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すみれの記憶

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 雨がアスファルトを激しく叩いていた。まるで私の怒りに呼応するかのように。
 日曜日だけど制服に腕を通した。傘1本じゃ心もとないけど、行かなければならない。椿つばきのお葬式に。
「送ろうか」
 ドアを開けて、ぼんやりと降りしきる雨を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
 いつもは庭の犬小屋にいる彼が、そこにいた。最近は雨が多いからと言って、義妹いもうとたちが彼をしばらく家の中に入れておくことに決めていたのは、記憶に新しい。
「いや、送らせてくれ」
 言い直して、彼は黒いブーツを履いた。私が持っている傘を取ろうとしたその手を、はねる。
「いらない」
 冷たく言いはなった。彼は眉ひとつ動かさない。
「心配なんだよ。雨だろ? 視界悪くなるし、お前はふらふらしてるし、事故にでもあったら……」
「いらないって言ってるでしょ!」
 先ほどよりも語気が荒くなった。心がとげとげしている。昨晩のお通夜の後、ずっと泣きどおしていたからかもしれない。
「ふらふら? するわよ。私の唯一の友達が死んだのよ。それも自殺! 私は、あの子のそばにいたのに、全然、何も気が付いてやれなかった!」
 胸に何かが詰まっている感じがする。息をするのがつらい。いっそこのまま呼吸困難になって、死んでしまったほうが楽なんじゃないだろうか。
 彼がそっと私の背中をなでる。
「お前は悪くないよ」
 なだめるような声色がむかつく。さするその手が優しいのがむかつく。
 なにより、私の気持ちを見透かしているかのようなその紫色の目が、頭にくる。
「触らないで! 何も知らないくせに! ついてこないで! あなたのその、無駄に優しくしてくるところ、大っ嫌いよ!」
 叫ぶだけ叫んで飛び出した。
 彼の顔は見ていない。どんな顔をしていたんだろう。分からない。その時の私の頭は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃで、そんなことを気にする余裕なんてなかった。

 しばらく歩いていると、落ち着いてきた。そうすると、彼に対して取った態度に後悔の念が湧いてくる。
 大嫌いなんて嘘だ。彼の声も、手も、目も、反吐が出るほど他人に優しいところも、嫌いなんかじゃない。
 反対だ。好きだ。大好きだ。
 帰ったら謝ろう。彼のことだから、きっと笑って許してくれるだろう。
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