冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚

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第2章 甘すぎる旦那様の秘密

9話

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 大聖堂の入り口に差しかかったとき、そこに立っていたのは――アレクシスだった。
 彼は深い紺色の礼服をまとい、黒髪をきちんとセットしている。いつも以上に整った顔立ちが、ステンドグラスから差し込む光を受けて神々しく見えた。
 彼の隣には、シュヴァルツ家の執事や親族が控えている。アレクシスはリゼットに視線を合わせ、わずかに微笑んだ。
「……リゼット様。ようこそいらしてくださいました」

 どういうわけか、その短い言葉にリゼットの胸は高鳴る。やはり彼は無口なタイプなのか、長い挨拶を述べるわけではない。でも、言葉の裏に優しさが滲んでいるように思える。
 リゼットも小さく微笑みを返し、ドレスの裾を軽く持ち上げながら短い言葉で応じた。
「こちらこそ、ありがとうございます……。どうか、よろしくお願いいたしますね」

 ささやかな会話のあと、周囲の者たちに促されるまま、挙式の儀が始まる。大聖堂の奥へと続く長いバージンロードを進み、祭壇の前に立つと、王宮の司祭が厳かな口調で誓いの言葉を読み上げる。
 二人が婚姻の誓約を交わすと、聖歌隊が清らかな歌声を響かせ、花びらが舞う。その瞬間、祭壇の上から美しい光が差し込み、リゼットは思わず目を細めた。まるで天井のステンドグラスから祝福されているかのような幻想的な光景に、息を呑む。


挙式が一通り終わると、来賓や親族たちが口々に祝福の言葉をかけてくる。エヴァンティア家やシュヴァルツ家に関係の深い名門貴族ばかりで、リゼットは挨拶を返すのにもひと苦労だ。だが、そんな忙しさの中でもアレクシスはさりげなくリゼットをフォローしてくれた。
「皆様、本日はお運びいただき恐縮です。リゼットもまだ緊張しておりますので、どうか温かく見守っていただければ幸いです」
 冷酷な戦略家と噂される侯爵が、穏やかな口調で言うものだから、周囲の貴族たちも面食らったような顔をしている。だが、リゼットとしては正直有難かった。数多くの客人に囲まれるだけでも神経を使うのに、こうしてさりげなく彼がかばってくれるのは心強い。

 やがて、大聖堂での儀式がひとまず落ち着くと、今度は軽い祝宴の場が用意される。立食形式で食事を交えながらの談笑が始まり、多くの貴族が新郎新婦へ挨拶をしにやってくる。
 リゼットは慣れた笑顔を作りながら、「ありがとうございます」「これからもよろしくお願いいたします」と返事を繰り返す。頭がぼんやりしてくるほど人が多いし、何よりウェディングドレスのきつさで体に負担がかかる。
 そんな中、アレクシスがリゼットの側にそっと近づき、小声で尋ねた。
「……大丈夫ですか? もし疲れているなら、控室で少し休まれても構いませんよ」
 その言葉に、リゼットは思わず目を見張る。
 まさか新郎本人からそんな気遣いの言葉が飛び出してくるとは。自分の立場を考えれば、披露宴の場に長くいることは“夫婦の印象”に関わるので、本来なら新郎新婦は出来るだけ席を外すべきではないと言われている。
 けれど、アレクシスはそんな「形式」を押しつけるのではなく、リゼット本人の体調を優先してくれようとしている。

 リゼットは少し息を吐き、かすかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。でも……大丈夫ですわ。こんなに多くの方が私たちを祝福してくださっているのに、私だけが席を外すわけにはいきませんし」
「……無理をなさらないでくださいね。あなたが苦痛を感じるなら、少しくらい離れても誰も咎めません」
 真剣なアレクシスの瞳を見て、リゼットの胸に妙な感情が渦巻く。政略結婚の新郎が、ここまで新婦を案じてくれるのは普通ではないのでは……?
「(ただの礼儀正しさ、というわけではなさそうね……)」
 彼が本心からリゼットを気遣っているのかもしれない――その思いが強くなり、リゼットはほんの少しだけ頬を赤らめながら「ありがとうございます」と小さく返した。

 祝宴は時間とともにさらに盛り上がり、やがて賓客たちが次々と退席していく。最後まで居残るのはごく一部の要人だけで、あとは余興としての余韻を楽しむ程度だ。そんな中、アレクシスの執事が一歩前に出てきて恭しく頭を下げる。
「旦那様、そろそろ時間でございます。馬車の支度も整っておりますので、新婦様をシュヴァルツ家へお連れする準備ができました」
 ああ、そうだ。リゼットはここでようやく再確認する。これから自分はシュヴァルツ家へと“移動”し、新生活を始めるのだ。エヴァンティア家で過ごすのは、今夜から先は数日どころか、しばらくないだろう。
 祭壇の前で誓いを立てたとはいえ、やはり現実味に乏しかった。でもこうして「お連れする」という言葉を聞くと、これで本当に他家へ嫁ぐのだという実感が湧き上がってくる。

 複雑な思いを抱きつつも、リゼットは表面上は穏やかな笑みを浮かべ、アレクシスの差し出した手にそっと自分の手を重ねた。すると彼は丁寧に、しかししっかりとリゼットの手を支え、エスコートするように大聖堂を出て馬車のもとへ向かう。
 外には夜の帳が降りかけていた。星がちらちらと輝き始め、空気が一段と冷たく感じられる。そんな中、アレクシスはリゼットの肩にさっとケープをかける。
「風が冷たいですね。……風邪を召しませんように」
 どこか張り詰めた空気の中で、彼の優しさがいっそう際立つ。リゼットは「ありがとうございます」と礼を述べ、馬車に乗り込んだ。アレクシスも後に続き、ドアが静かに閉じられる。
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