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かつて伝説の狩人達の拠点であった、白亜の城〈サンクチュアリ城〉。
当時〈大地の王〉がロマンを追求した巨大な建物は、中に当時のメンバー達が快適に住めるように百以上の部屋と居住地としての機能が全て揃っている。
大きな特徴の一つとして内部には〈紅蓮の王〉の趣味で大浴場とサウナが作られており、今でも女性達にとっては毎日の楽しみの一つとなっていた。
城の外──庭園の方は〈蒼海の王〉が設置した巨大な噴水を中心に動物好きの〈天空の王〉が考案した、人工観葉植物のリスやゾウ等の様々なオブジェが並んでいる。
これらを一言で評するなら、大人達が自分の欲を詰め込んだ城と答えるのが適切だろうか。
ちなみにこれら全てを管理しているのは、この国に在住している者達ではない。
同じ顔をした十代前半くらいの綺麗な猫耳と尻尾を生やした少女達が、今日も掃除道具を手にせっせと城の中を忙しそうに駆け回っていた。
彼女達は姉妹ではない。厳密に言うと獣人族である〈大地の王〉が、自身の血液から作り出したホムンクルスと呼ばれる存在だった。
別名〈アース・メイド〉と呼ばれている、感情豊かなケモミミ少女達。
ランクは全員A以上で、元になった王と同じく好きなものはアニメ系文化。
ベースとなっているのが狩人だから肉体は不老、腐れ縁とアニメ文化を満喫する為に給金等を対価に城のメンテとオレオール家に従属している。
テキパキと仕事をこなす彼女達を尻目に、アウラはずっとそわそわしていた。
「い、いよいよです……」
震える声で、自身の心中を小さな唇で呟く。
彼女が今いるのは、庭園内に設けられた壁のない小さな屋根付きのテラス。
白いテーブルの上には、彼に大好評だったチョコレートケーキが保存容器に入っている。
疲れている時には甘い物が一番良いと聞く、だからいつ来ても食べられるように切り分ける用のケーキナイフと皿とフォークも準備済み。
当然ケーキは喉が渇くので、飲み物のコーヒーも保温ポッドで冷めないように用意した。
──お菓子と飲み物は、これで問題ない。
次に服装だけど、昨日は正装だったので今日は花柄の黒いワンピースでギャップを狙う。
先程大聖堂にいる天使アスファエルから彼が城に向かったと連絡を受けたアウラは、慌てて自身の力だけで此処まで準備を整えた。
理由は自らの手で、婚約者をもてなしたかったからだ。
「お菓子は堅実に服装で意外性を狙う。恋愛の本にはこう書かれていましたが果たして大丈夫でしょうか……」
高ぶる気持ちを持て余し、椅子に座りながら時計の針を見た。
もう先程から何度も、ずっと同じ事を繰り返している。
落ち着きのない彼女の姿を見て〈アース・メイド〉達が仕事を中断して、庭園の一か所に集まり急になにやら井戸端会議みたいな事を始めた。
「あんなにそわそわしてる姫様、はじめて見たにゃん!」
「バカ! そんなの当たり前だにゃん!」
「半年間も片思いしていた男の子が、遂にお城に来るんだにゃん!」
「そんなのもう、発情した猫のようになるに決まってるにゃん!」
「「「──おい、発言には気を付けるにゃん! 地獄耳のメイド長にお仕置きされるにゃんよ!!」」」
その地獄耳のメイド長であるオリビアは、アウラの事を見守りながら不敬な言葉を口にした一人に殺意を込めた視線を容赦なくぶつける。
この場の空気が一瞬にして、氷点下まで下がった。
Sランク狩人の本気の睨みを受けたメイドは、あっさり心をへし折られて「ごめんなさいなのにゃーっ!」と涙目で漫画から得たという究極の謝罪──土下座を素早く実行してみせた。
正に漫画でしか見た事のない光景に、アウラは素直に感心する。
……なるほど、ああいう感じに使うのか。
流石はアニメ文化を極めている〈アース・メイド〉。
はたから見ても、美しいと称賛する程に洗練された見事な土下座だった。
