10 / 29
第2章 夫の裏切りと離婚の決意
2-4公爵邸の舞踏会と決定的な侮辱
2-4公爵邸の舞踏会と決定的な侮辱
それから数日後、クラレンス公爵家の館で大規模な舞踏会が開かれる運びとなった。王宮の行事とタイミングを合わせたものであり、貴族や要人たちを広く招いての“交流の場”でもある。
ジェニファーはその準備に奔走し、内装の飾り付けや招待状の確認、当日の進行表などをチェックしていた。こういった業務は大変ではあったが、成功すれば公爵家の名声が高まるのは間違いない。自分の評価にも繋がるため、ジェニファーは全力を尽くしていた。
そして当日。館の大広間は豪華絢爛な装飾で彩られ、シャンデリアの光がきらめいている。床に敷かれた赤い絨毯の上を、思い思いのドレスや礼服を纏った貴族たちが行き交い、楽師たちの奏でる優雅な音楽が空気を満たしていた。
ジェニファーも純白のドレスに身を包み、貴婦人たちを迎える。表向きは微笑みを絶やさず、さながら“完璧な公爵夫人”そのものである。
しかし、そこにもまた、ローザの姿があった。彼女は深紅のドレスを着こなし、大胆な胸元を露わにしている。華やかな化粧と装飾品で着飾り、見る者の目を奪うような派手さを放っていた。
「ごきげんよう、ジェニファー公爵夫人。お招きありがとうございますわ」
ローザは上品な笑みを浮かべながら、どこか挑発的な瞳を向けてくる。
「ごきげんよう、ローザ嬢。今夜は思い切り楽しんでいってくださいね」
ジェニファーは“公爵夫人”としての礼儀を崩さない。だが、ローザの背後に目をやると、そこにはエドワードの姿があった。まるでエスコートでもしているかのように、彼女のすぐ後ろを歩いていたのだ。
(まるで正妻のように振る舞うつもり?)
怒りや悲しみが渦巻くが、ジェニファーはそれらを全て飲み込んで、笑顔を保つ。これもまた、貴族社会における“マナー”の一部なのだ。
やがて舞踏会が始まり、多くの紳士淑女が音楽に合わせて優美にステップを踏む。ジェニファーも招待客の貴族たちと挨拶を交わしながら、適宜ダンスに誘われるままフロアを回った。
しかし、公爵夫人であるジェニファーに本来なら集中すべき注目は、なぜかローザへと奪われている気配がある。ローザはエドワードに腕を取られ、情熱的なタンゴのリズムで華やかなステップを踏んでいた。周囲が拍手喝采する中、ジェニファーだけが“脇役”のような立ち位置に追いやられている。
「……なんとも派手なお二人ですこと」
「やっぱり殿下はあちらがお好きなのでしょうねぇ」
耳を澄ませれば、聞こえてくるのはそんな囁きばかり。貴婦人たちはジェニファーの前ではにこやかにお世辞を並べるが、裏ではこうして冷ややかな視線を送っている。
ジェニファーはじっと耐えるしかなかった。ここで取り乱せば「やはり若く未熟な夫人だ」と見なされ、イザベラからの評価も更に落ちるだろう。
そして、さらなる屈辱が訪れたのは、舞踏会も後半に差し掛かった頃だった。
メインのワルツが始まる直前、エドワードがフロアの中央に向かってローザの手を引いて進んでいく。貴族たちはそれを見てさっと道を開け、まるで二人を祝福するような空気を作る。
だが、本来ならばワルツの主役は“公爵夫人”であるジェニファーとその夫たるエドワードだ。公式の舞踏会で、開催家の夫妻が最初にワルツを踊るのは伝統でもある。
しかし、エドワードはジェニファーを無視し、ローザを選んだのだ。周囲の視線が一気にジェニファーへ集中する。
「まあ……あれはさすがに失礼ではなくて?」
「かわいそうに、公爵夫人……」
同情とも嘲笑ともつかない声が聞こえ、ジェニファーは胸をえぐられるような痛みに襲われる。
(もう、これ以上は……)
どれだけ我慢すればよいのだろう。自分は貴族としての誇りを守るため、家のため、と必死に耐えてきた。だが、今日という今日はあまりにも露骨すぎる。まるでジェニファーの存在そのものを否定されているようだった。
エドワードとローザが見せる完璧なステップは、周囲の口笛や拍手を呼び、フロアは盛り上がっている。二人は息を合わせ、ほとんど抱き合うかのような熱いワルツを踊ってみせた。
その光景を目に焼き付けながら、ジェニファーの目には涙が滲んだ。悔しい、悲しい、しかしどうにもならない――さまざまな感情が胸をいっぱいにするが、彼女は歯を食いしばって笑みを作ろうとする。
――けれど、それはもう限界だった。
「……お腹の具合が悪い。失礼するわ」
ジェニファーは苦しい言い訳を口にして、周囲に気づかれないように大広間を後にした。胸が張り裂けそうな苦しみに耐えきれず、館の廊下を足早に進む。途中でメイドが心配そうに声をかけてくるが、ジェニファーは軽く首を振り、そのまま逃げるように自室へ向かった。
部屋に入るや否や、彼女はドアに背をもたれかけ、頭を抱える。化粧や髪型は完璧に仕上げていたが、涙は勝手に溢れて止まらなかった。
――どうして、こんな仕打ちを受けなければならないの。
言葉にならない嘆きが、声となって嗚咽に変わる。外ではまだ、舞踏会の華やかな音楽が鳴り響いているのに、そのコントラストがかえって惨めさを際立たせた。
それから数日後、クラレンス公爵家の館で大規模な舞踏会が開かれる運びとなった。王宮の行事とタイミングを合わせたものであり、貴族や要人たちを広く招いての“交流の場”でもある。
ジェニファーはその準備に奔走し、内装の飾り付けや招待状の確認、当日の進行表などをチェックしていた。こういった業務は大変ではあったが、成功すれば公爵家の名声が高まるのは間違いない。自分の評価にも繋がるため、ジェニファーは全力を尽くしていた。
そして当日。館の大広間は豪華絢爛な装飾で彩られ、シャンデリアの光がきらめいている。床に敷かれた赤い絨毯の上を、思い思いのドレスや礼服を纏った貴族たちが行き交い、楽師たちの奏でる優雅な音楽が空気を満たしていた。
ジェニファーも純白のドレスに身を包み、貴婦人たちを迎える。表向きは微笑みを絶やさず、さながら“完璧な公爵夫人”そのものである。
しかし、そこにもまた、ローザの姿があった。彼女は深紅のドレスを着こなし、大胆な胸元を露わにしている。華やかな化粧と装飾品で着飾り、見る者の目を奪うような派手さを放っていた。
「ごきげんよう、ジェニファー公爵夫人。お招きありがとうございますわ」
ローザは上品な笑みを浮かべながら、どこか挑発的な瞳を向けてくる。
「ごきげんよう、ローザ嬢。今夜は思い切り楽しんでいってくださいね」
ジェニファーは“公爵夫人”としての礼儀を崩さない。だが、ローザの背後に目をやると、そこにはエドワードの姿があった。まるでエスコートでもしているかのように、彼女のすぐ後ろを歩いていたのだ。
(まるで正妻のように振る舞うつもり?)
