白物語

月並

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第一章 シャラ

六、コマダ

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 戻ってきたミタマを見て、シャラが目を輝かせました。

「やっぱり似合っているわ!」

 シャラは非常に満足そうでした。ミタマは仏頂面でシャラを見ています。
 一緒に戻ってきたコマダに気付くと、シャラは頬を赤く染め上げました。

「シャラさんたちは、このあたりに住んでいるのかい?」
「い、いえ……いや、はい、そうです。最近来たばかりで」
「ならまた、いつでも会えるね」
「はっ、はい」

 優しげに微笑むコマダに、シャラは浮足立った様子でした。


 コマダの店を出た後、しばらくふたりは黙って道を歩いていました。道ではたくさんの人が、陽気そうに闊歩しています。
 ミタマの着物を引っ張って、シャラが裏通りに入りました。少し薄暗く、表通りの喧騒が一瞬で遠のきます。
 シャラは頬を上気させてミタマと向き合いました。鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気です。

「ミタマ、京はもういいから、ここに住みましょう!」

 ミタマは眉をしかめただけで、何も言いませんでした。





「ねえミタマ。私、コマダさんと結婚したいわ」

 町の裏通りにある長屋のひとつが、シャラとミタマの住処となっています。
 薄暗いその中で、シャラは夢見るようなきらきらした目でそう言いました。


 コマダと出会ってから、シャラは彼とよく出掛けていました。
 コマダはここの出身で近辺のことに詳しく、シャラに町のこと、人のこと、何でも教えてくれます。
 見目も良いし、お金もあるし、何よりシャラを大切に扱ってくれるコマダに、シャラは首ったけでした。


「あんまり、あいつと関わらない方がいいと思うけど」

 ミタマの言葉に、シャラは眉をしかめました。

「ミタマにコマダさんの何が分かるっていうのよ」
「変な匂いがする」
「はあ? 意味分かんないこと言わないで! だいたい、私に口出しする気!? あなたは私の僕でしょ!」

 そう言われたミタマは黙ってしまいました。紫の目が、シャラを睨みます。
 シャラはそんなミタマから目を背け、何も言わずに外へ飛び出しました。
 からりと晴れた青空が、シャラを迎えてくれました。シャラはそれを叩き落としたい衝動に駆られます。

 シャラはコマダの店に行くことにしました。
 何日も通っているおかげか、店の人からは笑顔で迎えられるだけで、何も文句を言われません。
 コマダはちょうど、表に出ようとしていたところでした。下駄を突っかけるために下へ向けていた顔を上げて、シャラに気づくと、笑顔を浮かべます。

「シャラ、ちょうどいい。浄瑠璃を見に行かないかい?」
「ええ、もちろん!」

 ふたつ返事で了承したシャラは、胸を弾ませながらコマダについていきました。


 その日の演目は、数年前から人気の高い、相思相愛の若い男女が心中する話でした。
 帰り道となる川沿いの道を歩きながら、コマダは目を輝かせて感想を語ります。周囲に人影はなく、ふたりきりです。

「僕はあの演目が大好きなんだ! 結ばれない運命の2人が、来世を願って一緒に死ぬ。命がけで愛を貫くなんて、とても美しいとは思わないかい?」
「そうね。あんな風に誰かを愛せたら、そのために死ねるんなら、きっと幸福かもしれないわね」

 ぼんやりとした頭で歩くシャラは、ふとロクロのことを思い出しました。
 ロクロの最期は幸せだったのか、そういえば裸だったと店の女が言っていたな、などと、取り留めのないことを考えます。

 日が西の山に身を沈め、辺りが薄い闇に包まれようとしていました。太陽の朱い光を反射した雲が、下部だけ淡い赤紫色に染まっています。
 きれいだとシャラは思いました。

「きれいだね」

 コマダが言いました。自分と考えが同じであることに、シャラは有頂天になり何度も頷きます。
 しかし、コマダが空を見ていないことに気が付きました。彼の視線を追ったシャラは、思わず小さな悲鳴をあげました。

 川の中に、男女の姿が見えました。ふたりの着物の裾とざんばらになった髪が、川の流れに合わせてゆらゆらと揺れています。
 女の着物は真っ赤で、なぜ今までこれに気が付かなかったのか不思議なほど、景色の中で際立っていました。
 ふたりの手首は、細い布でしっかりと結ばれていました。だからふたりは、死んでも離れ離れにならずに済んでいるのでしょう。

「シャラは帰りな。後のことは僕に任せて」

 何も言えずにいたシャラは、小さくうなずくと、震える足を叱咤してその場を去りました。

 しばらく歩いてから、シャラはその場にしゃがみ込みました。もうこれ以上、歩く気力がありません。

「ミタマぁ」

 呼ぶ声は震えていました。
 近くの木陰から、ミタマが音もなく現れます。

「おんぶして、帰って」

 無言のまま、ミタマはシャラを背中に乗せると、歩き出しました。
 伝わる彼の体温に、シャラの震えは次第に解けていきました。
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