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目を覚ましたら、そこは引っ越してきたばかりの自宅だった。
窓からは太陽の光が差し込み、壁に掛けてある時計の針はピッタリ十二時を指している。
カレンダーにつけられている印は、……なんと引っ越した日から二週間後くらいになっていた。
つまり自分は、〈ラーヴァ・ベヒーモス〉と戦って半月近くも寝ていたらしい。
正直言って死んだと思っていたのだが、どうやら奇跡的に生きているみたいだ。
間違いなく聖女様が〈神聖魔法〉を使って、あの瀕死の状態から助けてくれたのだろう
自分の身体だからこそ、あの気を失う前の状態がどれだけ危なかったのかは知っている。
きっと治療は困難を極めたはず。目をギュッと閉じ、感謝の念を強く胸中に抱いた。
狩りに行く前に城に行って、迷惑をかけてしまった彼女に謝罪と救ってくれた事に対するお礼を言わなければいけない。
繰り越しまくっているノルマも処理しないといけないので、急ぎベッドで横になっていた身体を起こそうとしたら、
「痛……っ」
全身酷い筋肉痛になったかのような痛みが走り、再びベッドに倒れてしまった。
恐らく身体がまだ完治していないのだろう、まともに立ち上がる事すらできない状態に額から嫌な汗が流れ落ちる。
日常生活を送る事すら難しそうだと思い、それでも気合を込めて上半身を起こしたら、
──自分の真横で、薄いネグリジェ姿の聖女様が寝ているのを発見した。
「せ、聖女様……?」
第一に頭の中に浮かんだのは白い寝間着姿と、寝顔がとても可愛いという素朴な感想。
まるで神話に出てくる女神のような美しさに、『情欲』よりも『保護』しなければいけない欲求に支配される。
城暮らしの彼女がこんな場所で寝ている理由は分からないが、その寝姿は正座をして拝みたくなるほどに尊いものだった。
状況は全く理解できない、もしかしたら此処は自分の妄想が作り上げてしまった天国なのかも知れない。
無防備すぎる姿に右往左往していると、ノックをした後に扉を開けてメイドのオリビアが入室してきた。
「お、オリビアさん!?」
「おはようございます、カムイ様。お目覚めになったんですね」
「こ、これは……っ」
聖女様の事を慕っている彼女に、この光景は怒られるのではないかと怯えた。
だけど予想に反してオリビアは安心したような表情をして、珍しく自分を睨むような事はしなかった。
「本当に目覚められて良かったです。ハッキリ言ってカムイ様は殆ど死んでいるような状態でした。それでも聖女様は諦めずに〈回復〉と〈浄化〉を接吻で数日間も寝ずに内部に送り続けていました。私も止まった心臓に調性した雷で再起を試みましたが、……息を吹き返してくれた時は正直言ってホッとしましたね」
「……なるほど、だから聖女様が隣りで寝てるんですか」
聞いた限りでは、たぶん汚染と肉体のダメージが深刻過ぎて内側からでなければ蘇生できる可能性はゼロだったのだろう。だから聖女様は、こんな自分にキスをしてまで治療を施してくれたのだ。その証拠に枕元には、お一つで数万セラフはする最上位の〈スピリットポーション〉が数十本単位で並んでいる。
口の中は〈スピリットポーション〉の甘い香りが占めていた。すやすやと静かな寝息を立てている美少女の唇が触れていたのかと思うと、羞恥心よりも申し訳ない気持ちが先に込み上げてくる。
自分から挑んどいてフルボッコにされて、更には死にかけて聖女様に迷惑をかけるとは罪深すぎる。
やはり死んでいた方が世の為だったのではないか、情けない自身に対し軽いうつ状態に陥っていたら、
「カムイ様は良く頑張りました」
普段睨んでばかりいるオリビアが、罵倒ではなく称賛する言葉を口にした。
「相手はDランク、下級狩人の手に負えるレベルではありませんでした。それなのに貴方は臆することなく、自身より強い聖女様に安易に任せるのではなく率先して前に出た。強さではない。男として強敵に挑んだ姿勢は、結果はどうであれとても立派なものだと私は思います」
「オリビアさん……」
不味い普段辛辣な態度を取られているから、こんな風に褒められると泣きそうになってしまう。
少しは認めてもらえたのだろうか、目を閉じて彼女の言葉を深くかみ締めた。
「今回の一件は〈冥府の王〉の犯行です。今後もちょっかいを出して来ると考えるなら、貴方には今以上に強くなってもらわないといけません。お嬢様の負担にならないように、徹底的に鍛えますので覚悟してください」
