宇宙海賊カーチェス・ナイト

伊東 馨

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放浪者達のバラード

6

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2 共に生きると誓ったから


  3

 バスはメインストリートの下を真っすぐに進んでいった。乗客はいつものことながら一杯だったが、乗って十分もしないうちに激しい衝撃と共に停止した。
 ざわめきが車内を埋め尽くした。
 「なんだ? 故障かな」
 アイルが口にしたのと同じ言葉を、人々は口にした。
 地下を走るバスに窓はない。一体何が起こったのか確認することが出来ずに、勝手な憶測が飛びかった。自動制御のバスには運転手もいない。故障の場合は前の警告灯がともることになっているのだが、今回はそれもなかった。
 「このまま待ってるよりも、非常口から出て別のバスに乗ったほうがいいんじゃないか?」
 誰かがそう言って、バスの扉を開けて外に出た。次々にそれに同意して人々が降りていく。
 「俺達もそうしようか」
 アイルは二人に声をかけた。
 町の一階層下にバスの路線が通っている。ここは縦横に迷路のようなトンネルが貼り巡らされていて、普通は人は歩いて通ったりすることなど無いが、バスが故障したり事故を起こしたりした時のために歩いて避難することも出来るようになっている。
 バスは通りの角ごとにターミナルがあって、比較的短い間隔で乗り降り出来るようになっているので、今回みたいにトンネル内で事故を起こしても、ほんの少し歩くだけで地上に出ることが可能となっている。
 アイル達がバスから降りると、人々はざわめきながら前方を指していた。
 「なんだ?」
 見ればバスの進行方向の路線上に、誰かいるようだった。暗いトンネルの中をバスが照らすライトの光で、輪郭だけが浮き上がっている。
 「誰だろう。まさか、あいつが路線上に立ってたからバスが停止したんじゃないだろうな」
 「バスの故障じゃなかったって? 冗談だろ」
 一度は降りた連中がぶつぶつと言い始めた。
 「おい、あんた。バスに乗りたいんだったら、さっさと乗ってくれよ。おかげでこっちは故障と間違えちまってさ。いい迷惑だ」
 そう言ってバスの前に立つ者に文句を言いだす者もいる。
 「故障じゃなかったの? だったらバスに戻りましょうよ」
 そうノーマが言って、アイルの腕を引いた。
 「いや、待って・・・」
 アイルはライトの中に立つ男を凝視した。青いマントの男だ。左胸の位置に、白く染め抜いた文字のような模様がつけてある。
 「あれは・・・ゴーザの紋章!」
 それが何であるか気づいたセリアが言った。
 マントの男がゆっくりと右手を上に伸ばした。
 「ノーマ、セリア! 逃げるんだ!」
 アイルはとっさにそう言って、バスに戻ろうとしていたノーマの腕を引き寄せた。声にはじかれるようにセリアが二人の体をつかみ、出来るだけ遠くに向かって跳んだ。と同時に、トンネル内に轟音が響き、そのまま三人は爆風で吹き飛ばされた。
 地面に激しく打ちつけられ、咳込む。かなり向こうでバスが炎上していた。
 炎に巻かれた人々が、かげろうのようにひらひらと舞いながらバスから転がり出ては地面に倒れ込んだ。
 爆風で飛ばされたとはいえ、セリアが二人を抱えてジャンプするのがもう少し遅ければ、アイル達も確実にあんなふうになっていたはずだ。
 熱風が吹き寄せて、バスの破片が彼らの元にも届いた。
  落ちてくるそれらを幾度も避けながら、アイルは息苦しさを感じた。熱風のためというよりは、閉鎖された空間内で起こった爆発で空気が吹き飛ばされたことによる酸欠だ。
 バスを包む炎はすぐに鎮火の様子を見せ始めた。それは突然の爆発と同じく、不自然極まりない現象だった。
 「急いで逃げるんだ」
 アイルはよろめきながら立ち上がって、ノーマの手を引いた。ノーマは素直に従おうとするが、途中何度も咳込んで苦痛を訴えた。地面に叩きつけられたショックで肋骨を折ったのかも知れなかった。
 「立つんだ! ノーマ」
 アイルは異常なほど強い口調で、彼女を立ち上がらせようとした。
 「ま、待ってアイル。せめて後もう少し・・・」
 ノーマは哀願した。爆風に飛ばされ、続くバスの破片の雨に打たれて、体中がばらばらになりそうなほど痛んだ。アイルの焦燥は一体何だというのか。
 「何をそんなに焦ってるの? バスならもう爆発しないわよ」
 「違う。そうじゃない」
 水も無いのに炎は沈火した。アイルは恐怖の表情を浮かべて、バスの残骸の向こうを凝視しながら、なおもノーマを立ち上がらせようとした。
 「ただの事故じゃないの?」
 ノーマは疲れはててうまく動かない首を回して、アイルの見つめる方向を見た。
 そこに人影が立っていた。走行中のバスを止めたあの人影だ。
 両者を隔てる距離はざっと八十リーガル。その間にはバスの燃えかすが燻っている。
 突然、その人影がかき消えるように失われた。同時にアイル達のすぐ目の前の空間に、ホログラフィーが映像を結ぶかのようにして人間の姿が現れた。
 最初ただの映像であるかのように虚ろいの存在だったそれは、一瞬後には物理的な存在となって実体を結んだ。青いマントが揺れ、瞳が彼らを捕らえた。・・あの男だ。
 バスの向こうに立っていたはずの、あの男。
 「ブルー・マジシャン!」
 後ろでセリアが叫んだ。語気に険しさがあった。
 「ゴーザの犬め! テンネットの裏にはやはりお前達がいたんだな!」
 優雅になびく青いマントの左胸に、ゴーザ自治領の紋章が染め抜かれていた。
 「あのバスも、今の鎮火も、お前の魔法か!」

