16 / 19
第二章 ナナシ
一、別れ
しおりを挟む
「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼に戻れる!」
大きく笑いながら、肩で揃えた短い髪を振り乱した鬼のような女は、食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
同じ地面には、ミタマとシャラが倒れています。シャラの周囲は、彼女が流した血に染まっていました。
それを、ナナシはしばし、呆然と見ている事しかできませんでした。
▽
木々は赤や橙、黄の衣を纏っています。風が吹くと、その一部がはらはらと落ちていきました。
ナナシの村では、すでに稲の刈り入れが終わっていました。何もない田の上では、子どもたちがきゃあきゃあと歓声をあげて走り回っています。足や手、顔にまで泥がついていました。
そんな子どもたちを、ナナシは大きな一本の木の下で眺めていました。その木はもうすでに葉を落としており、でこぼこした幹がむき出しになっています。
ナナシはいちばん近くの山を見上げました。シャラとミタマが暮らしている山です。
「わ、私、伝えてみようかしら、私の気持ち」
そう言って目をきらきらと輝かせたシャラを思い出し、ナナシは小さく笑みを浮かべました。同時に、胸に針を刺したような痛みを覚えます。
空はどんよりと曇っていました。ナナシは口をへの字に曲げ、山をじっとにらみつけます。
おもむろに、ナナシは歩き出しました。
「ナナシ、どこに行くんだい」
ナナシの父親が声を掛けました。
「シャラとミタマのとこ」
「ああ、便利屋さんのところね。気をつけて行くんだよ」
「はーい」
素直に返事をして、ナナシは歩きます。
落ち葉を踏みしめる音が、あたりいっぱいに広がります。
神社へ続く石段を登るナナシに、時折冷たい風がぴゅうと吹き付けました。空気のにおいは、もう冬になっています。
最後の一段を踏みしめると、額ににじんだ汗を拭いました。目の前には、真新しい神社が建っています。
ナナシは、その横にある小屋へ向かいました。シャラとミタマの家です。
「シャラー、ミタマー」
ナナシは小屋の戸を開けました。中は薄暗く、しんと静まりかえっています。
「どこ行ったんだ?」
ナナシは眉をひそめました。
戸をゆっくりと閉めた後、ナナシは元来た道に戻りました。2人の名前を呼びながら、ゆっくりと坂を下っていきます。
不意にナナシは足を止めました。木々や草むらに紛れたその遠くから、金属同士のぶつかる音が聞こえてきたのです。
初めて聞く音に戸惑いながら、ナナシは近づいてみました。
そこでは、ミタマと見知らぬ女が戦っていました。女は肩ほどの白髪に、金色の目をしています。着物はミタマと同じで真っ白でした。
戦況はミタマが優勢でした。女を圧すミタマの姿を見て、ナナシは息を飲みました。頭にいつもつけていた黒い布が外れて、額から1本の白い角が生えていたからです。
彼の持つ刀も、その角と同じく真っ白でした。それは刀のことをよく知らないナナシが見ても美しいと思える逸品で、あんなものが作れる人がいるのかと感心するほどでした。
そんな刀を軽々と振り回す姿に見惚れていると、シャラと目が合いました。シャラは目を大きく見開きます。
「ナナシっ……」
声を出してから、しまったとでも言うようにシャラは口を抑えました。
ミタマに圧されていた女の、金の目がナナシを捉えました。その視線に、ナナシは竦んでしまいました。
女は踵を素早く返して、こちらへと地面を蹴りました。
「ミタマ! ナナシを!」
シャラがそう言うのと同時に、ミタマは動いていました。女の襟首を掴み、自分の方に引き寄せます。
引き寄せられた女は、再び体を半回転させると、ミタマの角に食らいつきました。
抵抗しようとするミタマでしたが、激しい痛みに襲われ、うまく体が動かせないようです。
「ミタマ!」
シャラが飛び出し、女の着物を引っ張ります。が、女は離れません。
バキリと嫌な音が、辺りに響きました。
角を食いちぎられたミタマは、その場に倒れてしまいました。意識がないのか、ぴくりとも動きません。
「ミタマ! ミタマ!!」
駆け寄ろうとしたシャラでしたが、その胸を、ズブリと短刀が貫きました。
短刀はすぐに抜かれ、そこから大量の血が溢れます。
