紅葉かつ散る

月並

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六、家族

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「しろちゃん、そのお話は」

 つい声をあげてしまった。けれど、その先の言葉が出ない。
 辺りは、とても静かだった。

「続き、聞くか?」

 無意識に、こくりと頷いていた。しろちゃんは小さく息を吸った。




 ある日、鬼のもとに、1人の男が現れました。侍の息子でした。あの騒動のときはまだ少年だったのが、今では立派な青年になっていました。
 息子は鬼に、妹を返してもらえないかと相談に来ました。侍が亡くなったので、少女を家に迎えることができるようになったと言うのです。

 鬼には、少女を山から下ろせない理由がありました。少女は1度山をおりたとき、人間にひどい仕打ちを受けていました。そのため、極度の人間不信になっていたのです。
 鬼は侍の息子に、事情を全て話しました。侍の息子は頷くと、その日から少女のもとへ足繁く通い始めました。

 最初は侍の息子のことを怖がっていた少女も、次第に侍の息子に懐き始めました。




 しろちゃんは、そこで口を結んだ。私も何も言わず、ただ呆然とその場に座っていた。
 遠くから、鈴虫の鳴く声が聞こえた。綺麗に、寂しく夜の闇に鳴り響く。

 先に口を開いたのは、しろちゃんだった。

「お前、明日田辺新一郎しんいちろうと一緒に、山を下りろ」

 田辺のお兄ちゃんは、それこそ兄のように慕っていた。けれど。
 心臓は早鐘を打つようにばくばくと鳴っている。

「家族が見つかったのなら、お前がここにいる理由はない。帰れ」

 しろちゃんは冷たい声でそう言い放った。

「やだよ! 私はしろちゃんと一緒にいる!」
「無理だ」

 しろちゃんは私の言葉を、にべも無く一蹴した。

「俺は鬼、お前は人。土台一緒にいるなんて無理なんだよ」
「そんなの関係ないよ! 今までずっと、一緒に暮らしてきたじゃない! 人がだめだって言うなら、私もしろちゃんと同じものになる! 私も鬼になる!」

 すぐ横を、白い風が通り抜けた。どすっ、という鈍い音が間近で聞こえる。

 いつも木を切っていた刀、しろちゃんが持っている真っ白な刀が、すぐ横に刺さっていた。
 左頬が痛い。
 斬られたと理解すると、もっと大きな痛みが心を襲った。

「知ったような口を利くな。何にも知らねえくせに。俺はな、鬼になりたくてなったわけじゃねえんだ」

 しろちゃんの声には、怒りが灯っていた。小さく、静かに、けれど強く燃え盛っている。
 初めて見るしろちゃんを前に、言葉を失ってしまった。

 しろちゃんはまっすぐ私を見る。目と目が合う。紫が、私を捉える。

「……こんな身体なんざ、いらねえんだよ。今までも、これから先も、ずっとひとりでいなきゃならねえ、こんな身体なんか!」

 気が付くと、足が震えていた。しろちゃんの目の中には、おびえた顔の私が映っている。

「……あの場で殺しておけば良かったな。そうすりゃ、こんな思い、しなかったんだ」

 しろちゃんは刀を持ち直した。それを大きく振り上げる。私はそれを、呆然と見るしかない。

 刀が、白くきらりと光った。
 振り下ろされるかと思ったその時、刀の動きが止まった。しろちゃんが、大きく目を見開いている。

 しろちゃんの胸から、鈍色の刀が生えていた。

 しろちゃんの手がゆるむ。ガランと音を立てて、白い刀は床に転がった。
 しろちゃんは、刺されたことを確認するかのように、自分のおなかを触った。その手が、血でべとりと汚れる。

 血に汚れた手にあったしろちゃんの視線が、私を捉えた。そして血の付いた手で、私の頬をそっと撫でる。
 傷に触れられて、少し痛みを感じた。

 手が離れた。しろちゃんは、倒れて地に伏した。

「しろ、ちゃん?」

 名前を呼んだ。返事は、ない。しろちゃんはぴくりとも動かない。

「なんで、しろちゃん」

 涙が溢れ出した。ぼたぼたと落ちるそれは、しろちゃんの着物に吸い込まれていく。

 鈍色の刀の持ち主――田辺のお兄ちゃんは、泣きじゃくる私をただ遠くから見ていた。近づこうかどうか、躊躇っている様子だった。
 私はわんわんと泣いた。私の声は、夜の闇に溶け込んでいった。
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