宇宙海賊カーチェス・ナイト

伊東 馨

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放浪者達のバラード

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2 共に生きると誓ったから





 「信じられんな。お前が行ってしとめられなかったのか?」
 アルメストにおけるテンネットの支配者は振り向いて、自分が送り込んだ戦闘用アンドロイドを凝視した。
 旧区の建物はみな古く倒壊寸前であるというのに、ここは内装だけは手入れが行き届いていた。ドレープをたっぷりとった豪奢なカーテンが窓を飾り、部屋の中央に据えられているソファは流行のデザイナーの手による手作りの品、床には一面に鮮やかな模様のカーペットが敷かれているという豪華さだ。
 装飾品と言うものは無縁なこのアルメストにおいて、この部屋の主がいかに栄華を誇っているかを物語るに充分な調度の数々だった。
 男の名はゲルーシャといった。この名もまた、大抵の場合と同じく異国の響きを持つ名だった。
 そんな部屋には不釣合いな女が、男の前に立っていた。
 金属糸で織られた繊維で作られている、黒い戦闘用衣装に身を包んだ女の姿は埃だらけだった。アイル達を襲った戦闘用アンドロイドだ。
 「申し訳ありません」
 贅沢な衣装に身を包んだゲルーシャは、怒りもあらわな顔でアンドロイドを睨みつけた。
 組織をかぎ回っているハッカーの殺害に失敗。その現場に居合せた二人の賞金稼ぎの口封じにも失敗。アンドロイドは男にそう報告した。
 「化学技術の粋を集めた最新型の、お前の戦闘能力でも殺せなかっただと?」
 唇の片端を皮肉げに歪めた。声は怒りで震えている。
 アンドロイドは主人の怒りに萎縮して、膝を突いて謝った。サディスティックな瞳が冷たく機械の人形を見下ろした。
 「・・・まあいい。ロードの脳は奴の手に落ちなかったんだからな。脳がハッカーの手に落ちてみろ。データを吸い取られて、このアジトの見取り図もみな知られることになる。ところで・・」
 ゲルーシャは無造作にアンドロイドの顎を掴んで上向かせた。
 「お前の話だと、あと一歩で賞金稼ぎ達を殺せるはずだった時に、あたりが閃光に包まれたと言うことだったな」
 「そうです」
 答えたアンドロイドの瞳は、機械でありながら恐怖に染まった。
 「そのときにお前の人工眼球も壊れてデータが取れなかった」
 「はい」
 人工眼球は視覚器官であると同時に、データの記録も行う。目で見た映像はそのまま眼球に内蔵されているメモリーに録画され、それがアンドロイドの記憶として活用されるわけだ。
 戦いのさなかに閃光で目をやられた彼女は、その前後数十秒の録画データが破壊されてしまった。
 ちょうど彼女がアイルとノーマに襲いかかる瞬間から、自分がロードの死体を持ってその場を逃げ出すまでの間の録画データが、解析不能になっている。
 そのときの映像の記録は残ってはいないが、聴覚器官が受け取ったデータは正常に記録されているため、アンドロイドは賞金稼ぎの内の一人が悲鳴とも言葉とも判別のつかぬ声をあげたと同時に、閃光が周囲に炸裂したことを報告することが出来た。
 男はしばらくの間思案していたが、やがてアンドロイドから手を放して部下に電話を持ってくるように命令した。それからアンドロイドを見て、
 「お前は役に立たなかったから、もう用はない」
 と冷たく言い放った。
 アンドロイドはぎょっとして、男に命ごいをしようと立ち上がりかけたが、男の口から停止コードが発せられるとそのままの姿勢で停止し、くずれるように床に激突した。まるで操り人形の糸が切れたかのような、あっけなさだった。
 「人工知能のプログラムを入れ替えて、もっと戦闘能力が上がるように改造しておけ」
 ゲルーシャは部下の一人にそう命じて、床に倒れているアンドロイドを指差した。
 部下がそれを重そうに抱えて部屋を出ていくのと入れ替わりに、電話を持った部下が入ってきた。
 ゲルーシャは差し出された端末を受け取り、アルメストの外に繋ぐ専用回線のナンバーをプッシュした。
 「つい最近手にいれた兵器をアルメストに至急輸送しろ。戦闘用アンドロイドでも殺せなかった相手を始末するには、あれぐらい高性能な武器を使うしかないだろう。もちろん、せっかくの兵器だ。せいぜい有効に使わせてもらうさ」


