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第一章 シャラ
六、コマダ
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戻ってきたミタマを見て、シャラが目を輝かせました。
「やっぱり似合っているわ!」
シャラは非常に満足そうでした。ミタマは仏頂面でシャラを見ています。
一緒に戻ってきたコマダに気付くと、シャラは頬を赤く染め上げました。
「シャラさんたちは、このあたりに住んでいるのかい?」
「い、いえ……いや、はい、そうです。最近来たばかりで」
「ならまた、いつでも会えるね」
「はっ、はい」
優しげに微笑むコマダに、シャラは浮足立った様子でした。
コマダの店を出た後、しばらくふたりは黙って道を歩いていました。道ではたくさんの人が、陽気そうに闊歩しています。
ミタマの着物を引っ張って、シャラが裏通りに入りました。少し薄暗く、表通りの喧騒が一瞬で遠のきます。
シャラは頬を上気させてミタマと向き合いました。鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気です。
「ミタマ、京はもういいから、ここに住みましょう!」
ミタマは眉をしかめただけで、何も言いませんでした。
▽
「ねえミタマ。私、コマダさんと結婚したいわ」
町の裏通りにある長屋のひとつが、シャラとミタマの住処となっています。
薄暗いその中で、シャラは夢見るようなきらきらした目でそう言いました。
コマダと出会ってから、シャラは彼とよく出掛けていました。
コマダはここの出身で近辺のことに詳しく、シャラに町のこと、人のこと、何でも教えてくれます。
見目も良いし、お金もあるし、何よりシャラを大切に扱ってくれるコマダに、シャラは首ったけでした。
「あんまり、あいつと関わらない方がいいと思うけど」
ミタマの言葉に、シャラは眉をしかめました。
「ミタマにコマダさんの何が分かるっていうのよ」
「変な匂いがする」
「はあ? 意味分かんないこと言わないで! だいたい、私に口出しする気!? あなたは私の僕でしょ!」
そう言われたミタマは黙ってしまいました。紫の目が、シャラを睨みます。
シャラはそんなミタマから目を背け、何も言わずに外へ飛び出しました。
からりと晴れた青空が、シャラを迎えてくれました。シャラはそれを叩き落としたい衝動に駆られます。
シャラはコマダの店に行くことにしました。
何日も通っているおかげか、店の人からは笑顔で迎えられるだけで、何も文句を言われません。
コマダはちょうど、表に出ようとしていたところでした。下駄を突っかけるために下へ向けていた顔を上げて、シャラに気づくと、笑顔を浮かべます。
「シャラ、ちょうどいい。浄瑠璃を見に行かないかい?」
「ええ、もちろん!」
ふたつ返事で了承したシャラは、胸を弾ませながらコマダについていきました。
その日の演目は、数年前から人気の高い、相思相愛の若い男女が心中する話でした。
帰り道となる川沿いの道を歩きながら、コマダは目を輝かせて感想を語ります。周囲に人影はなく、ふたりきりです。
「僕はあの演目が大好きなんだ! 結ばれない運命の2人が、来世を願って一緒に死ぬ。命がけで愛を貫くなんて、とても美しいとは思わないかい?」
「そうね。あんな風に誰かを愛せたら、そのために死ねるんなら、きっと幸福かもしれないわね」
ぼんやりとした頭で歩くシャラは、ふとロクロのことを思い出しました。
ロクロの最期は幸せだったのか、そういえば裸だったと店の女が言っていたな、などと、取り留めのないことを考えます。
日が西の山に身を沈め、辺りが薄い闇に包まれようとしていました。太陽の朱い光を反射した雲が、下部だけ淡い赤紫色に染まっています。
きれいだとシャラは思いました。
「きれいだね」
コマダが言いました。自分と考えが同じであることに、シャラは有頂天になり何度も頷きます。
しかし、コマダが空を見ていないことに気が付きました。彼の視線を追ったシャラは、思わず小さな悲鳴をあげました。
川の中に、男女の姿が見えました。ふたりの着物の裾とざんばらになった髪が、川の流れに合わせてゆらゆらと揺れています。
女の着物は真っ赤で、なぜ今までこれに気が付かなかったのか不思議なほど、景色の中で際立っていました。
ふたりの手首は、細い布でしっかりと結ばれていました。だからふたりは、死んでも離れ離れにならずに済んでいるのでしょう。
「シャラは帰りな。後のことは僕に任せて」
何も言えずにいたシャラは、小さくうなずくと、震える足を叱咤してその場を去りました。
しばらく歩いてから、シャラはその場にしゃがみ込みました。もうこれ以上、歩く気力がありません。
「ミタマぁ」
呼ぶ声は震えていました。
近くの木陰から、ミタマが音もなく現れます。
「おんぶして、帰って」