シャラもミタマと同じように、地面に突っ伏してしまいました。
「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼に戻れる!」
大きく笑いながら、女は食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
それを、ナナシは呆然と見ている事しかできませんでした。が、シャラが身じろぎしたのに気付くと、弾かれたようにシャラへ駆け寄ります。
「ナナシ」
目が合うと、シャラがナナシの着物を強く握りました。息も絶え絶えな彼女のどこにそんな力が残っているのかと、ナナシが戸惑うぐらいの強さです。
「ミタマの、角を、戻してあげて。お願い、ナナシ」
ぼろぼろと溢れるシャラの涙を見ていると、ナナシも泣き出してしまいそうでした。
「ミタマは鬼なの。白い髪に紫の目、額に1本の白い角を持つ鬼。でも角を、あの女、カスミに取られてしまった。カスミはミタマの角を、自分の角にする気だわ。取り返して、ミタマに返してあげてほしいの」
しゃべるうちに、シャラの顔からどんどん血の気がなくなっていきます。
「シャラ、もう喋るな! 人を呼んでくるから……」
「いいえ、私はもう、死ぬ。死ぬ私にはできない、から、ナナシ。ミタマを連れて、坂を駆け上って。カスミがやってたみたいに。そうしたら、カスミを追いかけられるから」
必死の形相で頼み込むシャラを前に、ナナシはただただ、頷くことしかできませんでした。
ナナシの首肯を見て、シャラの頬が緩みました。
「頼んだわよ」
そう言うと気が抜けたのか、シャラは静かに目を閉じました。上体がぐらりと傾いたのを、ナナシは受け止めます。
「シャラ? シャラ!」
何度呼んでも揺すっても、シャラは起きませんでした。
ボロボロと、ナナシの目から大粒の涙がこぼれていきます。
しばらく泣くに任せていたナナシでしたが、強く目をこすり涙を落とすと、立ち上がりました。
ミタマを背中に乗せます。その時、彼の手から落ちた刀を拾い直しました。
そして落ち葉を踏みしめながら、斜面を一目散に駆け上がります。
「俺をカスミのところに行かせろ!!」
ぐらりと視界が揺れたように、ナナシは感じました。
大きく笑いながら、肩で揃えた短い髪を振り乱した鬼のような女は、食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
同じ地面には、ミタマとシャラが倒れています。シャラの周囲は、彼女が流した血に染まっていました。
それを、ナナシはしばし、呆然と見ている事しかできませんでした。
▽
木々は赤や橙、黄の衣を纏っています。風が吹くと、その一部がはらはらと落ちていきました。
ナナシの村では、すでに稲の刈り入れが終わっていました。何もない田の上では、子どもたちがきゃあきゃあと歓声をあげて走り回っています。足や手、顔にまで泥がついていました。
そんな子どもたちを、ナナシは大きな一本の木の下で眺めていました。その木はもうすでに葉を落としており、でこぼこした幹がむき出しになっています。
ナナシはいちばん近くの山を見上げました。シャラとミタマが暮らしている山です。
「わ、私、伝えてみようかしら、私の気持ち」
そう言って目をきらきらと輝かせたシャラを思い出し、ナナシは小さく笑みを浮かべました。同時に、胸に針を刺したような痛みを覚えます。
空はどんよりと曇っていました。ナナシは口をへの字に曲げ、山をじっとにらみつけます。
おもむろに、ナナシは歩き出しました。
「ナナシ、どこに行くんだい」
ナナシの父親が声を掛けました。
「シャラとミタマのとこ」
「ああ、便利屋さんのところね。気をつけて行くんだよ」
「はーい」
素直に返事をして、ナナシは歩きます。
落ち葉を踏みしめる音が、あたりいっぱいに広がります。
神社へ続く石段を登るナナシに、時折冷たい風がぴゅうと吹き付けました。空気のにおいは、もう冬になっています。
最後の一段を踏みしめると、額ににじんだ汗を拭いました。目の前には、真新しい神社が建っています。
ナナシは、その横にある小屋へ向かいました。シャラとミタマの家です。
「シャラー、ミタマー」
ナナシは小屋の戸を開けました。中は薄暗く、しんと静まりかえっています。
「どこ行ったんだ?」
ナナシは眉をひそめました。
