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第39話 真子と弓子
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:今日だけは、ただの高校生だったはずなのに
「ふふふ……これで今月の補給は完璧っす……!」
真田真子は、自分でも分かるほどテンションが上がっていた。秋葉原のようなオタクの聖地――いや、正確にはその縮小版のような都内のアニメグッズ通りを巡り、手に入れた戦利品をリュックに詰めてほくほく顔。
ガチャガチャの限定缶バッジ、予約していたBlu-rayの特典フィギュア、そして新刊ラノベ。リュックはすでにパンパンだが、満足感のほうが勝っている。
「よし、帰ってから開封の儀っす!」
軽やかな足取りで、駅に向かって交差点の信号待ちをしていたときだった。
「……えっ、真田さん?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには制服ではなく私服姿の大橋弓子――クラスの委員長が立っていた。
「おぉ、委員長っすか!奇遇っすね!」
真子は笑顔で手を振る。弓子は驚いた表情を浮かべたまま、視線をリュックに落とす。
「えっ、すごい量……それ、全部……?」
「はいっす!アニメグッズの補給日なんすよ。土曜はオフって決めてるんで!」
「意外……いや、ある意味、想像通りかも……」
そんな他愛のない立ち話が始まって間もなく。
「――ッ!?」
バンッ!!
凄まじい衝突音が街に響き、二人の会話が凍りついた。
交差点の中央で、軽自動車とバイクが激しくぶつかり合っていた。
「……っ、事故っす!」
弓子は足をすくませ、動けずにいた。真子は一瞬で状況を把握すると、冷静な声で言った。
「委員長、ここにいてっす。警察と救急車、お願いできるっすか?」
「え、ええっ、わ、わかった!」
真子はそのまま走り出した。グッズが詰まったリュックが揺れるが、今はそれどころではない。
現場には倒れたバイクの男性、助手席エアバッグが作動した軽自動車。ガラス片が散らばり、通行人の悲鳴が飛び交う中、真子は無言で動いた。
「すみません、意識ありますか?」
車のドアを開け、運転手の女性の意識を確認。返事がある。出血も軽度だが、足を打って動けない。
「今、安全なところに運ぶっす。無理はしないで」
続いてバイクの男性。足を押さえ苦しんでいる。
「骨折してる可能性あるっすね。すぐ救急隊が来るっす」
その時、ようやく救急車のサイレンが近づいてきた。
「ここっす!負傷者2名、意識あり。1人は下肢に損傷、もう1人は軽度の打撲っす!」
救急隊員に要点だけを伝え、状況説明と応急処置の引き継ぎを行う。
そこに警察も到着。
「事故の瞬間、見ましたか?」
「はいっす。自分、歩行者信号待ちで、向こうの右折車と直進バイクがぶつかったのを確認したっす」
「助かります、あとで証言お願いします」
一時的に交通整理までこなしながら、真子は最後まで冷静に動き続けた。
ようやくすべての対応が済んだ頃、真子はようやく深いため息をついた。
「……オフ、とは……?」
そんな独り言をこぼしつつ、交差点の向こうで心配そうに待っていた弓子の元へ戻っていった。
:ヒーローは、信号待ちから
秋晴れの空に蝉の声がまだ少し残る、九月上旬の土曜日。信号が青に変わるのを待つ真田真子と大橋弓子の前方で、唐突な破裂音が響いた。
「っ!?」
キィィィィィッ――。
鋭いブレーキ音とともに、軽自動車が交差点内で横滑りし、対向から来たバイクに衝突。そのまま二台とも交差点の中央付近に停止した。
「うそ……今、事故……?」
弓子の顔から血の気が引いていく。
「委員長、ここにいるっす。警察と救急車だけ、お願いできるっすか?」
弓子が呆然とする中、真子の声がはっきり届いた。その目は、まるで授業中のふざけたものではなく、研ぎ澄まされた鋭さを帯びていた。
「は、はい!わかりました!」
弓子が慌ててスマホを取り出し通報を始めたのを確認すると、真子はリュックを地面に放り出し、すぐさま事故現場へ駆け込んだ。