 魔法マジック! 

    惑星マージカ産の生きた超兵器。連邦で最高の兵器マジシャン!
 マジシャンの使う魔法は科学だ。ただしそれは普段我々が使う機械による科学ではない。
 言葉と意志の力によって物質その物を変化させる技術。ファンタジーに出てくる法則を無視した魔法ではなく、宇宙の法則を理解しそれを変形させる技術と言う名の、純粋な科学だ。
 彼らは人間ではない。連邦法にはそのように明記されている。
 彼らは自分達が普通の人間ではなく、ただのモノであることを周囲に明示するため、必ず規定のマントを身につけていなくてはならない。
 マジシャンには五つの階級があって、それぞれに対応する色のマントがある。左胸には現在の自分の所有者の紋章を記す。これらの義務はすべて連邦法の、兵器の項目に定められていた。
 そして、いま彼らの目の前にいる男のマントの色は「青」。連邦でも数少ない、最高位のブルー・マジシャンだ。
 ゴーザ自治領が新しくマジシャンを手にいれたというニュースはいつ聞いた? アイルは心の中で自問した。つい、一週間くらい前のことだ。
 マジシャンは何も言わなかった。無言で右手をつき出し、振りかざした。
 いつの間にか手に握られているパワーソードのスイッチが入った。光が実像を結び、光学の剣となった。
 アンドロイドよりも早い反射速度を持つ彼らにとって、銃よりも剣の方がよほど有効な武器となるのは広く知られていることだ。
 ノーマは両手で顔を覆い、短い悲鳴を挙げて後ろに倒れた。
 セリアが彼女を抱き止めたが、肩の部分が真っ赤に染まっていた。地面に激突したりして、治療した傷口が開いたのだった。
  「逃げろアイル!」
  セリアが叫んだが、その声は間に合わなかった。それよりも早く、マジシャンの腕が目の前のアイルに向かって振りおろされた。
 やられる。セリアは瞬間そう思って、目を閉じた。だが、アイルの悲鳴は聞こえない。 二人は組み合っていた。
 マジシャンよりも低い位置に入り込んだアイルが、マジシャンの腕を押さえて、攻撃をかわしたのだ。
 組合ったマジシャンは驚きのまなざしをアイルに向けた。
 「あなたは・・」
 初めてマジシャンが口を開いた。
 アイルはすかさず腹を蹴りあげた。手答えはない。寸前で避けたマジシャンが大きく後方に向かって跳んだ。間発入れず、アイルは何かの言葉を叫んだ。ふりかざした手の平の先で空間が揺らぎ、風が巻き起こった。
 バスの残骸や炭になった死体。ちぎれたケーブルといったものがマジシャンに向かって飛んだ。
 数秒後、風が収まった。
 そこにアイル達の姿はなかった。
  マジシャンは無表情にアイル達がいた場所を一瞥して、マントを翻した。
 その姿が滲むようにして消えると、薄暗いトンネルに再び静寂が戻った。


