『魔女狩り?魔女裁判?狩られるのも裁かれるのもお前らだ!』

鍛高譚

文字の大きさ
19 / 21

5-2. 訪れる青年

しおりを挟む
5-2. 訪れる青年

いつものように、小屋の扉を閉めたリリスは、森へと薬草採取に向かおうとしていた。だが、その足を止めたのは、背後の小径からかすかに響く馬蹄の音だった。普段は鳥のさえずりや風のざわめきしか聞こえない深い森の中で、鋪装(ほそう)されていない小径を馬が歩く音は、ひそやかながらも確かな存在感を放っている。

リリスは驚きとともに息を飲み、一瞬だけ背後を振り返った。
「……え?」

茂みの向こうに現れたのは――見覚えのある青年の姿だった。栗色の髪は大人びた黒髪に変わり、背丈は彼女の肩を少し越えるほどに伸び、厚手の革製コートに身を包んでいる。その瞳は翡翠色のままだが、揺らめく炎のように暖かく、そして確かな決意を湛えていた。

「リリス……」
その一言を聞いた瞬間、リリスの胸に十年前の記憶がさざ波のように蘇る。幼い少年――アルトが涙ながらに「リリスが好きだ」と叫んだあの日。自らの命を賭して彼女を守ろうとしたあの日。だが今、目の前に立つ青年は、すでにかつての無邪気な少年ではない。

「アルト……?」
リリスの声が震える。彼女はゆっくりと歩み寄り、声に重ねるように言葉を続けた。
「ずっと……ここに?」

青年は馬から降りると、かつてリリスが彼の腕をつかんで離さなかったように、自らの指先をリリスの手の甲に添えた。その手の温もりは、今も昔も変わらない。
「ずっと、ずっと君を探してた。何度も森を回ったけど、リリスの足跡はいつも消えていて……」

リリスは胸が詰まり、小屋の縁側にそっと腰を下ろすように彼を導いた。青年は馬の手綱をそっと木の杭にかけ、深く息をつく。
「今日は、特別な報告があって来たんだ」

そう言うと、青年はコートの内側から古びた小箱を取り出した。木製の蓋には夜香木の花が彫り込まれ、表面には年月を感じさせるひび割れが入っている。
「これ――君から最後にもらった薬草の種だよね? 僕、あれを育ててみたんだ」

リリスは小箱をそっと受け取り、蓋を開けた。中には小さな苗がひとつ、大事に包まれて残っている。しなやかな緑の葉が光を浴び、力強く根を張っていた。
「これは……」
リリスの目に涙がにじむ。十年前、彼女が魔力を封印したときに守るように預けた「夜香木の種」だった。

アルトはそっと頷き、リリスの隣に腰を下ろした。
「この種は、君がくれた希望の象徴だった。僕はそれを育てて、君ともう一度森を満たしたかったんだ」

リリスは小箱から苗を手に取り、土を撫でるように両手で受け止めた。
「アルト……私のことを、覚えていてくれたのね」

青年は少し照れくさそうに笑う。
「覚えてないわけがないだろう。リリスがいない世界なんて、僕には考えられなかった」

リリスは小さく息をつき、ゆっくりと顔を上げる。その横顔には、百年を生きた「魔女」としての威厳ではなく、一人の女性としてのやわらかな慈愛が滲んでいた。
「ありがとう、アルト。あなたがここに来てくれて、本当に嬉しい……」

青年はリリスの手を優しく取り、小箱の苗を小屋の前に並んだ自分たちの庭へと運び始めた。二人は並んで歩きながら、薬草の列の隙間に夜香木の苗をそっと植えた。土を軽く押し固め、水を注げば、柔らかな潤いが苗を包み込む。

「これからも、ずっと一緒に育てよう」
青年の瞳は強く輝き、リリスは静かに頷いた。その背後には、既に成長した薬草や花々が優しく揺れている。森の精霊たちも、その再会を祝っているかのように囀りを高めた。

小屋に戻ると、リリスは久しぶりに鍋を火にかけ、青年は新鮮な水を汲んで戻ってきた。二人の手つきは呼吸を合わせたように滑らかで、長い時を経ても、息はぴったりと通じ合っていた。
「アルトが隣にいるだけで、私はまたここで生きていける気がするわ」
リリスはそうつぶやき、薬草茶を二つの湯飲みに注いだ。青年はそれを受け取り、そっとリリスの手を握ったまま口元へ運ぶ。

「これからは、もう一人ぼっちにはしない」
アルトの言葉に、リリスは小さく微笑み、静かに頷いた。

森の小屋は再び、二人にとってかけがえのない「帰る場所」となった。十年という時が紡いだ絆は、夜香木の苗のように新たな芽吹きを見せ、これから迎える幸せな日々への序章を告げていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか第二王子に溺愛されています

ほーみ
恋愛
 貴族が一堂に会する夜会の席で、私は婚約者である第一王子アルベルト・フォン・ライゼンベルクから婚約破棄を告げられた。 「エレノア・フォン・リンドベルク、お前との婚約はここに破棄する!」  彼の言葉に会場は騒然とした。私は冷静に彼を見つめる。 「……理由をお聞かせ願えますか?」 「お前の性格が悪いからだ!」  アルベルト殿下はそう言い放ち、隣に控えていた美しい金髪の少女――侯爵令嬢リリア・フォン・エーデルワイスの手を取った。

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

契約結婚のススメ

文月 蓮
恋愛
 研究一筋に生きてきた魔導士のレティシアは、研究を続けるために父に命じられた結婚をしかたなく承諾する。相手は社交界の独身女性憧れの的であるヴィラール侯爵アロイス。だが、アロイスもまた結婚を望んでいなかったことを知り、契約結婚を提案する。互いの思惑が一致して始まった愛のない結婚だったが、王の婚約者の護衛任務を受けることになったレティシアとアロイスの距離は徐々に縮まってきて……。シリアスと見せかけて、コメディです。「ムーンライトノベルズ」にも投稿しています。

処理中です...