白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚

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4話

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午後、挨拶回りを終えて屋敷に戻った頃には、私は予想以上に疲れを感じていた。
 意外なほど歓迎ムードであることは確かだが、やはり一日に何軒も訪問するのは骨が折れる。特に、王太子との婚約破棄が世間に知れ渡った後だけに、無遠慮な視線や質問を浴びせられたりもした。
 「王太子殿下とのこと、本当にお気の毒でしたね」
 「でも、真実の愛に生きる王太子殿下、素敵ですよね!」
 表向きは私を労わるように見せながら、好奇心丸出しで探りを入れてくる人間もいる。そんなとき、私はひたすら微笑を湛えることしかできない。

 

 屋敷に帰り着いた途端、私は部屋着に着替えてベッドに倒れ込んだ。
 頭の中に浮かぶのは、王太子殿下と彼が選んだミーナなる平民の少女のこと。
 国中の噂によれば、彼らはまるで“伝説の恋人”のようにもてはやされているらしい。私を振り捨てるという大罪を犯してまでも選んだ愛は、美化され、熱狂的に称賛されているようだ。
 (どうでもいい……早く忘れてしまいたいのに)
 それでも、私の心は完全には割り切れない。長年、未来を夢見た相手だったのだから。

 

 そのまま小一時間ほど休んでいると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
 「失礼いたします。奥様、そろそろお茶はいかがでしょう?」
 侍女がトレイを下げて入ってくる。湯気の立つハーブティーと、ほかほかの焼き菓子の香りが鼻をくすぐった。
 「ありがとうございます……助かります」
 私はベッドから起き上がり、侍女に勧められるまま椅子に腰掛けた。

 

 「奥様、少し顔色が優れないようにお見受けします。今日はごゆっくりお休みになられたほうが……」
 「ええ、そうしたいところなんだけど」
 そう言いかけた瞬間、またも扉がノックされる。そして開いたのは、意外にもジークフリートだった。
 「……疲れているのか?」
 侍女が慌てて頭を下げ、部屋から出ていく。私たち二人きりになると、ジークフリートは少し居心地悪そうに視線をさまよわせていた。

 

 「ええ、少し挨拶回りがハードだったものですから」
 私は苦笑いを浮かべる。
 「……無理をさせてすまない。初日から詰め込みすぎだったかもしれない」
 その言葉に、私は少し驚いた。公務の合間とはいえ、私の体調を気遣ってくれるとは思わなかったのだ。
 「お気になさらずに。夫人として役目を果たすのは当然ですわ」
 強がり半分、本音半分。私はそう付け加える。
 だが、ジークフリートの眉は微かに寄ったままだ。

 

 「……午後の予定はキャンセルにしよう。しばらく休むといい」
 「はい……? でも、予定はどうするのですか?」
 突然の申し出に、私は戸惑った。
 「公務なら、俺だけで事足りる。夫人がいつも必要というわけでもない。必要なら改めて日程を組み直す」
 あまりにも簡潔に言い切るので、私は思わず言葉を失ってしまう。男爵家の仕事を軽視しているわけではないのだろう。けれど、私には意外すぎるほど私優先の判断だ。
 「……わかりました。少し、甘えさせていただきますね」
 礼を言うと、彼は短くうなずいた。

 

 ジークフリートが去った後、私はもう一度ベッドに横になった。
 頭の中で、さまざまな思いが交錯する。
 「冷血」「非情」……そんな噂が信じられないほど、彼は私を気遣ってくれる。もしかしたら、ただの打算かもしれない。私を味方につけることで、何らかの政治的なメリットがあるのかもしれない。
 けれど、それを差し引いても、これほどまでに優しい言葉をかけられるのは初めてだ。
 私は穏やかなハーブティーの香りに包まれながら、いつの間にかまどろみ始めていた。

 

 そうして迎えた夜。今夜の夕食は、ジークフリートが公務で遅くなるということで、私は先に済ませてしまった。
 部屋に戻って手持ちの本を眺めていると、またも控えめなノックの音がする。
 侍女かと思って「どうぞ」と答えると、ドアから顔を覗かせたのはジークフリートだった。
 「もう休むところか?」
 「いえ、本を読んでいただけです。どうかしましたか?」
 妙に遠慮がちに部屋の中を見回す彼の姿に、私は不思議な印象を抱く。

 

 「……明日、少し遠方の館に行く用事がある。おまえは休んでいてくれ」
 「……私を連れて行く必要はない、ということでしょうか」
 「そうだ。せっかく嫁いできてもらったのに、こんなことばかりで悪い。……本当に、疲れを癒すことを優先してくれ」
 そこまで言う彼の眼差しは、どこか真剣だ。その瞳を見ていると、私は微妙に胸がざわつく。

 

 (私を何だと思っているのだろう?)
 私をただの政略結婚の駒にするなら、もっとぞんざいに扱ったっていいはずだ。最低限の礼は守りつつも、深くは干渉しない──それが“白い結婚”の基本形ではないか。
 なのにジークフリートは、私を雑に扱わないばかりか、気遣いさえ見せてくる。
 戸惑いつつも、悪い気はしない。……むしろ、心のどこかで安堵している自分に気づいてしまう。

 

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