Utopia Crime -彼方の森-

Arumi

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1. 『もう戻れない、夕日が美しいあの場所には』

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「おめでとうございます、夕凪黒兎ゆうなぎくろと様。あなたは栄えある許可証を得ることが許されました。どうぞ自由に、この゛黄泉の国゛での生活を謳歌して下さい」
 目の前に、紛れもない黒猫がいた。いや、訂正しよう。僕が言う黒猫というのは、路地の塀で呑気に昼寝をしているような、一般的な猫ではない。容姿は全くもって人の、所々猫の要素を取り入れた生物が、目の前にはいた。そう、アニメや漫画でよく耳にするような、所謂擬人化というやつだ。人ではない生物を人に擬した中途半端な生物。
 目の前にいる生物。黒猫は、半袖のメイド服を身に着けており、隙間から見える体は肌色していた。だが、頭部には猫のチャームポイント、あるいは欠かすことのできないものともいえる、猫耳が付いていた。さらに、下半身を見れば驚き桃の木山椒の木。臀部の辺りから、くねくねと揺れる尻尾が姿を現していた。紛れもない、猫。黒髪に黒い耳と尻尾。黒猫とは、我ながら言い得て妙だと思う。
 そんな黒猫は、僕に白色のカードを手渡した。素直に受け取ると、そこには小さく真ん中に僕の名前が記されていた。夕凪黒兎様、と。親切に振り仮名まで書いてある。
「ありがとうございます。しかし、驚きましたよ」
「この姿ですか? いえ、ここでは普通ですよ。早めに慣れた方が良いと思います」
「普通、なんですか。それも驚きです。あ、ところで僕はこれから何をしたらいいのでしょうか?」
「はい、えーと。そうですね、初めはお金を稼ぐべきでしょうね。でないと餓死してしまいます」
 黒猫は尻尾をくねくねと揺らし、握りこぶしを口元にあてながらそう言った。餓死してしまいますとは、これまた投げ遣りな言い分だ。
 まあでも、仕方ないのかもしれない。ここは僕が少し前までいたあの場所と、内面は何ら変わりないのだから。この世界の表面上はファンタジー。それこそ目の前の黒猫、非現実的な生物とも悠々たる会話が楽しめる、虚構の世界そのものだが、お金は自ら稼がなければならないし、腹は減る。当然の事は当然なまま。文字通り飢餓に陥りたくないのなら、金を稼ぐ他ない。
「これだけで、あと何日もちそうですかね?」
 ポケットを弄り1枚の銀貨を掴むと、掌にのせて見せる。奇妙なマークが施された、この国のお金。
「はい、そうですね……最低限度の生活をしていても、だいたい2日程度です」
「は? え、ふ、2日ですかっ? あれだけのことをして、たった2日しかもたないんですか?」
 疑念を抱き、同じ質問を重ねる。すると、黒猫はひきつった笑いを浮かべ、「はい、申し訳ないですが、その通りです。ですから先程申した通り、お金を稼ぐしかないのです」と、言った。
 と、なると。またすぐにでも、あの場所に赴く必要があるということ。地獄と言って過言でない、あの場所に。
 額に汗が浮かんでいることに気付く。やはりあの゛箱庭゛には、もう行きたくないと心からそう思う。
「行かなければならないんですね、また」
「はい。残念ですが、その他に手段がありません」
 はああ。溜息をつきながらも、席を立つ。みしみしと、床が音を響かせた。木製の扉を開き、外に出る。
「いってらっしゃいませ」
「いって、きます」
 黒猫の相談室。僕が今いたツリーハウスの扉の傍ら、そう書かれていることに初めて気づいた。どうやら僕の認識は間違ってなかったようだ。この世界であの生物は、黒猫と呼ばれているらしい。
「さて、行くか」
 踏ん切りをつけ、螺旋に設置された長い階段を一段一段降りる。みしみしと、いつ崩れても不思議でない危なげな音がした。しかし。まあでも大丈夫だろう、そんな根拠のない自身のもと、気にせず降りる。途中でざわざわと聞こえる葉擦れの音が、心地よかった。
 空を仰ぐ。長い階段を降りると、ツリーハウスが先程より小さく感じた。葉の間から差し込む光が、眩しい。だけど、清々しい。また、ここには来ることになるだろう、あるいはもう来ることは無いだろう。そう思った。
 
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