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放浪者達のバラード
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しおりを挟む3 私の声を、あの人に伝えて
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新しいアパートは荷物も何も入っていなかった。別の部屋に最初から備えつけてあったベッドだけがあり、気を失ったままのノーマをそこへ寝かせるとアイルは戻ってきた。
床に座ったセリアが何か言いたそうにアイルを見上げた。
「待ってくれ。それ以上は言わないでくれ。セリアの言葉じゃないけど、命が幾つあっても足りないようなことになる」
「今更?」
セリアが言った。
アイルは言葉を失って友人を見下ろし・・小さく笑った。
「そうだな。・・・俺のこともちゃんと話すよ。けど最初にセリアの方から話してくれないか」
同じように床に腰をおろすと、セリアに向き直った。開いた傷口から流れた血が彼の服を染めて、痛々しかった。
「また服を買ってこないといけないな。とりあえずこれでも着てなよ。外に出ると皆が何事かと思ってふりむくだろ」
アイルは自分が着ていた上着を脱いで手渡した。
「これくらいなんでもない。・・ああ、お前に全部話してきかせるって約束だったな・・・」
ここまで言って、セリアの言葉が途切れた。
当然だ、とアイルは思った。
きっと、たくさん話すことがあるんだろう。
ふだん口数の少ない彼が、どれから言えばいいのか迷うほど。
「マジシャン・・・」セリアがぽつりと言った。
「マジシャンのことでこの間言ったことがあっただろ。アグメナイトも以前、彼らマージカ星の人間のようになっていたかもしれないと」
アイルが黙って頷くのを見てから、セリアは話を続けた。
「連邦法上で『人間でない』という規定は受けなかったが、センテスにとってはどうでもいいことだった。アグメナイトは充分に軍事利用できる存在だったんだ。こんな風に・・・」
セリアは機械化した自分の腕を指し示した。
「腕の戦闘能力をあげてしまえば、アンドロイドより安く同等の性能を持つ兵士ができあがる」
アイルは唾をのみ込んで、機械の腕を凝視した。
「自分でやったんじゃないのか・・・!」
セリアが小さく肩をすくめた。
「星には徴兵制がある。成人したアグメナイトでこの姿じゃない奴はいない。・・唯一違うのは、俺達はセンテス自治領に兵士を差し出す代わりに、星の自治権を獲得したっていうことだ。・・・マージカのような植民星にはならなかった。
だが、あまり変わらないかもな。よほどの事でもない限り、軍から退役出来る奴はいないから。
とにかく、俺達はそうやって自分達の星の自治権を保ってきた。だから・・・そうだな。よその星の連中よりは、俺達は民俗意識が強いと言ってもいいだろう。
で、ここからが本題だ。
センテス自治領がゴーザ自治領と境界宙域の一部を接しているのはおまえも知っているだろう?」
アイルは頷いた。
「確か、領土問題でもめてたよな。一月くらい前から会議が開かれてるけど、ぜんぜん進展無しで」
「そうだ。しかも俺の生まれた星は今回問題になっている宙域にあるんだ。ゴーザの領土と認められれば、確実に植民星になるだろうと言うのが、故郷での見通しだ。特に裕福でもなく他の自治領に比べて強みを持たないセンテスでは、アグメナイトで構成された白兵戦部隊は失うわけには行かないと言うのが本音だろう」
連邦における領土獲得のための戦争は、主に白兵戦が中心だ。
巨大な宇宙戦鑑の主砲を使えば、星一つを丸ごと、分子の欠けらまで分解して宇宙の塵に変えてしまうことも可能だし、レーザー砲で地上を焼き尽くすことも、核を使って星に住む生物全体の遺伝子を破壊することも簡単に出来る。
だが、そうやって手にいれた土地が一体何の役に立つ。
星を丸ごと分解したのでは領土獲得にならないし、レーザーで焼き尽くされた土地には何の実りもない。ましてや核などを使えば、生物の体系を根こそぎ破壊してしまう。
そんな星には何の利用価値もないのだ。
こういった場合の戦争にもっとも有効な手段は白兵戦だ。巨大なミサイルなどで土地を破壊すると、戦いが終わった後すぐに土地を利用することが出来なくなる。だが白兵戦だけですめば、環境の破壊は最小限に押さえられるからだ。
だからこそ、アンドロイドやアグメナイトや、マジシャンなどが必要とされるのだった。
「そこで、政府は故郷に打診してきた。星がゴーザの自治領に組み込まれれば、お前達も困るはずだと。ゴーザがこの国に裏から干渉しているというのは前から噂があって、あわよくばこの国を占領してしまおうとしているのは結構知られていることだ。
