白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚

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14話

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しばし沈黙が落ちる。部屋に差し込む朝の光が、まるで冷たい影を際立たせているかのようだ。
 やがて、ジークフリートは意を決したように椅子から立ち上がった。
 「……クレスタ。おまえに話しておきたいことがある。正直、まだ話さなくてもいいと思っていたが、状況が変わった。遅かれ早かれ、おまえも知る必要がある」
 「え……?」
 彼の声の調子が変わる。まるで、今から重大な秘密を明かすかのように。

 

 「俺が“冷酷な男爵”などと噂されている理由は、単に態度が無愛想だからではない。俺は王国直属の特務機関……その一部を担う立場にある。言うなれば、王国の裏の実務を処理する組織だ」
 「特務機関……!」
 驚きに思わず息を呑む。確かに、領地運営だけでは説明がつかないほど忙しそうなときがあったし、深夜に書斎で何やら極秘の書類を扱っているような気配も感じていた。
 けれど、まさかそんな裏の仕事をしているとは……。

 

 ジークフリートは淡々と続ける。
 「先代の国王が治世を安定させるために秘密裏に設けた機関で、貴族や官吏の汚職調査、外部勢力の排除、場合によっては極秘の交渉なども行う。表向きは存在しないことになっているが、実際には国政を影で支える重要な役目だ」
 「ということは、ジークフリート様は……国家にとって大切な役職を担っているということですよね」
 「そういう言い方もできる。だが、表に出ることはできない。だからこそ“冷徹”や“非情”といった噂を一部で流してきた。下手に人脈を広げられても困るし、近づく者を減らすことで動きやすくなるからな」

 

 私は唇を噛みしめる。そんな事情があったのなら、ジークフリートの不思議な行動にも合点がいく。
 「……でも、どうして私との政略結婚を?」
 彼はほんの少し黙り、それからゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。
 「王太子の婚約破棄が決まったと聞いたとき、俺は放っておけなかった。おまえが不当に扱われるのはわかっていたし、何より……」
 そこで言葉を切り、彼は表情を伏せる。
 「俺は、おまえのことをずっと気にかけていたんだ。貴族社会の裏側を眺める立場として、エルバンシュ侯爵家の令嬢がどれほど王太子の“義務的な婚約”に苦労していたか、少しだけ知っていた」

 

 ――私が、王太子殿下の正妃候補として厳しい教育を受け、社交界の表舞台で消耗している。
 ときには嫉妬に満ちた女性から陰口を叩かれ、ときには王太子周辺の派閥争いに巻き込まれかけたこともある。
 「おまえの姿を見ていて、なんとか助けになりたいと思っていた。だが、王太子の婚約者である以上、俺の立場で手を差し伸べることは難しかった。……だから、婚約破棄の話を聞いたとき、俺はすぐに動いたんだ」
 ジークフリートの声には静かな決意が滲んでいる。

 

 「もちろん、アルグレイン男爵家としてもエルバンシュ家との結びつきは悪い話ではない。おまえを迎え入れることは、政治的にも利点があると思った。しかし、その裏には俺の個人的な……愛情、というには浅ましいかもしれないが、そういう想いもあった」
 愛情。
 その言葉に、私の胸がドキリと大きく鼓動する。
 ジークフリートが私に想いを寄せていたというのか。
 たしかに、彼が私をいたわるような視線を向けてくれる場面は何度もあった。だけど、その正体が“愛情”だなんて思いもよらなかった。

 

 「冷血だと呼ばれながら、こうして私を……救ってくださったのですね」
 思わず呟くと、彼は苦笑まじりに短く息を吐く。
 「救ったなどと大層なものではないさ。おまえのほうがむしろ強かった。あの王太子の婚約破棄を受けても、それを表に出さず気丈に振る舞っていた。……だが、それが余計に胸に刺さったんだ。人知れず痛みに耐えている姿が」
 ジークフリートの声は低く、けれどどこか優しい。
 私は思わず目を伏せ、こみ上げる想いをこらえる。

 

 「……ありがとうございます。こんな形で真相を知ることになるなんて想像もしなかったけれど、私には、あなたの言葉がとても嬉しいです」
 正直、今は頭が混乱している。国家の裏を担う特務機関、偽りの冷血イメージ、そして“愛情”という言葉──すべてが衝撃的すぎる。
 けれど、ジークフリートが不器用ながら私を守りたいと思ってくれていたのは、確かに伝わった。
 私は彼の瞳をじっと見つめ、はっきりと口にする。
 「ジークフリート様、わたし……信じます。あなたは決して悪い人ではない。裏の仕事が何であれ、私はあなたを信じます」
 そこには偽りのない気持ちがあった。

 

 ジークフリートは驚いたように目を見張り、それから小さくうなずく。
 「すまない。こんな危険な立場に巻き込んでしまって。それでもおまえを守りたいと願ったのは、俺のわがままだ」
 「わがままだなんて。……そのおかげで、わたしはこうして生きる道を見つけられました。王太子殿下の婚約破棄で人生が暗転すると思っていたのに、あなたが手を差し伸べてくれたから」
 そう言い終えると、ジークフリートは微かに目を細め、私の肩にそっと手を置く。
 その温もりは、決して冷たいものではない。むしろ、私の不安をすくい上げるような力強さがあった。

 

 しばし、言葉のない時間が流れる。
 けれど、深い沈黙の中で、私たちは互いにわかり合えたような気がした。
 ――しかし、現実は甘いだけではない。王太子が動き出した今、何らかの圧力が私たちに降りかかる可能性は高い。
 やがてジークフリートは手を離し、改めて姿勢を正して言う。
 「……王太子が仕掛けてくるのであれば、こちらにも手がある。今の宮廷には、俺の同僚たちが水面下で情報を収集している。いずれ必ず、やつの不正や矛盾が露呈するはずだ」
 私の胸に、小さな希望が灯る。

 

 「つまり、王太子が勝手に私を陥れようとしても、その裏付けはすべて崩れる、と……?」
 「そうだ。もし彼がさらに強引に出るなら、こっちも準備を整えて“ざまぁ”と言わんばかりに反撃させてもらおう。……国の裏を担う者として、これ以上は黙っていられない」
 “ざまぁ”という言葉に、私は思わず小さく笑みをこぼす。
 「この国には正義がないのかと、ずっと思っていました。……あの婚約破棄も、王太子のわがままで許されるのかと」
 「正義というより、バランスだ。王太子が暴走すれば、いつか必ず揺り戻しが来る。俺たちがその揺り戻しを後押ししてやるだけさ」

 

 ジークフリートの瞳が鋭い光を帯びる。そこには、冷静な怒りと決意が垣間見えた。
 私はそっとまぶたを閉じ、胸の奥にわいてくる感情を確かめる。
 (あの方から受けた屈辱を、私は望んで仕返ししたいわけではない。でも……もうこれ以上、私を傷つけるのはやめてほしい)
 もし王太子が、いまの私たちを壊そうとするなら、それは許せない。
 思わず手を握りしめると、ジークフリートがその手に軽く触れてくれた。
 「大丈夫だ、クレスタ。怖がることはない。……最後には、やつを静かに追い詰めてやる」

 

 その言葉を聞いて、私は深くうなずいた。
 そう、もう私は逃げない。過去の痛みに縛られ続けるのではなく、今はジークフリートとともに歩んでいく。
 ――そして、王太子アレクシオンが引き起こそうとしている混乱は、やがて自らの首を絞めることになるだろう。
 彼の無責任な“真実の愛”とやらの代償を、まもなく自分の身をもって思い知るに違いないのだから。
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