怒りや悲しみが渦巻くが、ジェニファーはそれらを全て飲み込んで、笑顔を保つ。これもまた、貴族社会における“マナー”の一部なのだ。
やがて舞踏会が始まり、多くの紳士淑女が音楽に合わせて優美にステップを踏む。ジェニファーも招待客の貴族たちと挨拶を交わしながら、適宜ダンスに誘われるままフロアを回った。
しかし、公爵夫人であるジェニファーに本来なら集中すべき注目は、なぜかローザへと奪われている気配がある。ローザはエドワードに腕を取られ、情熱的なタンゴのリズムで華やかなステップを踏んでいた。周囲が拍手喝采する中、ジェニファーだけが“脇役”のような立ち位置に追いやられている。
「……なんとも派手なお二人ですこと」
「やっぱり殿下はあちらがお好きなのでしょうねぇ」
耳を澄ませれば、聞こえてくるのはそんな囁きばかり。貴婦人たちはジェニファーの前ではにこやかにお世辞を並べるが、裏ではこうして冷ややかな視線を送っている。
ジェニファーはじっと耐えるしかなかった。ここで取り乱せば「やはり若く未熟な夫人だ」と見なされ、イザベラからの評価も更に落ちるだろう。
そして、さらなる屈辱が訪れたのは、舞踏会も後半に差し掛かった頃だった。
メインのワルツが始まる直前、エドワードがフロアの中央に向かってローザの手を引いて進んでいく。貴族たちはそれを見てさっと道を開け、まるで二人を祝福するような空気を作る。
だが、本来ならばワルツの主役は“公爵夫人”であるジェニファーとその夫たるエドワードだ。公式の舞踏会で、開催家の夫妻が最初にワルツを踊るのは伝統でもある。
しかし、エドワードはジェニファーを無視し、ローザを選んだのだ。周囲の視線が一気にジェニファーへ集中する。
「まあ……あれはさすがに失礼ではなくて?」
「かわいそうに、公爵夫人……」
同情とも嘲笑ともつかない声が聞こえ、ジェニファーは胸をえぐられるような痛みに襲われる。
(もう、これ以上は……)
どれだけ我慢すればよいのだろう。自分は貴族としての誇りを守るため、家のため、と必死に耐えてきた。だが、今日という今日はあまりにも露骨すぎる。まるでジェニファーの存在そのものを否定されているようだった。
エドワードとローザが見せる完璧なステップは、周囲の口笛や拍手を呼び、フロアは盛り上がっている。二人は息を合わせ、ほとんど抱き合うかのような熱いワルツを踊ってみせた。
その光景を目に焼き付けながら、ジェニファーの目には涙が滲んだ。悔しい、悲しい、しかしどうにもならない――さまざまな感情が胸をいっぱいにするが、彼女は歯を食いしばって笑みを作ろうとする。
――けれど、それはもう限界だった。
「……お腹の具合が悪い。失礼するわ」
ジェニファーは苦しい言い訳を口にして、周囲に気づかれないように大広間を後にした。胸が張り裂けそうな苦しみに耐えきれず、館の廊下を足早に進む。途中でメイドが心配そうに声をかけてくるが、ジェニファーは軽く首を振り、そのまま逃げるように自室へ向かった。
部屋に入るや否や、彼女はドアに背をもたれかけ、頭を抱える。化粧や髪型は完璧に仕上げていたが、涙は勝手に溢れて止まらなかった。
――どうして、こんな仕打ちを受けなければならないの。
言葉にならない嘆きが、声となって嗚咽に変わる。外ではまだ、舞踏会の華やかな音楽が鳴り響いているのに、そのコントラストがかえって惨めさを際立たせた。
あなたにおすすめの小説
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました
鷹 綾
恋愛
19話 以降公開設定ミスしてました。
完結まで公開させてもらいました。
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」
そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。
王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。
私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。
けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。
華やかな王宮。
厳しい王妃許育。
揺らぐ王家の威信。
そして――王子の重大な過ち。
王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。
離縁を望んでも叶わない義妹。
肩書きを失ってなお歩き直す王子。
そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。
ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。
婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!