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3-1. 火刑台の上で
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3-1. 火刑台の上で
夜明け前の薄暮に包まれた王都の広場は、昼の喧騒を忘れたかのように静まり返っていた。だが、その静寂は刹那で破られる。護衛兵が十字架型の木製台座を組み上げ、積み上げられた薪に松明の火をともすたび、赤い光が広場を不気味に染め上げる。すでに数千の民衆が石段を占拠し、見下ろすように群集の視線が一点に注がれていた。
その中心に、リリスと四人の少女が立たされる。全身を縛られたリリスは、腰から手を引かれ、両手が十字架の腕木へと固定される。蒲団のように広げられたローブは、両手の縄と同様に木肌に縛りつけられ、髪は無造作に後方へと束ねられた。少女たちもまた、同じ形の小さな十字架にかけられ、震える唇を噛みしめながら互いに視線を交わしている。
審問官が壇の上から冷ややかに告げる。
「リリス・オルナティス、並びに濡れ衣を着せられし四名。諸君らの罪状は、魔術の行使および王法への背反に他ならぬ。これより火刑の業火に投じ、汝らの穢(けが)れを浄化する。最後の言葉を述べよ」
場内に張りつめた空気が生温く揺らぎ、幼い声が震えて届く。
「……助けて……」
エミリアの声はか細く、すぐに嗚咽に変わる。カトリーヌは目を背け、マルグリットは堪え切れず顔を伏せた。ソフィアは杉の木のように固まり、ただ息を殺している。
だがリリスだけは微かな微笑を浮かべ、顔をゆっくりと上げた。紫紺の瞳が群衆を睥睨(へいげい)するように巡り、後方の松明の炎を映し出す。火の揺らめきは炎ではなく、彼女の瞳の奥で踊る感情のようにも見えた。
「最後の言葉……ですか?」
リリスの声は甘く、しかし震えなく静寂を切り裂く強さを帯びている。
「私はこの大陸の、森の生命を愛してきた。人々を癒し、命を繋ぐために百年、薬草の使い手として生きてきた。罪人など一人も作っていない」
その言葉が嘲笑に変わることはなく、むしろ空気が凍りつく。民衆から漏れる囁きは「本当に罪がないのか」「恐ろしい確信だ」と動揺の色を孕んでいた。審問官は眉をひそめ、軽く鞭を振るいながら言い放つ。
「神の御心は、人間の思惑を超えるもの。汝の思いなど、悪魔の囁きに過ぎぬ。炎の裁きにより、真実を証明せよ」
護衛兵が合図とともに薪に火をつける。燃え広がる炎は赤黒く、刹那に薪の隙間から激しい熱風を吹き上げた。火はゆっくりとリリスと少女たちを包み込むように寄せる。まばゆい火柱が立ち昇り、木材が軋む音と熱せられた鉄の轟音が響きわたる。
少女たちは悲鳴にも似た叫びをあげ、十字架の杭に抱きつくように 身を反らせた。だがリリスは眉一つ動かさず、むしろ火の光を浴びながら顔を高く掲げる。鍛冶屋の青年が吶喊(とっかん)しようとするが、兵士に引き戻され、群衆の悲痛な声は檻の中の悲哀に飲み込まれていった。
火がリリスのローブを赤く染める。焦げる匂いが立ちこめ、油が燃えるような刺激的な煙が重く漂う。火柱は彼女の身体を包み込み、髪が揺らめき、木製の十字架が軋んで炭化する音が周囲を満たす。少女たちの叫びは次々にかき消され、焔の中で溶けるように終わりを迎える。
──だがそのとき、群衆の誰もが目を見張った。火の奥から、リリスは消えるどころか――そこに“別の姿”が浮かび上がった。茨で編んだような黒い冠を戴き、瞳は深紅に燃え上がり、炎と一体化したかのように光を放っている。彼女の周囲には、不気味な静寂が尾を引き、一瞬にして大地が凍りついたようだった。
審問官までもが後ずさりし、炎の裁きを待ち望んでいた護衛兵たちは足をすくめた。火はなお勢いを増し、リリスの姿を朧げに揺らめかせる。少女たちの悲痛な叫びは、この異様な光景にかき消され、ただ焔の音だけが鼓膜を震わせ続けた。
「どう? …大切なものを奪われる気持ちは?」
その声は、あの日村で告げられた問いと同じ。だが今回は、魔女の怒りを込めた嘲笑となり、炎の渦の中から全方位へと轟いた。群衆は悲鳴と嗚咽に襲われ、火盤の前で坐していた貴族や聖職者、兵士らは狼狽を隠せなかった。
