「羊男」

秋空ハレ

文字の大きさ
13 / 26
4章

木曜日の怪人②

しおりを挟む
花純は食後に運ばれてきた珈琲を手に取る。
口に含んで眉を落とす。

「前は珈琲飲めなかったんですよ、苦いのが苦手で。砂糖とミルクいっぱい入れてもダメで」

「さっきの話だけど、梅香さんはその『怪談師』って人を探しているの?」

「そうだと思います。私もお姉ちゃんに何かあったらきっと、そうするから」
苦笑いを浮かべながら花純はそのままコーヒーカップを傾けた。

会計を終える前に花純はここを出たら少し歩きませんかと提案をしてきた。

朝田としては早く帰りたいという気持ちもあったが、花純からの提案を無下に断るのも気が引けて一緒にショッピングモールの方へ向かうことにした。

花純と一緒に歩いていると複数の視線を感じる。それだけ花純が目を引く存在なのだろう、周囲からのやっかみや嫉妬の感情を感じながら朝田は隣を歩く花純に目を向ける。

花純は人形のように綺麗な顔立ちをしている。
今の花純は本当に人形のようなものなのだが、そういうことを抜きにしても美人だと思う。

だからこそ、朝田には分からなかった。花純からは好意を感じる。

それに加えて、朝田が妖怪であることを知った後も戸惑いを一切見せない花純のことを朝田は不思議に思っていた。

確かにお姉さんが妖怪であったのならば、それには慣れているのも頷ける。

しかし、花純は『影踏み』、七海については少しの戸惑いの感情を滲ませていた。

好意を向けられることは多くはないが、今までもあった。しかし、その中には必ず打算的な感情が含まれていた。

人の感情に対して敏感な朝田にとってそれは少し悲しいことのように思えていた。

結局のところ、好意の裏側には自分の欲が隠れているんだと気が付いてから朝田は人から向けられる好意に対して嬉しいとかそのような感情を得ることが出来なくなっていた。

「朝田先輩、大丈夫ですか?ボーっとしてる」
突然、花純が話しかけてきた。完全に上の空だったのだろう、もしかしたらさっきから何かを話しかけてきていたのかも知れない。

