離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚

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第1章:「貴族の結婚なんてこんなもの」

1話

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私――アルタイ・ヴェルノアは、公爵家に生まれた令嬢だ。
 華やかな社交界を愛する姉妹たちと違い、私は幼い頃からどこか冷めた性格をしているとよく言われた。
 しかし、それは決して世間を嫌っているわけではない。心のどこかで、貴族という立場や社会の仕組みに対して「仕方ないものだ」と諦観しているだけなのだ。
 そんな私が、このたび辺境伯ベガ・アルシェール侯爵との縁談を受けることになった。いや、正確には「受けさせられた」というべきだろう。

 ヴェルノア公爵家は、この王国において古くから権勢を誇ってきた家柄だ。王家の遠縁にあたり、公爵の称号を安定的に世襲し、国内でも屈指の大領地を持つ。私の父は現当主であり、先代国王の信頼も厚い。
 その公爵家が、なぜ辺境伯のアルシェール侯爵家と結びつくのか。答えは簡単、そして退屈なものだった。

「――要するに、北方の防衛を担う辺境伯家を我がヴェルノア公爵家が強力に支援する形を取り、王国全体の安定を図る。それが陛下の意向というわけですか」

 父の執務室で、私は真面目くさった表情で話を聞いた。
 父――ガイド・ヴェルノア公爵は、落ち着いた声で答える。

「陛下も年齢を重ねられている。次代国王の座を巡っては国内に微妙な綻びが生じているし、北方の蛮族の動きも活発化している。アルシェール侯爵家は幾度となく王国を支え、国境を守ってきた。しかし、現当主であるベガ殿は若く、かつ軍人肌で社交界には馴染みが薄い。
 そこで、公爵家との縁組を介して中央貴族の立場を強めてほしい……というのが、陛下のご命令だ」

 私はふう、とわずかにため息をついた。
 要するに政略結婚だ。それ自体は貴族として特別なことではない。しかしこの縁談は、特に「公爵家の名声と辺境伯家の軍事力を組み合わせて、王国内の安定を保つ」という政治的意味合いが強い。
 私だって、そんなことは百も承知だ。

「アルタイ、お前はどう思う?」

 改めて問う父に、私は答えた。

「はい。貴族の結婚なんて、こんなものかと思います。家のため、国のため、それは理解しています」

 本当は特別な感想などなかった。私にとって、これは小さい頃から漠然と「いずれそうなるだろう」と思っていた範疇の話に過ぎないのだ。
 いまさら「嫌です」などと言ったところで、聞き入れてもらえるはずもない。第一、私も“それならばむしろ好都合”とすら感じていた。

(どうせ政略結婚をするのであれば、合理的な理由のほうがまだ受け入れやすい)

 純愛を謳う恋物語が嫌いなわけではない。しかし――それはあまりにも非現実的だと、幼い頃から悟ってしまった。貴族の令嬢が恋愛結婚などと夢見たところで、ほとんど叶わないのだから。
 少なくとも、私の立場と家柄では、好きな相手と自由に結婚するなど、まず無理だろう。ならばせめて、お互いに必要とされる形のほうが「まし」ではないか。

「そなたがそう言ってくれるなら助かる。ベガ殿との婚儀は、来月の末には挙げられる予定だ。もともと戦局が不穏とはいえ、急ぎで済ませたいというのが陛下の意向だそうだ」

「わかりました。婚礼の準備は一任いたします」

 こうして私は、公爵令嬢から「辺境伯夫人」になることが正式に決まった。
 相手のことは噂に聞く程度で、顔を合わせたのはほんの数度。主に王宮の謁見や公式行事の場でちらりと見かけた程度だった。
 彼の第一印象は“無骨そう”のひと言に尽きる。黒髪に鋭い眼光、整った顔立ちはしているがいかにも戦士然としており、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 だが、不思議と私は嫌悪感を抱かなかった。むしろ、ずけずけと踏み込まれない分、気楽かもしれないとも思った。

 このときの私は、まさか自分が“仮面夫婦”という形でこの男と人生をともにし、そのうえ複雑な思いを抱くことになろうとは、想像もしていなかったのだけれど。
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