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5章
天つ狐の仕事③
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一週間後、朝田は有馬のいる道場を訪ねた。
殴られた傷は痛みはだいぶマシになっていた。
訪ねてきた朝田に対して有馬は、思ったより早かったな、と声をかけた。
有馬の稽古は朝田が想像した以上のものだった。次元が違ったと言ってもいい。
早速20kmのランニングを命じられた朝田は必死に走ったが半分にも満たない距離で地面に倒れてしまった。
有馬はそんな朝田を見下ろしながら首を捻った。
「おかしいな。俺がお前の年のときは5倍は走っていたのに」
「有馬さん……は、すごいから」
朝田は仰向けになってぜいぜいと息を吐きながら、思ったことを口にする。
「俺がすごい? それは間違いだ」
「なんでですか?」
「まだ分からなくていい。
それと稽古の時には有馬さんではなく、師匠と呼べ」
朝田は声を出さずに、頷いた。
有馬の稽古は辛いものだった。だが、それは有馬が厳しかったのではない。有馬は教え方がとにかく下手なのだ。
「強くなろうと思うならば、基礎体力をつけるしかない。筋力トレーニングも重要だ。そうだな、先ずは手始めに腕立てと腹筋を100回ずつしてみようか」
「100回?!」
「これなら陽にもできるだろう?」
有馬は指導するようになってから朝田を名前で呼ぶようになった。自分のことを名前で呼ぶ人なんて今までほとんどいなかったため、少しむず痒いような気持ちになる。
「なんだ嬉しいのか?」
顔がにやけていたようだ。有馬は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「あ、いえ、すいません師匠」
「うん、筋トレが好きなのか。じゃあ、3セットにしよう」
朝田の顔から笑顔が消えた。
~~~~~
「そういうわけで、師匠にはスパルタ的なしごきを受け続けました……」
有馬の道場に向かう道すがら、朝田は有馬との思い話を千堂に聞かせることになった。話せば話すほど何度も死ぬ思いをした修業時代が思い出される。
「あの人、組手するときもまったく手加減してくれなくて」
朝田の目から光が失われていく。
「あぁ、英彦ならやりかねないな」
「千堂さんは師匠を知っているんですか?」
「うん、俺とあいつは兄弟みたいなものでね。
よーく知っているよ」
「えっと、じゃあもしかして千堂さんも……?」
千堂はその言葉にただにっこりと笑うだけだった。
市街地から少し離れた場所に有馬の道場はあった。有馬の祖父が作ったものだと昔聞いたことがあったが、ここ数年間は新たな生徒を募集することなく休業状態が続いていた。
「師匠は本当にいるんですか?」
有馬は朝田が高校2年生の時に卒業だな、と言い残して姿を消した。朝田はその言葉が突然過ぎたので「あ、はい。ではまた」と言って家に帰った。家に着いた後で違和感に気付き道場に戻ったが、そこにはもう有馬はいなかった。
会えるのであれば3年ぶりになる。高校を卒業して大学生にもなった。
有馬は成長した自分を見て少しは感慨深く思ってくれるだろうか。
「おーい、英彦ー」
庭を掃除をする人影に千堂が声をかける。振り向いた姿は確かに有馬だった。
「千堂、朝から声が大きい」
有馬は明らかに不機嫌だった。朝田は有馬が朝に弱いことを思い出して、懐かしく思う。
「お、そこにいるのは陽か? 久しぶりだな」
表情を変えずに話しかけてくる有馬を見ながら朝田は思い出す。有馬の感情が大きく動く様子は見たことがない。だからこそ、小学生だった朝田はこの人を信頼してみようと思ったのだった。
「お久しぶりです。師匠」
この人に感動の再会を期待する方が間違いだった。
有馬は朝田と千堂を道場の中へ迎えてくれた。朝田は懐かしさと同時にきつかった日々を思い出して少し泣きそうになる。千堂は初めて来たようで色んな場所を見て回ってはしゃいでいた。
有馬はお茶を用意して、応接スペースに置いて座った。
「それで今日はどんな用なんだ?」
