何もしない聖女は追放されましたが、隣国では“いるだけで奇跡が起こる”そうです

鍛高譚

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8話

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大地に満ちる魔力の恩恵

トスカーナ王国内に、春の陽気が早くも満ち始めていた。

例年よりも早い開花、豊かな果実の実り、そして病人の回復――

農夫たちは畑で言った。
「この土、まるで生き返ったみたいだ。耕すだけで気持ちいい」

羊飼いたちは丘で言った。
「今年は仔羊の生存率が高い。草が甘くて柔らかいんだ」

城下の薬師たちは、薬の効能の高さに驚き、
「これは……薬草そのものが強化されている……」
と首をひねった。

その全てに共通するのは――フローレンスがこの国にいる、という事実だった。

---

王宮でもその変化は著しかった。

フローレンスの滞在する南庭には、毎朝小鳥たちが群れを成して訪れ、
池の水は澄みきり、蓮の花が時期外れに咲いた。

「まるで楽園ですわね……」

紅茶を片手にうとうとしていたフローレンスが、ぽつりと呟く。

フェルディナンドはその隣で、報告書を読んでいた。

「……フローレンス。君が来てから、王国内の病院での入院数が二割減ったらしいよ」

「えっ、それって……私のせいですの?」

「せい、というか、おかげ、というか……」

「でも、私は何も……」

「だからこそ、君の力なんだと思う。『何かをした』わけではない。“いてくれた”という奇跡だ」

フェルディナンドの言葉に、フローレンスはきょとんとして、それから照れくさそうに笑った。

「……お昼寝の合間に役立っていたのなら、幸いですわね」

---

その頃、バジリオ学者は再度の魔力測定を試みていた。
今度は王国内数十ヶ所に設置された魔力感知柱を使い、
国全体の“魔力濃度の推移”を記録していた。

「やはり、中心点は聖女殿の位置に一致する……」

彼の目は真剣だった。

「これは……女神の加護の顕現に匹敵する。いや、それ以上かもしれん……!」

---

ある日。

フローレンスは城下町を訪れた。
商人や子どもたちが集まり、「聖女様だ!」と歓声が上がる。

だがフローレンスは、困ったように肩をすくめて笑った。

「皆さま、そんなに大騒ぎなさらなくても……紅茶を買いに来ただけですのよ?」

それでも、町の空気はふわりと和らぎ、
その日一日の売上は普段の三倍に達した。

そしてその帰り道。

彼女は貧民街の外れで、病に伏した子どもと出会う。

「おなか……いたいの……」

「まあ……かわいそうに」

彼女は迷わず、しゃがみこんで子どもの頬に手を添えた。

「よくなるといいですわね……」

その場で何が起きたわけでもない。
だが数日後、その子どもは快癒し、母親は言った。

「聖女様が来てくださっただけで、うちの子は笑って眠ったんです」

その出来事が、またひとつの“奇跡”として語り継がれた。

---

フローレンスはその夜、寝台に横たわりながら考えていた。

(私は、何もしていない……でも、皆が笑ってくれるなら、それで……)

そんな思いを抱きながら、彼女は穏やかな眠りについた。

月光の中、彼女のまわりにはほんのりと淡い光が灯っていた。
それは、彼女の無意識から放たれる魔力の、穏やかな鼓動だった。
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