「あ、あぁ、ごめん。大丈夫だよ」

「そうですか、良かったです」
花純は軽く微笑んでから、どこいきましょうか、と尋ねてくる。

「それじゃあ、本屋に寄ってもいい?」

~~~~~

「あー、今頃朝田はデートかぁ」
七海は時計を確認し、ぼやいた。

中庭のベンチに腰掛け、七海は山下の授業が終わるのを待っていた。堂森の話を聞いてから七海は山下への監視をさらに強めた。

しかしここ数日間、彼の行動範囲は自宅と大学とバイト先の3つだけ、もう犯行する気はないのかと思えてくる。

それどころか山下は、通り魔をしたことさえ忘れているかのように普通の大学生を満喫していた。

二日前に突然花純から朝田の連絡先を教えて欲しいというメールが届いた。驚いたが、断る理由もなかった。

ただ少しの好奇心といじわるでどうするのかを聞いてみると、花純は助けてくれたお礼がしたいと教えてくれた。

「眠り姫が朝田のことをねぇ…」
ちょうど授業が終わったようで4号棟と呼ばれる建物から学生がゾロゾロと出てくる。

「ま、人を見る目はあるみたいだね」
立ち上がりながら七海は満足そうに笑う。

七海が朝田を囮に使ったのは、朝田のことを軽んじていたわけではなかった。むしろ誰より信頼をしている。

朝田なら何とかしてくれるのではないか、という気持ちが七海に行動を起こさせた。

あの夜、犯人の正体が分かったこと以上に、七海は朝田を無意識に危険に巻き込んでしまうほど自分が追い込まれていたことに驚いていた。

その時、4号館から話しながら3人の学生が出てくるのが見えた。その中の一人は山下だ。

七海は気付かれることのないように自身を影に溶け込ませていく。学生たちの影から影へと渡り歩いていき、無事に山下の影に潜り込むことに成功する。

便利な能力なのだが、誰かに見られている状態では発動しない。誰にも言っていない弱点だ。

だからこそ七海の正体は誰にもバレることはない。影踏みの弱点が現代社会に生きる七海にとっては、使い勝手のいい制限になっていた。

山下は南門の前で他の2人と別れ、一人バイトへ向かうようである。別れを告げ、山下は少し駆け足でバイト先に向かう。

七海は影の中で今日も長くなりそうだ、とうんざりとした表情を浮かべた。

影踏みは一旦、相手の影の中に入ってしまえば相手を内側から操作することが出来る。

影の中は狭い部屋のような構造になっていて、寝転んだりといったこともできる。

七海は我ながら便利な能力だ、と思う。だからと言って他に弱点がないわけではない。

影に入っているときは相手のダメージは七海にも共有される。

仮に影の主がダンプカーに轢かれでもしたら、その時は七海も一緒に三途の川を渡ってしまう。

それに加えて、自分より力が強い相手には行動の強制が出来ない。

足を止めようと思っても、すぐに影による縛りは外れてしまう。比較的小柄な体型の七海では操作できる人間はそんなに多くはない。

七海はふと思い出す。
あの夜、朝田はなぜ力で拘束を解かなかったのか。朝田は明らかに七海よりも力は上だ。七海は実際にそれを目にしたことがある。

あの時七海は、朝田の身体を一瞬でも止めることが出来ればいい、と思って影で縛り付けた。

もしかしたら、朝田はすべて分かった上で、囮になってくれたのか。

これが終わったら朝田に聞こう、と七海は思いながら、バイトが終わる時間を待つために影の中で横になって目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

『【朗報】ボッチの僕、実は世界一の財閥の御曹司だった。〜18年の庶民修行を終えた瞬間、美少女11人が「専属秘書」として溺愛してくる件〜』

まさき
青春
「あんたみたいなボッチ、一生底辺のまま卒業ね」 ​学園の女王、高飛車な生徒会長、そして冷徹な美少女たち……。 天涯孤独でボッチな僕、佐藤(※苗字のみ使用)は、彼女たちからゴミを見るような目で見られ、虐げられる日々を送っていた。 ​だが、彼らには決して言えない秘密があった。 それは、僕が世界一の資産を誇る**『世界最強財閥』の唯一の跡継ぎであること。 そして、18歳になるまで一切の援助を受けずに生き抜く【庶民修行】**の最中であること。 ​そして運命の誕生日、午前0時。 修行終了を告げる通知がスマホに届いた瞬間、僕の世界は一変する。 ​「おめでとうございます、お坊ちゃま。これより『11人の専属秘書候補』による、真の主従関係を開始いたします」 ​昨日まで僕を蔑んでいた学園の美少女たちが、手のひらを返して膝をつく。 彼女たちの正体は、財閥が僕のために選りすぐった、愛が重すぎるエリート秘書たちだった――。 ​「ずっとおそばでお仕えしたかったんです……」 「昨日までの暴言は、修行を完遂させるための演技。今日からは全身全霊で甘やかさせていただきますね?」 ​24時間体制の過保護な奉仕、競い合うような求愛、そして財力による圧倒的なざまぁ。 ボッチだった僕の日常は、11人の美女たちに全肯定され、溺愛し尽くされる甘すぎる生活へと塗り替えられていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ワシの子を産んでくれんか

KOU/Vami
ライト文芸
妻に先立たれ、息子まで亡くした老人は、息子の妻である若い未亡人と二人きりで古い家に残された。 「まだ若い、アンタは出て行って生き直せ」――そう言い続けるのは、彼女の未来を守りたい善意であり、同時に、自分の寂しさが露見するのを恐れる防波堤でもあった。 しかし彼女は去らない。義父を一人にできないという情と、家に残る最後の温もりを手放せない心が、彼女の足を止めていた。 昼はいつも通り、義父と嫁として食卓を囲む。けれど夜になると、喪失の闇と孤独が、二人の境界を静かに溶かしていく。 ある夜を境に、彼女は“何事もない”顔で日々を回し始め、老人だけが遺影を直視できなくなる。 救いのような笑顔と、罪のような温もり。 二人はやがて、外の世界から少しずつ音を失い、互いだけを必要とする狭い家の中へ沈んでいく――。

処理中です...