白昼夢を見る

月並

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一、戦のない世界

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「あなたに、息子の影武者をしてほしいの」

 目の前の女から放たれた言葉に、俺は眉をひそめた。
 女はこの国を治める国主の妻。その息子ということは、すなわち国主の後継者だ。

「そんなこと、できるわけないだろ?」
「できるわ。『息子にそっくりなやつがいる』という刀鍛冶の言葉には、正直半信半疑だった。けれど、あなたの顔を見てそれはなくなった。あなたは息子に瓜ふたつ。髪を黒く染めれば、私が見ても間違えてしまうぐらいになるわ」

 俺は迷惑そうな表情を浮かべて、部屋の隅に座る刀鍛冶を睨んだ。刀鍛冶はへらりと俺に笑顔を見せた。

「だけどな、俺はお前の息子を知らないんだ。顔がそっくりでも、仕草とか喋り方とか、そういうのでバレるぜ」
「そこは私がみっちり指導する。それに、どこかで頭をぶつけて、部分的に記憶喪失になっているとでも言えば、大丈夫」

 甘い考えだと思った。しかし見るからに高価な着物を纏った女は、襤褸を纏う俺に向かって頭を下げる。
 戸惑う俺の耳に、刀鍛冶が静かに笑う声が聞こえた。

「我が息子よ、何を迷うことがある? うまくいけばお前は国主になれるのだ。そうなれば、富も名声も、すべてがお前の思いのままよ!」

 そんなものには興味ないと、そう斬り捨てようとした。が、口を開いたところで、俺はあることに気が付いてしまう。
 そうか、国主になれば叶うかもしれない。俺が胸に抱き続けている、『白昼夢』と笑われたこの夢が。





 戦が終わった後のその土地は、ひどく静かでした。中天にかかる太陽が、じりじりと地面を焦がしています。ひゅるりと舞う生暖かい風が、土ぼこりと共に地面に伏して動かない兵士たちの間を縫っていきます。
 そんな中を、ひとりの青年がとぼとぼと歩いていました。その青年は髪も、着ている着流しも真っ白なせいで、戦場の中ではひどく目立っていました。

 足を止めた青年は、睨んでいるようにも見える紫色の鋭い目でぐるりと周囲を見回しました。そして、腰に差している一振りの刀を、強く握りしめます。

「また、たくさん死んだな」

 そうぽつりと呟いた後、青年は膝を折りました。足元で仰向けに倒れている足軽の、開いたままの目を、そっと瞑らせます。
 青年はしばらく、目を閉じた兵士の顔をじっと見下ろしていました。やがて鋭い牙が刺さるのも構わず、唇を噛みしめました。


 先ほどまで青年は、この戦を起こした国主の元に赴いていました。彼の願いはただひとつ。『戦を止めてほしい』でした。
 しかしそんな願いを口にした鬼に向かって、その国主は木で鼻を括ったような笑みを浮かべました。

「それは向こうの国主にも言ったのか? やつが止めるなら、俺も止めてやろう」
「言った。けどそれじゃ、どっちかが止めてくれないと、一生止まらないじゃないか」
「どちらかが勝てば止まるさ」
「その間に、どれだけの命がなくなると思ってるんだ?」

 青年は国主を睨みました。が、幾つもの死線をくぐってきた国主にとっては糠に釘でした。

「それがどうした? 兵は俺の駒。駒がなくなったのなら、また足せばいい」
「それは違う。お前の言うその駒は、血が通っていて、意志を持っている。お前だって死にたくないだろ? そいつらだって、同じことを願っているはずだ」
「戦で死ぬなら武士の誉だ。それに俺は国主として、国を守る責務がある。民の幸福のために、領地を広げる必要がある。そのためなら、他人の命を散らすのもやむを得ないというものだ」
「そんな、そんなのは……」

 青年はなおも反論しようとしました。が、国主が顎を動かすと、彼の周囲に立っていた兵士たちが青年を捕らえて、陣地の外に放り出してしまいました。



 新しい血の匂いに我に返った青年は、自分の唇を舐めました。唇を強く噛みしめていたせいで、血が滲んでいたようでした。
 しかしその傷は、青年が血を舐めとってしまう頃にはすでに綺麗に消え去っていました。まるで傷なんか、最初からなかったかのように。

 青年は顔を上げて、再び周囲を見回しました。物言わぬ死体がごろごろと転がる光景に、青年は眉間に深い皺を寄せました。

「これが白昼夢だったらいいのに」

 そう呟いた青年の耳に、ふいに、蹄の音が入ってきました。青年は立ち上がると、警戒心を隠さない表情で、音のする方へと刀を抜きました。その真っ白な刀身は、白昼の太陽の光をギラリと反射させました。

 土ぼこりを上げながら迫ってきた馬は、青年の目の前で止まりました。その背中から顔を出したのは、意外にも武士ではありませんでした。
 武具を何ひとつ身に着けていないその男は、自身に向けられている真っ白な刀を見て、ぱっと顔を輝かせました。

「やっぱりそうだ! 久しぶりだな、我が息子よ!」

 馬上の男の言葉に、青年は刀を握ったまま顔をしかめました。

「お前なんか知らん。俺の親父はとっくの昔に死んでいる」
「そんな連れないこと言うなよ~。それに『とっくに死んでる』だなんて他人事だなぁ。お前が殺したんじゃないか。お前が今握りしめている、俺が作った、この世で最も美しくて最も強い刀でな」

 青年は、はっとしたように目を見張らせ、男を凝視しました。

「お前まさか、生まれ変わりか? ……親父の?」
「せいかーい。俺の名前は国人くにひと。前世も今世も同じ名前ってのは、中々面白いもんだろ?」

 国人と名乗った男は、満足そうにニンマリと笑いました。
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