一方で隣にいるオリビアは、溜め息交じりに部下の愚行に対する思いを吐き出した。
「まったく、愚猫め……」
「オリビア、あまり怒らないでください。彼女達が言っている事は、その……あながち間違いではありませんから」
「いいえ、お嬢様は彼女達に寛大すぎます。あのような発言を許してしまうから妹だとか言われるのです」
「わたくしは彼女達の事が好きですよ。この前オススメしてくださった恋愛小説とか、実に参考になりましたし」
「またそのような知識を……」
こめかみに人差し指を当てながら、オリビアは嘆息した。
彼女はとある狩人からもたらされた、アニメ文化というものに抵抗感を抱いている。
理由は数年前に仕事をさぼって〈アース・メイド〉の一人が購入した『ウスイホン』という物を没収した際に、その過激な中身を見て気絶した事件があったからだ。
それからオリビアは、キャラクターの絵が描かれた本を避けるようになった。
薄い本に関しては徹底的に城の中には持ち込ませないようにして、離れに作られた別館で管理するように〈アース・メイド〉達に指導をした程である。
アウラはウスイホンの存在は知っているけど、中身は一度も見た事が無い。
メイド達の話によると、内容はライトな物からヘビーなものまで幅広く存在するらしい。
ヘビーは過激だからと彼女達からもストップをかけられているけど、一度くらいはライトな物は見てみたい。
けれどオリビアの厳しい管理下では、そのライトな物を入手するのは流石に難しい。
入手するのなら、彼女の目から逃れられる者を頼らないといけないだろう。
でも箱入り娘である自分に、そんな外に繋がる伝手は……。
(──って、いけません! 今はソウスケ様の事に集中しないと!)
脱線していた思考を、アウラは慌てて元の線路に戻す。
するとそのタイミングで、庭園に一人の〈アース・メイド〉が駆け込んできた。
「お嬢様、婚約者殿が到着しましたにゃん!」
「………っ」
ついにこの時がやって来た。
アウラは素早く立ち上がり、自身の身だしなみをチェックする。
顔は赤いけど問題なし髪型良し服に乱れは無し、……概ね問題なしだ。
空気を読んだ〈アース・メイド〉達は、婚約者を歓迎するために左右一列に展開すると普段は気が抜けている背筋をピシッと正す。
こういう時の統率力は、相変わらず高いと思った。
オリビアが複雑そうな顔をしているのが可笑しくて、危うく吹き出しそうになった。
危ない、落ち着け落ち着け。
(……大変です。すごくドキドキします)
門がある方角から灰色のローブを羽織ったソウスケが、一人のメイドに案内されて真っすぐ庭園に向かって来る。
かなりの負の魔力を蓄積している事が、所持している聖女の能力で正確に把握する事ができた。
いつもの山でレベリングに邁進していた姿を脳裏に浮かべ、あのペースならば百体以上を倒していそうだと推測する。
かなりの量をため込んでいるボロボロな少年を心配して、アウラはキュッと胸が苦しくなった。
庭園に足を踏み入れたソウスケは、苦手な女性達の視線を一身に浴びながら目の前まで歩み寄る。
しばらく見つめ合った後、彼はどこかで教育を受けたのか綺麗なお辞儀を見せた。
「こ、こんばんは聖女様……」
「ソウスケ様、ようこそおいで下さいました! お疲れですよね、甘い物を用意したんです。よろしかったらこちらで浄化のついでに、アフタヌーン・ティーにしませんか?」
「……は、はい。喜んで」
一瞬だけ視線が交差すると、少年は直ぐに下を向いてしまった。
まるでリンゴのように、彼の頬は真っ赤に染まっていた。
危うく可愛いと言いそうになり、喉元まで出かかったその言葉をグッと耐えた。
異性に苦手意識を持っているのは、アスファエルからの情報で把握している。
先ずはこの壁を乗り越える事が、真の婚約者になる為には必須なのだ。
(が、がんばります! えい、えい、おーっ!)