――まずは軽自動車。
助手席側から回り込んでドアを開けると、中には30代くらいの女性がいた。シートベルトで拘束されてはいるが、顔をしかめていた。
「大丈夫っすか?どこか痛むところあるっすか?」
「え、えっと……多分、大丈夫……」
「興奮してて気付いてないだけの可能性もあるっす。ゆっくりでいいので、降りられそうなら安全なとこまでお願いするっす」
女性がうなずき、真子の肩を借りて歩道へ移動。
――次はバイク。
こちらは若い男性。倒れたバイクの下敷きになっていたが、既に自力で上体を起こしていた。
「大丈夫っすか?痛いとこ、動かしちゃダメっすよ」
「足が……折れてるかも……」
真子は慎重に確認しながら、彼を抱えるようにして歩道に移動させた。見ると、右足が変な方向に曲がっている。
「しばらく動かないで。すぐに救急車来るっす」
その頃には周囲に人だかりができ始めていた。
「誰か、バイクが二次災害にならないように押さえててほしいっす!エンジンは切れてるけど、油断しないように!」
誰かがうなずき、バイクを安定した場所へ押していった。
やがて、救急車のサイレンが聞こえ、続いてパトカーの音も近づいてくる。
救急隊員が到着すると、真子はすぐに状況説明に入った。
「こちらの女性、意識明瞭、外傷なし。でも一応、検査お願いするっす。こっちは男性、バイクの運転手。右足の骨折の可能性あり。意識ははっきりしてるっす」
救急隊がそれぞれを引き継ぎ、担架を用意し始める。
「本当にありがとう。あなた、どこの……?」
救急隊員の一人が訊ねるが、真子は首を振って名乗らなかった。
「私は、たまたま通りがかっただけの一般人っす」
続いて警察が現場に入る。
「通報者はどなたですか?」
弓子が挙手する。
「それと、現場で応急処置に当たった方は?」
真子が軽く手を挙げ、事情聴取に協力する。周囲の交通整理は警察が引き継ぎ、現場は次第に落ち着きを取り戻していった。
やがて調書も終わり、ようやく、真子は弓子のもとに戻ってきた。
「委員長、連絡ありがとっす。助かったっす」
「いえ、私なんて……あの、何もできなくて……」
「いやいや、パニックにならずに冷静に通報してくれたのは、かなりデカいっす」
弓子は、真子の姿を見つめながら小さく微笑んだ。
「……また、話してみたいなって思いました」
「え?」
「真田さんって、普段はふざけてるけど、今日見たあなたは……すごく格好よかったです」
「へっ!? そ、そんな照れるっす!」
「でも、本当に。今日はありがとうございました」
その一言に、真子は少し照れながらも頭をかいた。
「ま、まぁ……今日一日、潰れちゃったっすね」
「いえ、私にとっては、有意義な時間でした」
「……へっ? 変なとこに感心するっすね」
二人は少し笑いあいながら、事故処理の余韻とともに、日常へとゆっくり戻っていった。
:プロの顔と、高校生の顔
歩道の安全地帯に負傷者を運んだ真子は、急ぎ足でバイクの方に向かった。
バイクは転倒しており、運転者はうずくまっている。ヘルメットは外れており、腕を抱えている様子から、骨折の可能性がある。
「お兄さん、大丈夫っすか!? 意識あるっすね? しっかりしてほしいっす」
顔を覗き込んだ真子の呼びかけに、うめくように返事があった。
「いてぇ……腕が……」
「了解っす、動かすのは危険だから、そのままに。救急がすぐ来るっす。まず、止血だけするっす」
そう言いながら、真子はリュックから小型のファーストエイドキットを取り出す。
「アニメグッズの間に、こんなもんも入れてるっすよ」
冗談を混ぜながらも、動きは的確で冷静。怪我人の状態を見て、応急処置を施す。
やがて、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
「よし、来たっす」
真子は歩道に戻って、サイレンに手を振って救急隊を誘導する。
「こっちっす! 車の運転手が軽傷、バイクの方は右腕骨折の疑いありっす!」
到着した救急隊員に、真子は簡潔に状況を伝える。手際よく救急隊が対応し始めると、真子は少し息を吐いた。
そのまま、制服姿の警察官も現場に到着する。
「こちらの方が、通報者ですね?」
真子は軽く会釈して、事情聴取に応じる。
「はい、目撃者です。私はここの交差点で信号待ちしてたっす。事故は車とバイクの接触、車が赤信号を無視して進入したように見えたっす」
警察は真子の名前や連絡先、当時の位置などを丁寧に確認する。
その間、周囲の野次馬はスマホを掲げて動画を撮っている様子も見えたが、真子は一瞥もせずに対応を続ける。
事情聴取が終わった頃には、すでに現場には立ち入り規制のテープが貼られ、交通は警官により誘導されていた。
真子は、ようやく弓子のもとへ戻る。
「委員長、待たせてしまったっす」
弓子は、真子の姿を見るなり、ほっとしたように息を吐いた。
「……すごいね、真田さん。本当に冷静だった」
「いやー、ちょっと訓練受けてるだけっすよ。委員長が連絡してくれて助かったっす」
弓子は少し俯きながら言う。
「私、何もできなかった……すぐ動けなかったし、声も出なかったし」
「最初は誰でもそうっす。でも委員長は、頼んだ通りにすぐ通報してくれた。大きな助けだったっす」
その言葉に、弓子は少しだけ笑顔を見せた。
「また……話してみたいなって、思いました。今日、偶然だったけど」
真子はポリポリと頭をかきながら苦笑する。
「結局、1日つぶれちゃったっすね」
「いえ、私にとっては、すごく有意義な時間でした」
「……へっ? 変なとこに感心するっすね」
二人は、再び交差点の信号を渡る。
一瞬の出来事が、少しだけ二人の距離を近づけていた。
その日は、ただの休みの日になるはずだった。
けれど、真子にとっても弓子にとっても、忘れられない土曜日になったのだった。
: ほんとのオフはいつ来るの
救急車が去った交差点に、ようやく静けさが戻った。 パトカーがもう一台来て、交通規制を本格的に始めたこともあり、現場に残るのは警官と事故処理のスタッフだけ。
真子はふぅっと小さく息を吐いて、やっと弓子のもとに戻ってきた。
「お待たせっす、委員長。警察への説明、思ったより時間かかったっすね」
「ううん、全然。私、何もしてないし……それに、真田さんの姿、かっこよかった」
弓子は心からの拍手を送るように微笑んだ。 けれど、その目は少し潤んでいるようにも見える。
「いやいや、誰かがやらないと、ってだけっすよ。委員長が冷静に通報してくれたから助かったっす」
「でも……あの場で私は、足がすくんで何もできなかったから……」
「そりゃ、普通っすよ。むしろ、すぐ通報に切り替えたの、すごいっす。完璧っす」
真子はそう言って、弓子の肩をぽんと叩いた。
午後の陽射しはもう傾き、空気が少しだけ冷たくなってきていた。 事故のあった交差点の周囲には、いつのまにか人もまばらになっている。
「じゃ、そろそろ帰るっすか? 委員長、電車?」
「うん、駅はあっち……真田さんは?」
「うちはこのまま商店街通って、バスっす。あ、途中まで一緒に歩くっすか?」
「うん」
並んで歩き出した二人。 会話が途切れがちだったのは、どちらも今日の出来事を反芻していたからだ。
しばらくして、弓子がぽつりと呟いた。
「……ねぇ、真田さん」
「ん?」
「もしよかったら、また話してみたいなって思ってるんだけど、迷惑じゃない?」
一瞬、真子の足が止まった。 けれど、すぐににっこりと笑って返す。
「もちろんっすよ。友達になるのに、許可は要らないっす」
「そ、そうなんだ……ふふっ、ありがとう」
弓子の頬が少し赤く染まる。
ふと、信号待ちで立ち止まったとき、弓子が小さく呟いた。
「……私、一つだけ不安なんです」
「何っすか?」
「来年卒業したら……もう、こうやって話すこともなくなっちゃうのかなって」
真子はちょっと考えてから、にかっと笑った。
「学生は卒業して終わるかもしれないっすけど、友達には卒業ないっす。永遠に友達っすよ」
「……うん。ありがとう」
***
その夜、真子は自宅のベッドに寝転びながら、スマホで倉子に電話をかけた。
「やっほー、先輩。今日も1日、災難だったっす」
『聞いたわよ。事故に遭遇したんだって?』
「うん、事故ってもらったっす。おかげでオフがパァっすよ」
