「王妃の座? 要りませんわ。――私が欲しいのは“真実”だけ」

鍛高譚

文字の大きさ
8 / 16

2‑4 舞踏会 第2幕の招待状

しおりを挟む
2‑4 舞踏会 第2幕の招待状



 春分を目前に控えた黄昏、王都セレフィオ全域に響く号砲が二度鳴った。
 王城の高塔から掲げられたのは、純白と金糸で織られた“祝賀の旗”。
 ――王太子アルベルトとエラ・ブランシェの正式婚約を宣言し、来たる満月の夜に〈再舞踏会〉を開く。
 その発表は、戦勝報告にも匹敵する大騒ぎをもたらした。

 

 『再舞踏会』。
 舞踏会は本来、妃選定の「一度きりの奇跡」で幕を下ろすのが伝統だ。
 だが王太子は世論を抑え込み、疑惑を払拭する名目で“祝賀と慈善”の第二幕を強行したのである。

 

 ――その日の夕刻。
 エラント侯爵邸の金銀硝子の間。

 セシリアは寄木の床に招待状を並べ、その数を数えていた。
 王太子直筆の花形紋章。王家印璽。
 二通。

 一通は宛名を《セシリア・ド・エラント》、もう一通は宛名を欠いた白封筒。
 開けば、二枚目には“御協力感謝”の綺麗事、三枚目には「貴公の華麗なる舞を待望する」などという皮肉が踊っていた。

 「……厚かましいこと」
 唇に淡く紅を差しながら、セシリアは嘲笑を零した。
 再舞踏会は“王家の慈善事業”を掲げ、参加貴族には膨大な寄付金が義務づけられている。
 金で民衆の歓声を買い、舞踏で疑惑を塗り潰す――薄っぺらな芝居。
 ならば、その舞台そのものを利用すればいい。

 

 「お嬢様、お姿の最終確認を」
 老執事レオポルドが鏡台の後ろで控え、宝石箱を捧げ持つ。
 「今回のお召し物は?」
 「――深海の青。月光を映さない色にしましょう」
 鏡の中、セシリアの瞳は夜明けよりも冷たく澄み渡っていた。
 胸元には〈真実結晶〉を封じたペンダント。そして、その下――農村の少年から贈られた泥靴の小さな革片を縫い込んだ、真新しいリボンがさりげなく揺れる。

 「灰とガラス。両方を爪先に纏うのよ」
 囁きは、遠雷の前触れのように低い。

 

      * * *

 同刻、王城・謁見の間。

 「招待状は全員に発送済みか?」
 アルベルトの問いに、侍従頭が深く頭を垂れる。
 「はっ。セシリア嬢にも、正式の一通に加えて“裏書き”が届けられました」
 「裏書き――“謝罪の場を与える”というやつだな」
 王太子は満足げに頷く。再舞踏会の表向きは祝賀、裏では“赦免”と“屈服”を演出し、悪役令嬢を世間にさらし者にする筋書きである。

 「殿下、ご安心を」
 継母レオノーラが低く囁く。
 「灰かぶりの噂など、あの夜で沈黙しました。――次は徹底的に“慈悲深い王子”を印象付けましょう」
 だが彼女の指先は震えていた。魔法院の審問で不自然に破裂した魔力水晶。
 あの瞬間、靴は確かに“主を選ぼう”と光った。危機は、まだ息づいている。

 

      * * *

 再舞踏会の準備は怒涛の勢いで進む。
 王都最大の噴水広場をガラス天蓋で覆い、千ものランタンを吊した特設会場。
 職人は徹夜で水晶階段を磨き、楽団は“奇跡の再現”と銘打った新曲を仕上げる。
 ――だが裏通りでは、別の炎が静かに燃えていた。

 《灰かぶり令嬢の真実》と題された巡業劇の台本が、劇団ヴァシュロンから流出し、瞬く間に市井で手書き写しが出回ったのだ。
 悪役令嬢は本当に悪か?
 ガラスの靴は誰の足に?
 瓦版や酒場噂が熱を帯び、聴衆は王家公式の“幸福物語”を嘲笑と共に受け取るようになる。

 ――火に油を注いだのは、慈善病院《銀の鳥》第二診療所の開院式だった。
 入口に掲げられた寄付者一覧に、《匿名 S・E》というイニシャルが刻まれる。
 “S”はセシリアか。それとも――。
 貧しい患者が涙を流し、瓦版はこれを“悪役令嬢の闇慈善”と煽る。
 王家への歓声は、次第に憐憫と皮肉の混ざった喧騒に変わっていった。

 

      * * *

 舞踏会前夜。
 エラント侯爵邸のテラスに、クロエ・パルミエが風をまとって現れた。
 「禁忌術の研究資料、手に入ったわ」
 差し出された封筒は、魔法院の極秘印で封をされている。
 「血に触れない“代替照合”をでっち上げようとしている。魔力水晶を二重化して、靴の反応を外部遮断する仕組み」
 「予想通りね。――なら、その遮断陣を利用しましょう」
 セシリアは封筒を開け、複雑な魔法陣の図を一瞥した。
 「靴の真の光を“観客席だけ”に届ける鏡面転写を組み込めばいい。上層結界の内側で、王家だけが偽りの測定値を信じ込む構造に」
 クロエが感嘆の息を漏らす。
 「君は魔法技師にもなれるわね」
 「いいえ。私は灰かぶり令嬢――舞台装置を操る悪役よ」
 セシリアは胸元の結晶に触れ、月を見上げた。
 明晩、その月は“満ちる”。
 ガラスの靴が選ぶ主を、誰も遮ることはできない。

 

      * * *

 舞踏会当日、王城広場へ通じる街道は花弁と提灯で彩られ、夜風に金粉が舞った。
 馬車が列をなす中、漆黒の四輪が静かに門を潜る。
 車窓の奥、深海の青を纏ったセシリアが微笑む。

 「――始まりね」

 ガラスの靴は再び台座に乗り、王家は栄光の祝詞を唱えるだろう。
 だが靴の内側で眠る〈真実結晶〉は、満月の光を受けた瞬間、封印を解かれ、見る者すべての網膜に“本当の王家の色”を焼き付ける。

 農村の泥と、千年の契約と、灰かぶりの誇りを抱え――
 悪役令嬢は、今宵も優雅に舞台中央へ歩み出る。

                              

          
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

婚約破棄されたので、もうあなたを想うのはやめます

藤原遊
恋愛
王城の舞踏会で、公爵令息から一方的に婚約破棄を告げられた令嬢。 彼の仕事を支えるため領地運営を担ってきたが、婚約者でなくなった以上、その役目を続ける理由はない。 去った先で彼女の能力を正当に評価したのは、軍事を握る王弟辺境伯だった。 想うことをやめた先で、彼女は“対等に必要とされる場所”を手に入れる。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

処理中です...