「あぁ、堂森さんからの指示なんだけどさ」
その言葉に有馬の目つきが少し変わる。
そして、息を一つ吐き出した。
「あの人の頼みなら、仕方ないな。陽も知っているのか?」
有馬は朝田に尋ねてくる。しかし、当の朝田にもなぜ有馬のところに来たか分かっておらず返事は出来なかった。
「そうそう、朝田くんの友だちも都市伝説に狙われちゃっててさ。
英彦の目を貸して欲しいんだよね」
「なるほど。やっぱりその都市伝説は俺じゃ倒せないのか」
「なんでもお前が倒せればいいんだけどな。この都市伝説は狙った獲物と自分だけの空間を作り出せるみたいなんだよ。だから、お前みたいに強そうな奴は相手させてもらえないと思うぞ」
朝田には二人が話していることが理解できなかった。有馬の目とはどういうことなのだろうか。質問をしようと口を開きかけたとき有馬が先に朝田の方を見て言った。
「陽は考えなしに人を助けるところ変わってないな。
相手を先に確認しろって教えたのに」
「えっと、なんのことでしょう」
「刃物を持つ相手への間合いの取り方もなってなかったぞ」
有馬が何のことを言っているか朝田には分からずに、混乱してしまう。
「英彦、朝田くんにはまだ説明していないから。
その言葉は混乱させるだけだって」
有馬はそうなのかと言って、少しだけ考える。
「言っていなかったけれど俺、天狗なんだよ」
天狗?朝田が知る有馬は冗談を言うような人ではない。
「あー、朝田くん。こいつさ妖怪『天狗』なの。能力は色々あるけれど烏を使役して自分の目とすることができたりするんだよね。でね、天狗って妖怪は全国に何人かいるんだけど、このエリアは英彦の担当なんだよ」
有馬が妖怪だということは知っていたが、それがどんな妖怪かは聞いていなかった。有馬も朝田に対して聞いてくることがなかったので、こちらから聞くタイミングを逃していたのだ。
「先に言っておくが、お前のこともたまに見ていたぞ」
有馬は相変わらずの調子で、朝田に告げる。
「見ていたって……いつから?」
「3年前くらいからだ」
「力の使い方は間違えてないようだな、陽」
有馬は朝田に対して少しだけ笑ってみせた。
殴られた傷は痛みはだいぶマシになっていた。
訪ねてきた朝田に対して有馬は、思ったより早かったな、と声をかけた。
有馬の稽古は朝田が想像した以上のものだった。次元が違ったと言ってもいい。
早速20kmのランニングを命じられた朝田は必死に走ったが半分にも満たない距離で地面に倒れてしまった。
有馬はそんな朝田を見下ろしながら首を捻った。
「おかしいな。俺がお前の年のときは5倍は走っていたのに」
「有馬さん……は、すごいから」
朝田は仰向けになってぜいぜいと息を吐きながら、思ったことを口にする。
「俺がすごい? それは間違いだ」
「なんでですか?」
「まだ分からなくていい。
それと稽古の時には有馬さんではなく、師匠と呼べ」
朝田は声を出さずに、頷いた。
有馬の稽古は辛いものだった。だが、それは有馬が厳しかったのではない。有馬は教え方がとにかく下手なのだ。
「強くなろうと思うならば、基礎体力をつけるしかない。筋力トレーニングも重要だ。そうだな、先ずは手始めに腕立てと腹筋を100回ずつしてみようか」
「100回?!」
「これなら陽にもできるだろう?」
有馬は指導するようになってから朝田を名前で呼ぶようになった。自分のことを名前で呼ぶ人なんて今までほとんどいなかったため、少しむず痒いような気持ちになる。
「なんだ嬉しいのか?」
顔がにやけていたようだ。有馬は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「あ、いえ、すいません師匠」
「うん、筋トレが好きなのか。じゃあ、3セットにしよう」
朝田の顔から笑顔が消えた。
~~~~~
「そういうわけで、師匠にはスパルタ的なしごきを受け続けました……」
有馬の道場に向かう道すがら、朝田は有馬との思い話を千堂に聞かせることになった。話せば話すほど何度も死ぬ思いをした修業時代が思い出される。
「あの人、組手するときもまったく手加減してくれなくて」
