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第2章 夫の裏切りと離婚の決意
2-3伯爵令嬢ローザの不穏な噂
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2-3伯爵令嬢ローザの不穏な噂
夕刻、エドワードは予定通り公爵家の館へと戻ってきた。
久方ぶりに夫婦が顔を合わせる場面であるが、彼の態度は相変わらず事務的だった。
「ジェニファー、手配ご苦労だったな。今回の夕食会には、王宮で取引を担っている商人たちを数名呼んでいる。若干遅れて来る者もいるようだが、とりあえず席の準備をお願いする」
「かしこまりました。すでに手配は済んでおりますので、スケジュールに変更があれば仰ってください」
ジェニファーはそう言いながら微笑むが、エドワードはあいまいに頷いただけで、さして関心がある様子もない。
(この人は、私を妻というより“執事”か何かと勘違いしているのでは……)
内心でそう感じても、表には出せなかった。
夕食会の客人たちは、高級な衣服に身を包んだ富裕層の商人や、王宮の行政を担う官僚などで構成されていた。政治的な駆け引きや、商売の話で盛り上がる男たちの中に、ジェニファーは唯一の女性として同席を余儀なくされる。
……と思いきや、そうではなかった。
客が徐々に揃い始めた頃、館の扉からローザ・フィッツジェラルド伯爵令嬢の姿が現れる。彼女は薄紅色のドレスに身を包み、巻き髪を優雅に揺らして登場した。
「まあ、お招きいただき光栄ですわ。エドワード殿下」
彼女は馴れ馴れしくエドワードに近づき、柔らかな手つきで彼の腕に触れる。まるでそこに奥方であるジェニファーの存在などないかのように。
ジェニファーの胸には、不快感と疑念が渦巻く。公爵家の食事会に、わざわざ伯爵令嬢が招かれること自体は珍しくはないが、ローザは明らかに“公的な場”の空気ではなく、私的な親密さを漂わせている。
エドワードが彼女を真っ先に招き入れ、笑顔で言葉を交わしている様子からして、その関係性は噂以上のものがあることが、誰の目にも明らかだった。
(どうして……)
ジェニファーは動揺を押し殺しながら、周囲の視線を冷静に観察する。商人や官僚たちは、ローザの登場を見ても驚くそぶりを見せない。むしろ当然のこととして受け入れているようだ。それはつまり、彼女がエドワードの“特別な存在”である事実を周知していることを意味する。
王宮でも社交界でも、エドワード公爵には愛人がいる――もはやそれは“公然の秘密”というレベルになっているのだろう。
それでも表面上は誰も咎めない。なぜならエドワードが王弟であり、強大な権力を握る人物だからだ。愛人関係の一つや二つ、貴族の間では珍しくない。“ただし、それを正妻の面前で誇示する”というのは、あまりにも露骨で礼を欠く行為ではあるが……。
ジェニファーは大きく息を吸い込み、やわらかな笑顔を作って人々を迎える。
「皆様、本日はようこそいらっしゃいました。お席へ案内いたしますので、どうぞおくつろぎください」
ドレスの裾を揺らしながら、彼女は給仕たちを指揮して客人をテーブルへ案内する。
食事が始まると、話題は商談や王宮での儀式、そしてエドワードの公爵領における新たな開発計画などに及んだ。ジェニファーは適宜合いの手を入れたり、笑顔でうなずいたりして、場の雰囲気をスムーズにするよう努める。
その一方で、ローザはまるで女主人のようにエドワードの隣を陣取り、彼の酒を注いだり談笑したりしていた。客たちも、そんな二人の親密な様子を見て、下品な冗談を飛ばす者さえいる。
「いやあ、公爵殿下とローザ嬢は息がピッタリですな。そろそろ正式に“夫人”の座を……なんてことはございませんかな?」
「はは、殿下もお若いんだから、お好きにされていいんですよ」
彼らは明らかにジェニファーの存在を無視していた。あるいは、ジェニファーの面前であえて揶揄しているのかもしれない。
ジェニファーは悔しさと羞恥に耐えながら、食事会が滞りなく終わるように努める。何を言われても、何を見せつけられても、公爵夫人として取り乱すわけにはいかないのだ。
――こんな屈辱的な状況を、なぜ私は甘んじて受けなければならないのだろう。
