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五、昔話
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どこかで鳥が鳴いている。あれはアオゲラだと教えてくれたのは、しろちゃんだ。
私は川で水を桶いっぱいに掬い、家に戻る途中だった。桶は私が両手で抱えなければならないほどの大きさだった。必然、中に入る水の量も多くなり、桶は重たくなる。
それでも毎日の日課なので、私は文句一つ言わずにゆっくりと桶を運んでいた。
桶の中で跳ねた水が、私の顔に当たって冷たい。思わず目を瞑ったところで、不意に私の両腕が軽くなった。
目を開けると、桶を軽々と抱えた田辺のお兄ちゃんがいた。
「おはようございます。朝から大変ですね」
そう言って田辺のお兄ちゃんはてくてくと歩いていく。私も慌てて後を追った。
しろちゃんは家の前で、丸太を半分に切っていた。白い刀がきらきらと光って、丸太をさくさくっと切ってしまう。
「しろちゃーん。田辺のお兄ちゃんが来たよー」
私が大きな声をあげると、しろちゃんは働いていた手を休めて、私と田辺のお兄ちゃんの方を見た。
「しろちゃん、田辺のお兄ちゃんがね、桶持ってくれたの」
「また怠けやがって」
「怠けたわけじゃないもん!」
ぷうとむくれると、しろちゃんは「はいはい」と適当に流した。
「すっかり懐いたな」
田辺のお兄ちゃんに寄り添うようにして立つ私を見て、しろちゃんは感心したように言った。
その目に一瞬、とても真剣な、思い詰めたような色が宿ったように見えた。けどすぐに、いつもの優しい色に戻ったので、私もすぐにそのことを忘れてしまった。
▽
その夜、月は姿を隠し、山の中はすっぽりと闇に覆われていた。もちろん私としろちゃんの家も。
私はお箸をお盆の上に置いた。手を合わせ、「ごちそうさま」と、食べ物たちに感謝の意を表す。
いつもなら食器を洗って、お風呂に入って寝るところだった。けれど、しろちゃんが「おい」と私に声をかけたので、私は食器もそのままに、しろちゃんの声に応えた。
「昔話をしてやろう」
しろちゃんの言葉に目を輝かせた。本が読めなかった小さい頃は、よくしろちゃんに物語を聞かせてもらっていた。
しろちゃんは、物語を話すのが上手だった。物語の中に入ったように錯覚してしまうほど。
首を縦に何度も振った。しろちゃんは軽く咳払いをする。
「昔々」
昔々あるところに、大きな武家屋敷がありました。そのお屋敷には、町の中で1番偉い侍と、その妻と、その息子1人と、その他大勢の従者たちが住んでいました。
ある日、妻が2人目を身籠りました。お屋敷は上を下への大騒ぎ。誰も彼もが、2人目の出産を今か今かと待ち望んでいました。
赤子は無事に生まれてきました。女の子でした。しかし、その赤子の髪は真っ赤でした。
その色を見て不安になった侍は、近くの有名な祈祷師に赤子を見てもらいました。
祈祷師は、「その赤子は鬼だ。今すぐ殺しなさい」と言いました。
侍は祈祷師の言葉を真に受けました。そして、赤子を殺そうとしました。
しかし妻は、赤子は鬼ではない、鬼であっても育てると言い張りました。激怒した侍は、母子諸共殺そうとしました。
妻は近くの山へ逃げ込みました。侍は従者を使い、山を捜索させました。
山に入った妻は、そこで1匹の鬼と出会いました。妻は鬼に事情を話し、この身はくれてやっても良いから赤子だけは助けてくれ、と懇願しました。
そのとき、妻の後ろから侍の従者が現れ、妻を斬りました。妻は赤子を庇うようにして倒れました。
従者は、泣き叫ぶ赤子にも止めを刺そうとしました。
鬼はその従者を殺しました。そして赤子を拾い上げると、山にいる人間を皆殺しにしてしまいました。