 「只今戻りました」
 その声にゲルーシャは振り向いた。
 「成功したか」
 マジシャンにはそれ以外の答えは存在しない。
 「いえ、取り逃がしました」
 ゲルーシャは片方の眉を釣り上げた。自分の耳を疑った。
 「いまお前は取り逃がしたと言ったのか?」
 「そうです」
 聞き返した彼に信じられない答えが返ってきた。
 「ゲートキーパーと呼ばれるほどの魔法を使うお前が? マジシャン・トーマ」
 ゲートキーパーとは次元の扉をも自在に操ると言われるブルー・マジシャンの別称だ。
 青いマントを身にまとったマジシャンは優雅な一礼を返し、主人に同意の意志を伝えた。
 「アグメナイトというのは、それほど強いのか?」
 ゲルーシャにとっては信じられない事だった。
 連邦でマジシャンにかなう戦闘能力を誇る者はないはずだ。マジシャン・トーマが行けば、事はすぐに終わるのだと思っていた。
 「いいえ、違います」
 返ってきた答えは、これもまた意外なものだった。
 「アグメナイトではありません。・・もう一度行って参りましょう。次は必ずしとめてまいります」
 それだけを言うと、マジシャンは向きを変えて部屋を出ていこうとした。一瞬あっけに取られて呆然としていたゲルーシャは我に返ってマジシャンに尋ねた。
 「アグメナイトではないとはどう言うことだ? 何か他にあるのか?」
 マジシャンは立ち止まり振り向いた。
 「マジシャンがいましたね」
 「なんだって? あの三人の中に?」
 ゲルーシャはこの日、三度も耳を疑うことになった。
 「だが奴等はハッカーと賞金稼ぎだぞ。ハッカーはアグメナイトだ」
 「もう一人の男のほうです。マジシャンでしたよ。魔法を使いましたから」
 マジシャンはこともなげに言った。相手が同族であっても手加減はしない。マジシャンにはこういう生き方しかない。
 ・・マジシャンの相手になるのはマジシャンしかいない。彼らは自分の所有者の為に同族どうしで殺しあう。
 なぜなら自分たちは所有物であり、たんなる兵器に過ぎないからだ。
 モノに感情など、あるはずがないのだった。
 「マジシャンだって? そんな馬鹿な」
 ゲルーシャは信じられないと首を振った。
 「第一マントを身につけていない・・・」
 「やろうと思えば、わたしにも出来ますよ」
 いくら連邦法に明記してあると言っても、違反してしまえばそれまでのことなのだ。
 「では奴等は全員センテスの・・」
 「いえ。どこかに所属しているなら、着用しているはずです」
 マジシャン・トーマが何を言わんとしているのか理解したゲルーシャは妖しく瞳を光らせた。
 「殺してきますか」マジシャンが念を押した。
 「いや」ゲルーシャは首を振って、歪んだ笑いを漏らした。
 「センテスの犬は殺せ。そいつは生きたまま連れてこい。こいつはいいぞ・・」
 マジシャンは再び向きを変えて部屋を出ていったが、それには気に掛けず独り言を続けた。
 「こいつはいいぞ。俺だけのマジシャンを手にいれる絶好の機会だ」
 我知らず笑いが込み上げてきた。これでもう、上のいいなりになる必要がない。望めばなんでも手にはいる存在になれる。軍や政府へつらって御機嫌を伺うこともない。自分だけの星を手にいれて、あらゆる贅沢が彼を待っているだろう。
 ゲルーシャは笑いながらソファに身を沈めた。
 「これでもう本国にこき使われる必要がなくなる。俺たちのような下っぱは、無理な注文で散々働かされて、用が無くなったり、ヤバくなったりしたら真っ先に切り捨てられる存在だ。俺はそうやって惨めに死んだ奴等をたくさん知ってる。もちろん、俺はそうなるのはまっぴら御免だ! ふん。ゴーザなんかくそくらえ、だ! 奴を手にいれたら、マジシャン・トーマを国に追い返して、それっきりトンズラするのさ」
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