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第十四話 リリアンの本音
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第十四話 リリアンの本音
ハーヴィー家の応接室は、静まり返っていた。
舞踏会以来、初めて向かい合うリリアンは、いつものように上品な微笑みを浮かべている。
だが、その表情が“作られたもの”だということを、ヴェルナはすぐに見抜いた。
「それで……お話とは、どういった内容でしょうか?」
リリアンは紅茶に口をつけながら、慎重に言葉を選ぶ。
その仕草は落ち着いているようでいて、どこか逃げ腰だった。
「ええ、たいしたことではありませんわ」 ヴェルナは柔らかな笑みを保ったまま答える。 「ただ、最近のご様子が気になりまして。セザール様とのご婚約も、正式に発表されたそうですね」
「……はい」 リリアンは小さく頷いた。 「とても名誉なことですわ。セザール様はお優しくて……私を支えてくださいます」
言葉とは裏腹に、声には微妙な揺れがあった。
(やはり……)
ヴェルナは紅茶を一口含み、あえて何気ない調子で続ける。
「そうなのですね。それは何よりです」 「ところで――最近、ハーヴィー家がセザール家の商会と取引をしている、という噂を耳にしましたの」
その瞬間。
リリアンの手が、わずかに止まった。
「あ……ええ……少しだけ」 視線を逸らし、曖昧に笑う。 「父が管理していることですので、私は詳しくは……」
ヴェルナは、逃げ道を塞がないように頷いた。
「そうでしたか」 「では、その取引でご家計がどう改善されたのかも、ご存じないのですね?」
「……はい」
リリアンは慌てるように紅茶を飲み干した。
その仕草が、彼女の心情を何より雄弁に語っていた。
---
「リリアン嬢」 ヴェルナは、そっと声の調子を落とした。 「正直にお話しいただけませんか?」
リリアンが息を呑む。
「私は、あなたを責めに来たわけではありません」 「ただ……状況を知りたいだけですの」
沈黙が落ちる。
長い沈黙の後、リリアンは小さく息を吐いた。
「……実は、私もすべてを知っているわけではありません」 視線を床に落とし、絞り出すように言う。 「父がセザール家と取引していることは分かっています。でも……それが、何を意味しているのかまでは……」
「そうですか」
ヴェルナは急かさない。
その姿勢が、かえってリリアンの心を揺らした。
「では――」 静かに、核心を突く。 「この婚約について、リリアン嬢ご自身はどう思っていらっしゃるのですか?」
リリアンの目が、大きく見開かれた。
しばらく言葉を探すように唇を噛み、やがて小さく呟く。
「……私は、幸せになるべきだと……自分に言い聞かせています」
ヴェルナの胸が、わずかに痛んだ。
「それは……本当に、あなたの望みでしょうか?」
慎重に問いかける。
「もしご自身の意思なら、素敵なことです」 「ですが、もし違うのなら……」
「……分かりません」
リリアンはかすれた声で答えた。
「私の役割は、家を支えることだと……」 「ずっと、そう教えられてきましたから」
その言葉に、ヴェルナは悟った。
彼女もまた――“選べなかった側”なのだと。
「リリアン嬢」 ヴェルナは、そっと微笑んだ。 「どのような決断をなさっても、私はあなたを非難しません」
リリアンが顔を上げる。
「ですが、もし……助けが必要になったら」 「その時は、どうか思い出してください」
差し出された手。
一瞬の迷いの後、リリアンは震える指でそれを握った。
「……ありがとうございます、ヴェルナ様」
瞳に滲んだ涙の奥には、かすかな希望が宿っていた。
屋敷を後にしながら、ヴェルナは静かに決意する。
(彼女を救うためにも……) (そして、セザール家の嘘を暴くためにも)
反撃は、もう止められない。
---
ハーヴィー家の応接室は、静まり返っていた。
舞踏会以来、初めて向かい合うリリアンは、いつものように上品な微笑みを浮かべている。
だが、その表情が“作られたもの”だということを、ヴェルナはすぐに見抜いた。
「それで……お話とは、どういった内容でしょうか?」
リリアンは紅茶に口をつけながら、慎重に言葉を選ぶ。
その仕草は落ち着いているようでいて、どこか逃げ腰だった。
「ええ、たいしたことではありませんわ」 ヴェルナは柔らかな笑みを保ったまま答える。 「ただ、最近のご様子が気になりまして。セザール様とのご婚約も、正式に発表されたそうですね」
「……はい」 リリアンは小さく頷いた。 「とても名誉なことですわ。セザール様はお優しくて……私を支えてくださいます」
言葉とは裏腹に、声には微妙な揺れがあった。
(やはり……)
ヴェルナは紅茶を一口含み、あえて何気ない調子で続ける。
「そうなのですね。それは何よりです」 「ところで――最近、ハーヴィー家がセザール家の商会と取引をしている、という噂を耳にしましたの」
その瞬間。
リリアンの手が、わずかに止まった。
「あ……ええ……少しだけ」 視線を逸らし、曖昧に笑う。 「父が管理していることですので、私は詳しくは……」
ヴェルナは、逃げ道を塞がないように頷いた。
「そうでしたか」 「では、その取引でご家計がどう改善されたのかも、ご存じないのですね?」
「……はい」
リリアンは慌てるように紅茶を飲み干した。
その仕草が、彼女の心情を何より雄弁に語っていた。
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「リリアン嬢」 ヴェルナは、そっと声の調子を落とした。 「正直にお話しいただけませんか?」
リリアンが息を呑む。
「私は、あなたを責めに来たわけではありません」 「ただ……状況を知りたいだけですの」
沈黙が落ちる。
長い沈黙の後、リリアンは小さく息を吐いた。
「……実は、私もすべてを知っているわけではありません」 視線を床に落とし、絞り出すように言う。 「父がセザール家と取引していることは分かっています。でも……それが、何を意味しているのかまでは……」
「そうですか」
ヴェルナは急かさない。
その姿勢が、かえってリリアンの心を揺らした。
「では――」 静かに、核心を突く。 「この婚約について、リリアン嬢ご自身はどう思っていらっしゃるのですか?」
リリアンの目が、大きく見開かれた。
しばらく言葉を探すように唇を噛み、やがて小さく呟く。
「……私は、幸せになるべきだと……自分に言い聞かせています」
ヴェルナの胸が、わずかに痛んだ。
「それは……本当に、あなたの望みでしょうか?」
慎重に問いかける。
「もしご自身の意思なら、素敵なことです」 「ですが、もし違うのなら……」
「……分かりません」
リリアンはかすれた声で答えた。
「私の役割は、家を支えることだと……」 「ずっと、そう教えられてきましたから」
その言葉に、ヴェルナは悟った。
彼女もまた――“選べなかった側”なのだと。
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リリアンが顔を上げる。
「ですが、もし……助けが必要になったら」 「その時は、どうか思い出してください」
差し出された手。
一瞬の迷いの後、リリアンは震える指でそれを握った。
「……ありがとうございます、ヴェルナ様」
瞳に滲んだ涙の奥には、かすかな希望が宿っていた。
屋敷を後にしながら、ヴェルナは静かに決意する。
(彼女を救うためにも……) (そして、セザール家の嘘を暴くためにも)
反撃は、もう止められない。
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