婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚

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第三章:公爵令嬢の再出発と新たなる波紋

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6.無言の舞踏と会場を包むざわめき

 穏やかな弦楽器の調べが広間を満たし、貴族たちのステップが優雅に床を鳴らす。
 アナスタシアは、ガブリエルに手を引かれながら、ゆっくりとステップを踏む。長いドレスの裾がふわりと広がり、銀色の髪が微かに揺れる。その姿は多くの人々の目を引きつけ、周囲の人垣からささやきが起こった。
「オルステッド公爵令嬢、あの若い軍人と踊っているわ。素敵な組み合わせね」
「確かリンデンバウア侯爵家の嫡男とか……有名なエリートだって聞くわ」
 アレンとの破局以来、アナスタシアが男性と舞踏を交わす姿はあまり見かけなかったこともあり、周囲は少なからず興味津々だった。
 ガブリエルはさすが軍人だけあって、身体の動きに無駄がなく、リードも的確だ。アナスタシアも長年の社交経験から身につけたステップを自然に合わせ、まるで水面を漂う白鳥のように滑らかに踊る。
 しばらく踊ったのち、ガブリエルが声を落として囁く。
「さすがは公爵令嬢。踊りも完璧ですね。おかげで私も安心してリードできます」
「ふふ、過分なお褒めの言葉ですわ。私もあなたのリードがとても心地よいと感じています」
 互いに微笑を交わし、さらに一回転。会場の華やかな光景が目に流れ込み、豪奢な装飾の数々が視界を彩る。
 ――そんな優雅なひととき。だがその裏で、何か得体の知れない視線が刺さるように感じられたのは、アナスタシアの勘違いではなかった。
 曲が終わり、華麗なステップを締めくくると、ガブリエルは小さく息をついた。
「ありがとうございます。おかげで、会場を見回るという任務を忘れてしまうほど、踊りに集中できましたよ」
「こちらこそ、貴重なお時間をいただき恐縮ですわ。もしまだ警備に戻られるのでしたら、邪魔にならないよう引き下がりますね」
 アナスタシアが礼を述べると、ガブリエルは少し名残惜しそうに微笑む。
「ええ、少し会場を巡回して、不審者がいないか確認をしてきます。また後ほど、お話を聞かせてください」
「……はい。楽しみにしております」
 そう言って別れたあと、アナスタシアは会場の端に戻ってシャンパンを一口飲み、しばし休息をとる。ガブリエルと踊ったことで気分もいくらか解れ、この舞踏会を楽しむ余裕が出てきた。
 ところが、その矢先――視界の隅に、明らかに怪しげな黒い外套の人物が動いたのが見えた。
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