悪役女王に転生したので、悪の限りを尽くします。

月並

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他人の物を奪います。後

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「ソバナ様!」
 大臣の声で我に返った。
「そんなものの近くにお立ちになられては、ご気分が悪くなるのも当然です。さ、こちらへ」
 私をシロから離そうとする大臣に苛立ち、伸ばされた手を弾いた。うずくまる奴隷の男を見下ろす。
 シロじゃない。目の色が違う。顔がそっくりなだけだ。それは分かっているけれど。
 呆然と彼を眺めていると、その横に灰色の目の小太りの男が現れて、いきなり土下座をした。
「うちの金目が粗相を犯してしまい、大変申し訳ございません!!」
 口ぶりから察するに、こいつがこのシロそっくりの奴隷の主人らしい。灼けるような痛みを胸に覚えた。
「粗相って何」
「そ、それは、先ほど女王様がご覧になられていたとおり、私の子を突き飛ばし、この大通りを汚したことで」
 突き飛ばして、汚した? この人間たちは、彼の行動をちゃんと見ていなかったのか。彼は助けたんだ、あなたたちの子どもを。彼がいなかったら、子どもはきっと死んでいた。
 そう言ってやりたいのをこらえる。この国では、それが普通だ。
 組んだ腕を、指でトントンと小刻みに叩く。
「そもそも、あなたの子どもが飛び出さなければ、この道が汚れることはなかったんじゃないのかしら?」
 男の顔がさっと青くなった。いい気味だ。さらに続ける。
「私の気分を害した罰よ。あなたたち家族3人、死をもって償いなさい」
「じょっ、女王様! 申し訳ありません! どうか、どうかお慈悲を!」
「私の下した言葉にケチをつけると言うのね?」
 そうたたみかければ、男の顔は青を通り越して白くなった。その顔があまりにも愉快で、思わずほくそ笑む。
「つける」
 その場にいた誰もがその言葉に驚いて、息を飲んだ。私も驚いた。発言したのが、奴隷だったのだから。
 彼は上半身を起こして、まっすぐに私の目を見ている。
 その目には光があった。他の奴隷の、にごったそれとは全然違う。この子には意志がある。
「おい衛兵たち、こいつをすぐひっとらえろ! 打ち首だ!」
 怒りで顔を赤くした大臣が、唾を飛ばしながら命令を下す。
 大臣の怒りはもっともだ。奴隷が女王に口をきくだなんて、あってはならない。ましてや女王の言葉に反駁するなど。
 だけど。
「待ちなさい」
 衛兵たちに制止をかける。
 その場にしゃがみ、奴隷に視線を合わせた。私が近くなったことに驚いたのか、彼は目を丸くする。
「奴隷ごときが私へのケチねぇ、言ってごらんなさい」
 そう言ってやると、彼はきょとんとした。
「どうしたの? ケチをつけるんでしょ? それとも、さっきの言葉だけで打ち首にされるとでも思った? そうやってあの家族のことを、私の意識から外そうと思ったわけ?」
「えっと……はい」
 素直に頷いた彼がかわいくて、思わず口角が上がってしまう。
 奴隷は頭を低くして、言葉を続けた。
「女王様、俺だけを処刑してください。ご主人様たちと俺の命とでは、その重みが違います」
 スラスラしゃべることにも驚いたけど、もっと驚くのは、物同然に扱われることを良しとしていることだ。まるでペット扱いされても平然としていた、シロみたいに。
 欲しいと、直感的にそう思った。
 灰の目の男に向き直る。私の視線が自分に向けられたことを察知したのか、彼はびくりと体を震わせた。
「この奴隷を私にくれるなら、罰は取り下げるわ」
 灰の目の男は驚いたように顔を上げた。そしてすぐに、再び額を地面につける。勢いよくいったので、ぶつけたんじゃないかしら。音は聞こえなかったけど。
「は、ははっ! この国のもの全ては女王様の物! どうぞお使いください!」
 その答えに満足した私は立ち上がった。
「立てる?」
 シロそっくりな奴隷にそう問うと、彼は小さく頷いてから立ち上がった。少しふらついている。
「お昼はお城で食べることにするわ。この子を私の馬車に乗せなさい」
 大臣に向けて放った言葉に、周囲がどよめく。
「金目と一緒だなんて、そんな……」
「何?」
「い、いえ! 女王様の仰せのままに!」
 私は馬車に乗ると、ぽかんとしている奴隷を引っ張りあげて、ふかふかの座席に座らせた。
 扉は閉まり、お城に向けて動き出した。