 アイル達の住んでいるアパートの近くには闇医者を開業している者がいる。
 とりあえずアイルは、負傷したセリアをその病院へ連れていった。
 病院とは言え、総合病院や正規の開業医の病院のような看板は出ていないし、施設もない。ただのコンクリートの四角い家だ。
 「いったいどんな立ち回りをやらかしたんだ。肩と機械腕の接続部がいかれておる。こりゃ治療に時間がかかるぞ」
 灰色の壁に囲まれた部屋のなかで、治療台がわりのソファの上に寝かせたセリアを看ながら闇医者は言った。
 コンクリートの壁のあちこちには亀裂が入り、この家が旧区のものに引けを取らないほど古いものであることを伺わせた。いつ崩れてきて下敷きになってもおかしくない。
 実際、旧区やこの辺りの古い町並みでは、年に何回かは自然倒壊した家屋の下敷きになって死者がでたニュースが流れる。
 「完治するには一月以上はかかるからな。入院したけりゃ、ここじゃ無理だ。よその病院へ行け」
 応急処置的な処理が終わると、医者は包帯をぐるぐると巻き始めた。
 「ゲル装置に入って、生体手術をすりゃ、一日で治るんだがな」
 医者はそう言いながらも、機械腕の接続部の修理だけはしてくれている。生身の傷は消毒さえしておけば、後は自己治癒力で治せというところだろう。