心の中で母に教わった『異世界式のエール』を自身に送り、先ずは勇気を出して緊張している婚約者の手を握る。
高鳴る心臓の鼓動を片手で押さえつけながら、アウラは彼をテラスに案内しようとしたら、
蓄積した負の魔力が多すぎて、高負荷に耐えられなくなったソウスケはその場でぶっ倒れた。
当時〈大地の王〉がロマンを追求した巨大な建物は、中に当時のメンバー達が快適に住めるように百以上の部屋と居住地としての機能が全て揃っている。
大きな特徴の一つとして内部には〈紅蓮の王〉の趣味で大浴場とサウナが作られており、今でも女性達にとっては毎日の楽しみの一つとなっていた。
城の外──庭園の方は〈蒼海の王〉が設置した巨大な噴水を中心に動物好きの〈天空の王〉が考案した、人工観葉植物のリスやゾウ等の様々なオブジェが並んでいる。
これらを一言で評するなら、大人達が自分の欲を詰め込んだ城と答えるのが適切だろうか。
ちなみにこれら全てを管理しているのは、この国に在住している者達ではない。
同じ顔をした十代前半くらいの綺麗な猫耳と尻尾を生やした少女達が、今日も掃除道具を手にせっせと城の中を忙しそうに駆け回っていた。
彼女達は姉妹ではない。厳密に言うと獣人族である〈大地の王〉が、自身の血液から作り出したホムンクルスと呼ばれる存在だった。
別名〈アース・メイド〉と呼ばれている、感情豊かなケモミミ少女達。
ランクは全員A以上で、元になった王と同じく好きなものはアニメ系文化。
ベースとなっているのが狩人だから肉体は不老、腐れ縁とアニメ文化を満喫する為に給金等を対価に城のメンテとオレオール家に従属している。
テキパキと仕事をこなす彼女達を尻目に、アウラはずっとそわそわしていた。
「い、いよいよです……」
震える声で、自身の心中を小さな唇で呟く。
彼女が今いるのは、庭園内に設けられた壁のない小さな屋根付きのテラス。
白いテーブルの上には、彼に大好評だったチョコレートケーキが保存容器に入っている。
疲れている時には甘い物が一番良いと聞く、だからいつ来ても食べられるように切り分ける用のケーキナイフと皿とフォークも準備済み。
当然ケーキは喉が渇くので、飲み物のコーヒーも保温ポッドで冷めないように用意した。
──お菓子と飲み物は、これで問題ない。
次に服装だけど、昨日は正装だったので今日は花柄の黒いワンピースでギャップを狙う。
先程大聖堂にいる天使アスファエルから彼が城に向かったと連絡を受けたアウラは、慌てて自身の力だけで此処まで準備を整えた。
理由は自らの手で、婚約者をもてなしたかったからだ。
「お菓子は堅実に服装で意外性を狙う。恋愛の本にはこう書かれていましたが果たして大丈夫でしょうか……」
高ぶる気持ちを持て余し、椅子に座りながら時計の針を見た。
もう先程から何度も、ずっと同じ事を繰り返している。
落ち着きのない彼女の姿を見て〈アース・メイド〉達が仕事を中断して、庭園の一か所に集まり急になにやら井戸端会議みたいな事を始めた。
「あんなにそわそわしてる姫様、はじめて見たにゃん!」
「バカ! そんなの当たり前だにゃん!」
「半年間も片思いしていた男の子が、遂にお城に来るんだにゃん!」
「そんなのもう、発情した猫のようになるに決まってるにゃん!」
「「「──おい、発言には気を付けるにゃん! 地獄耳のメイド長にお仕置きされるにゃんよ!!」」」
その地獄耳のメイド長であるオリビアは、アウラの事を見守りながら不敬な言葉を口にした一人に殺意を込めた視線を容赦なくぶつける。
この場の空気が一瞬にして、氷点下まで下がった。
Sランク狩人の本気の睨みを受けたメイドは、あっさり心をへし折られて「ごめんなさいなのにゃーっ!」と涙目で漫画から得たという究極の謝罪──土下座を素早く実行してみせた。
正に漫画でしか見た事のない光景に、アウラは素直に感心する。
……なるほど、ああいう感じに使うのか。
流石はアニメ文化を極めている〈アース・メイド〉。
はたから見ても、美しいと称賛する程に洗練された見事な土下座だった。