以来、その山には恐ろしい鬼が棲んでいるとの噂が立ち、誰も立ち入らなくなりました。
私は川で水を桶いっぱいに掬い、家に戻る途中だった。桶は私が両手で抱えなければならないほどの大きさだった。必然、中に入る水の量も多くなり、桶は重たくなる。
それでも毎日の日課なので、私は文句一つ言わずにゆっくりと桶を運んでいた。
桶の中で跳ねた水が、私の顔に当たって冷たい。思わず目を瞑ったところで、不意に私の両腕が軽くなった。
目を開けると、桶を軽々と抱えた田辺のお兄ちゃんがいた。
「おはようございます。朝から大変ですね」
そう言って田辺のお兄ちゃんはてくてくと歩いていく。私も慌てて後を追った。
しろちゃんは家の前で、丸太を半分に切っていた。白い刀がきらきらと光って、丸太をさくさくっと切ってしまう。
「しろちゃーん。田辺のお兄ちゃんが来たよー」
私が大きな声をあげると、しろちゃんは働いていた手を休めて、私と田辺のお兄ちゃんの方を見た。
「しろちゃん、田辺のお兄ちゃんがね、桶持ってくれたの」
「また怠けやがって」
「怠けたわけじゃないもん!」
ぷうとむくれると、しろちゃんは「はいはい」と適当に流した。
「すっかり懐いたな」
田辺のお兄ちゃんに寄り添うようにして立つ私を見て、しろちゃんは感心したように言った。
その目に一瞬、とても真剣な、思い詰めたような色が宿ったように見えた。けどすぐに、いつもの優しい色に戻ったので、私もすぐにそのことを忘れてしまった。
▽
その夜、月は姿を隠し、山の中はすっぽりと闇に覆われていた。もちろん私としろちゃんの家も。
私はお箸をお盆の上に置いた。手を合わせ、「ごちそうさま」と、食べ物たちに感謝の意を表す。
いつもなら食器を洗って、お風呂に入って寝るところだった。けれど、しろちゃんが「おい」と私に声をかけたので、私は食器もそのままに、しろちゃんの声に応えた。
「昔話をしてやろう」
しろちゃんの言葉に目を輝かせた。本が読めなかった小さい頃は、よくしろちゃんに物語を聞かせてもらっていた。
しろちゃんは、物語を話すのが上手だった。物語の中に入ったように錯覚してしまうほど。
首を縦に何度も振った。しろちゃんは軽く咳払いをする。
「昔々」
昔々あるところに、大きな武家屋敷がありました。そのお屋敷には、町の中で1番偉い侍と、その妻と、その息子1人と、その他大勢の従者たちが住んでいました。
ある日、妻が2人目を身籠りました。お屋敷は上を下への大騒ぎ。誰も彼もが、2人目の出産を今か今かと待ち望んでいました。
赤子は無事に生まれてきました。女の子でした。しかし、その赤子の髪は真っ赤でした。
その色を見て不安になった侍は、近くの有名な祈祷師に赤子を見てもらいました。
祈祷師は、「その赤子は鬼だ。今すぐ殺しなさい」と言いました。
侍は祈祷師の言葉を真に受けました。そして、赤子を殺そうとしました。
しかし妻は、赤子は鬼ではない、鬼であっても育てると言い張りました。激怒した侍は、母子諸共殺そうとしました。
妻は近くの山へ逃げ込みました。侍は従者を使い、山を捜索させました。
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そのとき、妻の後ろから侍の従者が現れ、妻を斬りました。妻は赤子を庇うようにして倒れました。
従者は、泣き叫ぶ赤子にも止めを刺そうとしました。
鬼はその従者を殺しました。そして赤子を拾い上げると、山にいる人間を皆殺しにしてしまいました。
以来、その山には恐ろしい鬼が棲んでいるとの噂が立ち、誰も立ち入らなくなりました。
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