 「治療が終わったら、俺達のアパートに来るか? ここからならそのほうが近いだろう」
 アイルはセリアに声を掛けた。もちろん、理由を聞きたいからだ。
 どうしてロードを殺そうとしていたのか。一体セリアとテンネットのかかわりは何なのか。
 セリアは無言でアイルを見た。ソファから立ち上がってシャツに袖を通す。最初から着ていた服は血に染まっている上に生地が裂けているからと、医者が取り上げて新しいのを用意してくれた。もちろんこの代金は治療代に上乗せだ。
 「黙ってないで何とか言ってくれよ」
 でないとすごく気まずいんだけど。アイルはそう思ったものの、それを言ったらますます気まずくなるので言わなかった。
 「首を突っ込むなと言った」
 「だからって、俺達の獲物だったんだぜ、あいつ」
 アイルはそう言って、少し怒ったようなジェスチャーをした。そもそもロードの居場所を教えてくれたのはセリアのはずだと、暗にほのめかす。
 「別に、あいつでなくてもよかったんだ。テンネットから出てきた奴なら」
 セリアは説明するのが面倒くさそうに髪をかきあげた。
 「テンネットだって?」
 道具をしまっていた医者が顔をあげて頓狂な声をあげた。だが声とはうらはらに眉を寄せた顔は険しかった。
 「お前等、どんなやっかいごとに首を突っ込んでるんだ? それでお前等が勝手にくたばるのは、わしはいっこうに構わんがな、わしにまで危害が及ぶのは困る。善良な医者に迷惑はかけんでくれ」
 善良な医者が闇で開業しているはずなどないが、とにかく彼はさも迷惑そうに外に追い払うしぐさをした。
 「さっさと出てってくれ。ああ、支払いは忘れるんじゃないぞ」
 すかさず手を差し出し、セリアからカードをひったくる。
 こういう場所でセリアに話を追及した自分の馬鹿さ加減にアイルはあきれた。あまりにも思慮分別にかけていたと言うべきだ。犯罪は日常のこのアルメストでも、テンネットは凶悪さでもっとも人々に忌み嫌われている組織なのだ。その名を他人の前で不用意に話すべきではなかった。
 だが、いまさら遅い。
 医者はテンネットの名前を聞いてしまった。聞いた途端、さっさとアイル達を追い出そうとしている。
 アイルはため息をついて、ノーマに声をかけた。
 「行こう。ノーマ」
 ノーマは壁際の椅子に腰掛けていた。先程の恐怖からか、両膝を抱えてその上に頭を置いてじっとうつむいていた。
 そういえば、ここへ来てから彼女はほとんど何も言っていない。
 「ノーマ?」
 返事が無いことに驚いたアイルは側に寄って美しい曲線を描く背に手を置いた。それにはっとしたようにノーマが顔をあげた。
 「どうしたんだい? ノーマ。顔色が悪いよ。具合でも悪いのか?」
 瞬間、何を言われたのか理解できないようにノーマの表情が揺らいだ。続く声は何か不安めいて震えていた。
 「う、うん・・・ちょっとね・・・」
 ノーマはさっきからずっとひどい頭痛にうなされていた。さきほどの場面がよほど恐怖だったのか? 彼女は自問したが、答えはノーだった。昨日セリアのアパートの前で見た場面の方がずっと凄惨だった。答えはそれよりもむしろ、あのとき自分が言った何かの言葉についてだった。
 もうだめだ。と思った瞬間、口を突いて出た言葉。
 確かに何か言ったのだが、どんな言葉だったかまるきり思い出せない。それがずっと気にかかって、膿のようにノーマの中で燻っていた。
 それが疼いて、頭痛になってノーマをさいなんでいる。
 ノーマはアイルの顔をじっと覗き込んだ。そのことを彼に言おうとするのだが、なんと言葉にすればいいのかわからなかった。
 自分はあのときなんて言ったか?
 アイルにはなんて聞こえたか? どうして、自分の中に、自分の知らないものがあるのだろう?
 だが、なぜかそれらの言葉はアイルには言ってはならないことのような気がした。言ってもアイルからは答えは返ってこないような気が。
 「大丈夫かい?」
 恋人の声は変わらずやさしかったのに、ノーマはそれにすがることが出来なかった。それが彼女にはたまらないほど辛かった。
 「うん。大丈夫よ」
 そう言って立ち上がり、足元に置いた荷物を肩にかけた。
 「行きましょう。セリアはもう出てっちゃたわ。急いで追いかけないと、理由聞けないままかもよ」
 建物の外に出ると、意外なことにセリアがその場で待っていた。
 「話してくれる気、あるの?」
 「でなきゃ、納得しないだろ」
 仕方なさそうにため息をつくセリアの様子をみて、アイルは何となく嬉しくなって微笑んだ。
 「傷は痛む?」
 ノーマが心配して声をかけた。
 「いや。麻酔をうってるからな」
 「じゃあ、俺達のアパートへ行こうか。ここからならこっちのほうが近いし、セリアもあまり無理しないほうがいいだろう」
 アイルはそう言ったが、セリアは首を振った。
 「そうも言ってられないぞ。お前達も今のアパートへは戻らないほうがいい。今朝のうちに十区に新しいアパートを見付けてきたから、そこへ行こう」
 「え? どうして?」
 アイルはわけが分からず首をひねった。
 セリアは向きを変えて歩き始めた。アイル達のアパートとは別方向だ。
  アイルとノーマは顔を見合わせて、仕方無く後を追った。
 「どうしてだよ。セリア?」
 アイルは説明を求めた。
 「さっきのアンドロイドにお前達も顔を見られただろ。今ごろテンネットに戻って、データを調べられてるぞ。そうすればすぐにアパートにも手が回る」
 「手が回る?」アイルの語気が強くなった。「どうして俺達が?」
 「それだけの事をしたんだよ。・・だから言ったろ」
 命が幾つあっても足りないことになる・・。
 アイルは言葉を失って呆然とした。
 ついさっき。つい先程までは賞金首を追って、今月のアパート代を追って仕事をしていただけだった。
 それなのに、問題はいつの間にかすり変わって、「テンネットにやばい首を突っ込む」ことになってしまったわけだ。
 「俺達まで?」
 セリアの火の粉をかぶって犯罪組織に追われる身になったっていうのか? アイルはそう思った。
 だが・・それはセリアのせいではない。彼は自分たちに釘をさしたのだ。それでもあえて彼に「なぜ?」と尋ねた自分達が進んで首を突っ込んだ結果と言うべきだった。
 「それよりも」
 セリアの低い声がアイルをとらえた。
 「あれはなんだったんだ?」
 「あれ?」
 アイルは首を傾けた。
 メインストリートに出ると道は途端に広くなり、人通りも多くなる。さまざまな姿をした人々が灰色の町並みの間を埋め尽くすかのように行交っていた。
 セリアの赤い瞳が真っすぐにアイルを射抜いた。
 「お前達がアンドロイドに襲いかかられたとき、突然閃光が走っただろ?」
 言われて、アイルはあのときの情景を思い出した。
 起こるはずの無い場所で、突然マジックのように出現した光。
 「びっくりして、すごく目が痛かったね。俺にも理由は分からないよ」
 「ノーマが何か言ったな」
 「そうかい? 俺には彼女が悲鳴をあげたんだと思ったけど・・・」
 「・・・」
 セリアから無言の言葉が返ってきた。
 隣を歩くノーマが二人の会話に耳を傾け、彼らの顔を交互に見た。どちらも表情がうまく読み取れなかった。
 二人がこんな会話をしていても、肩がすれ合うようにしてすぐそばを行交う人々は何の感心も払わない。自分達の会話に夢中になっていたり、何か別の事を考えていたり。
 いずれにしても、ここでは不用意に他人のことに関わったりはしないのが常識だ。
 セリアは何も言わなかったが、無言に言葉としての意味を持たせることが出来るならば、こう言っているようだった。
 本当に? 本当にそうか? と。
 本当にノーマは悲鳴をあげただけだろうか。
 アイルは何かの言葉を聞いたのではないか。
 ではそれを知っていて、なぜアイルはそれを隠すのだろう。
 そのような事までする必要が何かあるのか。
 「それに、アンドロイドより早く避けたな」
 「え?」
 アイルはうまく言葉の意味が取れなかったかのように聞き返した。
 返事は返ってこない。
 「そうだったっけ? そんなことないんじゃないか。あの時俺、とにかくノーマを庇わなけりゃと思って、急いでノーマのほうにジャンプしただけだし。・・・まあ、とっさの事だから、なんともいえないけど」
 少し遠くでどよめきがあがった。どこかで喧嘩でも始まったのだろう。昨日の場合はセリアのアパートでひと騒動あった。今日はまたどこかで、似たような騒ぎが起こっている。
 ここはアルメストだ。住んでいる人の数だけ、厄介ごとは溢れかえっていた。
 二十八区のバスターミナルにシティバスが入った。バスとは言っても車ではない。地下を走る仕組みのケーブルカーだ。まあ、衛星都市に地下という表現はあてはまらないだろうが。地下鉄のようなものだと想像して欲しい。
 「理由は話すよ」
 バスに乗ると、セリアがぽつりと口にした。
 「お前達に迷惑が及んだのは俺のせいでもあるからな」
 アイルはびっくりしてセリアを見た。
 この町に来てもうじき三年。これまでそんな言葉を言う者に出会ったことがなかった。

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