 お昼を食べながら、まずいことをしたなと考えていた。
 2年前、主人公になりそうな人物を殺したけど、油断は禁物。よって、女王ソバナが悪役になるアサザルートとデルフィニウムルートにつながる要素は、徹底的につぶそうと思っていた。
 つまり、奴隷を持たない、婚約者を作らないということ。
 なのに、シロそっくりの彼を目の前にした途端、その考えが吹き飛んでしまった。
 椿の持っていたゲームのパッケージイラストはぼんやりとしか思い出せないけど、アサザは白い髪だった気がする。ということは、やっぱり彼がアサザなのだろうか。
 だとしても今更、彼を手放す気にはなれない。

 目下私の頭を悩ませている張本人はと言えば、テーブルの上にずらりと並ぶご馳走に呆気に取られているようだった。黄色い目を丸くしている。
 彼の見た目は、すっかり変わっていた。
 埃や砂、垢だらけだった体は徹底的に洗ったため、つるりとした薄オレンジ色に輝いていた。
 髪も、すすけていたのが真っ白になった。櫛を通したおかげか、ぴょんぴょんと無造作に跳ねまわっていたそれは、おとなしくなっている。
 奴隷に必ず付けられている首と手足の枷は、外させた。服もボロキレ同然だったので、衛兵が鍛錬の時に着ているような、動きやすそうでさっぱりしたものに着替えさせた。
 目の色さえなければ、農民か商人と間違われてもおかしくない身なりだ。私は満足しながら、きょろきょろと机の上を眺める彼に声をかける。
「どうしたの? 食べないの? それとも気に食わなかったかしら? ならあなたの好きなものを作らせるけど」
 彼はぷるぷると首を横に振った。そして手近にあったサンドイッチを恐る恐る手にとって、ひとくちかじった。
「おいしい?」
 咀嚼した後飲み込んだ彼は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません女王様、俺は味覚がダメになっているので、味を感じません」
 その答えに目を丸くしてしまった。長年にわたる奴隷生活のせいかもしれない。ストレスや偏食のせいで、味覚に障害が出ることがあると聞いたことがある。
 よし、これからは彼に、朝昼晩きっちり栄養のあるものを食べさせてあげよう。
 そう決めたところで、いちばんの懸念を聞くことにした。
「ところであなた、名前は?」
 アサザと答えられてしまったら、アサザルート確定である。緊張で乾いた口の中をうるおそうと、私はぶどうジュースをひと口飲む。
 彼はサンドイッチを手にしたまま、不思議そうな顔をした。
「俺たち奴隷に名前はありませんが」
 そうだった。アサザにも最初は名前がなかったと、椿が言っていた。主人公が『アサザ』という名前をつけてあげることで、一気に進展すると。
 待てよ。ということは、今私がこの子に名前をつけちゃえば、アサザルートは消えるんじゃない? あら、私ったら天才かしら?
「私の奴隷になるのだから、特別に名前をつけてあげるわ」
 そう言うと、ちょうどサンドイッチを平らげきった彼が、ばっと頭をあげた。
「名前、ですか? 奴隷の俺に?」
 困惑している様子だけど、心なしか期待に胸を弾ませているように見える。
 私は言葉を詰まらせた。これは真剣に考えないと、今後名前を呼ぶたびに罪悪感が湧きそうだわ。
 シロでいいじゃない。シロそっくりなんだし。
 その時ふと、彼と初めて会った時のことを思い出した。
「ミタマ」
 ぽろりと言葉が転がり落ちる。
 目の前の彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。この光景は、どこかで見た。
「ミタマがいいの?」
 恐る恐るたずねると、彼は呆けた様子のまま首を縦に動かした。
「じゃあ、今日からあなたはミタマよ」
 ミタマと名付けた彼の顔が、ゆるゆるとほころんでいった。おもちゃをもらった子どものような、無邪気なその笑顔に胸が鳴る。
「そ、そんなに、名前をもらったのが、嬉しい?」
「ええ、嬉しいです。すごく嬉しい」
 まるで彼の周りに、ホワホワとした光が舞っているかのようだった。
 そうか。主人公はこうやって、アサザを攻略したのね。ミタマの様子を見て納得する。
 これでアサザルートは完全に潰えた。にんまりとした笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
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