朝田の目から光が失われていく。
「あぁ、英彦ならやりかねないな」
「千堂さんは師匠を知っているんですか?」
「うん、俺とあいつは兄弟みたいなものでね。
よーく知っているよ」
「えっと、じゃあもしかして千堂さんも……?」
千堂はその言葉にただにっこりと笑うだけだった。
市街地から少し離れた場所に有馬の道場はあった。有馬の祖父が作ったものだと昔聞いたことがあったが、ここ数年間は新たな生徒を募集することなく休業状態が続いていた。
「師匠は本当にいるんですか?」
有馬は朝田が高校2年生の時に卒業だな、と言い残して姿を消した。朝田はその言葉が突然過ぎたので「あ、はい。ではまた」と言って家に帰った。家に着いた後で違和感に気付き道場に戻ったが、そこにはもう有馬はいなかった。
会えるのであれば3年ぶりになる。高校を卒業して大学生にもなった。
有馬は成長した自分を見て少しは感慨深く思ってくれるだろうか。
「おーい、英彦ー」
庭を掃除をする人影に千堂が声をかける。振り向いた姿は確かに有馬だった。
「千堂、朝から声が大きい」
有馬は明らかに不機嫌だった。朝田は有馬が朝に弱いことを思い出して、懐かしく思う。
「お、そこにいるのは陽か? 久しぶりだな」
表情を変えずに話しかけてくる有馬を見ながら朝田は思い出す。有馬の感情が大きく動く様子は見たことがない。だからこそ、小学生だった朝田はこの人を信頼してみようと思ったのだった。
「お久しぶりです。師匠」
この人に感動の再会を期待する方が間違いだった。
有馬は朝田と千堂を道場の中へ迎えてくれた。朝田は懐かしさと同時にきつかった日々を思い出して少し泣きそうになる。千堂は初めて来たようで色んな場所を見て回ってはしゃいでいた。
有馬はお茶を用意して、応接スペースに置いて座った。
「それで今日はどんな用なんだ?」
「あぁ、堂森さんからの指示なんだけどさ」
その言葉に有馬の目つきが少し変わる。
そして、息を一つ吐き出した。
「あの人の頼みなら、仕方ないな。陽も知っているのか?」
有馬は朝田に尋ねてくる。しかし、当の朝田にもなぜ有馬のところに来たか分かっておらず返事は出来なかった。
「そうそう、朝田くんの友だちも都市伝説に狙われちゃっててさ。
英彦の目を貸して欲しいんだよね」
「なるほど。やっぱりその都市伝説は俺じゃ倒せないのか」
「なんでもお前が倒せればいいんだけどな。この都市伝説は狙った獲物と自分だけの空間を作り出せるみたいなんだよ。だから、お前みたいに強そうな奴は相手させてもらえないと思うぞ」
朝田には二人が話していることが理解できなかった。有馬の目とはどういうことなのだろうか。質問をしようと口を開きかけたとき有馬が先に朝田の方を見て言った。
「陽は考えなしに人を助けるところ変わってないな。
相手を先に確認しろって教えたのに」
「えっと、なんのことでしょう」
「刃物を持つ相手への間合いの取り方もなってなかったぞ」
有馬が何のことを言っているか朝田には分からずに、混乱してしまう。
「英彦、朝田くんにはまだ説明していないから。
その言葉は混乱させるだけだって」
有馬はそうなのかと言って、少しだけ考える。
「言っていなかったけれど俺、天狗なんだよ」
天狗?朝田が知る有馬は冗談を言うような人ではない。
「あー、朝田くん。こいつさ妖怪『天狗』なの。能力は色々あるけれど烏を使役して自分の目とすることができたりするんだよね。でね、天狗って妖怪は全国に何人かいるんだけど、このエリアは英彦の担当なんだよ」
有馬が妖怪だということは知っていたが、それがどんな妖怪かは聞いていなかった。有馬も朝田に対して聞いてくることがなかったので、こちらから聞くタイミングを逃していたのだ。
「先に言っておくが、お前のこともたまに見ていたぞ」
有馬は相変わらずの調子で、朝田に告げる。
「見ていたって……いつから?」
「3年前くらいからだ」
「力の使い方は間違えてないようだな、陽」
有馬は朝田に対して少しだけ笑ってみせた。
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