『そりゃ災難だったわね』
「全くっす。事故は本人も周りも迷惑だから、気をつけてほしいっすよ」
『だな! ……で、先輩は今日はどんなオフだったんすか?』
『私? ……私も1日潰れたわ』
「何かあったっすか?」
『寝て終わった。今日1日、寝て潰した』
「それ、いつものことじゃないすか(笑)」
『うるさい』
「明日はお互い、有意義に過ごせるといいっすね」
『そうね。……でも、真子』
「なんすか?」
『今日、いいことあったんじゃない?』
「……うん、そうかもしれないっす」
真子は窓の外を見上げた。 星がぽつぽつ瞬いていた。
「親友が一人、増えたかもっす」
『ふふっ、よかったじゃない』
明日は、きっと晴れる。 ほんとのオフはまだ先かもしれないけど、今日のこの一日が、悪くなかったと思えたなら、それでいい。
「おやすみっす、先輩」
『おやすみ』
「ふふふ……これで今月の補給は完璧っす……!」
真田真子は、自分でも分かるほどテンションが上がっていた。秋葉原のようなオタクの聖地――いや、正確にはその縮小版のような都内のアニメグッズ通りを巡り、手に入れた戦利品をリュックに詰めてほくほく顔。
ガチャガチャの限定缶バッジ、予約していたBlu-rayの特典フィギュア、そして新刊ラノベ。リュックはすでにパンパンだが、満足感のほうが勝っている。
「よし、帰ってから開封の儀っす!」
軽やかな足取りで、駅に向かって交差点の信号待ちをしていたときだった。
「……えっ、真田さん?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには制服ではなく私服姿の大橋弓子――クラスの委員長が立っていた。
「おぉ、委員長っすか!奇遇っすね!」
真子は笑顔で手を振る。弓子は驚いた表情を浮かべたまま、視線をリュックに落とす。
「えっ、すごい量……それ、全部……?」
「はいっす!アニメグッズの補給日なんすよ。土曜はオフって決めてるんで!」
「意外……いや、ある意味、想像通りかも……」
そんな他愛のない立ち話が始まって間もなく。
「――ッ!?」
バンッ!!
凄まじい衝突音が街に響き、二人の会話が凍りついた。
交差点の中央で、軽自動車とバイクが激しくぶつかり合っていた。
「……っ、事故っす!」
弓子は足をすくませ、動けずにいた。真子は一瞬で状況を把握すると、冷静な声で言った。
「委員長、ここにいてっす。警察と救急車、お願いできるっすか?」
「え、ええっ、わ、わかった!」
真子はそのまま走り出した。グッズが詰まったリュックが揺れるが、今はそれどころではない。
現場には倒れたバイクの男性、助手席エアバッグが作動した軽自動車。ガラス片が散らばり、通行人の悲鳴が飛び交う中、真子は無言で動いた。
「すみません、意識ありますか?」
車のドアを開け、運転手の女性の意識を確認。返事がある。出血も軽度だが、足を打って動けない。
「今、安全なところに運ぶっす。無理はしないで」
続いてバイクの男性。足を押さえ苦しんでいる。
「骨折してる可能性あるっすね。すぐ救急隊が来るっす」
その時、ようやく救急車のサイレンが近づいてきた。
「ここっす!負傷者2名、意識あり。1人は下肢に損傷、もう1人は軽度の打撲っす!」
救急隊員に要点だけを伝え、状況説明と応急処置の引き継ぎを行う。
そこに警察も到着。
「事故の瞬間、見ましたか?」
「はいっす。自分、歩行者信号待ちで、向こうの右折車と直進バイクがぶつかったのを確認したっす」
「助かります、あとで証言お願いします」
一時的に交通整理までこなしながら、真子は最後まで冷静に動き続けた。
ようやくすべての対応が済んだ頃、真子はようやく深いため息をついた。
「……オフ、とは……?」
そんな独り言をこぼしつつ、交差点の向こうで心配そうに待っていた弓子の元へ戻っていった。
:ヒーローは、信号待ちから
秋晴れの空に蝉の声がまだ少し残る、九月上旬の土曜日。信号が青に変わるのを待つ真田真子と大橋弓子の前方で、唐突な破裂音が響いた。
「っ!?」
キィィィィィッ――。