会議には連邦政府も臨席している。
そこで何かゴーザにとって都合の悪いことを探し出して、内々に突きつければ、ゴーザも大人しく引きさがるだろうというのがこの国の政府の考えだった。
故郷では外惑星に出払っていて、軍に従事していない者にまで声を掛けてきた。自分達の生まれた星を守るためにゴーザの弱みを探し出せとね」
「それで、セリアは・・・」
「いつお尋ね者になってもおかしくないような生活をしていながら、自分の民族を思う気持ちだけは残ってたってことさ」
セリアは自嘲的に言った。
「テンネットの回線に入り込むまでは、そんなことどうでもいいことだと思っていた。が、そこで組織の背後にゴーザ自治領が絡んでいるらしいことを知った俺は、いつの間にか証拠をあげようと必死になっていたのさ。俺の話はこれで終わりだ」
アイルは無言でセリアを見つめた。
セリアの自嘲的な笑いは、自分の故郷への思いの強さゆえだろう。
自分達の呪われた遺伝子の、誇りゆえにだろう。
彼は自分が思っていたよりもずっと、故郷の事を愛していたのだ。
それを感じたアイルは、彼のことをうらやましく思った。そんな風に故郷を大切に思える彼を。
幼い少女が草原を歩いていた。
振り注ぐ陽光は鮮やかで、緑の海は風に揺れて地平線まで続いていた。
彼女は両親の顔を知らない。彼女だけでなく、この星に住む殆どの人間は親の顔を知らずに育つ。生まれて一年以内に草原に捨てられるからだ。
たまたま見付けてくれた人々が、両親の代わりになって赤ん坊を育ててくれる。
少女の育ての親は二人いた。「お兄ちゃん」と「お姉ちゃん」だ。
もちろん、血はつながっていない。赤ん坊だったノーマをたまたま拾い上げ、名前をつけてくれたのがこの二人だったというだけの関係だ。
少女の隣には二人が並んで歩いていた。
今日で三日、休むこともなく歩き続けていた。
草原は長閑かで目が眩むほど美しかったが、少女にはそれが地獄のように思えた。どこか姿を隠す場所が見つかればゆっくり休もう。兄はそう言ったが、そんな場所はこの三日間どこにも見つからなかった。
殆ど眠ることが出来ず、足は引きつって棒のようになっていた。それでも少女は、滲む涙を何とか押さえて、懸命に育ての親について歩いていった。
もう疲れたと泣きじゃくって、地面に座り込んでだだをこねても良かった。
そうしたかった。
だが、そんな事をしても二人は足を止めなければ振り向きもしないだろうということを、少女はよく知っていた。
世の中がそういうものであることを、彼女は嫌というほど知っていた。
「昼食にしよう」
兄がそう言って、立ち止まってくれた。
「二人は先に座って休んでくれ。十五分で交代だ」
声に応じて少女と女性は腰をおろすと、姉が肩に担いだ荷物袋をおろして、中から干した肉の固まりを取り出して少女に与えた。
「ばかね、ノーマ」
干肉をまるごと口にほうり込み、噛み切ろうとする少女を見て、女は優しく諭した。
「この前、魔法を教えたでしょ? こうやって近くの草からほんの少し水を取り出して、それを複製して干肉に服ませるのよ。そうしたら少し柔らかくなって食べ安くなるから」
女性は自分の食料で見本を実演して見せた。
少女は目を皿のようにして彼女がやることを見ながら、自分も同じ事をやろうとした。何度やってみてもうまく行かない。この前は、何とか成功したのだが。
それでも少女は姉に泣きつくことはしなかった。これは自分がどうしても覚えなければいけないことなのだと言うことを、本能的に知っているからだ。
ここで生きていくためには、泣き言は邪魔な存在でしかなかった。
男は立ったまま懸命に魔法を覚えようとする少女をほほえましげに見つめた。
微笑んだわけではない。口はきつく結ばれ、神経は常に周囲への注意を怠ってはいなかった。ただ、少女を見つめる瞳が、ほんのすこし和らいだだけだった。
その瞳が、はっと少女の後ろに固定された。
少女の後ろ、ほんの数リーガル先の地面から、こつぜんと「手」が生えていた。
その「手」は音もなく草の間を縫い、地面を泳ぐようにして少女に近づいていっている。
男は声を発するより早く行動した。
座り込んでいる少女を思い切り遠くへ突き飛ばした。
突然の出来事に驚きのまなざしを兄に向けて、少女は宙を舞って、地面に投げ出された。
「何をするの?」
女が男の行動に対して言葉を発するのと同時に、少女が座っていた位置に着地した男が悲鳴をあげた。
男の右手首から先が、消失していた。
かわりに、地面が鮮血で染まった。
「『しもやけ』だ! ノーマを連れて逃げろ!」
地面に膝を着き、失った手首を押さえて男は叫んだ。
『しもやけ』・・それはこの星に住む狂暴な肉食生物の名だ。地面に接した箇所を移動し、そのため壁などの障害物も一切の意味を成さない。
