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4‑1 新政と“真実の記録”発布
しおりを挟む4‑1 新政と“真実の記録”発布
春雨の夜が明けた王都セレフィオは、まだ石畳に水の匂いを残していた。
東の空を桃色に染める黎明の光が白亜の王城を照らし、尖塔の風見鶏が軽やかに回る。
その足元、かつて「特権階級しか踏み入れぬ」と揶揄された王家記録庫――いまや門の扉は大きく開かれ、新たな表札が掲げられていた。
〈真実の記録庁〉
――誰もが過去を知り、未来を書くための書架
セシリア・ド・エラントが暫定摂政に就任して十日。
彼女の最初の布告は、この庁を王都中央へ移設・再編し、階級を問わず一日三時限の閲覧を許可することだった。
門前には夜明け前から長い列ができ、老学者も商人の倅も、病院帰りの少女も、手に小さな羊皮紙を握って自分の順番を待っている。
「本当に誰でも入れるのか?」「手数料は要らないって話だぜ」
半信半疑の囁きは、門番の朗らかな声に消えた。
「おはようございます。本日の公開閲覧は八つの鐘まで。写本机は三十席ございますよ」
庁舎の最奥、かつて王族のみが立ち入れた“黄金の書庫”には、今朝も十名ほどの学者が許可証を携えて入った。
羊皮紙に筆を走らせる音、資料の束を捲る音。
時折、驚嘆の息が漏れ聞こえる。
「これが王室財政の実収支表か……従来公表された黒字の三割は“予定計上”だったのか」
「失われたとされる南方遠征の航海日誌! ここにあったとは」
金庫のように閉ざされた過去は、瞬く間に白日の下へ引き出され、瓦版記者が手書きの速報を走らせる。
* * *
午前第四の鐘――新たに改装された王議会ホールでは、三院協議の第一回本会議が開催された。
貴族院・聖職院に加え、市民代議会が正規の票を持って傍聴席ではなく議場の円卓に座る。
議題は〈予算閲覧制の拡張〉〈慈善基金の配賦基準〉、そして〈王都治水計画への民間参画〉。
「市民に閲覧を開放すれば、デマが溢れ王権が軽んじられる危険がある!」
保守派伯爵が声を荒げると、代議員の若き印刷工組合長が即座に立った。
「“危険”とは具体的に? 現に真実の記録庁は混乱なく運営されています。
情報の不足こそ風説を生む――証拠は、先の靴騒動が示しました」
議場の視線が摂政席へ向かう。
セシリアは群青のドレスに薄金のストールを纏い、静かに手を掲げた。
「ご意見は尤もです。しかし、公開とは“刃”でもあります。
刃を握る覚悟を、王家も貴族も市民も、等しく持たねばなりません」
彼女は卓上に置いた施政方針書をめくり、要点を示す。
第一条:王家・貴族院・聖職院・市民代議会の予算請求は、月例で庁舎掲示板に記載し、質問権を保障する。
第二条:質問回答の遅延は三回で請求棄却。悪質な虚偽は、爵位・聖職階級にかかわらず罰金とする。
第三条:閲覧室の警備は近衛と市民監察官の混成とし、抑圧防止を可視化する。
「王家を含めすべてに適用する法です。異議は?」
赤い外套の神学長が肩越しに「審議を要する」と呟いたが、次の瞬間、聖職院の半数が立ち上がり拍手で賛同を示した。
“真実の福音”を掲げた神学派若手が、聖堂外の民心を察していたからだ。
保守派も形勢を悟り、渋々ながら挙手。
新法案は満場一致で採択された。
* * *
午後遅く、王城の書斎。
セシリアは山積みの書簡に目を通しながら、クロエと次の改革計画を練っていた。
「鉄道網の敷設を一院だけで承認した場合、他院が財源を拒めば停滞するわ。
だから三院が同時に“小規模実証”へ投資し、完成時に可否を再評価する手続きに」
「庶民の声も拾えるし、貴族の利権調整もできる。うまい折衷ね」
クロエは茶器に湯を注ぎつつ、ちらりと結晶に宿る脈動を見やる。
〈真実結晶〉は靴を砕かれた今も微弱な光を残し、机の片隅でまるで鼓動のように瞬いている。
「契約が果たされても、まだ光が残るのね」
「ええ。物語を照らす灯が要らなくなるまで、しばらく側に置いておきたいの」
そこへ侍従が来訪を告げた。
「摂政閣下、南大陸同盟より使節団が到着。“王家浄化”の正式報告書を求めています」
「ようやく来たわね。外からの監視が入れば、国内の反発は鎮まる」
セシリアはペンを置き、立ち上がる。
「クロエ、彼らへは“公開审閲”を提案しましょう。記録庁で全資料を読ませるの。
国際信頼は盾にも刃にもなり得るもの、此方から先に明かせば取引は楽よ」
クロエは笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「あなたを敵に回したら、嘘で隠す暇すら与えられないわね」
「嘘に割く時間が惜しいだけ。すべては、灰かぶりが灰を脱ぐための近道よ」
* * *
日暮れ、真実の記録庁前。
初日の閲覧時間が終わると、庁舎の扉はゆっくり閉じられた。
だが帰路につく市民たちの手には、写本や控えがぎっしりと抱えられ、酒場や家屋で新たな議論の種を撒き散らす。
「王家の遠征失敗、実は疫病が原因だったんだって!」「税の半分が治水じゃなくて貴族の晩餐に消えてたってさ!」
興奮と怒り、そして希望。
灰が空へ舞い上がり、金の粉に変わっていく。
高台から王都を見下ろすセシリアは、胸中でそっと呟いた。
――《真実》は灰に埋もれても、掘り起こせば必ず光る。
人々がそれを自分の手で磨き、互いに照らし合えば、
王権の虚飾や貴族の血筋より、ずっと強い絆になる。
「さあ、次は“富”の循環ね」
真珠色の夜雲を見上げ、翡翠の瞳が新たな暁を映す。
悪役令嬢はまだ舞台を下りない。
国という大劇場を、台本ごと書き換える――その幕が、いま静かに上がったばかりなのだから。
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