鋭いブレーキ音とともに、軽自動車が交差点内で横滑りし、対向から来たバイクに衝突。そのまま二台とも交差点の中央付近に停止した。
「うそ……今、事故……?」
弓子の顔から血の気が引いていく。
「委員長、ここにいるっす。警察と救急車だけ、お願いできるっすか?」
弓子が呆然とする中、真子の声がはっきり届いた。その目は、まるで授業中のふざけたものではなく、研ぎ澄まされた鋭さを帯びていた。
「は、はい!わかりました!」
弓子が慌ててスマホを取り出し通報を始めたのを確認すると、真子はリュックを地面に放り出し、すぐさま事故現場へ駆け込んだ。
――まずは軽自動車。
助手席側から回り込んでドアを開けると、中には30代くらいの女性がいた。シートベルトで拘束されてはいるが、顔をしかめていた。
「大丈夫っすか?どこか痛むところあるっすか?」
「え、えっと……多分、大丈夫……」
「興奮してて気付いてないだけの可能性もあるっす。ゆっくりでいいので、降りられそうなら安全なとこまでお願いするっす」
女性がうなずき、真子の肩を借りて歩道へ移動。
――次はバイク。
こちらは若い男性。倒れたバイクの下敷きになっていたが、既に自力で上体を起こしていた。
「大丈夫っすか?痛いとこ、動かしちゃダメっすよ」
「足が……折れてるかも……」
真子は慎重に確認しながら、彼を抱えるようにして歩道に移動させた。見ると、右足が変な方向に曲がっている。
「しばらく動かないで。すぐに救急車来るっす」
その頃には周囲に人だかりができ始めていた。
「誰か、バイクが二次災害にならないように押さえててほしいっす!エンジンは切れてるけど、油断しないように!」
誰かがうなずき、バイクを安定した場所へ押していった。
やがて、救急車のサイレンが聞こえ、続いてパトカーの音も近づいてくる。
救急隊員が到着すると、真子はすぐに状況説明に入った。
「こちらの女性、意識明瞭、外傷なし。でも一応、検査お願いするっす。こっちは男性、バイクの運転手。右足の骨折の可能性あり。意識ははっきりしてるっす」
救急隊がそれぞれを引き継ぎ、担架を用意し始める。
「本当にありがとう。あなた、どこの……?」
救急隊員の一人が訊ねるが、真子は首を振って名乗らなかった。
「私は、たまたま通りがかっただけの一般人っす」
続いて警察が現場に入る。
「通報者はどなたですか?」
弓子が挙手する。
「それと、現場で応急処置に当たった方は?」
真子が軽く手を挙げ、事情聴取に協力する。周囲の交通整理は警察が引き継ぎ、現場は次第に落ち着きを取り戻していった。
やがて調書も終わり、ようやく、真子は弓子のもとに戻ってきた。
「委員長、連絡ありがとっす。助かったっす」
「いえ、私なんて……あの、何もできなくて……」
「いやいや、パニックにならずに冷静に通報してくれたのは、かなりデカいっす」
弓子は、真子の姿を見つめながら小さく微笑んだ。
「……また、話してみたいなって思いました」
「え?」
「真田さんって、普段はふざけてるけど、今日見たあなたは……すごく格好よかったです」
「へっ!? そ、そんな照れるっす!」
「でも、本当に。今日はありがとうございました」
その一言に、真子は少し照れながらも頭をかいた。
「ま、まぁ……今日一日、潰れちゃったっすね」
「いえ、私にとっては、有意義な時間でした」
「……へっ? 変なとこに感心するっすね」
二人は少し笑いあいながら、事故処理の余韻とともに、日常へとゆっくり戻っていった。
:プロの顔と、高校生の顔
歩道の安全地帯に負傷者を運んだ真子は、急ぎ足でバイクの方に向かった。
バイクは転倒しており、運転者はうずくまっている。ヘルメットは外れており、腕を抱えている様子から、骨折の可能性がある。
「お兄さん、大丈夫っすか!? 意識あるっすね? しっかりしてほしいっす」
顔を覗き込んだ真子の呼びかけに、うめくように返事があった。
「いてぇ……腕が……」
「了解っす、動かすのは危険だから、そのままに。救急がすぐ来るっす。まず、止血だけするっす」
そう言いながら、真子はリュックから小型のファーストエイドキットを取り出す。
「アニメグッズの間に、こんなもんも入れてるっすよ」