「わ、分かりました……って、アレ〈冥府の王〉の仕業だったんですか!? いや、でもあの人なら……」
いつもの厳しい表情に戻り、オリビアの口から出た犯人の正体に大きな衝撃を受ける。
王の冒険譚に出てくる〈冥府の王〉、その人格と行動理念は余りにも自己中心的なものだと記憶していた。
故に王が犯人だと聞かされても、驚きはしても直ぐに納得できた。
「本来であれば処刑ものなんですが、今回も見逃すことになるでしょう。それに違法ポーションを広めていた者達を一斉検挙できましたからね……」
「違法ポーションの一斉検挙?」
詳しく聞くとEランクの〈デュラハン〉の襲撃に合った他の下級狩人達は、全員騎士達と二人の〈アース・メイド〉によって事前に守られた。ただ一つその騒ぎの中で〈デュラハン〉と戦う為に、違法ポーションを使用した狩人達が多数発見されたらしい。
オマケにその狩人達が所属していた下級ギルドが、違法ポーションを流通させていたことまで判明した。
これは狙ってやったのか、それとも偶然だったのか真偽の程は定かではない。しかし結果として自分の事を除けば今回〈冥府の王〉が戯れで行ったテロ行為は、尻尾を中々見せなかった違反者達を潰す大きな成果をもたらした。
たぶん狙いとしては、ついでにあぶり出せたらラッキー程度にしか思っていなかったんだろうが。
どれだけ成果を出そうが〈冥府の王〉は数万年前から気分屋と自己中の塊らしいので、良い事があっても彼女の行いが評価されることはないし、本人も評価されようなんて思ってはいない。
本に書かれている人物を描写するシーンで、彼女の事を表すこんな代表的な言葉がある。
見た目は美人だが、中身は混沌を人という器に詰め込んだ邪悪の化身だと。
遊ぶ事には全力を注ぐが、遊んだ後の片づけは一切考えていないヤバい奴。
どうしてそんな危険人物が仲間としているのかは、物語にも詳しくは記載されていないために自分には分からない。
悪い人ではないと思うのだが、けして良い人だとも言えない複雑な人物。そんな誰もが目を付けられたくないナンバーワンに挙げる〈冥府の王〉に目を付けられているなんて、
「今後が怖いなぁ……」
「ん……ソウスケ様……?」
遠い目をしていたら、隣りで眠っていた聖女様が目を覚ました。
彼女が身体をゆっくり起こす姿に、オリビアは珍しく何も言わずに部屋からそっと出ていく。
引き留める暇なんてなかった。まさかの二人っきりになると、寝起きでぼんやりする彼女と目があった。
あ、ヤバいお礼と謝罪を言わないと───
口を開こうしたら、勢いよく起き上がった少女に押し倒される。
上に覆いかぶさるような体勢で、聖女様の宝石のような真紅の瞳と目が合った。
「良かった。良かったです……」
大粒の涙が、瞳から流れ落ちる。
頬にポオタポタと落ちる涙は、冷たくてそして心に痛く響いた。
なんて言ったら分からず、時間だけが経過していく。
涙を流す聖女様は、精一杯の笑顔を浮かべて自分を抱き締めてくれた。
応えなければ。身体中に激痛が走るけど、今は心が深く傷ついている彼女の事が優先。
思うように動かすことのできない腕で、懸命に耐えながらも少女の小さな身体を抱き締める。
間近で目が合った彼女は、頬を赤くし可愛らしくはにかんだ。
俺は精一杯の笑顔を浮かべて、先ずは彼女に謝罪した。
「ふがいなくてすみません。……こんな情けない婚約者を救ってくれて、ありがとうございます」
「当たり前のことをしただけです。それに一応言っておきますが、婚約者だから助けたわけじゃありませんよ。わたくしはソウスケ様の事が好きだから助けたのです」
「……っ」
婚約者だから助けたわけじゃない、この言葉は自分の中に大きな衝撃を与えた。
呆然となる自分の頬を両手で包んだ彼女は、真っすぐな眼差しで思いをぶつけてくる。
「前々から言おうと思っていました。聖女様ではなく、わたくしの事はアウラと名前で呼んでください」
「……わかった。ありがとう、アウラ」
これからも沢山迷惑をかけるだろう。
今はまだ未熟で、頼りないちっぽけな狩人だけど。
愛しい婚約者を胸に抱き、いつか名実ともに彼女に相応しい英雄になれたら、
この胸の奥深くに秘める、世界で最も熱い愛を告白しよう。
───これは愛を告白するために、最底辺から成り上がる英雄譚。
第一部 完
