白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚

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2話

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 それから一週間も経たないうちに、私とジークフリート・アルグレインとの結婚が決まった。
 本来ならもっと時間をかけて婚約期間を経るものだが、焦るように急いでいるのはアルグレイン男爵家のほうらしい。理由はわからない。
 ただ一つ言えるのは、私に選択肢などない、ということ。
 私が生きていくうえで、今はこの政略結婚を受け入れ、次の人生を歩む以外の道が見えないのだから。

 

 さて、そうして迎えた結婚式当日。
 私はこう考えていた。「きっとこれは、一種の仮面夫婦にすぎない」。
 噂に聞く男爵は冷酷で非情。周囲に対しても近寄りがたい雰囲気を纏っているという。
 私もまた、彼に心を預ける気はない。これは飽くまで政略結婚。形式だけのもの。それでいい。お互い干渉せずにいられれば、それでかまわない……。

 

 結婚式は小規模ながらも滞りなく行われた。
 王太子殿下との婚約時には、より大掛かりで華やかな式を準備するはずだったが、今回の式はそれに比べてはるかに質素だ。出席者も、エルバンシュ侯爵家の関係者や、アルグレイン男爵家のごく身内の人々だけ。
 だが、その小ささがむしろ私にはありがたかった。大勢の人々から好奇の視線を向けられることもなく、無駄に疲弊しないですむ。

 

 祭壇に立つ私の隣で、ジークフリート・アルグレインは微かに口を結んでいた。
 浅黒い髪、やや吊り上がった鋭い瞳、引き締まった体躯。まるで訓練を積んだ軍人のような印象を受ける。なるほど、噂の「冷血」とやらは、その鋭い目つきから来るものかもしれない。
 表情には感情の起伏が乏しく、私に対しても特別な感情を見せることはなかった。ただ、時折私を見やるとき、その瞳の奥で何かが揺れているようにも感じる……が、気のせいかもしれない。

 

 「……これより、アルグレイン男爵ジークフリートと、エルバンシュ侯爵令嬢クレスタの婚姻を宣言する」
 司祭の重々しい声に続き、誓いの言葉を交わす。
 ジークフリートは終始無表情で、私もまた努めて感情を表に出さず、ただ毅然と振る舞った。

 

 式の途中、ちらりと参列席に目をやると、父が瞳を潤ませていた。隣には私の妹がいて、こちらを心配そうに見ている。
 けれど、祝いの場であるはずなのに、そこに心からの幸福感はない。私の胸にも、ぽっかりとした空洞が広がるばかりだった。

 

 そして、式が終わると同時に、私は“アルグレイン男爵夫人”となった。
 かつて王太子妃になるはずだった身でありながら、今こうして、別の相手の妻になるという現実。何とも言えない寂寞を感じるが、それでも運命を受け入れるしかない。
 私は心を固く閉ざしながら、新居であるアルグレイン邸に向かった。

 

 アルグレイン邸は、男爵領の管理を行いつつ、王都でも屋敷を構えている。その一つがこの街はずれにあるらしい。
 黒鉄の門をくぐると、石造りの重厚な建物が迎えてくれた。外観こそ質実剛健だが、敷地はかなり広い。さすがに貴族の邸宅だけあり、周囲には手入れされた庭木が整然と立ち並んでいた。

 

 玄関では、使用人たちが一列に並んで私たちを出迎えた。
 「お帰りなさいませ、旦那様。そして……奥様」
 皆、一斉に頭を下げる。その様子には一切の乱れがなく、きびきびとした雰囲気だ。
 ジークフリートは特に言葉を発することもなく、一度だけうなずいた。私も「はじめまして」とだけ挨拶する。
 私は勝手に“もっと冷たい空気”を想像していたが、使用人たちは意外なほど親切そうな目で私を見つめていた。
 (……なんだろう、この感じ)
 私は戸惑いを覚えながらも、素直に微笑みを返してしまう。

 

 その後、私たちは新婚の“お披露目”として、邸宅内を一通り案内された。
 重厚な内装の応接室や書斎、奥に控える秘書室、広々としたダイニングとキッチン。食器の数々も上等で、少なくとも男爵家としてはかなり裕福な部類だろうとわかる。
 「こちらが、奥様のお部屋になります」
 侍女のひとりが案内してくれた部屋は、私が普段暮らす寝室であるらしい。薄いピンク色のカーテンと柔らかな絨毯が敷き詰められ、家具類には上品な彫刻が施されている。まるで私好みに合わせたかのような優美な雰囲気だった。

 

 「あの……こちらのお部屋は、もとからこういう内装だったのですか?」
 思わず尋ねると、侍女は微笑んで首を横に振る。
 「いえ、数日前まで空き部屋でしたので、一から準備いたしました。旦那様が『暖色系で落ち着ける雰囲気にしてほしい』とおっしゃったのですよ」
 「……ジークフリート様が?」
 少なからず驚きだった。冷血だとばかり噂されている夫が、私のために気を配ったというのだろうか。いや、政略結婚とわかっていても、最低限の礼儀だと言われればそれまでかもしれない。
 だが、これは正直、礼儀としては上出来すぎる対応だ。

 

 私はなんとも言えない気持ちで、その部屋を見回した。
 確かに、私が好む淡い色合いと、落ち着いた調度品の組み合わせ。かといって派手すぎない。気味が悪いほどに私の好みが反映されているのを感じる。
 心のどこかで「こんなはずはない」という疑念が渦巻きつつも、「これは何かの間違いかも」と思わずにいられない。
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