冗談を混ぜながらも、動きは的確で冷静。怪我人の状態を見て、応急処置を施す。
やがて、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
「よし、来たっす」
真子は歩道に戻って、サイレンに手を振って救急隊を誘導する。
「こっちっす! 車の運転手が軽傷、バイクの方は右腕骨折の疑いありっす!」
到着した救急隊員に、真子は簡潔に状況を伝える。手際よく救急隊が対応し始めると、真子は少し息を吐いた。
そのまま、制服姿の警察官も現場に到着する。
「こちらの方が、通報者ですね?」
真子は軽く会釈して、事情聴取に応じる。
「はい、目撃者です。私はここの交差点で信号待ちしてたっす。事故は車とバイクの接触、車が赤信号を無視して進入したように見えたっす」
警察は真子の名前や連絡先、当時の位置などを丁寧に確認する。
その間、周囲の野次馬はスマホを掲げて動画を撮っている様子も見えたが、真子は一瞥もせずに対応を続ける。
事情聴取が終わった頃には、すでに現場には立ち入り規制のテープが貼られ、交通は警官により誘導されていた。
真子は、ようやく弓子のもとへ戻る。
「委員長、待たせてしまったっす」
弓子は、真子の姿を見るなり、ほっとしたように息を吐いた。
「……すごいね、真田さん。本当に冷静だった」
「いやー、ちょっと訓練受けてるだけっすよ。委員長が連絡してくれて助かったっす」
弓子は少し俯きながら言う。
「私、何もできなかった……すぐ動けなかったし、声も出なかったし」
「最初は誰でもそうっす。でも委員長は、頼んだ通りにすぐ通報してくれた。大きな助けだったっす」
その言葉に、弓子は少しだけ笑顔を見せた。
「また……話してみたいなって、思いました。今日、偶然だったけど」
真子はポリポリと頭をかきながら苦笑する。
「結局、1日つぶれちゃったっすね」
「いえ、私にとっては、すごく有意義な時間でした」
「……へっ? 変なとこに感心するっすね」
二人は、再び交差点の信号を渡る。
一瞬の出来事が、少しだけ二人の距離を近づけていた。
その日は、ただの休みの日になるはずだった。
けれど、真子にとっても弓子にとっても、忘れられない土曜日になったのだった。
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救急車が去った交差点に、ようやく静けさが戻った。 パトカーがもう一台来て、交通規制を本格的に始めたこともあり、現場に残るのは警官と事故処理のスタッフだけ。
真子はふぅっと小さく息を吐いて、やっと弓子のもとに戻ってきた。
「お待たせっす、委員長。警察への説明、思ったより時間かかったっすね」
「ううん、全然。私、何もしてないし……それに、真田さんの姿、かっこよかった」
弓子は心からの拍手を送るように微笑んだ。 けれど、その目は少し潤んでいるようにも見える。
「いやいや、誰かがやらないと、ってだけっすよ。委員長が冷静に通報してくれたから助かったっす」
「でも……あの場で私は、足がすくんで何もできなかったから……」
「そりゃ、普通っすよ。むしろ、すぐ通報に切り替えたの、すごいっす。完璧っす」
真子はそう言って、弓子の肩をぽんと叩いた。
午後の陽射しはもう傾き、空気が少しだけ冷たくなってきていた。 事故のあった交差点の周囲には、いつのまにか人もまばらになっている。
「じゃ、そろそろ帰るっすか? 委員長、電車?」
「うん、駅はあっち……真田さんは?」
「うちはこのまま商店街通って、バスっす。あ、途中まで一緒に歩くっすか?」
「うん」
並んで歩き出した二人。 会話が途切れがちだったのは、どちらも今日の出来事を反芻していたからだ。
しばらくして、弓子がぽつりと呟いた。
「……ねぇ、真田さん」
「ん?」
「もしよかったら、また話してみたいなって思ってるんだけど、迷惑じゃない?」
一瞬、真子の足が止まった。 けれど、すぐににっこりと笑って返す。
「もちろんっすよ。友達になるのに、許可は要らないっす」
「そ、そうなんだ……ふふっ、ありがとう」
弓子の頬が少し赤く染まる。
