白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚

文字の大きさ
9 / 29
第2章 夫の裏切りと離婚の決意

2-3伯爵令嬢ローザの不穏な噂

しおりを挟む
2-3伯爵令嬢ローザの不穏な噂

 夕刻、エドワードは予定通り公爵家の館へと戻ってきた。
 久方ぶりに夫婦が顔を合わせる場面であるが、彼の態度は相変わらず事務的だった。
「ジェニファー、手配ご苦労だったな。今回の夕食会には、王宮で取引を担っている商人たちを数名呼んでいる。若干遅れて来る者もいるようだが、とりあえず席の準備をお願いする」
「かしこまりました。すでに手配は済んでおりますので、スケジュールに変更があれば仰ってください」
 ジェニファーはそう言いながら微笑むが、エドワードはあいまいに頷いただけで、さして関心がある様子もない。
(この人は、私を妻というより“執事”か何かと勘違いしているのでは……)
 内心でそう感じても、表には出せなかった。

 夕食会の客人たちは、高級な衣服に身を包んだ富裕層の商人や、王宮の行政を担う官僚などで構成されていた。政治的な駆け引きや、商売の話で盛り上がる男たちの中に、ジェニファーは唯一の女性として同席を余儀なくされる。
 ……と思いきや、そうではなかった。
 客が徐々に揃い始めた頃、館の扉からローザ・フィッツジェラルド伯爵令嬢の姿が現れる。彼女は薄紅色のドレスに身を包み、巻き髪を優雅に揺らして登場した。
「まあ、お招きいただき光栄ですわ。エドワード殿下」
 彼女は馴れ馴れしくエドワードに近づき、柔らかな手つきで彼の腕に触れる。まるでそこに奥方であるジェニファーの存在などないかのように。
 ジェニファーの胸には、不快感と疑念が渦巻く。公爵家の食事会に、わざわざ伯爵令嬢が招かれること自体は珍しくはないが、ローザは明らかに“公的な場”の空気ではなく、私的な親密さを漂わせている。
 エドワードが彼女を真っ先に招き入れ、笑顔で言葉を交わしている様子からして、その関係性は噂以上のものがあることが、誰の目にも明らかだった。
(どうして……)
 ジェニファーは動揺を押し殺しながら、周囲の視線を冷静に観察する。商人や官僚たちは、ローザの登場を見ても驚くそぶりを見せない。むしろ当然のこととして受け入れているようだ。それはつまり、彼女がエドワードの“特別な存在”である事実を周知していることを意味する。
 王宮でも社交界でも、エドワード公爵には愛人がいる――もはやそれは“公然の秘密”というレベルになっているのだろう。
 それでも表面上は誰も咎めない。なぜならエドワードが王弟であり、強大な権力を握る人物だからだ。愛人関係の一つや二つ、貴族の間では珍しくない。“ただし、それを正妻の面前で誇示する”というのは、あまりにも露骨で礼を欠く行為ではあるが……。
 ジェニファーは大きく息を吸い込み、やわらかな笑顔を作って人々を迎える。
「皆様、本日はようこそいらっしゃいました。お席へ案内いたしますので、どうぞおくつろぎください」
 ドレスの裾を揺らしながら、彼女は給仕たちを指揮して客人をテーブルへ案内する。

 食事が始まると、話題は商談や王宮での儀式、そしてエドワードの公爵領における新たな開発計画などに及んだ。ジェニファーは適宜合いの手を入れたり、笑顔でうなずいたりして、場の雰囲気をスムーズにするよう努める。
 その一方で、ローザはまるで女主人のようにエドワードの隣を陣取り、彼の酒を注いだり談笑したりしていた。客たちも、そんな二人の親密な様子を見て、下品な冗談を飛ばす者さえいる。
「いやあ、公爵殿下とローザ嬢は息がピッタリですな。そろそろ正式に“夫人”の座を……なんてことはございませんかな?」
「はは、殿下もお若いんだから、お好きにされていいんですよ」
 彼らは明らかにジェニファーの存在を無視していた。あるいは、ジェニファーの面前であえて揶揄しているのかもしれない。
 ジェニファーは悔しさと羞恥に耐えながら、食事会が滞りなく終わるように努める。何を言われても、何を見せつけられても、公爵夫人として取り乱すわけにはいかないのだ。
 ――こんな屈辱的な状況を、なぜ私は甘んじて受けなければならないのだろう。
 その答えはわかっている。ランカスター家の名誉と立場を守るため。そして自分自身が公爵夫人という地位を得ることで、父母を安心させるため。だが、度重なる侮辱に、ジェニファーの心は限界に近づきつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...