無言のまま、ミタマはシャラを背中に乗せると、歩き出しました。
伝わる彼の体温に、シャラの震えは次第に解けていきました。
「やっぱり似合っているわ!」
シャラは非常に満足そうでした。ミタマは仏頂面でシャラを見ています。
一緒に戻ってきたコマダに気付くと、シャラは頬を赤く染め上げました。
「シャラさんたちは、このあたりに住んでいるのかい?」
「い、いえ……いや、はい、そうです。最近来たばかりで」
「ならまた、いつでも会えるね」
「はっ、はい」
優しげに微笑むコマダに、シャラは浮足立った様子でした。
コマダの店を出た後、しばらくふたりは黙って道を歩いていました。道ではたくさんの人が、陽気そうに闊歩しています。
ミタマの着物を引っ張って、シャラが裏通りに入りました。少し薄暗く、表通りの喧騒が一瞬で遠のきます。
シャラは頬を上気させてミタマと向き合いました。鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気です。
「ミタマ、京はもういいから、ここに住みましょう!」
ミタマは眉をしかめただけで、何も言いませんでした。
▽
「ねえミタマ。私、コマダさんと結婚したいわ」
町の裏通りにある長屋のひとつが、シャラとミタマの住処となっています。
薄暗いその中で、シャラは夢見るようなきらきらした目でそう言いました。
コマダと出会ってから、シャラは彼とよく出掛けていました。
コマダはここの出身で近辺のことに詳しく、シャラに町のこと、人のこと、何でも教えてくれます。
見目も良いし、お金もあるし、何よりシャラを大切に扱ってくれるコマダに、シャラは首ったけでした。
「あんまり、あいつと関わらない方がいいと思うけど」
ミタマの言葉に、シャラは眉をしかめました。
「ミタマにコマダさんの何が分かるっていうのよ」
「変な匂いがする」
「はあ? 意味分かんないこと言わないで! だいたい、私に口出しする気!? あなたは私の僕でしょ!」
そう言われたミタマは黙ってしまいました。紫の目が、シャラを睨みます。
シャラはそんなミタマから目を背け、何も言わずに外へ飛び出しました。
からりと晴れた青空が、シャラを迎えてくれました。シャラはそれを叩き落としたい衝動に駆られます。
シャラはコマダの店に行くことにしました。
何日も通っているおかげか、店の人からは笑顔で迎えられるだけで、何も文句を言われません。
コマダはちょうど、表に出ようとしていたところでした。下駄を突っかけるために下へ向けていた顔を上げて、シャラに気づくと、笑顔を浮かべます。
「シャラ、ちょうどいい。浄瑠璃を見に行かないかい?」
「ええ、もちろん!」
ふたつ返事で了承したシャラは、胸を弾ませながらコマダについていきました。
その日の演目は、数年前から人気の高い、相思相愛の若い男女が心中する話でした。
帰り道となる川沿いの道を歩きながら、コマダは目を輝かせて感想を語ります。周囲に人影はなく、ふたりきりです。
「僕はあの演目が大好きなんだ! 結ばれない運命の2人が、来世を願って一緒に死ぬ。命がけで愛を貫くなんて、とても美しいとは思わないかい?」
「そうね。あんな風に誰かを愛せたら、そのために死ねるんなら、きっと幸福かもしれないわね」
ぼんやりとした頭で歩くシャラは、ふとロクロのことを思い出しました。
ロクロの最期は幸せだったのか、そういえば裸だったと店の女が言っていたな、などと、取り留めのないことを考えます。
日が西の山に身を沈め、辺りが薄い闇に包まれようとしていました。太陽の朱い光を反射した雲が、下部だけ淡い赤紫色に染まっています。
きれいだとシャラは思いました。
「きれいだね」
コマダが言いました。自分と考えが同じであることに、シャラは有頂天になり何度も頷きます。
しかし、コマダが空を見ていないことに気が付きました。彼の視線を追ったシャラは、思わず小さな悲鳴をあげました。
川の中に、男女の姿が見えました。ふたりの着物の裾とざんばらになった髪が、川の流れに合わせてゆらゆらと揺れています。
女の着物は真っ赤で、なぜ今までこれに気が付かなかったのか不思議なほど、景色の中で際立っていました。
ふたりの手首は、細い布でしっかりと結ばれていました。だからふたりは、死んでも離れ離れにならずに済んでいるのでしょう。
「シャラは帰りな。後のことは僕に任せて」
何も言えずにいたシャラは、小さくうなずくと、震える足を叱咤してその場を去りました。
しばらく歩いてから、シャラはその場にしゃがみ込みました。もうこれ以上、歩く気力がありません。
「ミタマぁ」
呼ぶ声は震えていました。
近くの木陰から、ミタマが音もなく現れます。
「おんぶして、帰って」
無言のまま、ミタマはシャラを背中に乗せると、歩き出しました。
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