「王妃の座? 要りませんわ。――私が欲しいのは“真実”だけ」

鍛高譚

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3‑1 再舞踏会開幕

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3‑1 再舞踏会開幕

 金色のランタンが千灯、満月よりも眩い光を噴き上げていた。
 王城前の噴水広場は透明な天蓋で覆われ、水面は鏡のごとく星灯りを映し、床一面に敷かれたガラス板が夜空と大地を反転させる。
 “空の上で踊る”――それが王太子アルベルトの自慢の演出だった。

 黄昏の鐘が三度鳴ると、貴族たちはこぞって豪奢な馬車を乗りつけた。
 真紅の絨毯の両脇には、慈善寄付を表す金糸リボンを巻いた柱樹が並び、侍従たちが寄付額ごとにリボンの結び目を調整している。
 「我が家は二百金貨だ」「おやおや、五百でなければ王子のご機嫌は取れますまい」
 笑い声は甘い香酒のように広場を満たし、噴水の水滴が虹色に舞う。

 ──だが、その華やぎは、どこか薄い氷膜の上に立つ賑わいだった。
 瓦版の若い売り子が入り口で追い払われながらも叫ぶ。
 「“灰かぶり令嬢 真実劇”! 本当のシンデレラは誰だ!?」
 衛兵に弾かれ、紙束が宙を舞うたび、観客の誰かがそっと拾い、袖の下へ隠し込む。

 場内へ続く水晶階段の中央、純白のアーチが月光を受ける。
 そこに現れたのはエラ・ブランシェ。
 淡桃のドレスに銀糸のレース、足元には淡く虹彩を返すガラスの靴。
 彼女が一歩踏み出すたび、靴は高い音を立てて床を叩き、広場の視線を集めた。

 「まあ……なんて可憐なの」
 「涙ながらの悲劇から、一夜で王子の花嫁か」
 民衆の囁きは、半信半疑の羨望と疑念を綯い交ぜにしながら、まるで潮騒のように弧を描く。
 エラはそのざわめきを背後から押し流すかのように、俯き加減で小首を傾げ、芝居じみた不安げな微笑を浮かべる。

 直後、後方の人垣が割れた。
 深海を思わせる群青のドレスが現れ、灯りを吸い込んで夜そのものを連れてきたようだった。
 セシリア・ド・エラント。
 裾に仕込んだ微細な黒真珠が歩みとともにさざめき、胸元――水面のように揺れる真珠の中心で、ペンダントの〈真実結晶〉だけが淡金の脈動を潜ませている。

 「──来たわね……!」
 エラはぎこちなく笑みを保ったまま、王太子の腕を強く握った。
 アルベルトは口元こそ柔らかながら、頬の筋が不自然に張っている。
 「余が守る。怯えるな、エラ」
 その囁きに、王子自ら疑心の影を滲ませていることを、彼自身だけが自覚していない。

 開会の合図を告げるファンファーレ。
 首席奏楽隊が弦を鳴らし、天蓋の内側に魔光幕が現れる。
 〈再舞踏会 祝賀と慈善の夜〉――煌びやかな題字の下、監修者に王太子の名、主賛同者に継母レオノーラの名。
 その下に極小の文字で、舞踏プログラム監修 クロエ・パルミエ――気づく者はほとんどいない。

 やがて、石英の円舞フロアが淡い光をたたえ、第一曲《白薔薇の序章》が始まった。
 アルベルトはエラの手を取り、貴族たちの中央で踊り出る。
 エラのガラスの靴が床を滑るたび、灯りが靴底で屈折し、七色の火花が周囲の目を晃らせた。
 一方で、セシリアは輪の外側、ガラスの柱の影に身を寄せ、視線を場内の隅々へ走らせていた。

 ──魔力水晶は二重結界。上層は鏡面転写、下層は遮断陣。
 クロエが宵の内にすり替えた装置は、王家側の検知機へ偽装波を送り続けている。
 合図は“満月が天蓋の頂点を過ぎる瞬間”。
 そのとき鏡面転写が反転し、靴の真実光を踊り手の背後・観客席側へ投射する。
 王家は虚像を見、群衆は実像を見る――舞台裏の歯車は、静かに回り始めていた。

 「……抜かりはないわね」
 呟きを聞き取ったのは、背後に控えるクロエだけだった。
 「魔力調整良好。靴はあなたを待っているわ」
 「主を選ぶのは靴自身。私は呼ばれるまま踏み出すだけ」
 微笑んだセシリアの瞳は夜よりも澄み、氷よりも熱い。

 第一曲、第二曲と続き、貴族たちが輪を広げていく。
 漆黒のドレスはついに中心へ誘われ、観客席に小さなどよめきが走る。
 「悪役令嬢が踊るのか?」「謝罪の舞か?」
 そのすべてを、セシリアは涼しい顔で受け止める。

 第三曲《月光の契り》――満月が天蓋正中へ差しかかった。
 指揮者が高くタクトを振り、弦はゆっくりと低く震えた。
 空気が変わる。観客の鼓動が揃う。
 そして、セシリアは群青の裾を払って一歩前へ──

 「ご覧ください、あれこそ悔悟の舞です」
 貴族の誰かが嘲る。
 だが次の瞬間、夜空を裂くような鐘の音が一打。

 “満月、頂点を過ぎる”

 弦が高く跳ね上がり、靴を乗せた石台の魔法陣が黄金の稲妻を放った。
 観客席側の空間が灼けるように輝き、ガラスの床下から無数の光が噴き上がる。
 「な、何が──?」
 王太子は振り向くが、その背中には何も映らない。
 だが観客たちは見た。空中に投射された幻光――淡金色の靴が、群青のドレスに吸い寄せられるように飛び、セシリアの足元へ吸着する瞬間を。

 ほどなく光は収束し、会場には凍てついた静寂が落ちた。
 セシリアは左足に収まった靴を確かめ、静かに踵を返す。
 満月は天蓋の縁へ滑り、夜空は深さを増していく。

 「──舞踏会の幕は、まだ降りませんわ」
 透き通る声が響き、冷たい水面のような床で波紋となった。
 王子もエラも、そこに潜む底冷えする真実に気づかぬまま、ただ揺れる光を呆然と見送るしかなかった。

                        
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