五感で最も優れている物は聴覚だ。猫が音を聞き取れる周波数(可聴域)は、約8万ヘルツ。これは人間の約3倍だ。本来暗い林や森の中で獲物を待ち伏せ、狩りをし成長してきた種族なのだから、十分に霧の中でも周囲の状況把握に役立つというもの。

 更に嗅覚も犬には劣るものの人間の数十倍。魔法を使わなくともかなりの高性能だ。

 だからといって魔法を使わない訳ではないが。
 何故ならば、肉体強化系統の魔法ならば、調整次第で外部に気付かれずに行使することが出来るからだ。

 つまり聴覚と嗅覚を魔法で更に補助してやれば鬼に金棒。『片割れ』が見つかるのも時間の問題だろう。

 案の定。

「ふむ、この先のようだな」
 強化して早々に大凡の検討までつけることが出来たのだ。

 霧の中に入ってすぐ。
 人の姿は通り過ぎていくものの、過ぎる全ての人が静止していた。霧の中に催眠効果が含まれていたのだ。
 抵抗力のない者にしか効力はないのだが、恐らく霧の中にいる大半の人間が静止状態なのだろう。
 その証拠に猫の耳を更に強化しているのにもかかわらず一部を除いて足音一つしなかったのだから。
 
 そしてその一部で聞こえる足音こそが『片割れ』に違いない。ソラの記憶にある匂いとも一致しているのだから間違いないだろう。

(ならば後は音の元へと向かえばいい)
 ソラは早速音の方へと駆けることにした。
 ……のだが。

「うわぁぁぁぁぁあああ」


 ソラの耳に『片割れ』のものらしき叫び声が響く。
 思わず駆ける足も早くなり、
(なっ!?)
 叫び声がした辺りまで駆けて来たところで、足を止めた。

 『片割れ』は叫んだ後に慌てて逃げだしたのだろう。この場にはいない。
 だがそこに1つの影があった。その姿にソラは足を止めたのだ。
 何故ならば――。

(少しおふざけが過ぎる様だな)
 影はソラの姿そのものだったのだ。

 霧の先を眺めケタケタと笑うソラの偽物。
 ソラには気づいていないようで、霧に溶け込むように消えていく。恐らく『片割れ』を追ったのであろう。


 ソラの姿をしていたことから、『片割れ』がなぜこのような状況に追い込まれているのか、検討は付く。
 ソラになりすまし近づき、霧の奥へと誘い込んだのだろう。正直不快でしか無い。
 
 だが、ソラの偽物が、『片割れ』が逃げたであろう先を追っていることから無事であることの確信を得ることも出来た。
 あくまで命に関わることではないと言うだけなのだが。


 実は先程『片割れ』の息を呑むような声と共に血の匂いが鼻をついたのだ。
 だがそれだけだ。死ぬ程の事でもなし。ソラにとっては『無事』のカテゴリーに入るようだ。
 何かあったとしても『片割れ』との距離も目と鼻の先なのだから気にもしていなかった。

 勿論何かなど起こさせる気など、ソラにはもうとうない。
 

 だからこそ――。


「っ――」
 早まる心拍と共に息を呑む『片割れ』。
 その様子が手を取るように『音』として伝わるソラは次の瞬間、濃い霧を抜け霧が薄くなった一帯に2人の人影を捉えていた。

 中学生くらいで、細身ながらも鍛えられてはいるであろう黒髪の少年と小柄で10も満たないであろう幼い男の子だ。

 幼い男の子の手元を見れば、血がべとりとついたハサミが握られており、黒髪の少年へとジワリジワリと迫っていた。
 黒髪の少年は幼い男の子に恐怖し、
「っ――」
 息を呑む。

 目前に血しぶきが飛び、黒髪の少年は思わず目を逸らそうとして、気が付く。
 血しぶきが黒髪の少年の物ではないことに。


「ふむ……。自身のペットと見分けられないとは何とも嘆かわしい事か」


 黒髪の少年。ソラの『片割れ』である朝倉 優馬(あさくら ゆうま)の耳に、知らないはずの聞き慣れた声が届いた。
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