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第1章 政略結婚の
1-5
しおりを挟むダンスを終え、軽く一礼を交わしたところで、エドワードはさっさとジェニファーから離れてしまう。名残惜しそうに見つめる列席者たちを無視して、彼は一人でさっさと次の相手に声をかけに行ってしまったのだ。
「なんて素っ気ない……」
ジェニファーは思わず苦笑を漏らす。周囲からは「まあ、公爵殿下はお忙しいのね」などというフォローの声も聞こえてくるが、その視線には明らかに好奇の色が混じっている。
そんな中、ジェニファーは偶然にもある女性と目が合った。薄紅色のドレスを着て、大きなリボンをあしらった華やかな装いをしている。濃い金髪を高く結い上げていて、どこか挑戦的な笑みを浮かべている美女―― 伯爵令嬢ローザ だった。
彼女は軽く会釈すると、目を細めて口元に笑みを湛える。その笑みに敵意が込められているかどうか、ジェニファーには判別がつかない。ただ、噂に聞いていたローザがこうして堂々と披露宴に出席している事実が、何かを暗示しているようにも思えた。
――彼女がエドワード殿下の愛人と言われている人?
その疑惑が頭をよぎるが、今は確かめようがない。ジェニファーは軽く微笑んで見せたが、ローザはまるで勝ち誇ったかのような目をして、踵を返して去っていった。
披露宴での楽しいはずの時間は、ジェニファーにとっては心休まらない緊張の連続だった。あちこちから偽りの祝福や皮肉を込めた言葉が降り注ぐ。ときおり親しげに振る舞う人もいるが、その裏にはどんな思惑があるかわからない。
ようやく宴が終盤に差し掛かる頃、ジェニファーは控えの部屋へと戻り、少しだけ息をついた。メイドが忙しそうにドレスの乱れを整えたり、髪の飾りを直したりしてくれる。
「公爵夫人、お疲れでしょう」
「ええ……すこし疲れたわ。でも大丈夫、ありがとう」
ジェニファーはかすかに笑う。メイドたちは心配そうにしているが、この先、もっとつらいことが待ち受けているのだろうと彼女は薄々感づいていた。
夜、完全に披露宴が終わってから、ジェニファーは公爵家の馬車で自邸へ移動する。今日からそこが彼女の“新居”となるのだ。
公爵家の館は王宮から少し離れた場所にあり、広大な敷地と重厚な建物が威風堂々とそびえていた。夜の闇の中でも、美しい庭園に並ぶランタンの明かりが幻想的な雰囲気を作り出している。
「わたくしが、ここで暮らすのね……」
馬車を降りてから、ジェニファーは館を見上げながら呟いた。しかし、ここでの生活が決して幸福なものではないかもしれない。そんな予感が胸を締めつける。
館の扉の前では執事や使用人たちが一列に並び、新たな公爵夫人を出迎えていた。
「ジェニファー様、ようこそクラレンス公爵家へ。私ども一同、心よりお慶び申し上げます」
こうして丁重に歓迎してもらえるのも、あくまで“形式”の範疇だろう。ジェニファーは頭を下げつつ、その中に公爵本人の姿がないことを再確認して落胆した。
――エドワードはまだ帰っていないの?
結婚したこの夜くらいは、夫婦で過ごすことが当たり前なのだろうと思っていたジェニファーだが、それは甘い考えだったようだ。どこか別の場所で用事を片付けているのか、あるいは――もっと邪推すれば、ローザのもとへ行っているのかもしれない。
そう思うと、胸が痛み、複雑な感情が湧き上がってきた。しかし、ジェニファーはそれらの感情を表に出さないよう必死に抑え込む。自分の部屋に通されたあと、メイドが勧めてくれたハーブティーを口にしながら、わずかに震える指を見つめる。
「こんなにも……悲しいものだったかしら」
──結婚式の夜というものは、もっと幸福に満ちた時間だとばかり思っていた。
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