窓からは太陽の光が差し込み、壁に掛けてある時計の針はピッタリ十二時を指している。
カレンダーにつけられている印は、……なんと引っ越した日から二週間後くらいになっていた。
つまり自分は、〈ラーヴァ・ベヒーモス〉と戦って半月近くも寝ていたらしい。
正直言って死んだと思っていたのだが、どうやら奇跡的に生きているみたいだ。
間違いなく聖女様が〈神聖魔法〉を使って、あの瀕死の状態から助けてくれたのだろう
自分の身体だからこそ、あの気を失う前の状態がどれだけ危なかったのかは知っている。
きっと治療は困難を極めたはず。目をギュッと閉じ、感謝の念を強く胸中に抱いた。
狩りに行く前に城に行って、迷惑をかけてしまった彼女に謝罪と救ってくれた事に対するお礼を言わなければいけない。
繰り越しまくっているノルマも処理しないといけないので、急ぎベッドで横になっていた身体を起こそうとしたら、
「痛……っ」
全身酷い筋肉痛になったかのような痛みが走り、再びベッドに倒れてしまった。
恐らく身体がまだ完治していないのだろう、まともに立ち上がる事すらできない状態に額から嫌な汗が流れ落ちる。
日常生活を送る事すら難しそうだと思い、それでも気合を込めて上半身を起こしたら、
──自分の真横で、薄いネグリジェ姿の聖女様が寝ているのを発見した。
「せ、聖女様……?」
第一に頭の中に浮かんだのは白い寝間着姿と、寝顔がとても可愛いという素朴な感想。
まるで神話に出てくる女神のような美しさに、『情欲』よりも『保護』しなければいけない欲求に支配される。
城暮らしの彼女がこんな場所で寝ている理由は分からないが、その寝姿は正座をして拝みたくなるほどに尊いものだった。
状況は全く理解できない、もしかしたら此処は自分の妄想が作り上げてしまった天国なのかも知れない。
無防備すぎる姿に右往左往していると、ノックをした後に扉を開けてメイドのオリビアが入室してきた。
「お、オリビアさん!?」
「おはようございます、カムイ様。お目覚めになったんですね」
「こ、これは……っ」
聖女様の事を慕っている彼女に、この光景は怒られるのではないかと怯えた。
だけど予想に反してオリビアは安心したような表情をして、珍しく自分を睨むような事はしなかった。
「本当に目覚められて良かったです。ハッキリ言ってカムイ様は殆ど死んでいるような状態でした。それでも聖女様は諦めずに〈回復〉と〈浄化〉を接吻で数日間も寝ずに内部に送り続けていました。私も止まった心臓に調性した雷で再起を試みましたが、……息を吹き返してくれた時は正直言ってホッとしましたね」
「……なるほど、だから聖女様が隣りで寝てるんですか」
聞いた限りでは、たぶん汚染と肉体のダメージが深刻過ぎて内側からでなければ蘇生できる可能性はゼロだったのだろう。だから聖女様は、こんな自分にキスをしてまで治療を施してくれたのだ。その証拠に枕元には、お一つで数万セラフはする最上位の〈スピリットポーション〉が数十本単位で並んでいる。
口の中は〈スピリットポーション〉の甘い香りが占めていた。すやすやと静かな寝息を立てている美少女の唇が触れていたのかと思うと、羞恥心よりも申し訳ない気持ちが先に込み上げてくる。
自分から挑んどいてフルボッコにされて、更には死にかけて聖女様に迷惑をかけるとは罪深すぎる。
やはり死んでいた方が世の為だったのではないか、情けない自身に対し軽いうつ状態に陥っていたら、
「カムイ様は良く頑張りました」
普段睨んでばかりいるオリビアが、罵倒ではなく称賛する言葉を口にした。
「相手はDランク、下級狩人の手に負えるレベルではありませんでした。それなのに貴方は臆することなく、自身より強い聖女様に安易に任せるのではなく率先して前に出た。強さではない。男として強敵に挑んだ姿勢は、結果はどうであれとても立派なものだと私は思います」
「オリビアさん……」
不味い普段辛辣な態度を取られているから、こんな風に褒められると泣きそうになってしまう。
少しは認めてもらえたのだろうか、目を閉じて彼女の言葉を深くかみ締めた。
「今回の一件は〈冥府の王〉の犯行です。今後もちょっかいを出して来ると考えるなら、貴方には今以上に強くなってもらわないといけません。お嬢様の負担にならないように、徹底的に鍛えますので覚悟してください」
「わ、分かりました……って、アレ〈冥府の王〉の仕業だったんですか!? いや、でもあの人なら……」
