白物語

月並

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第二章 ナナシ

一、別れ

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「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼びゃっきに戻れる!」

 大きく笑いながら、肩で揃えた短い髪を振り乱した鬼のような女は、食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
 その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
 同じ地面には、ミタマとシャラが倒れています。シャラの周囲は、彼女が流した血に染まっていました。

 それを、ナナシはしばし、呆然と見ている事しかできませんでした。



 木々は赤や橙、黄の衣を纏っています。風が吹くと、その一部がはらはらと落ちていきました。
 ナナシの村では、すでに稲の刈り入れが終わっていました。何もない田の上では、子どもたちがきゃあきゃあと歓声をあげて走り回っています。足や手、顔にまで泥がついていました。

 そんな子どもたちを、ナナシは大きな一本の木の下で眺めていました。その木はもうすでに葉を落としており、でこぼこした幹がむき出しになっています。
 ナナシはいちばん近くの山を見上げました。シャラとミタマが暮らしている山です。

「わ、私、伝えてみようかしら、私の気持ち」

 そう言って目をきらきらと輝かせたシャラを思い出し、ナナシは小さく笑みを浮かべました。同時に、胸に針を刺したような痛みを覚えます。
 空はどんよりと曇っていました。ナナシは口をへの字に曲げ、山をじっとにらみつけます。
 おもむろに、ナナシは歩き出しました。

「ナナシ、どこに行くんだい」

 ナナシの父親が声を掛けました。

「シャラとミタマのとこ」
「ああ、便利屋さんのところね。気をつけて行くんだよ」
「はーい」

 素直に返事をして、ナナシは歩きます。


 落ち葉を踏みしめる音が、あたりいっぱいに広がります。
 神社へ続く石段を登るナナシに、時折冷たい風がぴゅうと吹き付けました。空気のにおいは、もう冬になっています。

 最後の一段を踏みしめると、額ににじんだ汗を拭いました。目の前には、真新しい神社が建っています。
 ナナシは、その横にある小屋へ向かいました。シャラとミタマの家です。

「シャラー、ミタマー」

 ナナシは小屋の戸を開けました。中は薄暗く、しんと静まりかえっています。

「どこ行ったんだ?」

 ナナシは眉をひそめました。
 戸をゆっくりと閉めた後、ナナシは元来た道に戻りました。2人の名前を呼びながら、ゆっくりと坂を下っていきます。

 不意にナナシは足を止めました。木々や草むらに紛れたその遠くから、金属同士のぶつかる音が聞こえてきたのです。
 初めて聞く音に戸惑いながら、ナナシは近づいてみました。

 そこでは、ミタマと見知らぬ女が戦っていました。女は肩ほどの白髪に、金色の目をしています。着物はミタマと同じで真っ白でした。
 戦況はミタマが優勢でした。女を圧すミタマの姿を見て、ナナシは息を飲みました。頭にいつもつけていた黒い布が外れて、額から1本の白い角が生えていたからです。
 彼の持つ刀も、その角と同じく真っ白でした。それは刀のことをよく知らないナナシが見ても美しいと思える逸品で、あんなものが作れる人がいるのかと感心するほどでした。

 そんな刀を軽々と振り回す姿に見惚れていると、シャラと目が合いました。シャラは目を大きく見開きます。

「ナナシっ……」

 声を出してから、しまったとでも言うようにシャラは口を抑えました。
 ミタマに圧されていた女の、金の目がナナシを捉えました。その視線に、ナナシは竦んでしまいました。
 女は踵を素早く返して、こちらへと地面を蹴りました。

「ミタマ! ナナシを!」

 シャラがそう言うのと同時に、ミタマは動いていました。女の襟首を掴み、自分の方に引き寄せます。
 引き寄せられた女は、再び体を半回転させると、ミタマの角に食らいつきました。
 抵抗しようとするミタマでしたが、激しい痛みに襲われ、うまく体が動かせないようです。

「ミタマ!」

 シャラが飛び出し、女の着物を引っ張ります。が、女は離れません。
 バキリと嫌な音が、辺りに響きました。
 角を食いちぎられたミタマは、その場に倒れてしまいました。意識がないのか、ぴくりとも動きません。

「ミタマ! ミタマ!!」

 駆け寄ろうとしたシャラでしたが、その胸を、ズブリと短刀が貫きました。
 短刀はすぐに抜かれ、そこから大量の血が溢れます。
 シャラもミタマと同じように、地面に突っ伏してしまいました。

「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼に戻れる!」

 大きく笑いながら、女は食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
 その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
 それを、ナナシは呆然と見ている事しかできませんでした。が、シャラが身じろぎしたのに気付くと、弾かれたようにシャラへ駆け寄ります。

「ナナシ」

 目が合うと、シャラがナナシの着物を強く握りました。息も絶え絶えな彼女のどこにそんな力が残っているのかと、ナナシが戸惑うぐらいの強さです。

「ミタマの、角を、戻してあげて。お願い、ナナシ」

 ぼろぼろと溢れるシャラの涙を見ていると、ナナシも泣き出してしまいそうでした。

「ミタマは鬼なの。白い髪に紫の目、額に1本の白い角を持つ鬼。でも角を、あの女、カスミに取られてしまった。カスミはミタマの角を、自分の角にする気だわ。取り返して、ミタマに返してあげてほしいの」

 しゃべるうちに、シャラの顔からどんどん血の気がなくなっていきます。

「シャラ、もう喋るな! 人を呼んでくるから……」
「いいえ、私はもう、死ぬ。死ぬ私にはできない、から、ナナシ。ミタマを連れて、坂を駆け上って。カスミがやってたみたいに。そうしたら、カスミを追いかけられるから」

 必死の形相で頼み込むシャラを前に、ナナシはただただ、頷くことしかできませんでした。
 ナナシの首肯を見て、シャラの頬が緩みました。

「頼んだわよ」

 そう言うと気が抜けたのか、シャラは静かに目を閉じました。上体がぐらりと傾いたのを、ナナシは受け止めます。

「シャラ? シャラ!」

 何度呼んでも揺すっても、シャラは起きませんでした。
 ボロボロと、ナナシの目から大粒の涙がこぼれていきます。

 しばらく泣くに任せていたナナシでしたが、強く目をこすり涙を落とすと、立ち上がりました。
 ミタマを背中に乗せます。その時、彼の手から落ちた刀を拾い直しました。
 そして落ち葉を踏みしめながら、斜面を一目散に駆け上がります。

「俺をカスミのところに行かせろ!!」

 ぐらりと視界が揺れたように、ナナシは感じました。
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