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15話
しおりを挟むその数日後。
王宮の一角では、小さな会合が開かれていた。そこに顔をそろえたのは、今の王太子政権に対して批判的な立場を持つ貴族や軍関係者ばかり。
参加者の大半は口には出さないものの、王太子の婚約破棄から今日までの言動に疑問を持ち、“真実の愛”を謳う彼に不信感を抱いている。
「あの平民の少女、ミーナは本当に清廉潔白なのか……?」
「王太子殿下の身辺調査をすれば、妙な出費や動きが見えると聞く」
そんな囁きが広がり始めていたのだ。
実際、この数か月、王太子のもとには大量の資金が流れ込み、それがどこへ消えているのか不透明という噂がある。
さらに、ミーナという少女の正体についても、ただの平民ではなく、何らかの組織に繋がっている可能性があるという声が密かに上がっていた。
それを裏付ける証拠はまだ乏しいものの、火のないところに煙は立たないとも言う。
「このまま王太子殿下が次期国王となるのは、いささか危ういのではないか」
そんな不安が、各方面で噴出し始めていた。
――そして、その会合の場には、ジークフリート・アルグレインの姿もあった。
公式には姿を見せず、密かに情報を交換する。彼は王太子に直接対立するというより、冷静に証拠を集め、いざというとき動けるよう準備を進めている。
「……殿下がクレスタ様に罪を着せようとしているらしいが、その裏には何がある?」
「おそらく、王太子の焦りだろう。クレスタだけではなく、いくつかの家にも根拠のない嫌疑をかけている。王太子自身が追い詰められている証拠だ」
低い声で交わされる密談。そこには確かな“ざまぁ”の兆しが見えつつあった。
なぜならば。
“真実の愛”を掲げ、婚約破棄を強行した王太子とミーナに対し、最初はロマンチックだと支持していた人々でさえ、その矛盾に気づき始めているのだ。
王族としての責務を放棄し、国政を混乱に陥れ、無責任な言動を繰り返す。いくら恋愛感情を盾にしても、それでは国民の支持を得られない。
加えて、先代国王の配下だった特務機関が水面下で動いている。王太子の不正な金の流れや、ミーナの真の姿を暴くのは、もはや時間の問題だ。
一方その頃、私はアルグレイン邸でやるべきことを粛々と進めていた。
ジークフリートや使用人たちの助けもあり、領地関連の書類整理や収支の見直しを行ったり、時折田舎の村を訪れて住民の声を聞いたり。
そうした日常が、私に安定感を与えてくれていた。
(あの王太子が、今さら何を言おうとも、私は堂々としていよう)
そう心に決め、先日のような恐怖は薄れつつある。
そんな折、ひとつ朗報が舞い込んできた。
数日前、王宮の重臣がジークフリートに密書を送り、近々“王太子の挙動に関する正式な協議”が行われる見込みだと伝えてきたのだ。
つまり、王太子の独裁的な振る舞いが看過できない段階に来ているということ。
ジークフリートによれば、その協議の場で王太子の不正が事実として示されれば、彼の立場は急速に悪化し、最悪の場合、王太子の地位を失う可能性すらあるという。
「これまで、自分こそが正しいと唱えてきた王太子が、どんな表情をするのか……考えるだけで空恐ろしいですね」
私がそう呟くと、ジークフリートは静かな目を細める。
「王太子自身がどう転落するかはわからないが、少なくともおまえを陥れる口実はなくなるだろう。俺たちが集めた証拠を使えば、奴が真に追及される立場だと証明できる」
その言葉に、私は胸を撫で下ろす。
(あのわがままな殿下が、ようやく自分の蒔いた種の責任を負う時が来るのかもしれない)
しかし、私の穏やかな気持ちとは裏腹に、運命はさらに大きく動いた。
――協議が行われるという連絡から数日後、王太子は突然、自らの“正当性”を主張するための集会を開くと宣言したのだ。
「殿下が、平民のミーナ嬢との婚約を正式に発表し、さらに自身に向けられた疑惑を全否定する場を設けるらしい」
その知らせを聞いたとき、私はジークフリートと顔を見合わせ、嫌な予感に駆られた。
王太子が公の場で一方的に話をするということは、そこに私たちを“引っ張り出して”何らかのスキャンダルを仕掛ける恐れもある。
ジークフリートも警戒を強め、「俺が先に行って様子を探る。おまえは屋敷で待機していてくれ」と言った。
私はそれに従い、なるべく目立たないよう屋敷で状況を見守る。
(王太子がどんな主張をするにせよ、もう揺るがない証拠を私たちは握っている。……大丈夫)
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
そして集会当日。
ジークフリートと少数の部下が王宮へ向かったまま、連絡は途絶えている。
私は大きな窓から外を見つめながら、祈るような気持ちで一人待ち続けた。部屋には侍女のモニカが心配そうに控えている。
やがて夕刻。思ったよりも早く足音が聞こえ、扉が開いた。
「奥様! 旦那様が戻られました。……何かすごい数の馬車と人だかりが玄関先に!」
驚いた調子の侍女の声に、私も慌てて立ち上がる。
廊下を駆けると、玄関ホールにはジークフリートが立っていた。背後には数名の兵士らしき男たちがいて、皆一様に厳しい面持ちをしている。
「ジークフリート様、これは……?」
私が問いかけると、彼は深いため息をつきながら苦々しげに言い放った。
「王太子は自滅したよ。……あれだけ声高に“自分は正しい”と主張した矢先、俺たちが集めた証拠を逆に突きつけられ、周囲の貴族たちから総攻撃を受けた。金の不正流用や、ミーナの黒い噂も引きずり出されたんだ」
「そ、それで、どうなったんですか?」
彼は唇をきつく引き結び、言葉を続ける。
「王太子は取り乱して、ついに本性を剥き出しにした。ミーナも“わたしは悪くない!”と泣き叫び、周囲に牙をむいた。結局、王太子の地位は一時停止となり、正式な査問が行われることになった」
胸がざわつく。あの王太子が……。
かつて私を一方的に捨てた人物が、こうして自ら泥沼にはまりこんでいるのだ。
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