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第三章:公爵令嬢の再出発と新たなる波紋
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9.公爵家への帰還と重なる影
舞踏会が終わった頃、アナスタシアは王家への挨拶をそこそこに切り上げて、公爵家の馬車に乗り込んだ。通常であれば、王族たちと少し言葉を交わしたり、他の貴族との交流を深めたりするものだが、今日は謎の人物から手紙を受け取ったことが気がかりで、早めに退席することにしたのだ。
馬車の車輪が石畳を踏むリズムに耳を傾けながら、アナスタシアはドレスの懐からあの白紙の紙切れを取り出す。今やそこには何も書かれていないが、魔術で文字を消した以上、何か細工が施してあるかもしれない。
(公爵家に帰ったら、家に伝わる魔道具や識別の術式を使って調べてみましょう)
そう考えていた矢先、ふと馬車の進みが鈍くなった。御者が何か言葉を発しているのが遠くに聞こえる。
「どうしたのかしら?」
アナスタシアが窓から外を覗くと、そこには一台の小さな荷車が道を塞ぐように止まっていた。貧しい格好をした老人が、荷車の車輪が外れたらしく、困り果てている。公爵家の御者と従者が降りて手伝おうとしているが、なかなかうまくいかないようだ。
夜の帳が下りはじめた王都の街路。街灯はあるが、あまり明るくはなく、周囲には人気も少ない。アナスタシアは一応従者たちに任せて、自分は馬車の中で様子を見ることにした。
しかし、一向に作業が進まず、時間ばかりが過ぎていく。もし荷車が動かせないならば、引き返して別の道を通るか――そう思っていたとき、突然、荷車の向こう側から黒い影がひらりと飛び出してきた。
――見る間に、それはアナスタシアの馬車の方へ素早く走り寄ってくる。
従者たちが気づいて叫ぶが、間に合わない。馬車の扉を開け放ち、その影は一気に車内へ飛び込んできたのだ。
「なっ――!?」
驚いて後ずさるアナスタシア。すぐに反撃姿勢を取ろうとするが、相手は素早い動きで彼女の腕を掴み、口をふさごうとしてくる。
「くっ……!」
だが、アナスタシアは咄嗟に相手の喉元を肘で突き、さらに低い声で命令を叫んだ。
「あなたたち、早く!」
従者たちが馬車に駆け寄り、黒い影を取り押さえようとする。ところが、相手は異常なまでに身軽で、するりと馬車から飛び降り、闇夜の路地へと逃げ込んでいった。
「怪我はありませんか、お嬢様!」
「ええ……なんとか。怪しい人が飛び込んできただけで、私は無事よ。あの人はいったい……」
従者に支えられながら馬車を降りると、荷車を引いていたという老人の姿も見当たらない。荷車自体も跡形もなく消えている。どうやらこれが陽動か罠だったらしい。
馬車を守る護衛兵もいたはずなのに、一瞬の隙を突かれ、相手を取り逃してしまった。闇の中に消えたその影は、先ほどの“フードの人物”と関係があるのか、それとも別の刺客なのか。全く分からない。
アナスタシアは自分の呼吸を整えながら、改めて周囲を見渡す。幸い大事には至らなかったが、もしあれが刃物を手にしていたらと思うと背筋が冷える。
(……ただの盗賊にしては手際が良すぎる。何か意図があって狙われている? まさか、アレン殿下との一件で怨みを買った?)
考えがぐるぐると巡るが、答えは出ない。ともあれ、従者たちと協力して荷車が残したわずかな痕跡を探るも、すべて巧妙に消されているようだった。
このままでは危険だということで、アナスタシアは急ぎ別の道を通り、公爵家へと戻る。後日改めて、街の巡回兵やガブリエルら王国軍の一部と連携して捜査を進めるしかないだろう。
舞踏会が終わった頃、アナスタシアは王家への挨拶をそこそこに切り上げて、公爵家の馬車に乗り込んだ。通常であれば、王族たちと少し言葉を交わしたり、他の貴族との交流を深めたりするものだが、今日は謎の人物から手紙を受け取ったことが気がかりで、早めに退席することにしたのだ。
馬車の車輪が石畳を踏むリズムに耳を傾けながら、アナスタシアはドレスの懐からあの白紙の紙切れを取り出す。今やそこには何も書かれていないが、魔術で文字を消した以上、何か細工が施してあるかもしれない。
(公爵家に帰ったら、家に伝わる魔道具や識別の術式を使って調べてみましょう)
そう考えていた矢先、ふと馬車の進みが鈍くなった。御者が何か言葉を発しているのが遠くに聞こえる。
「どうしたのかしら?」
アナスタシアが窓から外を覗くと、そこには一台の小さな荷車が道を塞ぐように止まっていた。貧しい格好をした老人が、荷車の車輪が外れたらしく、困り果てている。公爵家の御者と従者が降りて手伝おうとしているが、なかなかうまくいかないようだ。
夜の帳が下りはじめた王都の街路。街灯はあるが、あまり明るくはなく、周囲には人気も少ない。アナスタシアは一応従者たちに任せて、自分は馬車の中で様子を見ることにした。
しかし、一向に作業が進まず、時間ばかりが過ぎていく。もし荷車が動かせないならば、引き返して別の道を通るか――そう思っていたとき、突然、荷車の向こう側から黒い影がひらりと飛び出してきた。
――見る間に、それはアナスタシアの馬車の方へ素早く走り寄ってくる。
従者たちが気づいて叫ぶが、間に合わない。馬車の扉を開け放ち、その影は一気に車内へ飛び込んできたのだ。
「なっ――!?」
驚いて後ずさるアナスタシア。すぐに反撃姿勢を取ろうとするが、相手は素早い動きで彼女の腕を掴み、口をふさごうとしてくる。
「くっ……!」
だが、アナスタシアは咄嗟に相手の喉元を肘で突き、さらに低い声で命令を叫んだ。
「あなたたち、早く!」
従者たちが馬車に駆け寄り、黒い影を取り押さえようとする。ところが、相手は異常なまでに身軽で、するりと馬車から飛び降り、闇夜の路地へと逃げ込んでいった。
「怪我はありませんか、お嬢様!」
「ええ……なんとか。怪しい人が飛び込んできただけで、私は無事よ。あの人はいったい……」
従者に支えられながら馬車を降りると、荷車を引いていたという老人の姿も見当たらない。荷車自体も跡形もなく消えている。どうやらこれが陽動か罠だったらしい。
馬車を守る護衛兵もいたはずなのに、一瞬の隙を突かれ、相手を取り逃してしまった。闇の中に消えたその影は、先ほどの“フードの人物”と関係があるのか、それとも別の刺客なのか。全く分からない。
アナスタシアは自分の呼吸を整えながら、改めて周囲を見渡す。幸い大事には至らなかったが、もしあれが刃物を手にしていたらと思うと背筋が冷える。
(……ただの盗賊にしては手際が良すぎる。何か意図があって狙われている? まさか、アレン殿下との一件で怨みを買った?)
考えがぐるぐると巡るが、答えは出ない。ともあれ、従者たちと協力して荷車が残したわずかな痕跡を探るも、すべて巧妙に消されているようだった。
このままでは危険だということで、アナスタシアは急ぎ別の道を通り、公爵家へと戻る。後日改めて、街の巡回兵やガブリエルら王国軍の一部と連携して捜査を進めるしかないだろう。
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