いつもの厳しい表情に戻り、オリビアの口から出た犯人の正体に大きな衝撃を受ける。
王の冒険譚に出てくる〈冥府の王〉、その人格と行動理念は余りにも自己中心的なものだと記憶していた。
故に王が犯人だと聞かされても、驚きはしても直ぐに納得できた。
「本来であれば処刑ものなんですが、今回も見逃すことになるでしょう。それに違法ポーションを広めていた者達を一斉検挙できましたからね……」
「違法ポーションの一斉検挙?」
詳しく聞くとEランクの〈デュラハン〉の襲撃に合った他の下級狩人達は、全員騎士達と二人の〈アース・メイド〉によって事前に守られた。ただ一つその騒ぎの中で〈デュラハン〉と戦う為に、違法ポーションを使用した狩人達が多数発見されたらしい。
オマケにその狩人達が所属していた下級ギルドが、違法ポーションを流通させていたことまで判明した。
これは狙ってやったのか、それとも偶然だったのか真偽の程は定かではない。しかし結果として自分の事を除けば今回〈冥府の王〉が戯れで行ったテロ行為は、尻尾を中々見せなかった違反者達を潰す大きな成果をもたらした。
たぶん狙いとしては、ついでにあぶり出せたらラッキー程度にしか思っていなかったんだろうが。
どれだけ成果を出そうが〈冥府の王〉は数万年前から気分屋と自己中の塊らしいので、良い事があっても彼女の行いが評価されることはないし、本人も評価されようなんて思ってはいない。
本に書かれている人物を描写するシーンで、彼女の事を表すこんな代表的な言葉がある。
見た目は美人だが、中身は混沌を人という器に詰め込んだ邪悪の化身だと。
遊ぶ事には全力を注ぐが、遊んだ後の片づけは一切考えていないヤバい奴。
どうしてそんな危険人物が仲間としているのかは、物語にも詳しくは記載されていないために自分には分からない。
悪い人ではないと思うのだが、けして良い人だとも言えない複雑な人物。そんな誰もが目を付けられたくないナンバーワンに挙げる〈冥府の王〉に目を付けられているなんて、
「今後が怖いなぁ……」
「ん……ソウスケ様……?」
遠い目をしていたら、隣りで眠っていた聖女様が目を覚ました。
彼女が身体をゆっくり起こす姿に、オリビアは珍しく何も言わずに部屋からそっと出ていく。
引き留める暇なんてなかった。まさかの二人っきりになると、寝起きでぼんやりする彼女と目があった。
あ、ヤバいお礼と謝罪を言わないと───
口を開こうしたら、勢いよく起き上がった少女に押し倒される。
上に覆いかぶさるような体勢で、聖女様の宝石のような真紅の瞳と目が合った。
「良かった。良かったです……」
大粒の涙が、瞳から流れ落ちる。
頬にポオタポタと落ちる涙は、冷たくてそして心に痛く響いた。
なんて言ったら分からず、時間だけが経過していく。
涙を流す聖女様は、精一杯の笑顔を浮かべて自分を抱き締めてくれた。
応えなければ。身体中に激痛が走るけど、今は心が深く傷ついている彼女の事が優先。
思うように動かすことのできない腕で、懸命に耐えながらも少女の小さな身体を抱き締める。
間近で目が合った彼女は、頬を赤くし可愛らしくはにかんだ。
俺は精一杯の笑顔を浮かべて、先ずは彼女に謝罪した。
「ふがいなくてすみません。……こんな情けない婚約者を救ってくれて、ありがとうございます」
「当たり前のことをしただけです。それに一応言っておきますが、婚約者だから助けたわけじゃありませんよ。わたくしはソウスケ様の事が好きだから助けたのです」
「……っ」
婚約者だから助けたわけじゃない、この言葉は自分の中に大きな衝撃を与えた。
呆然となる自分の頬を両手で包んだ彼女は、真っすぐな眼差しで思いをぶつけてくる。
「前々から言おうと思っていました。聖女様ではなく、わたくしの事はアウラと名前で呼んでください」
「……わかった。ありがとう、アウラ」
これからも沢山迷惑をかけるだろう。
今はまだ未熟で、頼りないちっぽけな狩人だけど。
愛しい婚約者を胸に抱き、いつか名実ともに彼女に相応しい英雄になれたら、
この胸の奥深くに秘める、世界で最も熱い愛を告白しよう。
───これは愛を告白するために、最底辺から成り上がる英雄譚。
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今後も期待してます。
8 で、通りで、は、道理で、だと思います。