一方で隣にいるオリビアは、溜め息交じりに部下の愚行に対する思いを吐き出した。
「まったく、愚猫め……」
「オリビア、あまり怒らないでください。彼女達が言っている事は、その……あながち間違いではありませんから」
「いいえ、お嬢様は彼女達に寛大すぎます。あのような発言を許してしまうから妹だとか言われるのです」
「わたくしは彼女達の事が好きですよ。この前オススメしてくださった恋愛小説とか、実に参考になりましたし」
「またそのような知識を……」
こめかみに人差し指を当てながら、オリビアは嘆息した。
彼女はとある狩人からもたらされた、アニメ文化というものに抵抗感を抱いている。
理由は数年前に仕事をさぼって〈アース・メイド〉の一人が購入した『ウスイホン』という物を没収した際に、その過激な中身を見て気絶した事件があったからだ。
それからオリビアは、キャラクターの絵が描かれた本を避けるようになった。
薄い本に関しては徹底的に城の中には持ち込ませないようにして、離れに作られた別館で管理するように〈アース・メイド〉達に指導をした程である。
アウラはウスイホンの存在は知っているけど、中身は一度も見た事が無い。
メイド達の話によると、内容はライトな物からヘビーなものまで幅広く存在するらしい。
ヘビーは過激だからと彼女達からもストップをかけられているけど、一度くらいはライトな物は見てみたい。
けれどオリビアの厳しい管理下では、そのライトな物を入手するのは流石に難しい。
入手するのなら、彼女の目から逃れられる者を頼らないといけないだろう。
でも箱入り娘である自分に、そんな外に繋がる伝手は……。
(──って、いけません! 今はソウスケ様の事に集中しないと!)
脱線していた思考を、アウラは慌てて元の線路に戻す。
するとそのタイミングで、庭園に一人の〈アース・メイド〉が駆け込んできた。
「お嬢様、婚約者殿が到着しましたにゃん!」
「………っ」
ついにこの時がやって来た。
アウラは素早く立ち上がり、自身の身だしなみをチェックする。
顔は赤いけど問題なし髪型良し服に乱れは無し、……概ね問題なしだ。
空気を読んだ〈アース・メイド〉達は、婚約者を歓迎するために左右一列に展開すると普段は気が抜けている背筋をピシッと正す。
こういう時の統率力は、相変わらず高いと思った。
オリビアが複雑そうな顔をしているのが可笑しくて、危うく吹き出しそうになった。
危ない、落ち着け落ち着け。
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いつもの山でレベリングに邁進していた姿を脳裏に浮かべ、あのペースならば百体以上を倒していそうだと推測する。
かなりの量をため込んでいるボロボロな少年を心配して、アウラはキュッと胸が苦しくなった。
庭園に足を踏み入れたソウスケは、苦手な女性達の視線を一身に浴びながら目の前まで歩み寄る。
しばらく見つめ合った後、彼はどこかで教育を受けたのか綺麗なお辞儀を見せた。
「こ、こんばんは聖女様……」
「ソウスケ様、ようこそおいで下さいました! お疲れですよね、甘い物を用意したんです。よろしかったらこちらで浄化のついでに、アフタヌーン・ティーにしませんか?」
「……は、はい。喜んで」
一瞬だけ視線が交差すると、少年は直ぐに下を向いてしまった。
まるでリンゴのように、彼の頬は真っ赤に染まっていた。
危うく可愛いと言いそうになり、喉元まで出かかったその言葉をグッと耐えた。
異性に苦手意識を持っているのは、アスファエルからの情報で把握している。
先ずはこの壁を乗り越える事が、真の婚約者になる為には必須なのだ。
(が、がんばります! えい、えい、おーっ!)
心の中で母に教わった『異世界式のエール』を自身に送り、先ずは勇気を出して緊張している婚約者の手を握る。
高鳴る心臓の鼓動を片手で押さえつけながら、アウラは彼をテラスに案内しようとしたら、
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