戸をゆっくりと閉めた後、ナナシは元来た道に戻りました。2人の名前を呼びながら、ゆっくりと坂を下っていきます。
不意にナナシは足を止めました。木々や草むらに紛れたその遠くから、金属同士のぶつかる音が聞こえてきたのです。
初めて聞く音に戸惑いながら、ナナシは近づいてみました。
そこでは、ミタマと見知らぬ女が戦っていました。女は肩ほどの白髪に、金色の目をしています。着物はミタマと同じで真っ白でした。
戦況はミタマが優勢でした。女を圧すミタマの姿を見て、ナナシは息を飲みました。頭にいつもつけていた黒い布が外れて、額から1本の白い角が生えていたからです。
彼の持つ刀も、その角と同じく真っ白でした。それは刀のことをよく知らないナナシが見ても美しいと思える逸品で、あんなものが作れる人がいるのかと感心するほどでした。
そんな刀を軽々と振り回す姿に見惚れていると、シャラと目が合いました。シャラは目を大きく見開きます。
「ナナシっ……」
声を出してから、しまったとでも言うようにシャラは口を抑えました。
ミタマに圧されていた女の、金の目がナナシを捉えました。その視線に、ナナシは竦んでしまいました。
女は踵を素早く返して、こちらへと地面を蹴りました。
「ミタマ! ナナシを!」
シャラがそう言うのと同時に、ミタマは動いていました。女の襟首を掴み、自分の方に引き寄せます。
引き寄せられた女は、再び体を半回転させると、ミタマの角に食らいつきました。
抵抗しようとするミタマでしたが、激しい痛みに襲われ、うまく体が動かせないようです。
「ミタマ!」
シャラが飛び出し、女の着物を引っ張ります。が、女は離れません。
バキリと嫌な音が、辺りに響きました。
角を食いちぎられたミタマは、その場に倒れてしまいました。意識がないのか、ぴくりとも動きません。
「ミタマ! ミタマ!!」
駆け寄ろうとしたシャラでしたが、その胸を、ズブリと短刀が貫きました。
短刀はすぐに抜かれ、そこから大量の血が溢れます。
シャラもミタマと同じように、地面に突っ伏してしまいました。
「ふふ、フフフフフ! アハハハハハハ! ようやく、ようやくやり遂げた! これでお母様の元に帰れる! 白鬼に戻れる!」
大きく笑いながら、女は食いちぎったミタマの角を持って、坂を駆け上って行きます。
その姿が、ふいに消えました。紅葉がひとひら、はらりと地面に落ちていきました。
それを、ナナシは呆然と見ている事しかできませんでした。が、シャラが身じろぎしたのに気付くと、弾かれたようにシャラへ駆け寄ります。
「ナナシ」
目が合うと、シャラがナナシの着物を強く握りました。息も絶え絶えな彼女のどこにそんな力が残っているのかと、ナナシが戸惑うぐらいの強さです。
「ミタマの、角を、戻してあげて。お願い、ナナシ」
ぼろぼろと溢れるシャラの涙を見ていると、ナナシも泣き出してしまいそうでした。
「ミタマは鬼なの。白い髪に紫の目、額に1本の白い角を持つ鬼。でも角を、あの女、カスミに取られてしまった。カスミはミタマの角を、自分の角にする気だわ。取り返して、ミタマに返してあげてほしいの」
しゃべるうちに、シャラの顔からどんどん血の気がなくなっていきます。
「シャラ、もう喋るな! 人を呼んでくるから……」
「いいえ、私はもう、死ぬ。死ぬ私にはできない、から、ナナシ。ミタマを連れて、坂を駆け上って。カスミがやってたみたいに。そうしたら、カスミを追いかけられるから」
必死の形相で頼み込むシャラを前に、ナナシはただただ、頷くことしかできませんでした。
ナナシの首肯を見て、シャラの頬が緩みました。
「頼んだわよ」
そう言うと気が抜けたのか、シャラは静かに目を閉じました。上体がぐらりと傾いたのを、ナナシは受け止めます。
「シャラ? シャラ!」
何度呼んでも揺すっても、シャラは起きませんでした。
ボロボロと、ナナシの目から大粒の涙がこぼれていきます。
しばらく泣くに任せていたナナシでしたが、強く目をこすり涙を落とすと、立ち上がりました。
ミタマを背中に乗せます。その時、彼の手から落ちた刀を拾い直しました。
そして落ち葉を踏みしめながら、斜面を一目散に駆け上がります。
「俺をカスミのところに行かせろ!!」
ぐらりと視界が揺れたように、ナナシは感じました。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる