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エピローグ

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 細々と自営業を営む俺は、普段取れない休日を満喫していた。
 自営業に休みはほぼ無いが、真夏の三日間は休むようにしている。
 好きでやってるから苦ではないけど、周りからは大変そうだねと言われる日々。

 サラリーマンの方が余程大変に思える。昔の俺はサラリーマンだったからだ。
 就職活動で面接を行い学校で押し潰され続けてきた
個性を突然求められる。

 わが社に入って何がしたいですか? 何故興味を?
 俺は適当に言いつくろう文章を並べ立てるだけだった。

 なんせ入社しないとわからないだろう? 事業の実態は。
 やりたい事をやれる企業もあるだろうけれど、そんな企業ばかりなら
日本の幸福度はもっと高かったんだろうな。


 内定が決まり、いざ個性を発揮! は出来ずにまた個性を潰す作業。 
 髪型、服装、社会規則に上司への服従。
 
 給料は安いけど家賃は会社付近なら十万円はザラ。 
 十万円でも都心なら一部屋の狭いマンション。
 とてもじゃないけど手取りでは住めない。

 遠くのボロアパートで通勤二時間。ドアドアで二時間半。帰ればもう何も出来ない。
 時間だけが浪費されていく。

 楽しみは満員電車に揺られながら見るネット小説位のものだ。
 それもストレスを抱えながらじゃないと見れない混雑っぷり。

 そんな生活を何年か過ごす間に、俺は過労で倒れた。
 労災は認められなかった。あの仕組みは何なんだろう。
 入院中たまたま見た雑誌に、自営業で行うパン屋の特集を見てその生活に憧れてしまった。

 俺はパンが好きだ。手軽に食べれる上、味も形も好みにより沢山ある。
 中でもクロワッサンとメロンパンが大好きでしょっちゅう食べていた。安く上がるし。
 おにぎりも手軽でいいのだけれど、パンの魅力には勝てない。
 俺は決意した。パン屋をやろう。浅はかかも知れないけれど、人生をわかりやすく
楽しく生きてみたかったんだ。
 
 退院して会社を辞職してから直ぐ、開業の支度を始めた。
 お金を使う時間が無かったため、そこそこの貯蓄があり、小さな町に一人で
始めるパン屋さんを開いた。

 それからの生活は規則正しくなった。
 早朝から仕込みを始め、夕方まで運営。夜には片付けと清掃。
 営業中お客さんがいない時はカウンター下で電子書籍も見放題。

 俺はどんどん元気になった。
 家にいられるからペットも飼う事が出来る。

 猫も好きだが犬を飼う事にした。名前はシロ。

 安直な名前だけど、見た目も白いし俺の氏名が白井杏珠。苗字からしてわかりやすい。

 日々少しでも時間を多く作り、シロと一緒に大好きな小説を見ていたい。
 色々な作家さんが考えてくれるストーリーを感じるのが何より好きだ。
 それ以外は何も欲しない。本を読む趣味で俺は最高に幸せだった。

 分かりやすくていい。そんな日常でよかったんだ。



 




 そんなパン屋の休日な折。セミが鳴き、耳に轟音が響く。

 日本の夏は暑い。じめじめしていてもわっとした熱気が
人々を襲う。
 シロがバテないように冷房を付けて暑い夏を凌いでいた。
 電気代は高いが、酒も飲まずタバコも吸わない俺の生活費は安い。

 エアコンを考えた人は神様だね。これが無いともう生きていけないよ? 
 なにせ近年では「三十八度を超えましたー!」とか
「熊谷は四十一度ですー!暑いですねー」 なんて
嬉しそうにニュースキャスターが語っている。
 
 暑いと言ってはいけない場所でも展開したいよ全く。

 シロはもふもふのふわふわで、涼しそうに地べたに横になっている。犬はいいなー。 
 あんな風に横になれたら俺も涼しくなれるかな。

 真似して横になってシロを触ってたら眠くなってきた。 
 休日の昼下がり。シロと二人で幸せだなー。





 どのくらい寝てたんだろう。外の光が眩しいな。そろそろ起きてシロにご飯あげないと。

 あれ、家の中だった筈だよね? エアコンの音もしないし。
 シロはどこだろう? 身体が変だ。真っ白。
 
 

「あれ、何これ? 夢かな? 喋れるけど犬みたいだ。あれ?」

 凄く面白い夢だ。見えてる世界が今までとまるで違う。
 視点が凄く低いし、森見たいな場所にいる……か? 

  金縛りに昔一度合った事があるけど、意識はそれくらいはっきりしてる。身体は動くし。

「&Σtβγ$ΗゞΔΘΠ」

 ん? 何か聞こえた……幻聴? やっぱり夢か。え? 何か地面が光ってる? 

「やったー、成功したよっ! 初めての私の召喚獣! えへへ」
「何? どうなってるの? 誰? 夢じゃないの?」
「やだー、この子喋れる!? もしかして珍しい個体?  鑑定して見よっと」

 彼女の前に変な画面のような物が現れている。……空中に。

「リトルウルフィ? ホワイトウルフだと思ってたのにウルフィ? 聞いた事ないなぁ。
お母さんに聞いてみようかな。その前に戦ってみて、身体を洗って綺麗にして……やる事
いっぱい。楽しみ!」
「あの、ここは何処でしょうか? 俺はシロと一緒に部屋で寝てたはずなんですけど」
「んー? 契約されたばかりで混乱してるのかな」

 その子は膝を抱えながらにこにこしてこちらを見ている。

「名前を付けてあげないとね! さっきこの子シロって言ってたような? 毛並みも真っ白だし。 
うーん……そうだ! シロンちゃん! あなたは今日からシロンちゃん!」
「地面に円の様な物がまた!? 俺の名前って
シロンだったっけ? 思い出せない。あれー?」
「さぁ行くよ、シロンちゃん! まずは魔物退治して
レベルを上げよー! おー!」
「えー、なんで? どうなってるのー? 俺の家は? シロ、何処だー? 何これー!?」

 身体の自由が利かず、ズリズリと連れて行かれるように森の奥へ進む。
 歩く感触にリアリティが伝わり、人ではない感覚が自分にある。四本足じゃないと歩けない。

 本当にどうなってるんだ? 状況が理解出来ないが夢では無さそうだ。
 あのお嬢さんは一体誰だろう? 
 聞いてみたいが彼女はどんどんと先へ進む。
 それに引きずられる様に俺も一緒に動いてしまう。

 しばらく歩いたら目の前に青く蠢くゲームで見たような
変な生物がいた。

 まごうこと無きスライムだ。
 夢じゃない。森。身体がおかしい。目の前にスライム。

 これだけの条件が整えば、鈍い俺でも理解出来る。

「異世界転移? 身体が違うから転生ーーー!? そんな馬鹿な!? しかも俺、犬じゃ
ないかーーーーーーー!勇者とか魔王とかチートスキルとかどうしたーーー!」

 俺の遠吠えが森に木霊した。
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