ふと、信号待ちで立ち止まったとき、弓子が小さく呟いた。
「……私、一つだけ不安なんです」
「何っすか?」
「来年卒業したら……もう、こうやって話すこともなくなっちゃうのかなって」
真子はちょっと考えてから、にかっと笑った。
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「……うん。ありがとう」
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『そりゃ災難だったわね』
「全くっす。事故は本人も周りも迷惑だから、気をつけてほしいっすよ」
『だな! ……で、先輩は今日はどんなオフだったんすか?』
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「何かあったっすか?」
『寝て終わった。今日1日、寝て潰した』
「それ、いつものことじゃないすか(笑)」
『うるさい』
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『そうね。……でも、真子』
「なんすか?」
『今日、いいことあったんじゃない?』
「……うん、そうかもしれないっす」
真子は窓の外を見上げた。 星がぽつぽつ瞬いていた。
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「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】御刀さまと花婿たち
はーこ
キャラ文芸
【第9回キャラ文芸大賞エントリー中】
刀の神さまを待ち受けていたのは、ひとびとを苦しめるあやかし退治、そして弟と元主と生みの親からの溺愛学園生活!?
現代日本のとある島。神社の蔵で目を覚ました少女・鼓御前(つづみごぜん)は、数百年の時をへて付喪神となった御神刀だった。
鼓御前の使命はひとつ。島にはびこる悪しきあやかしを斬ること。そのためには、刀をふるう覡(かんなぎ)と呼ばれる霊力者の存在が必要不可欠なのだという。
覡とは、あやかしに対抗する武装神職者のこと。しかし鼓御前のもとに集まった三人の覡候補は、かつて同じ刀であった弟、持ち主であった戦国武将、鼓御前を生み出した刀鍛冶が転生した男たちで。
鼓御前は彼らとともに、覡を養成する学び舎へ通うことになる。
ひとと刀は片時も離れず、寄り添うもの。まるで夫婦のように。個性豊かな『花婿候補』たちにかこまれながら、鼓御前は闘い、そしてひとのこころ──恋を知る。
時をこえて想いが花ひらく、現代和風ファンタジー。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体などとは関係ありません。
※他サイトにて公開中の作品を、コンテスト用に大幅改稿したものです。
※掲載しているイラストはすべて自作です。
ゴボウでモンスターを倒したら、トップ配信者になりました。
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冴えない高校生女子、きら星はづき(配信ネーム)。
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ついには超有名配信者に言及されるほどにまで名前が広がるが、そこから逆恨みした超有名配信者のガチ恋勢により、あわやダンジョン内でアカウントBANに。
だが、そこから華麗に復活した姿が、今までで最高のバズりを引き起こす。
増え続ける登録者数と、留まる事を知らない同接の増加。
ついには、親しくなった有名会社の配信者の本格デビュー配信に呼ばれ、正式にコラボ。
トップ配信者への道をひた走ることになってしまったはづき。
そこへ、おバカな迷惑系アワチューバーが引き起こしたモンスタースタンピード、『ダンジョンハザード』がおそいかかり……。
これまで培ったコネと、大量の同接の力ではづきはこれを鎮圧することになる。
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