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▽落下
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魔法学校の1年が終わろうとしていた。俺は壁に貼られた『ダンスパーティのお知らせ』のチラシを眺めていた。
この学校では、1年の締めくくりに全校生徒が集まり、ダンスパーティを行うらしい。普通は婚約者をパートナーに指名するのだが、普通じゃないやつがひとりいる。
「タマヨリ」
その声に、俺は恐る恐る振り返った。案の定、アイテール・イェーゲルフェルトがいた。
アイテール・イェーゲルフェルトは、ダンスパーティのチラシに目をやった。それからにこりと笑顔を浮かべる。
「僕のパートナーになってくれる気になったか?」
「なってません。全然なってません」
全力で首を横に振った。残念そうに眉を下げるアイテール・イェーゲルフェルトとは逆に、俺は眉を吊り上げた。
「だいたい、ディアーナ様をお誘いしたのですか? 婚約者をパートナーにするのが普通だと聞きましたよ?」
「誰から聞いたんだ」
「オグマです。プルートゥスからも、手紙で『アイテール殿下のパートナーは義姉上と決まっている』って書いていました」
「ふん、余計なことをしてくれてるな、あいつら。というかプルートゥスと手紙の交換をしているのか? 僕ともしないか?」
「しません。あとしてません。向こうから勝手に来るだけです」
俺はそこで一旦深呼吸した。怒りを抑えるためだ。
「いいですか? まずディアーナ様をお誘いしてください。もしディアーナ様に断られたということであれば、パートナーを務めることもやぶさかではありません。嘘をついても無駄ですからね。分かりますからね」
「そうか、分かるのか。愛されているな僕は」
「見てたら誰でも分かりますんで」
俺は踵を返して、さっさとその場を離れた。アイテール・イェーゲルフェルトが追いかけてくる様子はなかった。安堵の息が漏れる。
予鈴が鳴った。授業に向かわなければと思い、階段を降りる。
「ミタマ」
声が掛かった。顔を上げると、ディアーナが階段の上にいた。
ディアーナは俺を見下ろしながら、ゆっくりと階段を降りてくる。俺は足を踊り場に縫いつけられたかのごとく、動けなかった。
ディアーナは、俺の一段上で足を止めた。そして口を開いた。
「あなた、アイテール様とダンスパーティに参加するの?」
「いえ、しません。そもそもパーティに出る気もありません」
俺を見下ろす銀の目は冷えていた。
「どうして参加しないのかしら? ヒロインという立場を利用して、主要キャラからモテることを狙っているなら、アイテール様からの誘いを受けるはずよ。あなたは私に、そうするって宣言していたじゃない。どうしてしないの?」
俺は何も言えなかった。そうだ。『自分勝手なヒロイン』という悪役を演じるのなら、俺の行動は悪手だ。
黙ってしまった俺に構わず、ディアーナは話を続けた。
「できなかったんでしょう? あなたは根っからの善人なんだわ。私の前であんな悪役みたいなセリフを吐いたのは、私のため。私が魔王側に堕ちて最後に死ぬのを止めたかったとか、そんなところでしょう?」
図星でしかなかった。
俺に向けられるディアーナの目に、鋭い光が宿った。拳が固く握られる。
「余計なお世話だわ! 同情なんかしてほしくない、むらくもかすみのファンなんかに!」
ディアーナの目には強い怒りがあった。それが俺に向けられている。
「ああ、どうして、どうして私の欲しいものを全部持って行くのよ! 私だって、たくさんの人に私の作品を面白いって言って欲しかった! 褒めて欲しかった! ファンですって言って欲しかった! でもそれは叶わなかった。だからあの女の作ったこの世界を壊して、私がイケメンたちに愛されてやろうと思った。それすらも叶わないなんて、私は、私は……!」
「三日尻月……」
俺がその名を口にすると、ディアーナがはっと顔を上げた。彼女は歯ぎしりすると、腕を前に突き出した。
その手は、俺の胸に当たった。咄嗟のことで受け止める態勢が整っていなかった俺の体は傾いて、足が宙に浮く。
落ちる、と思った。ディアーナは腕を伸ばしたまま、俺を睨んでいる。その目は嫉妬にまみれていた。
俺は悲しくなった。俺は三日尻月のファンだった。出す作品は全部買って読んで、SNSで感想を流して、ファンレターも送り、サイン会があれば参加もした。『ミタマ』という名前をくれたのも彼女だ。
だけど、それは彼女には届いていなかった。俺ひとりの愛では、彼女を満足させられなかったのだ。
頭をぶつけることを覚悟した時、たくましい腕に抱きとめられた。オグマ・カウッピネンだった。
彼は怒りを隠すことなく、階段の上に立つディアーナを見た。
「言い逃れはできませんよ、ディアーナ様。あんたがタマヨリを落とした。聖女である彼女を」
「……逃げるつもりはないわ」
ディアーナの声には力がなかった。何もかもがどうでもいいという顔をしている。
嫌だ、そんな顔を彼女にしてほしくない。彼女には笑っていてほしい。
「オグマ、違うの、これは私が……」
「タマヨリ、お前が何を言っても無駄だ。このことはアイテール殿下に報告させてもらう」
オグマ・カウッピネンは俺を抱きあげて、踵を返して歩き出した。