この生物は「手」から出現し、獲物の手から喰い破る。
手を喰われると、獲物の遺伝子情報を取り込み、自分の遺伝子と「取り替え」を行う。これによって追尾式ミサイルのように獲物を追い始める。獲物をすべて喰い尽くすまでその追跡の手を休めることはない。
彼らは貪欲で、人間を始め地上の生物の殆どすべてを喰う恐ろしい生き物だ。彼らに「手」を喰われたもので生き残れた生物はいままでにただの一人もいない。
最初「手」から現れ、獲物の手を喰う。次に「足」が現れ、足を喰う。その次に「胴体」が現れ、最後に「自分の首」が頭を喰うのだ。
生きたまま自分に喰われる・・『しもやけ』が本来どのような姿をしているのかは知られていない。獲物の遺伝子情報を取り込み次々と姿を変えるためだ。
現れるとき同様、消えるときも突然消え去る。
だが、人間を喰うときは人間の手の姿をしてあらわれ、無慈悲にも生きたままむさぼり喰う。
この星の人間達にとって、もっとも恐ろしい天敵だった。
再び、男の呻き声があがった。地面から生えた「手」が、今度は左の手首を喰いちぎった。
「早く逃げろ!」
男は叫んで立ち上がると、彼女たちのいる方向とは逆に向かって走り出した。
地面から生えていた「手」が地中に潜ると、次には「足」が生えて猛スピードで男の後を追って、右足を喰いちぎった。
女は悲鳴をあげた。
あげながらも何とか立ち上がると、男が喰われていく光景を呆然と見つめるノーマを抱えあげ、反対方向に向かって駆け出した。
「お兄ちゃんが!」
ノーマは声をあげて、血まみれで地面に倒れた兄に向かって手を伸ばした。
「駄目よ。ノーマ」
そう言った女の声が震えていた。少女を抱きしめる腕に力が入った。
「でも・・」姉の顔を見上げたノーマの声が途中で消えた。
姉の頬が涙で濡れていた。始めてみるその涙にショックを受けたノーマは、幼子心にも兄は本当に助からないのだと直感した。
そう思うと、わけの分からない恐怖がつきあげてきて、ノーマは姉の服をしっかりと握りしめた。
だが彼女らの逃亡劇は長くは続かなかった。
「お姉ちゃん後ろ!」
姉に抱え上げられているノーマは後ろをずっと見ることが出来る。自分達の後ろに迫ってくる血まみれの「手」に気づいたノーマは悲鳴をあげた。
姉が振り返って、絶望的な叫び声を発した。
突然現れて兄を生きたまま喰い殺した「手」が、目前に迫っていた。
「もう駄目だわ! あたしはまだ空間転移の魔法が使えないのに!」
姉は涙に濡れながら、逃げ切ることが叶わないのを悟った。
「でも・・この子だけでも・・・」
ノーマを抱く手に力が入った。彼女が急いで呪文を唱えると、ふいにノーマは自分の体が軽くなるのを感じた。
「逃げるのよ。ノーマ。せめてあなただけでも生き残って・・・。あたしの意識がある限りは、あなたを遠くへ運んであげるから。『しもやけ』は地面に接していない獲物は狙えない。あたしは自分の体を宙へ長く浮き上がらせることは出来ないけど、あなたくらいなら・・・」
女はノーマを握る手を放した。
「お姉ちゃん!」
急速に空に浮き上がり、遠ざかっていくノーマに向かって、女は涙に濡れた顔を上げて笑った。死を覚悟した者の、壮絶な笑みだった。
「お姉ちゃん!」
ノーマの体はどんどん姉から遠ざかっていった。
ノーマの目から止めどなく涙が溢れた。点ほどになった姉の人影が地面に膝をついた。こんなに遠くまで、彼女の断末魔が響いてきた。
ノーマにかけられていた魔法が突然消えた。
落下し始めたノーマは、そんなことも構わずに泣き続けた。
あたしが強かったら。
あたしがもっと強かったら、あんなやつなんかに負けないのに。
いくら怒りでごまかそうとしても無理なほど、深い悲しみがノーマを支配した。
どうして自分は、こんなに無力なんだろう。
どうして自分には、大切な人を守る力がないんだろう。
どうして自分達は、こんな地獄のように恐ろしい場所で生きなければならないんだろう。
それはまだ幼い彼女にとって、残酷過ぎる現実だった。
「はっ!」
ノーマはベッドから跳ね起きた。息が荒々しく弾んでいた。
ノーマは最初ここがどこなのか分からず辺りを見回した。
わずかに開いた扉の向こうから、アイルとセリアの話声が漏れてきた。
ああ、そうだった・・・ここは、あの草原ではないんだった・・・。
ノーマはぼんやりとそう考えた。
体中が汗だくになっていた。ノーマは呼吸を整えながら、顎を滴り落ちる汗をぬぐった。
そこで初めて、自分が汗をかいているだけではなくて泣いていた事を知った。頬が涙で濡れている。
さっきまで見ていた夢の中の悲しみが、再び現実のものとなった。
ノーマは静かに両手で顔を覆い、声を押し殺して忍び泣いた。
(続く)
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