炎は最高潮に達し、十字架も共に崩れ落ちる。その残骸をもってリリスの“意志”はさらに鮮明になった。火柱が消えた後、地に散った灰の中から、一輪の夜香木が青白い光を放ちながら立ち上がるかのように咲いていた。
──これが“本物の魔女の火刑”だった。
裁かれるはずの者が裁き主となり、炎を乗り越えたその姿は、人々の恐怖と憎悪を根底から揺さぶる凄まじい劇場となったのである。
夜明け前の薄暮に包まれた王都の広場は、昼の喧騒を忘れたかのように静まり返っていた。だが、その静寂は刹那で破られる。護衛兵が十字架型の木製台座を組み上げ、積み上げられた薪に松明の火をともすたび、赤い光が広場を不気味に染め上げる。すでに数千の民衆が石段を占拠し、見下ろすように群集の視線が一点に注がれていた。
その中心に、リリスと四人の少女が立たされる。全身を縛られたリリスは、腰から手を引かれ、両手が十字架の腕木へと固定される。蒲団のように広げられたローブは、両手の縄と同様に木肌に縛りつけられ、髪は無造作に後方へと束ねられた。少女たちもまた、同じ形の小さな十字架にかけられ、震える唇を噛みしめながら互いに視線を交わしている。
審問官が壇の上から冷ややかに告げる。
「リリス・オルナティス、並びに濡れ衣を着せられし四名。諸君らの罪状は、魔術の行使および王法への背反に他ならぬ。これより火刑の業火に投じ、汝らの穢(けが)れを浄化する。最後の言葉を述べよ」
場内に張りつめた空気が生温く揺らぎ、幼い声が震えて届く。
「……助けて……」
エミリアの声はか細く、すぐに嗚咽に変わる。カトリーヌは目を背け、マルグリットは堪え切れず顔を伏せた。ソフィアは杉の木のように固まり、ただ息を殺している。
だがリリスだけは微かな微笑を浮かべ、顔をゆっくりと上げた。紫紺の瞳が群衆を睥睨(へいげい)するように巡り、後方の松明の炎を映し出す。火の揺らめきは炎ではなく、彼女の瞳の奥で踊る感情のようにも見えた。
「最後の言葉……ですか?」
リリスの声は甘く、しかし震えなく静寂を切り裂く強さを帯びている。
「私はこの大陸の、森の生命を愛してきた。人々を癒し、命を繋ぐために百年、薬草の使い手として生きてきた。罪人など一人も作っていない」
その言葉が嘲笑に変わることはなく、むしろ空気が凍りつく。民衆から漏れる囁きは「本当に罪がないのか」「恐ろしい確信だ」と動揺の色を孕んでいた。審問官は眉をひそめ、軽く鞭を振るいながら言い放つ。
「神の御心は、人間の思惑を超えるもの。汝の思いなど、悪魔の囁きに過ぎぬ。炎の裁きにより、真実を証明せよ」
護衛兵が合図とともに薪に火をつける。燃え広がる炎は赤黒く、刹那に薪の隙間から激しい熱風を吹き上げた。火はゆっくりとリリスと少女たちを包み込むように寄せる。まばゆい火柱が立ち昇り、木材が軋む音と熱せられた鉄の轟音が響きわたる。
少女たちは悲鳴にも似た叫びをあげ、十字架の杭に抱きつくように 身を反らせた。だがリリスは眉一つ動かさず、むしろ火の光を浴びながら顔を高く掲げる。鍛冶屋の青年が吶喊(とっかん)しようとするが、兵士に引き戻され、群衆の悲痛な声は檻の中の悲哀に飲み込まれていった。
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──だがそのとき、群衆の誰もが目を見張った。火の奥から、リリスは消えるどころか――そこに“別の姿”が浮かび上がった。茨で編んだような黒い冠を戴き、瞳は深紅に燃え上がり、炎と一体化したかのように光を放っている。彼女の周囲には、不気味な静寂が尾を引き、一瞬にして大地が凍りついたようだった。
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「どう? …大切なものを奪われる気持ちは?」
その声は、あの日村で告げられた問いと同じ。だが今回は、魔女の怒りを込めた嘲笑となり、炎の渦の中から全方位へと轟いた。群衆は悲鳴と嗚咽に襲われ、火盤の前で坐していた貴族や聖職者、兵士らは狼狽を隠せなかった。
炎は最高潮に達し、十字架も共に崩れ落ちる。その残骸をもってリリスの“意志”はさらに鮮明になった。火柱が消えた後、地に散った灰の中から、一輪の夜香木が青白い光を放ちながら立ち上がるかのように咲いていた。
──これが“本物の魔女の火刑”だった。
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