悪役女王に転生したので、悪の限りを尽くします。

月並

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えこひいきします。前

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 税は現行のままにすると言うと、アンスリウムの顔がひきつった。
「しかし、今年は雨が少なく不作です。豊作だった去年と同じ税となると、民が飢え苦しみます」
「そんなこと知らないわ。この国でいちばん大事なものはなあに?」
「それは……白鬼しろおに様の代弁者である、女王様です」
「そう。民草がいくら飢え苦しもうと、私が健康であれば国は安泰なのよ。むしろ私としては、もっと税を増やしたいところなのだけれど」
 そう口にすると、アンスリウムは苦し気に眉根を寄せて、ちらりと私のそばにはべるミタマを見た。
 その視線を受けたミタマは、私に顔を近づける。
「ソバナ様、民が減ればその分税は減ります。ソバナ様の身に関わります」
「あらそうねぇ。じゃあ増税はやめておきましょう」
 アンスリウムはあからさまに安堵した。
 ミタマを拾ってから2年。私は何をするにも彼を連れていた。食事を一緒にとることはもちろん、寝るのも同じ部屋。
 今みたいに、政務にも関わらせている。奴隷である彼にも、発言を許したのだ。
 そのことに嫌そうな顔をした人間たちを処刑すれば、誰もそんな顔をしなくなった。むしろ利用し始めた。彼の言うことなら、私も耳を傾けることに気が付いたのだ。
「本日の政務は以上です。ところで女王様、紹介したい人がいるのですが」
 私の機嫌を伺うように、アンスリウムはおずおずと尋ねた。構わないわと頷くと、アンスリウムは扉に向かって、入ってきなさいと声をかける。
「失礼します」
 軍服のような服を着ているので、男だろう。目は赤。貴族だ。襟首で切りそろえられた髪は、ミタマと同じ白。肌も抜けるように白かった。
「こちらは私の息子で、カンナと申します」
 父親の紹介の後、カンナは頭を下げた。私は肘掛を使って頬杖を突く。
「あなたにこんな年齢の息子なんていたかしら?」
「は……その……」
 アンスリウムの目が泳いだ。その様子を見て、つい先日、青目の大臣――ニゲラが持ってきた噂話を思い出した。
「ああ、じゃあその子が、妻以外の女との間に設けた隠し子ね」
 口角を上げてそう言うと、アンスリウムはぐっと口を一文字に引き結んだ。息子のほうはぴくりともしない。
「あなたは実直な人間だと思っていたけれど、人間くさい部分も持っていたのね。知らなかったわ」
 肘掛を指で小刻みに叩く。なんだか面白くない。何の言い訳もしないアンスリウムも然り。
「次回、ソバナ様が16歳になった折の儀式にて、白鬼様のつのを女王様に渡す役を、カンナに任せたいと思っております」
 儀式。私の偶数年齢の誕生日に行われるものだ。城内の最奥にある聖堂で、この国のただ一柱の神様である白鬼様のための儀礼を行う。
 私のやるべきことは、白鬼様の角と呼ばれる刀を持って、儀式の進行を眺めているだけ。正直とても退屈なのだけれども、これをやらないと白鬼様が機嫌を損ねるらしい。どこの神様もワガママなものなのだ。
 で、その刀を私に持ってくる役を、このカンナにやらせる、と。私は彼を、値踏みするように上から下まで眺めた。
 アンスリウムの考えはすぐに分かった。彼を私の婚約者にしようとしているのだ。
 私もそろそろ結婚を考える歳になっている。ニゲラもこの間、露骨に自分の息子を紹介してきた。攻略対象のひとり、デルフィニウムだ。もちろんつっぱねた。
 赤目なら婚約者にしても問題ないとは思うけど、そもそも私自身が、人間なんかと一生を添い遂げるのが嫌だ。不愉快だ。
 この不愉快は、目の前の男に熨斗をつけて返してやらないと気が済まない。もちろんこれは八つ当たり。
「その役はミタマにやらせるわ」
 アンスリウムも、カンナも、そしてミタマも、ぎょっと目を見張った。
「し、しかし女王様、聖堂に金色の目の者を入れるのは……」
「私が言ったのよ。白鬼様の代弁者であるこの私が。なのに文句があるわけ?」
「い、いえ」
 じろりと睨むと、アンスリウムはぎゅっと拳を握った。
「ならカンナと一緒に下がりなさい」
「しょ、承知しました……」
 顔を青くしたアンスリウムが退出する。カンナは私とミタマを一瞥して、黙礼をして父親の後を追った。
 扉が閉まると共に、ミタマが困ったように眉を下げた。
「ソバナ様、儀式は神聖なものです。俺を連れ込むのは考え直してください」
 私は椅子に深くもたれかかった。
「あなたもそんなことを言うのね。白鬼様を信じているの?」
「カンパニュラ王国の国民なら当然です」
 私は大きくため息をついた。ミタマじゃなかったら、そこの窓から飛び降りさせているところだわ。
「遥か昔、人間たちを苦しめていた怪物をやっつけて、世界に平和と光をもたらした英雄。それが白鬼様」
 天井画を仰ぐ。そこに描かれているのは、この国の建国史。真ん中にいる、白い髪に紫の目の男が白鬼様だ。
「白鬼様と同じ色の目を持つ人間は、彼の代弁者とされている。だからこの国では、紫の目の人間が、国王の地位に就くことになっているのよ」
 ミタマに視線を戻すと、読めない表情をしている。手を彼に向かってのばすと、身をかがめてくれた。よしよしと頭をなでる。その白い髪は、とても触り心地がいい。
「私は白鬼様なんて信じてない。白鬼様だけじゃない。神様という存在全て、私は信じない。もし神様なんてものが本当にいるんなら、どうして椿つばきを助けてくれなかったのよ」
「椿?」
 口が滑ってしまった。そう思うと同時に、ミタマの体がこわばったのを感じた。彼に触っていたから分かった変化だった。妙な反応。
 ミタマの頬を両手で挟んで、顔を寄せる。
「椿を知ってるの?」
 彼はじっと私の目を見た後、首を横に振った。力が抜けて、私の手は自然とミタマから離れる。
 ミタマはシロにそっくりだった。顔だけじゃなくて、ちょっとしたしぐさや性格も、似ているなと思うときがあった。
 彼は、シロの生まれ変わりなんじゃないかと淡い期待を抱いている。私が転生しているぐらいだから、他にいてもおかしくないはずだ。だから、この国にはない『椿』という単語に反応したことに、胸が高鳴ったのだけど。
 いや、待て。思い出した。シロの癖を。彼は嘘をつくときに、相手の目をじっと見る癖があった。
 ミタマはさっき首を横に振る前、私の目を凝視していた。
 飛び上がるようにして椅子から立ち上がると、ミタマの手を掴んで部屋を出た。
「ソバナ様? どこに行くんですか?」
「聖堂よ」
「なんで」
「いいから来なさい!」
 気分が高揚している。体中に血が勢いよくめぐっている。それらが私を急かす。
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