俺は彼の体ごしに、ディアーナを見た。突っ立ったままの彼女がどんどん遠くなっていく。
胸がズキズキと痛んだ。手を伸ばしたかったけど、腕は鉛のように重たくて、上がらなかった。
この学校では、1年の締めくくりに全校生徒が集まり、ダンスパーティを行うらしい。普通は婚約者をパートナーに指名するのだが、普通じゃないやつがひとりいる。
「タマヨリ」
その声に、俺は恐る恐る振り返った。案の定、アイテール・イェーゲルフェルトがいた。
アイテール・イェーゲルフェルトは、ダンスパーティのチラシに目をやった。それからにこりと笑顔を浮かべる。
「僕のパートナーになってくれる気になったか?」
「なってません。全然なってません」
全力で首を横に振った。残念そうに眉を下げるアイテール・イェーゲルフェルトとは逆に、俺は眉を吊り上げた。
「だいたい、ディアーナ様をお誘いしたのですか? 婚約者をパートナーにするのが普通だと聞きましたよ?」
「誰から聞いたんだ」
「オグマです。プルートゥスからも、手紙で『アイテール殿下のパートナーは義姉上と決まっている』って書いていました」
「ふん、余計なことをしてくれてるな、あいつら。というかプルートゥスと手紙の交換をしているのか? 僕ともしないか?」
「しません。あとしてません。向こうから勝手に来るだけです」
俺はそこで一旦深呼吸した。怒りを抑えるためだ。
「いいですか? まずディアーナ様をお誘いしてください。もしディアーナ様に断られたということであれば、パートナーを務めることもやぶさかではありません。嘘をついても無駄ですからね。分かりますからね」
「そうか、分かるのか。愛されているな僕は」
「見てたら誰でも分かりますんで」
俺は踵を返して、さっさとその場を離れた。アイテール・イェーゲルフェルトが追いかけてくる様子はなかった。安堵の息が漏れる。
予鈴が鳴った。授業に向かわなければと思い、階段を降りる。
「ミタマ」
声が掛かった。顔を上げると、ディアーナが階段の上にいた。
ディアーナは俺を見下ろしながら、ゆっくりと階段を降りてくる。俺は足を踊り場に縫いつけられたかのごとく、動けなかった。
ディアーナは、俺の一段上で足を止めた。そして口を開いた。
「あなた、アイテール様とダンスパーティに参加するの?」
「いえ、しません。そもそもパーティに出る気もありません」
俺を見下ろす銀の目は冷えていた。
「どうして参加しないのかしら? ヒロインという立場を利用して、主要キャラからモテることを狙っているなら、アイテール様からの誘いを受けるはずよ。あなたは私に、そうするって宣言していたじゃない。どうしてしないの?」
俺は何も言えなかった。そうだ。『自分勝手なヒロイン』という悪役を演じるのなら、俺の行動は悪手だ。
黙ってしまった俺に構わず、ディアーナは話を続けた。
「できなかったんでしょう? あなたは根っからの善人なんだわ。私の前であんな悪役みたいなセリフを吐いたのは、私のため。私が魔王側に堕ちて最後に死ぬのを止めたかったとか、そんなところでしょう?」
図星でしかなかった。
俺に向けられるディアーナの目に、鋭い光が宿った。拳が固く握られる。
「余計なお世話だわ! 同情なんかしてほしくない、むらくもかすみのファンなんかに!」
ディアーナの目には強い怒りがあった。それが俺に向けられている。
「ああ、どうして、どうして私の欲しいものを全部持って行くのよ! 私だって、たくさんの人に私の作品を面白いって言って欲しかった! 褒めて欲しかった! ファンですって言って欲しかった! でもそれは叶わなかった。だからあの女の作ったこの世界を壊して、私がイケメンたちに愛されてやろうと思った。それすらも叶わないなんて、私は、私は……!」
「三日尻月……」
俺がその名を口にすると、ディアーナがはっと顔を上げた。彼女は歯ぎしりすると、腕を前に突き出した。
その手は、俺の胸に当たった。咄嗟のことで受け止める態勢が整っていなかった俺の体は傾いて、足が宙に浮く。
落ちる、と思った。ディアーナは腕を伸ばしたまま、俺を睨んでいる。その目は嫉妬にまみれていた。
俺は悲しくなった。俺は三日尻月のファンだった。出す作品は全部買って読んで、SNSで感想を流して、ファンレターも送り、サイン会があれば参加もした。『ミタマ』という名前をくれたのも彼女だ。
だけど、それは彼女には届いていなかった。俺ひとりの愛では、彼女を満足させられなかったのだ。
頭をぶつけることを覚悟した時、たくましい腕に抱きとめられた。オグマ・カウッピネンだった。
彼は怒りを隠すことなく、階段の上に立つディアーナを見た。
「言い逃れはできませんよ、ディアーナ様。あんたがタマヨリを落とした。聖女である彼女を」
「……逃げるつもりはないわ」
ディアーナの声には力がなかった。何もかもがどうでもいいという顔をしている。
嫌だ、そんな顔を彼女にしてほしくない。彼女には笑っていてほしい。
「オグマ、違うの、これは私が……」
「タマヨリ、お前が何を言っても無駄だ。このことはアイテール殿下に報告させてもらう」
オグマ・カウッピネンは俺を抱きあげて、踵を返して歩き出した。
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