その答えはわかっている。ランカスター家の名誉と立場を守るため。そして自分自身が公爵夫人という地位を得ることで、父母を安心させるため。だが、度重なる侮辱に、ジェニファーの心は限界に近づきつつあった。
夕刻、エドワードは予定通り公爵家の館へと戻ってきた。
久方ぶりに夫婦が顔を合わせる場面であるが、彼の態度は相変わらず事務的だった。
「ジェニファー、手配ご苦労だったな。今回の夕食会には、王宮で取引を担っている商人たちを数名呼んでいる。若干遅れて来る者もいるようだが、とりあえず席の準備をお願いする」
「かしこまりました。すでに手配は済んでおりますので、スケジュールに変更があれば仰ってください」
ジェニファーはそう言いながら微笑むが、エドワードはあいまいに頷いただけで、さして関心がある様子もない。
(この人は、私を妻というより“執事”か何かと勘違いしているのでは……)
内心でそう感じても、表には出せなかった。
夕食会の客人たちは、高級な衣服に身を包んだ富裕層の商人や、王宮の行政を担う官僚などで構成されていた。政治的な駆け引きや、商売の話で盛り上がる男たちの中に、ジェニファーは唯一の女性として同席を余儀なくされる。
……と思いきや、そうではなかった。
客が徐々に揃い始めた頃、館の扉からローザ・フィッツジェラルド伯爵令嬢の姿が現れる。彼女は薄紅色のドレスに身を包み、巻き髪を優雅に揺らして登場した。
「まあ、お招きいただき光栄ですわ。エドワード殿下」
彼女は馴れ馴れしくエドワードに近づき、柔らかな手つきで彼の腕に触れる。まるでそこに奥方であるジェニファーの存在などないかのように。
ジェニファーの胸には、不快感と疑念が渦巻く。公爵家の食事会に、わざわざ伯爵令嬢が招かれること自体は珍しくはないが、ローザは明らかに“公的な場”の空気ではなく、私的な親密さを漂わせている。
エドワードが彼女を真っ先に招き入れ、笑顔で言葉を交わしている様子からして、その関係性は噂以上のものがあることが、誰の目にも明らかだった。
(どうして……)
ジェニファーは動揺を押し殺しながら、周囲の視線を冷静に観察する。商人や官僚たちは、ローザの登場を見ても驚くそぶりを見せない。むしろ当然のこととして受け入れているようだ。それはつまり、彼女がエドワードの“特別な存在”である事実を周知していることを意味する。
王宮でも社交界でも、エドワード公爵には愛人がいる――もはやそれは“公然の秘密”というレベルになっているのだろう。
それでも表面上は誰も咎めない。なぜならエドワードが王弟であり、強大な権力を握る人物だからだ。愛人関係の一つや二つ、貴族の間では珍しくない。“ただし、それを正妻の面前で誇示する”というのは、あまりにも露骨で礼を欠く行為ではあるが……。
ジェニファーは大きく息を吸い込み、やわらかな笑顔を作って人々を迎える。
「皆様、本日はようこそいらっしゃいました。お席へ案内いたしますので、どうぞおくつろぎください」
ドレスの裾を揺らしながら、彼女は給仕たちを指揮して客人をテーブルへ案内する。
食事が始まると、話題は商談や王宮での儀式、そしてエドワードの公爵領における新たな開発計画などに及んだ。ジェニファーは適宜合いの手を入れたり、笑顔でうなずいたりして、場の雰囲気をスムーズにするよう努める。
その一方で、ローザはまるで女主人のようにエドワードの隣を陣取り、彼の酒を注いだり談笑したりしていた。客たちも、そんな二人の親密な様子を見て、下品な冗談を飛ばす者さえいる。
「いやあ、公爵殿下とローザ嬢は息がピッタリですな。そろそろ正式に“夫人”の座を……なんてことはございませんかな?」
「はは、殿下もお若いんだから、お好きにされていいんですよ」
彼らは明らかにジェニファーの存在を無視していた。あるいは、ジェニファーの面前であえて揶揄しているのかもしれない。
ジェニファーは悔しさと羞恥に耐えながら、食事会が滞りなく終わるように努める。何を言われても、何を見せつけられても、公爵夫人として取り乱すわけにはいかないのだ。
――こんな屈辱的な状況を、なぜ私は甘んじて受けなければならないのだろう。
その答えはわかっている。ランカスター家の名誉と立場を守るため。そして自分自身が公爵夫人という地位を得ることで、父母を安心させるため。だが、度重なる侮辱に、ジェニファーの心は限界に近づきつつあった。
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